人吉球磨アンバサダーズインタビュー第3弾|発酵デザイナー、小倉ヒラクさんのインタビューを公開!

“ソーダ割りやショートカクテルとかも合うでしょうね”

銀しろが入った盃を傾けながらそう語るのは、発酵デザイナーの小倉ヒラクさん。
「人吉球磨アンバサダーズインタビュー」、3人目のアンバサダーです。

ヒラクさんの肩書きは、まだ日本では耳慣れない「発酵デザイナー」。
ヒラクさん曰く、発酵デザイナーの仕事とは、「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」こと。全国の醸造家や研究者たちと発酵・微生物をテーマにしたプロジェクトを展開しながら、発酵の持つユニークな一面や奥深さを、デザインという媒介を通じて表現するクリエイター兼ディレクターです。

もともと、アートディレクターとして国内外で活躍していたヒラクさんでしたが、ある機会に発酵食品ができる仕組みに強い興味を持ち、独学で勉強を開始。
2019年に渋谷ヒカリエで開催され、5万人の来館者を集めた展覧会「発酵ツーリズム」や2020年4月に東京・下北沢にオープンした発酵食品のセレクトショップ「発酵デパートメント」など、発酵の世界を彩る独自のコンセプトをデザインしつづけています。

サイトでは、2020年9月に豪雨災害の傷跡が残る人吉の町を訪ねる中で、ヒラクさん自身が見たことや感じたことを中心にインタビューを展開。
地理的・歴史的な観点から見た「人吉×発酵」のあり方を、発酵専門家としての視点とヒラクさんが持つやわらかい感性で語って頂いています。

今までにない角度から人吉球磨を見つめ直すことができる素晴らしいインタビューとなりました。ぜひサイトへお立ち寄りいただき、3人目のアンバサダー、小倉ヒラクさんのインタビューを御覧くださいませ。

URL:https://ambassadors.hakutake.co.jp/ambassador/ambassador-3.html

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
◇小倉ヒラク(おぐらひらく)profile

発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちと発酵・微生物をテーマにしたプロジェクトを展開。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨の山の上に発酵ラボをつくり日々菌を育てながら微生物の世界を探求している。アニメ『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014を受賞。著書に『発酵文化人類学』『日本発酵紀行』。YBSラジオ『発酵兄妹のCOZY TALK』パーソナリティ。2020年4月に下北沢に店舗『発酵デパートメント』オープン。

◇「人吉球磨アンバサダーズインタビュー」について
URL:https://ambassadors.hakutake.co.jp/
人吉球磨に所縁がある表現者たちのインタビューを掲載したwebコンテンツです。
各界で活躍する表現者の方々を、「アンバサダー(大使)」に任命し、インタビューを通じて人吉球磨がもつ価値や魅力を再発見していきます。

