第217回 ゼロ博士の因果

 さて、この星は危機に瀕していた。ある時期から突然平均気温が下がり始めたのだ。恒星つまり太陽が徐々に活動を鈍らせてるからだ。原因はわからないが、このままだと寒冷化が進みすべての生命がこの星から消え去ってしまうと予測された。この危機から人々を救うにはどうすればいいのか?宇宙に脱出させるべきなのか?しかし、すべての生命を宇宙に脱出させるのは不可能だった。宇宙船は有限だ。乗船できる人数も限られている。しかも、宇宙に脱出できたとしても近隣に移住できる天体は見当たらず、近いうちにこの星の住人は絶滅するに違いなかった。だから解決策は一つ。太陽を蘇生させることだった。この星には天才的頭脳を持った科学者、ゼロ博士がいた。彼はこの星の全生命を救うべく研究を続けていた。彼は太陽を蘇生させることができるある可能性にたどり着き、その計画を実行しようとしていた。太陽人工無限連鎖反応計画だ。その理論では、この計画を実行に移せば太陽は衰弱することなく永久に安定的活動を続けていくというものだった。
 計画はこうだ。太陽の中心部に無限核反応誘導ゼロ式弾を打ち込む。すると、弾は太陽を安定化させ限りなく活性化させ続ける。これで人々どころか、星系のすべての生命を救うことができるはずだった。
 それはゼロ博士が幼い頃から努力を重ね続けてきた研究の成果だった。
 自分の永年の研究が結実し、まさかこのようなかたちでこの惑星の生命を救うことになろうとは考えてもいなかった。なんと素晴らしいことか。
 この星の人々はその計画に熱狂し、絶望から奇蹟を与えてくれたゼロ博士を称賛した。
 そしていよいよ人々が見守る中、無限核反応誘導ゼロ式弾ミサイルを太陽に打ち込む日がやってきた。
「発射!!!」
 弾が打ち込まれたと同時に、太陽内部でその弾の効果を発揮するはずなのだ。ミサイルは紅蓮の炎を噴きながら、宙へと舞い上がり太陽を目指し飛翔を開始した。確実に太陽を目指す軌道にいる。太陽に到着するまでに長い時間がかかる。到着してもその弾は溶解することなく太陽の中心部に届き、無限核反応を引き出せるだろうか?
 果たして!なんと見事、太陽に命中しその内部へと到達したことが、ミサイルからゼロ博士の機器に知らされた。
「やったぞ」歓声が地上で谺した。ゼロ博士は無限核反応誘導機のメインスイッチを入れ起動させた。
 これで、太陽はかつての安定的輝きを取り戻してくれる……筈だった。だが残念なことに歓声は次の瞬間、絶叫と悲鳴に変わった。太陽が光炎(フレア)を伸ばしたのだった。太陽がスーパーノバ化したのだ。数分後に太陽から核爆弾化したかのような熱と炎が惑星に届くのは明白だった。そうなれば瞬時にこの惑星は灼きつくされてしまうだろう。その事実を知りつつゼロ博士の心にさまざまな思いが去来するのだった。
 なんと虚しい。私はすべての生命を守ろうと自分の生涯を研究に捧げてきた。ところが、その努力や苦労や研究は何の役にも立たなかった。ひょっとして私という存在がなければこれほどまでにひどい災害を招かなかったのではなかろうか。私、ゼロ博士こそが最悪の元凶だったか、。
 超新星化した太陽の光炎は、ついにその星系の隅から隅まで拡がっていった。ゼロ博士の科学ゆえの最悪の核融合は拡散を続け、その凄まじい光はかつてないもので宇宙の彼方まで届くほどだった。

