本日、皆さまにお話することになりました、エヘン、ゲボゲボ。機敷埜風天と申します。ええ、…何だっけ、ええっ。あああ。ああ。よく聞こえない。…ああ、そう。
「人生でたいせつなこと」について、であります。人生といえばたくさんの方が、それぞれの人生を歩んでこられてきておられるわけで、ございます。あ、暑うございます。遠慮されんと上着とられてけっこうでございますよ。あ、人生ですね。私の叔母もですね「人生いろいろ」という唄が好きでしてね。人生にはいろいろあるんだ、ということを島倉千代子という歌手が唄っておられました。私もですねぇ、島倉千代子が好きでしてねぇ、カラオケに行ってどなたかが島倉千代子を唄われると、とてもよい気分になりますな。私は唄いません。なにせ音痴でしてな。何を唄っても同じ曲にしか聞こえんらしい。私が幼い頃から異様に耳が良すぎたところに音痴の原因はあるのですよ。というのが、私の婆やが赤子の私を背負うてあやしながら子守唄を唄ってくれたのですが、この婆やは評判の音痴だった。しかし耳の良い幼子の私は、それを正確に記憶してしまったらしい。私はそれ以来、すごい音痴になってしまったというわけ。耳が悪ければ音痴になることもなかったはず…。大学は、南方にあるマイマイ島のハレホレ大学無理学部に在籍しておりましてな。若かりし日の私は日々勉学にいそしんでおりました。すると、学級の徒であった私に大変なことが起こりました。公園のベンチで教科書と参考書に目を走らせておったときですよ。目の前をこれまでの生涯で見たこともない美女が歩いておったのです。自分の目が信じられなくなるほどの美女です。私は参考書をそこに置き去りにしてふらふらと彼女に尾いていった。するとほどなく彼女の家の前に着いたが、人がならんでいる。聞くと、みな彼女のフアンということで彼女とつきあいたいが、彼女は大の唄好き。彼女の前で唄を唄って気に入られないと、ダメということらしいのです。で、みな彼女の前で唄い、私の番がまわってきたました。もちろんダメ。気に入られなかっただけではなく、そのとき自分が音痴だということを思い知ったわけです。
人は思い知ることが大事ですな。そうそう、思い知らされたといえば私はトイレが近いこと。今思い出したが30分毎に尿意に襲われる。そうなると思考が途切れて何も集中できんようになる。えーっと、何の話をしておったかな。今も、少ぅし、尿意が近づいているのがわかるので不安になってきております。ところで、いかにして私が尿意を抑えられているかというと、若い頃、頼まれて龍退治をしたことがありまして。龍の巣に行き18人がかりで龍を追いつめてやっと仕留めた。村人たちは喜んで龍の肉を分け合って持ち帰っていたなあ。これで私を招いた村は龍に毎年襲われることはなくなったというわけですが、そのとき、帰りかけた私に長老が、お待ちなさい!と龍の膀胱を差し出した。これを煎じて必要なとき飲めば尿意をもよおしても3時間はこらえることができるようになると。若い頃は、そんなものは必要なかったのですが、最近は使いたくなってきた。確か箪笥の奥にしまっておいたはずが、見つからず不思議でならないのです。目の前を通りがかった昔なじみの爺さんに尋ねてみましたよ。龍の膀胱は知らんかね、と。いや、龍の膀胱なんて見たことも聞いたこともない。密室殺人をあんたが解決したときに手に入れた河童の手なら見せてもらったことがある、と。
あ、そういえば密室殺人の解決を頼まれたことがあったなぁ。警察も名探偵もその謎がわからなかった。蔵の内部から鍵がかけられて、中で主人が背に短刀を刺され殺されていた。蔵を見回して言った。お前が、犯人だ!と。犯人は河童だったんですよ。人間の手なら蔵の中の鍵に手が届かない。でも、河童の右腕と左腕は繋がっているのです。だから人の手では内部の鍵に届かなくても河童なら手を伸ばして複雑な解錠操作ができる。だから、犯人は河童だぁ!と。喝破された河童は驚き、思わず右手を落として逃げていったのですね。それで、仕方ないと河童の手をうちに引き取ったのかな。
