第2回「チョック・ストーン」

「市房山に一緒に登ろうよ」
そう言い出したのは、妻だった。
ゲッと思う。最近、妻が登山にこっているのは知っていた。しかし、私まで巻き込まれるとは思ってもいなかった。苦しい思いをして、山道を登って、何が楽しいのだ。
「お願い。今度の結婚記念日に。装備は私が揃えるから」と行った。「山歩きに一度だけつきあって!」
「厭だよ。身体がもたないよ」
「ゆっくり登ればいいの。あなたのペースに合わせるわ。無理だったら次からは誘わないから」

市房山に登ることになった。まさか、妻は私が知らないうちに、私に生命保険をかけたのではないだろうな。おもわず疑う。だが、その気配はないようだ。

結婚記念日。私たちは、湯山温泉に泊り、早朝、市房キャンプ場近くの登山口をスタートした。この日のために、妻は登山靴を買ってくれた。安いものではないはずだ。私が二度と山に登らないと言ったら、この登山靴は靴棚ふさぎと化すだろう。勿体ない。だが、それは口にしない。市房神社に着く前に、すでに私の息は、フイゴと化した。心臓の鼓動は早鐘のようだ。私はへたばったふりをする。妻は、諦めてくれるかと思いきや、私の回復を辛抱強く待っていた。これでは歩き続ける以外にない。頂上には、一般登山者であれば三時間半で到達すると妻は話していた。

「その倍の時間かかってもいいのよ」
登りが延々と続く。ひたすら歩く。
「いい景色でしょう」周囲の風景など見えない。視野が狭くなっている。
「空気がおいしいわ」空気を味わう余裕などない。喘ぐだけだ。

二〇分ほど登り、休み、また登る。
「もういやだ。歩かない」岩場にへたりこみ、妻の反応を見た。妻は、黙って腰を下ろし、私を見ている。回復を待っている。「もう、ここは九合目よ」励ますようにぽつりと言う。

また歩く。ひたすら登る。少し、苦痛が消えてきたようだ。巨木や巨石が眼に入るようになった。頂上に着いたのは登山口から四時間半後だった。もう登らなくていいと思うと放心状態になった。標高一七二二メートルよく登ったと自分に呆れた。四方に下界が見渡せる。

「すごいわ、あなた。ちゃんと登れたのね」
妻が誉める。悪い気はしない。妻はカメラを出した。「記念撮影してあげる」
「ああ、いいよ」と応じたが、妻は、首を横に振った。「ここより、もっといい撮影ポイントがあるの」
もう少し、頂上の先にあるという。その場所に連れていかれた。「あの岩の上に乗って」
カメラを持つ妻に言われるまま、その岩の上に立つ。下を見て驚いた。私の立った岩は中に浮いたような状態になっている。チョック・ストーンというやつだ。

妻が言った。
「その岩は心見の橋というの。病ましい心の持主とか嘘つきは、そこから落ちちゃうって」
それから、私がどう反応するかを待っているようだ。私は高所恐怖症であることが自分で初めてそのとき自覚した。そして、妻が私をここ迄連れてきたがった理由を知った。

「ああ、そうなのか。さぁ、早く写してくれ」妻はうなづき、カメラを持って言った。
「私のこと、今も愛してる?」
バカ!と言いたかった。妻はシャッターを押さずじっと、待っていた。仕方ない。
「あたりまえだろ」と答えた。まだシャッターを押さない。
「ちゃんと言って」私は言った。顔から火を吹く思いで。妻は続けた。
「今まで、浮気したことある?」
「ない」叫んだ。めまいがした。シャッターが押された。私は、そんな言い伝えは、信用しない。そのくらい、平気で答える。私は、心見の橋から落ちることはなかった。
しかし、女はいくつになっても幼稚さが消えないと私は思う。妻は来年が喜寿、私が傘寿になろうというのに。帰り道、妻は笑顔だった。
だが、こう付け加えた。