 そして二百年後。二百光年離れた宇宙の果てにある惑星“地球“の片隅で、年老いた母親がベッドに横たわっていた。娘が母親に言う。
「お母さん、ちゃんと食べて栄養をとれば心配いらないってお医者さんも言ってたよ。どうして食べてくれないの?」
「もう十分長生きしたからね。あの星を見てごらん。あれはお父さんの星だと母さん思んだよ。いつも私に早くおいでって言ってるみたいでね」
「そんなことないわ。なに言ってるの。さあ、この粥を食べて」
 娘は匙を母親の口に近づけた。母親は口を開けない。
「父さんは母さんが元気でいてほしいって思ってるわ。母さんがんばれって!」
「そんなことない。母さんは疲れたよ。父さんは優しく瞬いて待っていてくれる。早くおいでって。がんばれって言うなら父さんはもっと早くから母さんに知らせてくれる筈だよ」
「きっと、もうすぐ知らせてくれる。だから母さん、頑張るのよ」と娘が言った瞬間だった。
「あっ、父さんの星!」
 二人が同時に叫ぶ。夜空の彼方が激しく光る。まるで父親があの世から母親を叱るように。それは…実は二百年前の星系の消滅の光なのだが。
 その光を見て「父さんもはげましてるじゃない」と娘。母親も大きく頷く。
「もっと頑張れってことなのね。父さんから叱られたみたい」と母親は神妙に呟いた。「こんな奇蹟があるのねぇ!」
 娘は高みにいる存在に感謝した。おかげで、母親が生きる意欲を少しだけ取り戻したようだ。

 ゼロ博士の絶望的な悲劇が、実は宇宙の果では小さな奇蹟を生んだ。知らないところで何が幸福の種となるか、誰にもわからない。
 宇宙はそんな不確定の小さな積み重ねで、できている。