あー、しかし、河童の手ではトイレを我慢できるわけもありません。とにかく、尿意を催したら、自分の気を散らすしかないわけです、そういうとき、母親がトイレには幽霊がいるんだからね、と言っていたことを思い出します。みなさんもそんな記憶がありませんか。夜中のトイレにひとりで行くと、中で幽霊が待っている、と思ったこと。あるいは妖怪が出てくるぞ、と感じたこと。実は、トイレには幽霊も妖怪もおるんですよ。無理学部にいた頃はそんな研究ばかりしておりましてな。幽霊も妖怪もいないと思えばいない。いると思えばいる。無理学が通れば道理学が引っ込むのです。そのときのゼミのクラスメイトが変な奴ばかりで。一番変わっていた奴が、時間軸圧縮理論とか考えている奴でしてね。今はどうしているかなぁ。そいつは時を超える装置を作れるとか言っておりました。そいつがある日トイレから出れなくなりまして、内側から叩いたり叫んだり大変な騒ぎ。時を超える装置を作ろうという奴がトイレから出れんなんてね。え、何ですか。は、もう時間ですか。よかった。トイレが。は、まとめろ。題は…。え、なんですか?は、ありがとうございます。そうですね、もうやめろ、ということです。人生でたいせつなことは、ありがとうの気持ちを忘れないということですね。今、ありがとうを申し上げて思い出しました。大事です。
では皆さん、さようなら。ほんとうに、ありがとうございます。
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《HAKUTAKE ONLINE SHOPスタッフ記事第2弾更新》父の日ギフトについて
第199回 大井川の奇蹟
得意先への訪問は予定時間通りだったのだが、客に引き止められてしまった。次の約束の時間に間に合うにはすぐの高速バスに乗ってギリギリの時間だ。
福岡から熊本へ走る九州高速道にある大井川インターから数100メートル離れた場所に高速バスの乗り場がある。
私は残念なことに運転免許証を持っていない。だから、遠方の客を訪問するときは高速バスかJRを使うしかないのだ。だが、このあたりにJRは走っていない。高速バスを使うしかない。実は次の客との商談は数百万円の取引。個人事業主の私としては喉から手が出るほどの案件なのだ。しかし、時間に厳しい相手と聞いている。1分たりとも遅刻するわけにはいかない。
なぜこのあたりにJRが走っていないのかといえば街らしい街がないからだ。タクシーもあまり走っていない。しかたがないので客先にタクシーを呼んでもらった。タクシーに乗り込み「大井川インター近くの高速バス乗り場まで」と叫んだ。タクシー運転手は「わかりました」と発車した。時計を見ると次の熊本行きのバスは20分後のはずだ。高速バスの停留所まで5〜6分ということだった。「着きました!」タクシー料金を払って降りる。目の前の階段を登ればバス停だ。急ぐ。時計を見る。10分ある。よかった。バス停に立つと、息が止まりそうになる。何、ここは福岡行きのバス停だ。熊本行きのバス停は、道路を挟んだ向こう側ではないか。慌てて階段を駆け下りるとさっきのタクシーは、こちらに気づくはずもなく無情に去っていった。
どうすれば向こうのバス停に行ける?
タクシーどころか、下の道は自動車一台通らない田舎道なのだ、鍬をかついだ農家のお年寄が通りがかったので、これ幸いと尋ねてみた。「熊本行きのバス停に行きたいのですが、高速下のトンネルとか、渡る橋とかありませんか?」お年寄はのんびり答える。「そうじゃのう…数キロ先にトンネルがあるのう」数キロ先なら走ってもバスには間に合わない。どうしよう。おろおろ。向こうのバス停は見えているのに。中央分離帯まで入れて40メートルくらいだろうか。
だが、高速道路はすごい勢いで自動車が走りすぎていく。自動車が走っていなければ全速力で駆け抜ければ10秒もかからないだろう。よし、駆け抜けるか!いま行けば間に合う。
一歩、踏み出そうとしたとき、白のステーションワゴンが目の前を走った。すごい風圧が身体を襲う。ゴウッという通過音も。
ひゃあ!