「あなた、あそこで嘘ついて落ちなかった人は、死んだら地獄に落るって知ってますか?」

私は「知らない」と答え、溜息をついた。

第1回「白髪岳にキノコとり」

さて、このホームページをスタートするとき、高橋酒造へ挨拶のため訪問してわかったこと。焼酎白岳の白岳とは、白髪岳から由来して名付けられたということである。
昔々、山歩きが好きな私は白髪岳に登ったことがある。標高一四一七メートル。ブナの原生林が見事だったという記憶がある。

その頃は、まだキノコ採りに目覚めていなかったのだが、植生からしてこの山はキノコの宝庫という予感を持っていた。
「そうですか、白岳は白髪岳ですか。皆でキノコ狩りに行ったら楽しいだろうなぁ」と思わずもらしてしまった。
「その企画いいですね。やりましょう」
とんとん拍子に話は進み、白髪岳でキノコ狩り探検隊である。

頃はといえば十月下旬。九州では、これからキノコの発生時期という微妙な頃。
麓のビハ公園キャンプ場に集合していざ登山口へ!心ははやる。ブナの樹に群れるムキタケや、ブナシメジ、ナメコなどのイメージが頭の中で私に流し目をくれるのだ。待ってろよ。もうすぐ、篭の中に入れてあげるかんねー。
登山口から歩きはじめる。登山道の脇の倒木に目を走らせ、あっちうろうろ、こっちうろうろ。藪をかきわけ、倒木をのぞく。サルノコシカケやカワラタケは目につくのだが、おいしい食菌は見あたらない。
「あっ」と声をあげかける。倒木にキノコのシルエット。あわてて駆けよる。びっしりとついていたのは、おいしそうなツキヨダケ。でも、これ猛毒なんだよなぁ。シイタケそっくりだから、九州では、このキノコにアタる人が一番多い。・・・・ということは、食菌の時期には、ちと早すぎたということか・・・・。少し悲しい気分になる。
その後、すぐにナラタケを発見!探検隊の皆を呼び集める。ナラタケは、やはり初秋からのキノコだから、二週間ほどシーズンには早かったということかなぁ。でも、歯ごたえのいいキノコだから良しとするか!それからホコリタケの幼菌をいくつか。これも、マシュマロみたいな感じなのだよね。口に入れたとき。良しとしよう。
カメラ担当のO氏が、「これ何でしょう」見るとクリタケの幼菌たちであった。「食べましょう」と採る。
高橋酒造の高橋専務が、藪の中に消え、しばらくして、「こんなものありました」とキノコを採ってきた。見るとスギタケだ。これちょっと若いかなぁ。
私のキノコの考え方は「おいしいキノコ」
「それ以外のキノコ」という二極分化した大雑把なとらえかたでしかない。
はや、頂上近くだが、後が駄目だ。地面が乾ききって、キノコの気配も見えなくなった。
もう一つ見えなくなったのはキノコ好きというM氏である。藪の中に入って以来、姿が見えない。心配していると、突如、現われる。ちゃんと獲物を手にしている。アカモミタケだ。これは私も、まだ、食べたことがない。それから黄色いキノコを二本。「笑顔のないかたに、おすすめしようかと思って」オオワライタケである。マンガによく登場するキノコである。
以降、目ぼしい収穫はない。どん欲な探検隊としては、少々、物足りない。「焼酎しろ」のビンを半ば土に埋めておいて、「あ、こんなところに名菌ハクタケが生えている」というのはどうだろうなどと、ふと思いつくが、馬鹿にされそうなので黙っておく。
とれたキノコは、ビハ公園で皆ですき焼きに入れて食べる。ううむ。デリシャスである。今一つ、満足いく収穫にはならなかったが、白髪岳!今日はこのくらいで許してやる、とつぶやく。でもスキヤキうまかったな。朴葉味噌にナラタケとアカモミタケ入れたのも絶品だったぞ。
焼酎くいと飲んだとき、声が!
「キノコ、キノコ」
声の方角へ、皆が駆け寄る。なんと公園キャンプ場の草の中にヌメリイグチの群生が
「登らなくても、ここでとりましたねぇ」
そこで、皆、苦笑いでキノコ探検隊は幕を閉じた。