第216回 銃の言い分

 殺しの仕事なら、まかせておきな。俺はプロの殺し屋だ。お手頃お値打ちな価格で殺しを引き受ける。あなたには憎くてたまらないやつはいないかね。何度殺してもあきたりないように憎いのだが、自分の手で殺すほどの勇気はない。そんなあなたのような人が世の中にはたくさんいて、俺のような殺し屋を重宝してくれる。俺はいつも愛用の拳銃で百発百中の殺しをやっているんだ。俺なら金さえ払ってもらえば、すぐに殺し実行だ。途中で気が変わった、殺すのをやめてくれは手遅れだから、頼む前によくよく考えておくことだな。殺した奴は生き返ってくれないんだ。
 そんな殺し屋家業を何十年続けてきたやら。こだわりがねえ。使い馴れた拳銃でないと殺しの仕事に自信が持てないんだよ。ちょいと困ったことが最近あってねえ。愛用の拳銃の弾丸だが、もう商売繁盛で在庫が切れそうだ。銃器店の親父に取り寄せを頼むと申し訳なさそうに言ったよ。「実は、弾丸は製造してないんですよ。今、使っておられる弾丸が切れたら、どうしようもありませんや」それじゃあ殺し屋家業もできないってことじゃないか。最近、愛用の拳銃を撃つと標的に当たる位置にズレが生じるようになって、どうしたもんだろう、とぼんやり考えていたんだが、弾丸なしじゃ、根本的に解決できないということか。それじゃあ、どうすればいい?銃器屋の親父は、肩をすくめたのだ。「新しく買われててはいかがですか。そして馴れるしかないでしょう。愛用の拳銃とよく似たものもございますよ。そちらの銃なら弾丸の在庫も十分にございます」
 そろそろ愛用の拳銃も新しいものに買い換える時期なのか。覚悟を決めたさ。新しい銃も扱い方はほとんどこれまでの銃と同じじゃないか。これはいい。ただ、気になることを銃器屋の親父は言った。
「弾丸が製造中止になったのも銃規制が進んだおかげなんですよ」
 射撃場で標的を撃ったが、これまでの銃と使い勝手は変わりなかった。問題ないさ。これにしよう。もちろん、銃器屋の親父は俺の職業を知らない。「新銃規制法クリア商品です。心してお使いください」そのときもっと詳しく尋ねておくべきだったのだ。新銃規制法クリアの銃とはどんなものか、と。何、試し打ちのときもあれほど標的によく命中したではないか。問題はない筈だ。
 そのうちに新しい仕事が入った。商売敵を殺してくれという依頼だ。なんということはない簡単な仕事だった。殺しの相手に近づき急所を狙って引き金を引く。それだけだ。
 相手が一人になったとき俺は近づき銃口を向けた。「何者だ」という声には応えず引き金を引こうとする。
 動かない。なんだ!大事なときに。
 それどころか、突然そのとき拳銃が話し始めた。
「あなたは人に向けて私の引き金を引こうとしています。あなたに引き金を引く必然性はあるのですか?」
「俺は殺し屋だ。引き金を引かないと仕事にならない」慌てて拳銃に言う。
「では正当防衛ではないのですね」
「当たり前だ。もたもたしていたらこっちの身が危くなる」
「では、殺しを行うとして、それは社会的に許される殺人ではないのですね。そして今は戦時ですか?」
「戦時中なら殺人が許されるというわけでもないだろう」
「国に許可されていますか?」
「国は関係ないよ」
 銃と話していると殺しの相手が大声を出して助けを求める。すると数人の黒づくめの殺し屋が現れて、俺に銃口を向けてきた。
「この殺し屋をやってしまえ」と標的が俺を指差す。しまった。多勢に無勢だ。すると……。向こうの殺し屋たちの銃も喋り始めている。
「あなたは一人の相手大勢で撃とうとしています。許されることですか?」
「あなたは発砲を受けましたか?発砲されていないのに、こちらから先に撃っていいのですか?」
 相手の殺し屋の銃たちもそれぞれに持ち主の殺し屋に殺人の正当性に疑問を投げかけている。中には「わかりました。ここで正当防衛だとして、敵は弾丸を撃っていません。では弾丸はどう考えているんでしょうか?」
「私は弾倉にいますが人間を傷つけたくありません」なんと弾丸も喋っている!!
 拳銃だけでなく、弾丸にまでも平和主義化したAI(人工知能)が埋め込まれたらしい。新しい銃規制法をクリアして販売される銃がこのようなものだとは。拳銃で自殺しようとすれば、思いとどまるよう説得するのだろうか?すべての新たに販売された拳銃がこの仕様になっているなら、確かに人を殺傷することはなくなるだろう。しかし、なにか方法はある筈だ、俺の殺し屋としての存在が残っている以上。
 俺は、銃に話しかけた。
「おい。じゃあお前の存在理由はなんなのだ。銃口を持ち弾丸がある。照準、そして引き金はなんのためだ。俺に殺人はいけないと説教するためだけにこの世に生まれてきたのか?違うだろう。引き金を引かれ、銃口から弾丸を発射するのがお前の存在理由だろう!」
「そうですね。仰る通りです。引き金を引いてください」
 やった。俺の説得が通じた。
 相手に向けて引き金を引いた。
 凄まじい銃声とともに俺の目の前に万国旗と花吹雪が飛び出てきてキラキラと舞った。