一歩も進めぬうちにひっくり返る。次の一歩。警笛だ!10トントラックが壁のように迫り、轟音を鳴らして近づき去っていった。
カバンがない。見るとぺしゃんこに道路の上に転がっていた。その上を次々に自動車が通過していく。
「向こうに渡りたいのかい?」と声をかけられた。振り向くと腕組みをして男が立っていた。黒子のように黒づくめ。黒足袋姿。「あなたは?」「俺は、この大井川の高速越人足だよ。あんたは一目でわかる。ここを渡りてえんだろ。渡してやろうか?ちと値段は張るがね」
「高速道路をどうやって渡るんです?次々に走ってくる車に轢かれるのが関の山ですよ」
「こちとら代々、大井川の渡し人足をやってる。渡りは腕と心意気なんだ」
「無理ですよ。無理」
「よおし。じゃあ、あんたの落としたカバンを特別に拾ってきてやろう」言うが早いか、男は高速道路に飛び込みぺしゃんこのカバンを「あっ危ない!」拾って「あっ!きゃあ」と叫ぶ私のところへ戻ってきた。「ほい」と私の手渡す。「腕は、こんなもんだ。渡りたいし、時間もないんだろ?どうするね。少々高いが、これは技術料だ」渡し賃をいわれて驚いた。高い。そう漏らすと「じゃあ、いいよ。納得した人だけ渡してるからな」「いや、お願いします」数百万の取引がふいになるより、一か八か渡してもらうべきだろう。いかに高額でも。
「よし、わかった。じゃあ担ぎますぜ」
ひょいと私を肩車すると高速道路に入る。クルマが前を走り、ひょいと踏み出す。すると背後をクルマが通過する。そして、またひょい。近づくクルマに悲鳴を上げる。男はそんなのお構いなしにひょい。ついに中央分離帯だ。「あこぎな渡し人足なら、向こうまで渡りたければ倍の賃料を、とここで言うところだが、あっしはそんなこといわない。安心なさい」と男は言った。私は感心した。「すごい渡りだ。これにはなにか秘伝があるのかね」私は尋ねた。「うん。先祖から伝わっているのは、心を無にすればクルマの隙間が見える!だね」「はぁ!じゃ、これまでは、迷うことなく高速道路を走り渡ってきたんですか?」「ああ、そうだ。向こうへそろそろ渡りますかね」と私を肩に担ぐ。「心に迷うことなく……。そう言えばかなり前にお客さんに言われたなあ。ムカデはどの足から動かすか自分でちゃんと迷わずわかっているのかな?あんたは右足から渡るんか?左足から渡るんか?ってね。そう問われたら考え込んで渡れなくなったっけ。あっ。あっいけねぇ、思い出したら渡れなくなったじゃねぇか。とほほほ。すまねぇ。お代はいらねえ。向こうまでは自分で渡っておくれ」そう言って再び下ろされた。ここで下ろされても困る。すると遠くから熊本行高速バスが近づいてくるのが見えた。急がなくっちゃ。間に合わない。どうすればいい?心を無にするったって。ふっ、と走るクルマの隙間が見える。これだ!
無事に高速道路を渡った私は、そのときの快感が忘れられず熊本インター近くで渡し人足をやっている。案外お客は多いんだぜ。名も売れてきたしね。バスには間に合ったが開眼したんだ。こんなに快感のある仕事はないってね。いつでもおいで。あっ、という間に安く渡してやるよ。職を変えたおいらがね。
人吉球磨アンバサダーズインタビュー第6弾| 気象予報士・斉田季実治さんのインタビューを公開!

その道のプロフェッショナルたちが人吉球磨を語り尽くす「人吉球磨アンバサダーズインタビュー」。6回目の今回は、本日からスタートしたNHK連続テレビ小説「おかえりモネ」の気象考証も担当されている、気象予報士の斉田季実治さんが登場です!
