「自動運転解除」と波兵が言う。自動車は「もう少し、私にまかせてもらえませんか?」と答える。「だめだ。わしが主人なんだぞ。わしの言うとおり解除しろ」自動車は素直にその命令に従う。
今のA I付きの自動車は二年前に波兵のために息子が買い替えさせたものだ。古希を過ぎたあたりで波兵の運転能力を心配するようになった。そしてA I運転機能付きの自動車に買い替えさせたのだ。これなら、行先を告げただけで自動車は波兵を目的地に運んでくれる。だが、家族が乗っていないときは、すぐに波兵はA I運転機能を解除してしまう。「機械に運転を任せていたら、どんどん自分の運転能力は低下してしまう。そんなの我慢できんわい。自分で運転できるうちは自分でやるんじゃ」というのが波兵の理屈だった。家族から見送られて家を出るときは、もちろんA I運転で出発する。「今度、もし運転して何かあったらお父さん、自動車免許は返納してもらいますからね」そう家族には言われている。「そんなのわかっとるわい」と憎まれ口を叩くのは忘れない。運転の醍醐味とは自分でアクセルを踏み込んでハンドルを操作するところにあると信じている。
「話しかけてもいいぞ」と波兵が自動車に言う。遠慮していた自動車は、波兵に嫌われない程度に声をかける。「春らしく風が気持ちいいでしょう」「あたりまえだ。気持ち悪いなら窓閉めるし、そもそも運転しないよ」「ブレーキは早め、早めにお願いしますね」「そんなの、危ないときに止めてくれるのがA Iだろうに」「でも、今は波兵さんの運転ですから、私はブレーキをかけられませんよ」「そういうときはブレーキをかければいい」「これから細い道でカーブが続きます。心して安全運転をお願いします」「いちいち言われなくてもわかってるよ。ドライブテクニックには自信があるんだ。これがわしの楽しみの一つでなあ。ほら、ヘアピンカーブだ!」「なるほど、独特な軋み音ですね」「おや、お前は怖くないのか?わしの運転で」「私に怖がる機能はありません」「へぇ、話せるやつだな。よし、もう少しタイヤを響かせてやるか!」
そしてある日のこと、波兵が楽しみを奪われることになる日が突然やってきた。
自動車の自動運転を解除して波兵がハンドルを握っていたときだった。道の反対側の電信柱の陰から、突然幼児の乗った子供用三輪車が現れたのだ。慌てて波兵は急ブレーキを踏んでハンドルを大きく回した。自動車は惰性で大きく弾かれて車輌の頭部を電信柱に激突させて止まった。ボンネット部分は大破していた。自動車が申し訳なさそうに言った。「私がついていながら、こんなことになってしまいました。お詫びの言葉もありません」幸い誰にも怪我はなかった。いわゆる自損事故というやつだ。波兵は思わず毒づいていた。「そうだ。わしよりもお前の責任だろうが。何のための人工知能だ。必死で事故を食い止めてこそのA I車といえるんだろうが」それに対して自動車は何も口ごたえをしない。
そのまま自動車はレッカーで整備工場へと運ばれていった。自力走行もできないほど破損したのだから。
波兵には、それから家族の非難が待っていた。「お父さん。約束でしたよね。今度、自動車運転でミスをしたら、免許証を返納すると。お父さんの安全のためだし、社会のためでもあるんです」
「もちろん、そのつもりだ。約束を忘れはせん。明日でも免許は返してしまう。ああ、せいせいする」その言葉通り波兵は免許を返納した。事故を起こした自動車は修理工場から戻ってくることはない。手続きをした息子も何も教えてくれないし、波兵も尋ねることはできなかった。メンツがあるから。そしてうすうすと、自分の運転技術に限界を感じていたのは内緒だ。免許返納の時期を考え始めていたときでもあったし、自動車が必要なときは家族がいつでもどこでも送ってくれると言っているし、困ることは何もない。
波兵が自動車免許を返納して半月。庭の草花をいじっていて、ふと自分の生活に欠けたものを感じた。なにかは、すぐにわかった。誰も自分に話しかけてくることはない。家族は波兵がいなくても楽しそうに語り合っている。「おい、園芸ばさみ知らないか?」「知りませんよ。もっと、ご自分でよく探してください」
波兵は外出した。電車をいくつも乗り継いだ。自動車があれば簡単なのに。目的の整備工場に着いた。息子はいつもここに頼んでいる。