第195回 悪魔の温泉

 私は温泉評論家。全国津々浦々の名湯秘湯を訪れ、紹介している。温泉が大好きという人々がいかに多いことか。そんな人々が私の温泉紹介を心待ちにしていてくれる。潮が引くと出現する海底温泉や、一日一度だけ地中から噴き出す湯の溜まりを利用する間欠泉温泉やらも皆に喜んでもらった。私が紹介すると珍しがられて、ある岩窟温泉などすぐに世界遺産に指定されたほどだ。だから、今日も私の知られざる温泉探しの旅は続く。
 普段でも温泉人気は凄いのだが、特に冬場は温泉の人気が高まるようだ。雪が舞う風景の中で風呂に入る情景には誰もがロマンを駆り立てられるのではなかろうか。ネット情報では、もう誰もが知っている手垢のついた情報しか得られない。本当に貴重な情報は方々の土地を訪ね、口伝えに教えて貰わなければ得ることはできないのだ。
 この日、あるひなびた田舎町を訪ね、その温泉のことをそして、知った。情報をくれた男はあやふやに教えてくれた。背後のどんよりとした雲のかかった灰色の山を指差して。
「あの山の高いところに物凄く素晴らしい湯が湧いているそうだよ。どこのガイド本にも載っていない。発見されてまだ間がないらしい。いや、私もまだ行っていない。山に登るのは苦手なんだ。なんでも、誰かのお告げで見つかったらしい。噂だけれどもね。とにかく素晴らしいらしい。その湯に自分で浸らないと湯の素晴らしさはわからんのだろうな」
 もちろん、そんな温泉の存在は知らなかった。
 お告げで温泉が見つかるのは、定番だ。布袋さまが夢枕で教えてくれたり、聖徳太子が指差していたり、日蓮上人や薬師如来さんと偉い人の温泉のお告げ話は多い。だから不思議なことではない。
 教えられた山へタオル一本持って登ってみた。お告げで見つかった温泉にはどんな効能があるんだろう?いや、本当に温泉が存在するのか?雪が深くなっていく。
 温泉があっても誰が使う?熊?猿?鹿?
 山へと登る。ピークを過ぎて下ると岩場に出た。その岩場が奥に続く。あたりが急に冷え込んできた。高度のある山だから。平地より百メートル標高が上がるごとに〇・六度気温は下がるという。仕方ない。その岩陰の向こうは……。
 驚いた!点々と遭難者の凍死体が転がっているではないか。
 遺体の傍らにはタオルが……。皆、温泉を求めてここにたどり着いたのか。しかし力尽きて……?しかし、温泉は本当にあるのか?
 と、その岩陰の向こうにまわると天然の温泉が。体育館より広い巨大プールのような。迫り出した岩で温泉の半分くらいは雨が降っても大丈夫なようだ。そして、無数の人々が湯気の間から幸福な表情で浸かっているのが見えた。さっきの遺体は、もう少しで極楽温泉にたどり着けたというのに。可哀想に。
 さて、この温泉を体験しなくては。服を脱ぐと、早速、湯に浸る。
 なんと!この素晴らしい湯加減は!しかも湯質はとろっとろ。かすかに白濁して硫黄が香る。最高の温泉だ!身も心も癒やされる。
「もし、新顔の方かな」と声をかけられた。痩せた老人だ。この温泉の常連だろうか?
「はい。初めてです。いい湯ですね。私は温泉を取材に来ました。話を聞かせていただいていいですか?」
「ああ、かまわないよ。しかし取材したところで役には立たんと思うよ」
「いやいやいや。あなたは、この温泉の常連さん…?」
「なんと言えばいいか。発見者というか、生み出したものというか。昔はこのあたりに温泉がなくてのう…」
 なんと素晴らしい。温泉の発見者に会えるとは。
「へぇ、それで?」
「残念に思い、さまざまな神様仏様に温泉を作ってくれと祈ったが聞き入れてくれないんだ。そのとき、悪魔に願えば叶う…という噂を耳にしてな。悪魔を呼び出して頼んだんだ。悪魔は願いを叶える代わりに陥し穴を仕掛けると聞いていたんで、地獄の釜のような温泉を作らないように、最高の湯質湯加減の温泉にしてくれ。それで湧き出したのが、この“悪魔の湯”なのじゃ。まさに悪魔が作り出しただけあって、約束通り、湯に浸れば夢心地になれる至上の温泉というわけじゃ」
 なるほど。それで、これほどまでに素晴らしい温泉というわけだ。一度この湯に浸かれば二度とあがりたくなくなる魅力的温泉。まさに悪魔的!
「いい温泉でよかったですね。では、あなたはしょっちゅう、この温泉に来ておられるんですね?」
 老人は意外なことにため息をついた。なぜ?
「いや。私はこの悪魔の湯に入って以来、ここから出ていけなくなった。あまりの湯の気持ちよさに身も心も虜になってしまった。温泉を上がろうともしたのだが、無理だとわかった。だから悪魔の温泉で暮らし続けている。腹が減れば、温泉の中央に木の実もなっておる。それを喰えば、また極楽気分で、どうでもよくなる」
 ぞっとした。聞けば入浴中の他の人々も湯に浸かったままだと。まさに温泉に囚われた人々だ。「失礼します」とお湯から飛び出して全身をタオルで拭き、服を着る。と同時に、ものすごい寒さに凍え始めた。この悪魔の温泉から出ようとすると全身が凍えるということをその瞬間に理解した。さっきの凍え死んだ人々は温泉にたどり着けなかったのではなく、逃げようとして…。
 寒さに耐えられず服を脱ぎ再び温泉に飛び込む。全身に快感が戻る。至福だ。やはり…「悪魔の温泉じゃ」と老人が言った。