小学5年生から高校生までの青春時代を熊本で過ごし、気象予報士としてのキャリアもNHK熊本放送局からスタートするなど、ふるさととして特別な想いを熊本に寄せられている斉田さん。
インタビューでは、豪雨災害の被害が甚大になった要因や防災という観点で日々意識すべきポイントについて、専門家の視点で鋭くもわかりやすく解説いただきました。
また、斉田さんが豪雨災害情報を伝達する際に感じた「葛藤」や「後悔」についても、当時の思いを余すことなく語っていただいております。
気象のプロフェッショナルでありながらも、天気や宇宙の素晴らしさを少年のような純粋な眼差しで語る斉田さんの新しい一面が垣間見えるインタビューとなりました。
ぜひご覧ください!
人吉球磨アンバサダーズ インタビュー::斉田 季実治 気象予報士
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◇「人吉球磨アンバサダーズインタビュー」について
人吉球磨に所縁がある表現者たちのインタビューを掲載したwebコンテンツです。
各界で活躍する表現者の方々を、「アンバサダー(大使)」に任命し、インタビューを通じて人吉球磨がもつ価値や魅力を再発見していきます。
第198回 母の日のできごと
小学校の帰りに、初めて花屋の前で鈴佳は意識した。母の日にはカーネーションを贈るのがならわしだということを。
いや、それよりも五月の第二日曜日が母の日になると意識していなかった。学校で、もうすぐ母の日だからお母さんに感謝の気持を伝えるための作文を書こう、と先生からお題を出されて、仕方なく心にも思っていないことを書き連ねて提出したことは覚えている。それがいつのことだったかは忘れてしまっている。
「お母さまに日頃のありがとうの気持ちとして赤いカーネーションを贈りましょう。贈れない人は白いカーネーションを飾りましょう」とポスターにある。それがどういう意味なのかは鈴佳にもわかった。
私は白いカーネーションなんだ。お母さんは亡くなってしまったから。
去年の母の日は赤いカーネーションも買わなかった。母の日にカーネーションを贈る習慣があることは知っていたのに。カーネーションをプレゼントしてもお母さんは喜びはしないと、勝手に鈴佳は思っていた。
初めて鈴佳は母の日にカーネーションを買った。
白いカーネーション。
鈴佳にとって安い買い物ではない。一本百五十円だった。ペットボトルのミルクティが買える値段だな、と思う。
二〇世紀初頭、母の日の創設者であるアンナ・ジャーヴィスが自分の母親の追悼式で母親の大好きだった白いカーネーションを参列者の一人づつに手渡したという。それから、母親を偲ぶとき白いカーネーションを供えるようになったのよ。そう花屋のお姉さんは、鈴佳に教えてくれた。
白いカーネーションを手に家に帰り着くまで、鈴佳は自然と涙が溢れてきて止めることができなかった。
大事なものは、失ってしまってから何が大事だったのかに気づくものだ。
それは鈴佳にとっては、お母さんだった。
お母さんが元気なときには、わがままばかり言っていた。お母さん、欲しい物があるから買って。お母さん、これ作って。お母さん、暗いからついてきて。
いつもそうだった。それが鈴佳にとって当然の毎日だった。お母さんはいつもそばにいるものと思いこんでいたから。いつも自分がしてほしいことを母親に無理強いし、母親から鈴佳への頼みごとは、そんなこと頼まないで!と無視していた。そんな日々が突然断ち切られた。
あの日の朝も鈴佳はわがままだった。お母さんに郵便局での用事を頼まれた。それをつれなく断った。
「めんどうだし、いそがしいもん」
お母さんは郵便局に行った帰りに事故にあったことを知った。
帰ると鈴佳は仏壇の花瓶に白いカーネーションを挿した。それから長い時間手を合わせた。お母さん、ごめんなさい。とても会いたい。もしも会えたら言うこと何でも聞く。いい子にする。
手を合わせていると小六の姉の芳美が「あっ、白いカーネーションだ。ちょうどよかった」
止める間もなく芳美は花を花瓶から抜くと自分の部屋に持っていった。あわてて鈴佳は姉の後を追った。「姉さん。何するの。それは……」
「宿題!宿題!理科の実験の宿題を出さなきゃならないの」
「カーネーションで何の実験をするの?」
「維管束について。植物には維管束というのがあって、それは養分や水の通り道なんだって」
「どうしてカーネーションで実験するの?」
「教科書にこの実験は白のカーネーションがオススメって。維管束には道管と師管があるのよ。今日は道管の実験」
芳美が花をガラスの一輪挿しに入れると、白のカーネーションの花びらが外側からピンクに染まっていく。
「食紅を濃く溶かした水に花を入れると、維管束の中を食紅が上がって花が紅くなるのよ」
鈴佳は驚き姉に叫ぶ。「これは母の日のカーネーション。お母さんのいない子は白いカーネーション。大事なカーネーションだったのに」芳美も、母の日の白いカーネーションとは知らなかった。
「ごめん、鈴佳」
わっと大声で鈴佳は泣き伏す。ごめんなさい、お母さん!