「こちらに事故を起こしたうちの自動車があると思うが」「ああ、息子さんの要望で廃車いたしました」波兵は腰から力が抜けてへたり込んだ。自分には自動車(あいつ)が必要だったのに。それが波兵にはやっとわかったのだった。家では誰も話し相手になってくれなかった。唯一の話し相手がA I自動車であったことに気がついたのは今朝のことだった。「廃車…」と呟く。「A Iもかね」「ああ、データ消しました。個人情報ですからね。悪用されないように」
すべて絶望だった。背後から声がした。「自動運転解除ですか?」聞きなれた声。波兵の目から涙が噴き出した。「おまえ!」
整備士が慌てて言う。「あ、それバックアップデータなんです。これも消さなきゃな」「待て。これだけでも譲ってくれないか」波兵は自動車のデータを持ち帰った。
それからしばらくして、波兵は孫に三輪車を買い与えた。子守りをする波兵の声は明るい。「ペダルの踏みすぎに注意しましょう」と三輪車が言う。「自動運転!」孫の代わりに波兵が叫んだ。「わかりました」と自動車は答えた。子どもの三輪車にも今はA Iを取り付けることが可能になったのだ。心なしか自動車のA Iの声は朗らかだった。
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第208回 ママのくるま
その時代。自動車にA Iが組み込まれるのは当たり前になっている。そして運転も音声操作だ。自動車も音声で応えてくれるし無駄話にもつきあってくれる。父親が新車を買ったときも販売スタッフが納車の時に尋ねてきた。「初期設定をやりますが、性別・言語が選べます」「そうですか」と父親は考える。それからスマートフォンを差し出す。「実は3ヶ月前に妻を亡くしたのですが、息子が母親を亡くしたショックから立ち直れていません。これは妻が長年使っていたスマホで、妻の声も妻の情報もすべて入ってます。このスマホの情報を自動車に入れてもらえませんか?」
技術担当者は「やってみましょう」と。
「いつもは、一般的な性別のない音声でかまいません。息子が乗ったときだけでいいですから。まだ幼い息子が悲しみを感じなくて済むように」
「わかりました」
そして父親は自動車に乗り始めた。新車だから乗り心地は文句のつけようがない。そして「今日は息子を乗せるつもりだ。息子の名はヒロ。よろしく頼むよ。ほとんど泣きっぱなしの状態だから」とある朝、自動車に伝えた。
「はい。ヒロさんの母親として話すのですね」「そうだ」
乗ってきた男の子は四、五歳に見えた。自動車は肩を落としているヒロに声をかけた。「ヒロくん。元気ないね。男の子なんだから元気出して!」その声を聞いたヒロは驚いて声をあげた。
「その声。ママなの?帰ってきたの?どこにいるの?」「私はクルマの中にいるのよ。わけあってクルマから出られないの。でも、クルマに乗ればいつでもお話しできるのよ。会うことはできないけれど。ごめんね」
それでもヒロはがっかりするどころか表情を輝かせたのだった。「大丈夫だよ、ママ。自動車から出られないならいつでも僕は自動車に話しにくるよ」
自動車は母親のスマホから情報を最低限、取得していたようだ。運転席の父親もその声に驚いていた。
「幼稚園はどうなの?」
「楽しいよ。でも、ママがいなくなって少しつまらなかった。これからはもっと楽しくなると思う」
その言葉通りヒロはみるみる元気を取り戻していく。やがて、小学校に入っても何かあるとヒロは自動車に乗りたがった。父親が帰宅するのをヒロは門の前で待ち構えているのだった。「ヒロだよ。またママを演じてくれよ」
「はい。わかりました」
性別のない声からA Iは瞬間的に母親の声に切り替わる。
「ねえ、ママ。今日の理科と算数は僕だけ百点だったんだよ。ママに知らせたくて」「ありがとう。二つとも百点満点だったなんてすごいね。ママとっても嬉しいわ」「うん。たくさん勉強してママがこの自動車から出られるようにしてあげる」「楽しみだわ」
そうして時が過ぎていく。小学生になったばかりだったヒロも成長していく。父親の自動車も何度目かの車検を受けることになった。最初はあまり必要がなかった部品交換も必要になってくる。
「A Iも新バージョンにアップしますか?」「いや、しばらくはこのままでいいよ」
父親も息子が乗ってきて妻の声の自動車と話すのを聞くのは楽しみでもあった。ヒロも何かと理由をつけて自動車に乗りたがった。それから、また数年が経過した。