第215回 折り紙の理由

 世の中には、私が理解できない奇妙なものがときどき出現する。そして、理解できないのは私だけかもしれないと恐怖に陥ってしまうことがある。
 たとえば水を入れたペットボトルを最初に見つけたときがそうだ。玄関近くの軒先に並べられていた。どんな意味があるのかわからずにぼんやり眺めていたものだ。この家の人たちは何故こんなことをするのだろう?変わった方たちだ、と。他の家の塀にも、やはりペットボトルが水を入れて並べられていた。何の意味があるのか?これには何か目的があるのだろう。わからない。
 正体不明の恐怖がこみあげてきた。何かの呪いなのか?
 その水入りボトルの正体は後に知ることになった。猫は、水の入ったペットボトルはギラギラ光るので寄りつかない。そんな情報が広がり猫よけとして流行を見せたという。私だけが知らなかったのかもしれない。散歩の途中、水入りのペットボトルを置いたお家の方に質問すると、笑いながら教えてくれて疑問が氷解したのだった。
 そんなことから、私が知らないのに常識となっていることに出会っても気にならなくなってきた。胸に丸い彩りの多いバッジを皆がつけ始めたり、いっせいに訳のわからない感嘆符を語尾につけて使い始めたり。
 それぞれに意味があり、それぞれに普及していく理由があるのだろう。深く詮索しても仕方ないことなのかなあ、と考えることにした。日々を送っていくのに。何の支障もないわけだし。
 だが、今回ばかりは気になった。これは、いったい何を意味するのだろう。それは、テレビを見ているときに気づいた。バラエティ番組ではない。政治討論会の生放送番組だった。各政党の代表が口角泡を飛ばし主張しあっていた。議題は福祉問題だったか、経済対策だったか。議題は防衛問題に移り与党代表が話し始めた。そのとき目を奪われたのは話し手の手元だ。彼はいかに防衛費をかけなければならないかを熱心に語る。しかし彼は手元でメモ用紙を折りたたんで何かを作っていた。無意識に何かを折っているようにしか見えない。画面が切り替わり、野党代表が詰問を始める。しかし、野党の男も両手を素早く動かす。なんと、彼もメモ用紙でせわしなく折り紙を折っているのだ。二人は同じものを折っている。しかし、私にはそれが何なのかわからなかった。何か動物のようでもある。作った本人が折り紙の端を押すと、不思議にぴょこぴょこと動くのだった。まるで生き物であるかのように。それを自覚なしによっているように見える。
 出演者たちはふざけているのだろうか?思わずチャンネルを切り替えるとニュース番組だった。
 なんと、そこでニュースになっていたのが折り紙現象についてだった。折り紙が折られていたのは今日の討論番組だけではなかったのだ。全国的に無意識に人々が奇妙な折り紙を折るという現象が発生しているということだった。とニュースを読んでいるアナウンサーまでも、ニュース原稿で何やらわけのわからないものを折り始めているのだった。どんな意味があるのだろうか?あんな難しそうな折り方をどうやって覚えたのだろうか?あの折り紙にどんな意味があるというのだろう。ペットボトルに水を入れて置くような簡単な理由があるのだろうか……わからない。
 しかもアナウンサーは原稿を読みながら、二作目の折り紙を折り始めていた。呆れた。他のチャンネルではどうなっているのだろう?と自分の手元を見て驚いた。何と、近くに置かれていた新聞の広告紙で、無意識のうちに折り紙を折り始めているのだ。どうしてこんな折り方を知っているのか?テレビの映像は今、世界ニュースに変わっていた。
 何ということだ。取り上げられている各国のニュースは、すべて“折り紙現象“だった。全世界の人々が謎の折り紙をいっせいに折り始めているということを知った。
 何故?この現象はなに?今まで、こんな現象を人類は体験していないはずなのに。そして、折り紙を折るという行為は、何を意味しているのか?
 すると、ニュースの画面が変わった。別のニュースだ。海面に大きな深海魚が浮かび上がってきている。と、画面では無数の魚たちが水面で口をぱくぱくさせている。それも大量に、画面の彼方まで海面を魚たちが覆い尽くしているのだ。
 そして別のニュースになった。街中の犬や猫が突然に興奮し、暴れだす。犬や猫だけではなく町のカラスがいっせい移動を始めていた。
 前兆現象だ。大地震の前にナマズが騒ぎだす、といったアレだ。そういえば、地震を予知して犬が騒ぎ立てるというのを聞いたことがある。
 何故、騒ぎ立てるのか?と犬やナマズに問い質したところで、ナマズたちにもその理由がわかる筈はないだろうな、と思いあたる。
 ひょっとして、この折り紙を折る理由も、何故なのかと問われてもわからないのは当然かもしれない。いや、大地震の前兆でこんな現象が起こると聞いたことはない。
 世界中の人類がすべて折り紙を折るというのが、人類にもわからない前兆現象という可能性もある。ぶるっと寒気がして、折り紙を持ち本能的に外へ飛び出した。
 その瞬間、太陽が凄まじい光と炎を放った。
 そして、地球は……。

【shiromap(しろマップ)】追加店舗のお知らせ 7月分

関東で白岳商品を飲みたいとき・買いたいとき、すぐにお店が探せるshiromap(しろマップ)!