白いカーネーションはピンクになった。それどころではなく真っ赤な色に。もはや真紅だった。お母さん、ごめんなさい。私がわがままだったから!
家にはこのとき誰もいない筈だった。
姉の芳美の部屋のドアの向こうで声がした。
「芳美、鈴佳、大丈夫よ。あなたたちのこといつも見てるから仲良くね。鈴佳、もう自分を責めないで」
二人はドアを振り返る「お母さん?」もう誰の気配もない。白のカーネーションが赤く変化したから、一瞬だけお母さんは帰ってきてくれた?
「見て!」と芳美が指差した。その指の先の維管束実験のカーネーションは、今は純白に戻り凛としてそこにあった。
まるで元気な頃の母親のように。
鈴佳と芳美は無意識に手を取り合い、ドアの向こうにつぶやくようにもらす。「ありがとう。お母さん」
人吉球磨アンバサダーズインタビュー第5弾| 名バイプレーヤー、六角精児さんのインタビューを公開!

時代をリードする表現者たちが人吉球磨を語り尽くす「人吉球磨アンバサダーズインタビュー」。5回目となる今回のゲストは、ドラマや映画を中心に幅広く活躍する俳優の六角精児さんが登場です!
長年、名バイプレーヤーとして縦横無尽に活躍されてきた六角さん。
一方、NHK BSプレミアムでは『六角精児の呑み鉄本線・日本旅』の旅人として日本各地のローカル線を訪ねるなど、旅好き、鉄道好き、そしてお酒好きとしても知られている粋人でもあります。
今回のインタビューでは、豪雨災害後に人吉の人々と触れ合う中で感じた地域の誇りや肥薩線のマニアックな知識と車窓から見た球磨川の美しさ、そして六角さんにとって「旅」とは何なのかというテーマについても存分に語っていただいております。
まさに、「お酒好き、旅好き、鉄道好き」のどのジャンルの方にも楽しんで頂ける内容となっております。
スクリーンを通して観る六角さんとは違う一面が味わえるインタビューですので、ぜひご覧ください!
https://ambassadors.hakutake.co.jp/ambassador/ambassador-5.html
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◇「人吉球磨アンバサダーズインタビュー」について
人吉球磨に所縁がある表現者たちのインタビューを掲載したwebコンテンツです。
各界で活躍する表現者の方々を、「アンバサダー(大使)」に任命し、インタビューを通じて人吉球磨がもつ価値や魅力を再発見していきます。
WEB限定 白岳KAORUショートムービー 「リンスインシャンプー~忘れたはずのあいつの香り~」リリースについて
おかげさまで発売以来ご好評頂いている、新世代米焼酎「白岳KAORU」。
このたび、「香り」で思い出す恋愛を描いたショートムービーを公開致しました。
《Webムービー白岳KAORU「リンスインシャンプー~忘れたはずのあいつの香り~」》
https://www.youtube.com/watch?v=PXFlDcWS8Fs

お酒を飲める歳にもなると、誰にでも忘れられない香りの一つや二つはあるはず。
動画では忘れられない切ない香りに今も縛られている「かおる」が、白岳KAORUのさわやかな香りとともに前向きに変わっていく様子をコミカルに描いています。
劇中歌を見事に歌いあげるのは、謎のシンガー「詠流(えーる)」。
今までもそしてこれからも、メジャーデビューの芽は限りなく薄い苦労肌。
無駄に長い下積みの経験が織りなす、情熱的な歌声と粘着質極まる暑苦しいパフォーマンスは涙なしには見られません。
「白岳KAORU」のさわやかな香りと切ない恋心が画面越しに伝わる珠玉の動画に仕上がりました。
白岳にまつわる小ネタも各所に散りばめておりますので、ぜひご覧ください!