最近は。
ヒロは積極的には自動車に乗ろうとはしない。乗ってもあまり自動車と話そうとせずに車窓を眺めているだけだ。成長したということか。
「ヒロが変わったのは気がついているだろう」父親がそう尋ねると「はい」と自動車は中性的な音声で答える。「やはりヒロが成長したということかな」「はい。そう推測されます」「もうヒロも自動車免許が取れる年齢なのに。そしたら、この自動車もヒロに譲ろうと考えていたのだが」すると自動車は意外な返答をした。
「申し訳ありません。自動車を路肩に寄せて、停車してかまいませんか?」父親は故障の可能性も考えつつ自動車を停止ささた。
「どうしたんだ」と自動車に尋ねる。
「ありがとう。あなた」自動車の声が突然変わった。それは母親の声……いや亡くなった妻の声だった。
「おまえ……まさか」
「ええ。そう私よ。ここまでヒロを一生懸命育ててくれて、ありがとう。ヒロは立派に成長してくれた。あなたには感謝の言葉しかないわ。あなたは、自分の楽しみまで削ってがんばってくれた」
今、父親も一人の夫に変わっていた。妻から感謝の言葉を聞かされると、涙が溢れてきた。それで視界が完全に歪んで何も見えなくなってしまった。自動車が路肩に寄せて停車してもいいかと尋ねたのは、そういうことだったのか、と夫は理解した。「しかしこの声はヒロに対して設定してあったのに」
「ヒロが設定を変えたの。ヒロはA Iに関する知識はあなたより上。だから設定の書き換えくらい朝飯前なの」
夫は思う。ヒロも大人になったんだと。「心配なのはあなたの身体。血糖値が少し高いわ。飲み過ぎないでね」「わかった。それもヒロが言わせたのか?」「違うわ。運転席で健康もわかるのよ」しばらく沈黙があった。自動車が言う。「じゃあ、私、元の声に戻りましょうか?」
「いや。話し相手になってくれないか?いや、このまま二人で昔行けなかったところを旅行してみないか?」
「こんなポンコツの私でいいの?」「ポンコツ……?そりゃ僕の方こそだよ」夫は涙を拭かないまま声をあげて笑っていた。
それからは夫と自動車は、どこまで走っても走り足りない気持ちでいるのだろう。きっと、いつまでも。
第207回 本音商会
私はファッション・ブランドを主に扱う小売業。アパレル業界のはしっくれとでも言えばいいのかしら。洋装店、ブティックということもある。店を訪れたお客さまにお似合いの服をお奨めする。そしてお買い上げいただければ、店の売り上げが上がる。
今日もお店を開店……「いらっしゃいませ。あれ?」
入ってきたのは、なんだか印象の薄い人。あまりに印象が薄くて、向こう側が透けて見えるような気がする。男か女かもわからない。
その人が言った。「いえ、客ではないんです。私は本音商会の者です。ご指示により三日間とり憑かせていただきます」
この人、何を言ってるんだろ、と思う。これからお客さまが次々に来店される時間なのに。こんなやつの相手してる暇なんかないわ。
早速ドアが開き、入ってきたのは中年の奥さま。いつも気前よく買物をしていただくお得意さま。
「いらっしゃいませ」「ちょっと春先に着ると良さそうなもの、探しにきたの」「どうぞ、ごゆっくりお探しください。ちょうどいろいろ入荷したところなんですよ」
奥さまは色々探し始めるが、ときどき思う。この奥さま、少しセンスが変なのよね。でも本人が気に入っているならいいか。早速、数着の春の新作を。
「ねえねえ、これ、どうかしら」あ、やはり。
「なかなか、個性的ではないでしょうか」と言う。すると私の背後から声が。「そんなの着て表歩いたら、チンドン屋と間違われますわ」それは、内心ぼんやり思っていたこと。それが、声になって。振り向くとさっきの人だった。私の考えを声に出して言っている。奥さまは、まあ失礼なとばかり目を三角にして私を睨む。「私じゃありません、この人が」と指差すが。奥さまは「誰もいないじゃないの」
影の薄い奴とは思っていたが奥さまに見えないほどとは。「奥さま、他にもいろいろといい品が入っています」と取り繕うが後ろの人が「まあ、どれも似合わないけどな。猿が着た方がもっとましだよ」と。
「なんてことを言うの?もう二度とこのお店にはまいりません」と奥さまは顔を真っ赤にして怒り出して帰ってしまう。
本音商会は別段表情を変えてはいなかった。平然と私の後ろに立っているだけだ。