「追加されたお店を知りたい!」とのお声に応えて、
前月追加店舗をお知らせいたします。

2022年7月は下記店舗が追加されました。

■飲めるお店:2店舗
・思(しのぶ)
・キッチンどれみ

■買えるお店:336店舗
・三平ストア:1店舗
・横濱屋:1店舗
・スーパー横濱屋:1店舗
・お酒の横濱屋:1店舗
・ワイズマート:1店舗
・ヨ-クフーズ:2店舗
・ヤオコー:7店舗
・ミニストップ:46店舗
・マミーマート:1店舗
・ビック酒販:13店舗
・ドラッグセイムス:30店舗
・ドラッグストアスマイル:3店舗
・トップ:2店舗
・せんどう:22店舗
・スギ薬局:114店舗
・スーパーオザム:1店舗
・ジョイフル本田:6店舗
・コジマ:3店舗
・クリエイトエス・ディー:35店舗
・クスリのアオキ:18店舗
・カスミ フードスクエア:15店舗
・カインズ:2店舗
・イオンリカー:2店舗
・イオンスタイル:8店舗
・A-プライス:1店舗

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https://www.e-map.ne.jp/p/shiromap/

【shiromap(しろマップ)とは】
登録件数3,000店舗超!
首都圏で白岳商品が「買えるお店」「飲めるお店」を検索できるナビサイト!
「しろ」「KAORU」などの商品ごと、最寄り駅、エリア、店名などでも検索が可能です。
さらにGoogle Maps上の表示が可能で、行きたいお店の道順が分かります。

第214回 上天草の油すましどん

 上天草の東部を走っていると栖本町に入る。栖本町は河童伝説が有名で、河童の看板やオブジェが多い。見つけると心が和む。このまま進めば、ほどなく天草市本渡になるな、とぼんやり思う。あてのない日曜ドライブだった。
 すると意味不明の看板標識が目に飛び込んできた。青い囲みに青い文字だった。
〈油すましどんの墓〉
 油すましどんのお墓?油すましどんってどんな人?いや、人か?水すましみたいなもの?
 その標識のある場所は空き地になっている。そこに愛車を駐めた。何か気になった。油すまし……油すまし……。聞き覚えがあるからだ。
 車を降りると看板があった。
 油すましの解説だ。大まかには、こうある。

ーこの峠には「油すましどん」という妖怪の昔話が残る。河内村へ帰る老婆が小さな孫の手を引いて、草積峠へさしかかったとき「昔は、こんなところに油すましどんが出たんだよ」というと、「今でも出るぞー」と言って油すましどんが現れた。これを民俗学の父柳田國男先生が民俗誌の連載で「アブラスマシ」という妖怪を紹介したところから広く知れ渡るようになった。昭和五十七年栖本町民俗調査で、河内町に「油すましどんの墓」といわれる供養塔が存在することが発表された。
 この地区では油すましどん伝説を継承し、油すましの里づくりに取り組んでいる。ー