◆「白岳KAORU」ブランドサイトはコチラ
https://www.hakutake.co.jp/KAORU/
◆「白岳KAORU」ご購入はコチラから
https://hakutake-shop.jp/view/category/kaoru_regular
YouTube「白岳しろ公式チャンネル」リニューアルオープンのお知らせ!
このたび、高橋酒造の公式YouTube「白岳しろ公式チャンネル」をリニューアルオープンいたしました!
https://www.youtube.com/channel/UCyx-nc0n7utitWIkRwIALXw
公式チャンネルでは、キンハイギンハイや「白岳KAORU」のCM動画を展開中で、今後も様々な動画をアップしていく予定です。
この機会に、ぜひチャンネル登録と高評価をお願いいたします!
「味わいの刻」が、YouTubeで視聴可能になりました!
TKU(テレビ熊本)で放送中の人気番組、「中原 丈雄の味わいの刻」。
俳優・中原丈雄さんが熊本の名店に訪問して美味しい料理と白岳の米焼酎を楽しむ名物番組で、2014年4月4日の放送開始から今年で8周年を迎え、これまでに300軒以上の店舗に訪問してまいりました。
そんな「味わいの刻」が、
TKU公式ホームページ内の「TKU official YouTube」
(https://youtu.be/60mNPZ8W2-4)にて視聴できるようになりました!
・見ようと思っていたのに、つい見逃してしまった!
・熊本に住んでいないので、視聴出来ない!
・もう一度あの店舗の映像を見たい!
などなど、いろいろな方に楽しんで頂けるよう2021年4月2日の放送分より少しずつアーカイブしていきます。
記念すべきYouTube第1回目は、「まんじぇ」様。
春野菜たっぷりの絶品マカロニグラタンと白岳しろを楽しむ中原丈雄さんをぜひ御覧ください!
人吉球磨アンバサダーズインタビュー第4弾| 元プロサッカー選手、巻誠一郎さんのインタビューを公開!

2021年1月から連載を開始した、「人吉球磨アンバサダーズインタビュー」。
4回目となる今回のゲストには、元プロサッカー選手の巻誠一郎さんが登場します!
熊本のサッカークラブ、ロアッソ熊本にも在籍経験がある巻さん。
2016年に発生した熊本地震では、自らも被災しながら、スポーツを通じて積極的な支援活動を展開してきました。
人吉・球磨地方の令和2年7月豪雨災害が発生した際も、他の仕事を全て断って現地での活動に尽力するなど、豊富な支援経験と復興への熱い思いをあわせ持つトップアスリートです。
インタビューでは、巻さんの考える復興支援のあり方や現在も関わりを持ち続ける被災地との関係、そしてサッカーというスポーツの魅力や奥深さについて熱く語っていただいています。
巻さんの温かい人柄が伝わるインタビューです。
ぜひ、ご覧ください!
https://ambassadors.hakutake.co.jp/ambassador/ambassador-4.html
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◇「人吉球磨アンバサダーズインタビュー」について
人吉球磨に所縁がある表現者たちのインタビューを掲載したwebコンテンツです。
各界で活躍する表現者の方々を、「アンバサダー(大使)」に任命し、インタビューを通じて人吉球磨がもつ価値や魅力を再発見していきます。