これでは仕事にならない。私の心の汚れている部分がすべて晒されてしまう。誰が本音商会を雇ったのだろう。もっと私の心が清らかだったらよかった。私は店を閉めて家に帰った。本音商会がいなくなるまで、店を開けない。三日間我慢すればいなくなるわけだ。数日間不在にします、の張り紙を入り口に貼って店を閉めようとして驚いた「数日間不在にします。ホントは家にいるつもりだけどね」私の筆跡だ。振り向くと本音商会が手にペンを持っていた。こいつの仕業だ。
家に帰るとサラリーマンの夫はこの日は休みで家に寝転んでいた。夫は驚いて立ち上がる。「どうしたんだ。店は休みなのか?」「こいつのせいよ」と本音商会を指差す。「え、どこ?誰?」夫には見えていないらしい。なぜ?でも、詳しく話したところでわかってはくれないだろうし。「いいわ。気にしないで」すると、本音商会が私の背後から私そっくりの声で続ける。「どうせ、あなたみたいな無神経な人に事情を話しても、わかりゃしないわよ。それより、ぐだぐだしている暇があれば気を利かせて、掃除の一つもやったらどうなのよ、このタコ」
前半はそんなこと思ったかもしれないが、後半は本音商会の創作だと思う。いや、ひょっとすると心の隅でそんなこと思ったのかもしれないが、わからない。しかし、夫はてきめん怒り出した。家での過ごし方に自分でも引け目を感じていたのだろう。だから怒りもひどくなる。「なんてことを言うんだ。そんなことを言う前に自分こと反省したらどうだ。家のことはなんでも押し付けて、ぼくが努力しているのがわからないのか?この無神経女」
夫も日頃の不満を口にする。何という言いようだ。売り言葉に買い言葉。私も、また言い返そうとして、待てよ、と思い直す。
これで私の家庭が滅茶苦茶になったとすれば、私の本音のせいだろう。それは本音商会のせい。
こうなったら三日間、誰にも会わずに部屋に籠もっておくしかない。しかし、誰が本音商会なんて私に差し向けたのかしら。しかも私以外には誰にも見えていないなんて。
そんなことを悶々と考えながら三日間を耐え続けた。本音商会は私に寄り添い、独り言で「ふわあ、退屈だなあ」と漏らすと、律儀にも「この本音商会の邪魔者さえいなければ、仕事にも行けるのになあ」と付け加えてくれるのだった。ちゃんとわかっているじゃないか、と思う。
やがて三日目が過ぎた。
「本音商会さん。これでもう私にとり憑くのは終わったんだねえ」
本音商会は胸を張り「はい、これで請けている仕事はすべて終わりです」「私に取り憑けと命じた雇い主は誰なの?」「申し上げられません」「コンプライアンスというやつ?じゃあ、私が本音商会を雇うことはできるの?」「もちろんです」「じゃあ……」
あなたを雇った人に今度はとり憑いて!と言いかけてテレビ画面に目が止まった。「この人にとり憑いてもらえる?」その方が世の中の為になる。
それは、就任演説中の新首相だ。
【note更新のお知らせ】「白岳しろ」は本格米焼酎?球磨焼酎?
白岳の商品や造り手にまつわるストーリー、
そして身近なお酒文化について
毎週水曜日に公開している
ウェブマガジン「note」。
今週も新しい記事が更新されましたので
お知らせいたします。
【今週の記事について】
「白岳しろ」は本格米焼酎?球磨焼酎?
https://note.com/hakutakeshiro/n/n997ca97fe0ac
なかなか普段意識せずに使い分けている
「本格米焼酎」と「球磨焼酎」の違いについて
やわらかめにお話ししております。
焼酎の世界について、
また一つ詳しくなれる内容になっておりますので
ぜひご覧ください!
「白岳しろ」noteアカウント開設のお知らせ
このたび、白岳しろ(高橋酒造)では
日本最大級のメディアプラットフォーム
「note」の公式アカウントを開設いたしました。
■白岳しろ【公式】noteアカウント
https://note.com/hakutakeshiro/
【初投稿記事】
https://note.com/hakutakeshiro/n/n6817f009e8d1
noteでは、公式ホームページや各種SNSで
今まで発信しきれていなかった
本格米焼酎造りに関するマニアックな情報や、
蔵元ではたらく人々の横顔、
そして造り手のこだわりなどを様々な角度から
わかりやすく発信いたしますので
ぜひアカウントをフォローください!