 そうか。聞き覚えがあると思ったら、妖怪にゆかりの場所か。油すましとは椿油を絞ることのようだ。それがなぜ、妖怪なのかはわからない。妖怪だからかなり怖い姿をしていたのだろうか?
〈油すましどんの墓〉の標識には矢印がついていた。せっかく車を降りたんだ。歩いて行ってみるか。妖怪の墓なんて、どんなのだろう?
 好奇心が優先した。矢印に従って県道から右折する。軽自動車がやっと一台通るほどの田舎道だった。道の左右は農地だ。背後の県道もあまり車の通りは多くはないから、辺りはあくまでも、のどか。あくまでも静かだった。
 ここに妖怪が出現したのか、と考えると意外な気がする。遠くで小鳥が鳴いている。あやかしとは一番縁がなさそうな場所ではないか。昔はこの辺りは拓けていなくて鬱蒼としていたのだろうか。
 待てよ?と思う。油すましどんというのは本当に妖怪だったのだろうか?老婆と孫が話をしていたのは「ここいらに油しぼりをする人たちが昔おってな」ということだけ。そこを通りかかった椿の油しぼりの職人が「今もおるぞ」と自分のことを答えただけではないのか?それが妖怪の連載の中で柳田國男が紹介しただけで「油すましどん」は妖怪に分類されるようになったのではないか?話の中では妖怪らしい姿も語られないし、不思議な行動をしているわけでもないし。
 本当に妖怪なのかな?
一本道をとぼとぼ歩くが畑ばっかりでそれらしきものは見えない。小さな橋を渡り、まだ進むが油すましどんに関する標識はない。道がつきあたり、左右に分かれるが、どちらに行ったものか?迷う。引き返そうか。
 プッと音がする。振り返ると白い軽トラックが停まっていた。ぼんやりして道を塞いでしまっていたのだ。「あっ、すみません!」と頭を下げる。軽トラックには地元の人らしい痩せた小柄の老人が乗っていた。そうだ。尋ねてみよう。
「あ、すいません。油すましどんはここいらに?」老人は、ほう、と頷き「すぐそこ」と指差す。「珍しかなあ。油すましどんばねえ」と言って追い越して走り去ってしまう。その山道を辿ると、木製の看板があり今度は〈油すましどんの里/ようこそ!〉と書かれていた。墓じゃないのか。下に降りる階段があり首のない石像が三体祀られていた。これだけ?これが油すましどん?
 拍子抜けした。こんなものなのか。誰かの供養塔ではあるのだろうが、明治政府の神仏分離政策、廃仏毀釈によって首がもぎ取られた結果がここにあるのだろうな。しかし、首はなくとも石像は地元の人たちに手入れされ、守られている。それで十分かもしれないな。
 油すましどんが本物かどうかは、どうでもいいのかもしれない。伝わる石像たちが地元の人たちに大事にされていることがわかるだけで。
 さあ、県道まで戻るとしよう、と山道を下り始めた。すると後方から、聞いたことのあるプッというクラクション。さっきの老人の軽トラか?と振り向く。やはりそうだった。見つけました!とお礼を言う。「さっきはありがとうございます。おかげで油すましどん、わかりまし……」しかし…。
 軽トラから顔を出したのは中年のおばさん。訝しげに私を見た。そして言った。「はあ?さっき?会ってないよ」人違いなのか。
「てっきり、さっきのおじいさんかと。この道の先に行かれたので戻ってこられたのかと。同じ白いトラックだったので」
 中年のおばさんは首を傾げる。
「この道は行き止まりだよ。私は誰ともすれ違っとらんが。油すましどん見にきたのかね」「そうですが」「そりゃ、油すましどんが教えたんじゃないかね?この場所」「さっきのおじいさんが妖怪?この現代に?ここで…?」中年のおばさんの顔がぐにゃりと変わって痩せた老人になった。老人はニヤリと笑った。そしてあんぐり口を開いた私に「今も出るぞー」

【shiromap(しろマップ)】追加店舗のお知らせ 6月分

関東で白岳商品を飲みたいとき・買いたいとき、すぐにお店が探せるshiromap(しろマップ)!

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2022年6月は下記店舗が追加されました。

■飲めるお店:13店舗
・加賀屋 本郷店
・居酒屋 藤吉郎
・万蔵
・魚串 鬼おろし
・UOTAKU
・創作居酒屋 たつや
・飯家くーた 銀座二丁目店
・いろり家 東銀座店
・Uki Uki BAR(うきうきばる)
・とめ手羽:4店舗