投稿は 毎週水曜日12:00 を予定しております。
今後の情報発信にご期待ください。
第206回 お元気ベルト
腰痛に悩まされ、病状は悪化して歩くこともままならない。杖をついて凌いだが痛みは進行して、最悪の場合は車椅子のお世話になる。
結果、他に方法はないと手術を受けた。三週間入院してリハビリを受けて、やっとよちよち歩けるところまで改善した。退院。
二度とこんな目には遭いたくない。
あとは気長に回復を待つしかない、とも思うが、生活をしていくためには仕事に行かなくてはならない。
会社の連中も「まだ、本調子じゃないようですね。無理しないでくださいよ」と労ってくれる。「腰つきが本物じゃないですよ。見ていて心配になってくる」と。そんなことはわかっている。だが早く仕事に戻らないと。友人たちも、酒に誘うのを遠慮しているようだ。
「大丈夫かよ。山歩きも誘えないよなあ」
うん、時が薬かなあ。ぼちぼち慌てずに元気を取り戻していこう。そう考えることにしている。
友人たちは、それはよかった。頑張れよ。焦るなよ。と言ってはくれるものの、その目は私を憐んでいる。
リハビリのつもりで近くの公園まで散歩してみる。手術後めっきり筋肉も落ちてしまった。まず筋肉を取り戻さなくては。
自分の気持ちがうまく自分の身体に伝わらないもどかしさを、このとき十分に味わった。歩き始めはなんとかいいものの数十メートル歩くと軸足がふらつき始めるのが自分でもわかる。一歩でふらっ、左足出してふらふらっ。右足出してふらふらふらっ。
しかし、いいこともある。酒は入院中はダメだったが、やっと許しが出て外飲みができるようになった。
友人と飲んでいて同情される。
「そうか。それは可哀想だ。そういえば、先日、深夜のテレビ通販で『お元気ベルト』の紹介をやっていたなあ。あれは、お前にいいんじゃないかと思うよ」
「お元気ベルト……なんだい、それは。腰にいいのか?」
問い返すと友人は頷いた。確かに『お元気ベルト』とネーミング聞いただけで腰に元気が湧き出てくる気がする。
「名前を聞いただけで効果がありそうだとは思わないかい?着けるだけで効果があると言っていたよ。真剣に聞いていたわけじゃあない、ながら、で聞いていたんだが。そうだ。病気見舞いしていなかったから、その『元気ベルト』とやらをプレゼントしてやるよ」と言い出した。
「いいよ。いいよ」と断ったにもかかわらず数日後には宅急便が届いた。友人は約束を守ってくれたのだ。中に入っていたのは『お元気ベルト』だった。一見普通のベルトだが幅が少し広い。ズボンの下に着けるようだった。出勤時間が迫っていたが、1日元気で働けるなら。お元気ベルトを着けてみよう。ぐるりと腰に巻く。
カチッと嵌まる音が小気味良かった。
果たして。元気になるのか?と思ったがなかなか元気になれない。おかしいな。するとベルトにいくつかスイッチが付いている。電源がオフになっている。そうか、これをオンにしなくては。どうなるんだ?
電源を入れた。ウィーンと音が響く。動き出すのか?
ヒクッと腰から下が動く。わ、わ、わ、わ。リズミカルに腰が何ども前に突き出される。足は動かない。上半身も動かない。
腰から下だけがリズミカルに前に突き出されるのだ。そして引ける。どんなリズムかというと。クイッ、クイッ、クイッ、クイッ。
鏡の前に立つとその動きはかなり卑猥だ。真面目な表情でいても他人から見れば変な奴と思われるだろう。外そうとしたが外れない。仕方ない。会社へ行かなくては。
歩きながらクイックイッと腰を突き出すと、女の人がキャーと言って逃げていく。逃げていかない人は立ち止まって笑いを隠しきれない。助けてほしい。何が『お元気ベルト』だ。外したいのに外れない。
会社に着くと皆から注目される。女子社員からはあからさまに顔をしかめられ「やめてください。そんな卑猥な動き」
「し、仕方ないんだよ。このお元気ベルトが止まらないんだ」
「スイッチを切ればいいではありませんか!」
「それが、ベルトも外れないし、スイッチも切れないだ」なんと恥ずかしい。
他に策はないと、贈ってくれた友人に電話する。
「ええっ。そりゃすまんなあ。そんなにいやらしく動くんか。いや、俺は自分で着けたことないから、ようわからん。しかし、本当に他にボタンとかないのか?」という頼りなさ。
トイレに行き、よくベルトを見ると……あった。
モード切り替えスイッチ。これで卑猥な動きから解放される。スイッチを切り替えた。ベルトから変な音が。そして前後にひくひくと動く猥雑な動きが止まった。良かった。ほっと胸を撫で下ろす。だが、音が変わる。あ、あ、あ、この動きもいかん。私の股間を中心に、尻が円を描くように動き始めたのだった。誰か止めてくれ。女子社員はウィーン、ウィーンと回転する私の腰つきを見て逃げ惑う。
「助けてくれ!ベルト切ってくれ」見かねた同僚が巨大なカッターを持ってきてベルトを切り、やっと卑猥な動きは止まった。友人に苦情を言い、経過を話す。
「ごめん、ごめん」その後友人からまた品が届く。
開けると今度は『絶倫ベルト』
本格クラフトジン「BEAR‘SBOOK」初回ロット完売のお知らせ
お客様各位
平素より高橋酒造の商品をご愛顧いただいておりまして誠にありがとうございます。
2021年11月8日(月)より販売を開始いたしました本格クラフトジン「BEAR‘SBOOK」につきまして、ご好評につき本日初回ロットが完売いたしました。
このたびは多くのお買い求めをいただき、誠にありがとうございました。
ご購入を検討されていたお客様につきましてはご不便をおかけすると存じますが、なにとぞご理解の程よろしくお願いいたします。
次回入荷時期につきましては現在のところ未定でございますが、販売再開の際はBEAR‘S BOOKのオンラインショップお知らせページ、メールマガジン、公式SNSにてあらためてお知らせいたします。
※高橋酒造の公式HP、SNSでも併せてお知らせする予定です。
※なお、次回入荷時期についての電話によるお問い合わせにはご対応致しかねますので、あらかじめご了承下さい。
今後とも、本格クラフトジン「BEAR‘SBOOK」をよろしくお願いいたします。
【BEAR‘S BOOKお知らせ、メールマガジン、SNSについて】
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第205回 老人とマイタケ
ショート・ショートの締切が近づくと産みの苦しみがやってくる。ああでもないこうでもないと話をひねり出す。だが、なかなか思い浮かばない。掲載時期も考える。秋かあ。キノコの時期かあ。
私はキノコ採りが大好きだ。
そうだ、キノコ採りの話にしよう。
〈私はキノコ採りが趣味だ。山に入り美味しいキノコを求めてさまよい歩く。しかし、季節は秋の短い時期に限られる。ナメコ、ムキタケ、ハナイグチ、アミタケ。キノコ採りが好きすぎて、飛行機に乗って長野まで松茸を採りに行ったほどだ。だから、食用キノコはほとんど自分の目で見つけ出し、自分の手で採った。
ただ一種類だけを除いて。
それはマイタケだ。スーパーの店頭にシイタケやエノキとともにならんでいる、あれ。
なぜ、マイタケと呼ばれているかというと、山中で見つけたときにあまりの嬉しさに踊りを舞うほど。だから、マイタケ。それほど貴重なキノコなのだ。
これまで縁がなかった。深山のミズナラの樹に限られた期間だけ発生するという。そのうち偶然に見つかるさ、と自分に言い聞かせて四十年近く経ってしまったが、未だに出会えていない。マイタケを採ったという人の話も聞いた。「市販のマイタケとは全く違うよ。香りも凄いし、味も濃い。歯応え抜群。キノコの女王だね」そこまで聞かされたら、いつかは出会いたいものだ。そう願いつつどれだけの時が経過したか。いや、マイタケと接近遭遇したことはある。十数年前、九州脊梁の山中でキノコ狩りをしていると老夫婦に声をかけられた。「キノコにくわしいんですか?このキノコ食べれますかね」掌サイズのキノコは何と…マイタケだった。「ど、どこで採られました?」「そのあたりですが」これは毒キノコです。すぐにお捨てなさい。と喉まで出かかった。そかし、「これは美味しいマイタケです。よかったですね!」何と悔しかったことか。老夫婦にはビギナーズラックの女神が微笑んだのだろう。なのに、なぜ、私には採れない。いろんな情報がそれこそ山のように私のところへ飛び込んできた。五家荘の雁俣山で採った、とか馬子岳登山道に老菌があった、とか。すべての情報に足を運び検証したが、私がマイタケと出会うことはなかった。神が私を弄んでいるのか?嘲笑したいのか?