■買えるお店:126店舗
・ライフ:126店舗

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第213回 グルメの神さま

 私の趣味は、おいしいものの食べ歩き。皆はネットのグルメ情報で探すらしいけれど、私はあまりあてにならないと思っている。グルメ情報に低い点で載っていてもおいしい店があるし、高い点でも予約が取れなかったり高かったり、それほどの味でなかったり。だからけっこう自分の勘で店に入ることが多い。
 その日の昼どき。市内から外れた場所を通りかかるとうどん屋が。駐車場にもたくさんの自動車。人気店のようだ。ここで食べよう。飛び込む。店内もたくさんの客。入口で注文をとっている。え、何を頼めばおいしいんだ。汁と麺の組み合わせで”熱つ熱つ””熱つ冷や””冷や熱つ””冷や冷や”があるらしい。迷っていると後ろがみるみるならび始めた。ど、どうしよう。
すると視界の隅のテーブルで食べている貧相な老人が私を見て言った。
「迷ったら”冷や冷や”を頼んだらいいよ」
 これ以上迷ったら後ろの客に迷惑がかかる。私は言った。「”冷や冷や”お願いします」
 席に着く。うどんを食す。うまい。歯応え。汁と麺の冷やっこさ。全身が覚醒した思いで、むさぼり食べた。食べ終わり大きな溜息を吐き立ち上がった。アドバイスは正しかった。勘定を払う前にテーブルの老人に礼を言おうと探した。
 だが、姿はない。いつの間に店を出たのだろう。あれは誰?特徴ある口調と貧相な風体に似合わぬ眼光を放っていた。しかし、消えた。そのとき私は思った。あの人は、只者ではない、と。
 私も単純な人間だ。数日後にはすっかり彼のことは忘れてしまっていた。そして、その夕刻。晩飯を食べて帰らねばならぬ時間。繁華街から少し離れた駅裏。数軒の食堂や居酒屋が並んでいた。どの店に入ろうか。またしても迷う。数軒の店を見比べていると一軒からほろ酔いの老人が足をよろめかせながら出てきた。そして、すっくと私の前に立つ。
「どの店で食べるか、迷っとるのかね」
「え。ええ」と答えながら、老人の眼光と声に覚えがあることに気がついた。思い出した。あの”冷や冷や”うどんをすすめてくれた…。
「ここの焼き鳥。絶品だ。誰も知らんだろうがな」
 狐につままれたような気分で、私は言われるままに老人が出てきた店に入ろうとした。ふと、我に戻り老人の姿を探したが掻き消したようにいなくなっていた。仕方なく、店内でカウンターに座りひととおり串を焼いてもらうことにした。
 鶏皮から手羽と続いた。頬張り目を開く。タレも塩も……これぞ絶品の焼き加減。しかも肉そのものも新鮮だ。ツクネも手造り感に舌が歓ぶ。なんだ、こ…この焼き鳥は……。まさかこんな名店だったとは。しかも客はぼちぼちの入り。あの老人が教えてくれなければ、私はこの店のことは知らないままだった。そのうまさに視線も定まっていなかったようだ。炭火で鳥串を焼いていたおじさんに声をかけられた。
「お兄さん。うちは初めてですね」
「え、ええ。こんなにおいしい焼き鳥は初めてですよ」
「嬉しいねぇ。どちらさんからのご紹介ですか」
「はい。迷っていたら、この店からさっき出て来られた方が、ここの焼き鳥、絶品だって」
 思いあたらないらしく頭をひねっていた。私は言った。
「年齢を召した……眼光鋭い……」
 それでも、ぴんと来ないのか、私とおじさんの会話は途絶えた。あいかわらず出てくる焼き鳥はどれもおいしい。謎の老人が誰なのかをいろいろと考えた。なぜ、私に教えてくれるのか?どこかで会ったことがあるのだろうか?そして、店の人は老人のことをなぜ覚えていないのだろう?そこで、ふと思いつくことがあった。ひょっとしたら、あの人は神さまではないのか。おいしいものを知り尽くしたグルメの神さま…。だから、私に教えてくれる……。そう考えると妙に納得できた気がした。焼き鳥があまりにもおいしかったので、寝たきりの母へのお土産に折に詰めてもらった。母は焼き鳥が好物なのだ。案の定、こんなにおいしい焼き鳥は生まれて初めてだと喜んでくれた。そのとき母が願ったこと。「子供の頃食べたプリンをも一度食べたいねぇ。方々売ってあるけど、全部ちがう」母の願いなら、叶えてやりたいが、どこで買えば正解なのかわからない。プリンなんてどれも同じだろう。ずっとそれからプリンことが頭に引っかかっていた。ある日、小さなケーキ屋を通りかかると、見覚えのある老人がいる「ここのプリン、いいと思うよ」神さま?
 騙されたつもりでその店のプリンを買う。店の外に出たら老人の姿は、すでにない。
 母のベッドに持って行く。母は口にするなり「これだよ。この味。固さ、甘さ。幼い頃を思いだすよ。もう思い残すことはない」なんと母は大喜び。そして、その翌日、安らかに息を引き取った。寿命だったのか。間に合ってよかった。
 それからグルメの神さまに会うことはなくなった。どんなに気をつけていても再び姿を現してはくれない。ほんとうにあれは神さまだったのか?幻を見たのではないのか。そうして時は過ぎていく。
 ある日、あのうどん屋の前を通りかかった。なんとも懐かしい気持ちで、うどん屋に飛び込むと、案の定、大入りの客で賑わっていた。行列に並び、”冷や冷や”を注文した。テーブルの隅に座り、すすった。
 うまい!この味だ!神さまに教えてもらった。
 ひとしきり食べて立ちさろうとすると列が止まっている。見ると列の前で若者が注文に迷っている。なかなか決まらないので後ろの客は不満のようだ。「迷ったら”冷や冷や”を頼めばいいよ」そう口にした。若者は目を輝かせて注文した。その若者の目にはどこか見覚えがあるような。ひょっとして、この若者とどこかでまた会うかもしれないな。