いつかのこと。山でクリタケの大群生を発見して喜々と採る。そこへ通りかかったキノコ籠の人、うらやましそうだったので、「マグレで採れました」と得意げに言った。とその人はキノコ籠を突き出した。「私もほどほど採れましたからいいですよ」その籠を見ると溢れんばかりの天然マイタケがのぞいていた。へなへなと腰が抜けかけたのだった。もちろん、マイタケにはその後も出会えない。
そして今年も秋になった。やはりマイタケには縁がないのだろうか?いや、期待しすぎるから失望も大きいのだ。無心にひたすら好きなキノコ採りを続けるのだ。
そして、その日も山へ入った。
今日は、どのルートを選ぼうか。ハナイグチ狙いの松林なら直進だが。右手の斜面に入ってみるか。そう判断したのは、足を踏み入れていない斜面には、ひょっとしたらマイタケがある可能性を捨てられなかったからだ。そして、斜面を登り始めた。あまり歩かないルートだから踏み分けもはっきりしない。倒木を跨ぎ、岩場を足を踏み外さぬように細心の注意を払った。樹々もブナやミズナラが目立ち始めた。そして崖沿いの杣道。そこで、腰に吊るしたキノコ籠のロープがとれた。あっ、と声を上げたがキノコ籠は宙をくるくると舞い奈落のような谷底へ落ちていった。どうしよう、と一瞬迷うが、谷底も見えない。籠を探しようもない。なあに、獲物は担いで戻ればいいさ。ひたすら斜面をよじ登る。枝にしがみつき、足を伸ばして。何度も息が切れた。登山道ではない、ほぼ原生林だ。もう二度とこの場所は探せないな、と思い正面を見た。奇跡が起こった。ミズナラの巨木の根本の膨らみは……!目を疑う。間違いない。あれほど夢見たマイタケが!
見つけた。
近づいて目をこする。でかい。四キロほどもあるが天然物のマイタケだ。香りが凄い。あれほど夢に見たものが目の前に。神は我を見離さなかった。ナイフで切る。マイタケはずっしりとあった。だが、キノコ籠はない!崖から落してしまったから。両手で抱えて帰ろう。嬉しさに、その場で踊りだしたほどだ。帰ったら、天ぷらか、汁物か、塩焼きもいい。マイタケご飯も。両手で抱え込み下ろうとすると身体のバランスがくずれ、マイタケを岩にぶつける。パラパラと崩れる。足をすくわれ、倒れるとマイタケの塊が割れる音がする。樹々に身体を弾かれた。マイタケの破片が飛び散る。どれくらい時が経ったか。登山口まで下りてきて見た。あれだけ必死に持ち帰ったはずのマイタケが…。崩れ落ち、手の中にはマイタケの破片がかろうじて。「こんなにでかいマイタケ採ったんだ」と皆に話しても、憐れむような視線が集まるだけだ。やはり、マイタケには縁がなかったのか……〉
できたぁ!今月のショート・ショート。主人公の悲哀が伝わってくる傑作ではないか。そう思い編集部に胸を張って持ち込んだ。ところが……。
「残念ですが、ダメですね。これはカジキマグロをマイタケに替えただけのヘミングウェイ〈老人と海〉の盗作としか言われませんよ。もっと練ってください。没です。」
だあああーっ!そんなぁ。
第203回 おもいでマシン
本日は、かくも多数、私の新発明発表会にお集まり頂きありがとうございます。私は天才科学者なのですぐに大発明をしてしまう。だから発明なんて珍しいことではないのですが、今回は一般の参加者の皆さまにもぜひ発明の素晴らしさを知って頂きたいと、このような発表会のカタチにしたわけです。あまりに画期的な発明なので、お話したところでにわかに信じて頂けないかもしれない。
理論上は先行していたのですが、現物は発表会寸前にやっと間に合ったという代物です。ですから、試験装着もまだ済ませていないのです。しかし、正しい製造法ですから間違いなく完成しているのです。
さてこの新発明。名も先ほどつけたばかりです。
「おもいでマシン」といいます。
なかなか趣のある詩的なネーミングだと思いませんか?
もちろんこの機械がどのようなものなのかは、これからの実験でおわかり頂ける筈です。その前にできるだけわかりやすくお話します。
人は一人づつそれ迄に生きてきた軌跡、すなわち人生を持っている。その人生の中では忘れられないおもいでなどというものが重要な役割を果たしています。ときおり人は生きていく上で立ち止まり、過去を心の中で再生させる。それがいわゆる、「おもいでにひたる」という行為です。
私の発明した「おもいでマシン」は、その人の人生の中で心に刻まれているおもいでに、形を与えて具現化させ再生させる装置なのです。
いや再生させるといっても、映像をモニター画面に映し出すといった単純なものではない。映像だけなら幾重にもCG処理して、よりリアルなものを作れるかもしれないが、本物のおもいでとは程遠い。
本当のおもいでには、五感のすべてが含まれているものです。匂いや、音や声、そして肌触り、そのようなものが一体となっているものではありませんか?そして、おもいでが実体化したときには記憶にあるもののサイズも重要です。そのすべてを再現できるのが、このステージ上の巨大装置、おもいでマシンなのです。
自分のおもいでを再現・実体化させたい被験者は、このヘルメット状の思考リーダーをかぶります。するとこれがおもいでを読み取り、マシンの中で空中の物質を集めて再合成させる。そして、おもいでを実体化するというわけです。おもいでの具象化という革命的発明です。
さて、これから実験を行います。初実験です。自分のおもいでを実体化させてという方おられませんか?いかがです?遠慮されずに。あ、おられますか。さ、壇上に!
ありがとうございます。どんなおもいでを望まれますか?初恋の女性を……いいですね。では、ヘルメットを。
では、開始します。おもいでを思い浮かべて。初恋の女性は、どんな方ですか?
幼い頃、憧れていた隣の家に住んでいたお姉さんにもう一度会いたい、と。今はどこにいるかもわからない。でも、あなたの心に生き続けているんですね。一生懸命思い浮かべて!
マシンが動いています。少々音がうるさいが我慢して。
ほら終わりました。おもいでのできあがり。マシンの把手を開いて。ゆっくり。とてもきれいな方だったのでしょう。わかります。
うわあ。
下がって!なんですか、これは。これが隣のお姉さん?ばけも……。いや、なんでもありません。胸が風船みたいだ。お尻がでかくて今にも破裂しそう。目もでかすぎ。まるで少女漫画の登場人物。髪の毛は……ないじゃないですか。髪は思い出せなかったって。
そうか。あなたの頭の中で初恋のお姉さんは誇張されたんですね。そんなに泣かないで。画ごころがないからうまく思い出せない。わかります。私も子どもの頃から絵が下手だったからなあ。だから私、自分で実験しなかったんですよ。しばらくすれば消えますから、心配しないで。
え、消えない。そんな筈は。おもいでが実体化するとそのままになる設定になっていたのか……。お待ちください。おもいでマシンの性能をもう一度チェックしてみますから。
あ、ぼっちゃん、いつの間に壇上に。下りてください。いま、手が離せないから。
あ、触らないで。そのヘルメットをかぶちゃダメですって!
どうしたんです、ぼっちゃん。なに、ぼくもこのおもいでマシンを使ってみたいって?
あ、ヘルメットをかぶってしまった!
そんなに見たいおもいでがあるんですか?
映画?今年見た映画で一番面白かったものをもう一度見たい、と。
え?ブルーレイでとか映画じゃなくて本物で見たい!
あ、あ、おもいでマシンが動き出した。どんどん膨れあがっている。もうすぐ破裂してしまいます!いったいなんの映画だったんです?ヘルメットをはずして下さい。
え、大巨獣ゲスラ?それは怪獣映画じゃないですか?
うわぁ、マシンが爆発してしまう。おもいでの大膨張だ。
会場の皆さん、一刻も早く逃げて下さい!ひええええっ。
<人気&リピートNO.1!>敬老の日最強ギフトのご案内
早いもので、9月20日(祝)は「敬老の日」。
毎年、高橋酒造でも様々な敬老の日向けのギフト商品を用意しておりますが、その中でもダントツの人気とリピート実績を誇るのは、この商品なんです!
放送作家・小山薫堂さんがプロデュースした究極の米焼酎。
熊本県産米「森のくまさん」と球磨川の伏流水をつかって造りあげた贅沢な逸品です。
高橋酒造の杜氏がおすすめする飲み方は「冷やしてストレート」または「オンザロック」。「百」が持つ高貴でふくよかな味わいをお楽しみください。
◆敬老の日に「百」がおすすめな理由①
長寿を願う「百」というメッセージ
「100歳まで元気でいて」というメッセージを伝えるギフトとして、敬老の日に大人気の「百」。末永く繁栄するという意味を込め、企業の周年などでも贈答される機会が多く、モノだけではなく想いも届けたいというお客様から好評をいただいております。
◆敬老の日に「百」がおすすめな理由②
高級感溢れるデザイン
「百」には高級ガラスメーカー「HARIO」製のボトルを採用することで、従来の焼酎にはなかったオシャレなデザインを目指しました。また、コンパクトかつ軽量で、手に持ちやすいサイズ感も贈答用として好まれる理由の一つとなっています。
「しろ(白)」を造っている会社の「一」番の焼酎として、その名がつけられた圧倒的人気を誇る究極の米焼酎「百」。
ギフトとしての風格はもちろんのこと、味にも最高の自信をもってお届けする1本です。
ぜひ、この機会にギフトと一緒に想いを運んでみませんか。