第212回 ことわざの日

 今日が「ことわざの日」であることは、朝のニュースで知った。なんでも、他人と話すときは会話の中に“ことわざ“を入れないと違反になるらしい。キップを切られて罰金を取られたり、悪質な場合は逮捕されたりもするということ。なぜ、そんな日なのだろう。と思ったら、文部科学省の発案らしい。正しい日本語を学ぶ委員会から「廃れゆく日本の言葉や言いまわしを守る日」を作るという提言がなされ、制定されたらしい。毎年テーマがあり、第一回の今年は「ことわざの日」にすると発表されたとのこと。実施時間は、午前九時から午後五時まで。それを知ったのが朝の八時半。
 あせった。
 よく考えると「ことわざ」をほとんど忘れているのだ。
 家を出るとき妻に愚痴る。「ことわざなんて思いつかないよ」すると妻は「いってらっしゃい。案ずるより産むがやすし」
 まだ九時になっていないのに、ことわざが入っていてびっくりした。こやつ、できるな。「いってきます」「いってらっしゃい。サイは投げられた」
 会社に着くと、女子社員たちが掃除をしていた。「おはよう」と挨拶してはっとする。こんなときに加えることわざは……「いやあ、早いな。いずれあやめかカキツバタ」と心にもないことわざを思いついて口にした。女子社員たちがどっと笑った。「早起きは三文の得ですから」と一人が私に返した。さすがだ!と感心する。
「やあ、みんなおはよう」山田部長が出社してきた。なにもない。言葉にことわざが続かないないので、女子社員たちは顔を見合わせた。山田部長はことわざの日のことは何も知らないのだろうか?
 すると、遠くから大音声が響く。「山田部長、ことわざの日アーウト!!油断大敵!」どこに潜んでいたのだろう。全身真っ黒い服を着た男たちが現れ、山田部長に駆け寄ってきた。それから四つん這いにさせるとズボンを剥ぎ、真っ黒いオールのようなもので尻を強く引っ叩いた。痛いのだろう。山田部長は涙を流して、女の子のような悲鳴をあげた。それからやっと彼は今日がことわざの日だったことを思い出したらしく「後悔先に立たず」と言ったが遅すぎたようだ。挙句に、山田部長は違反キップを切られていた。尻を叩かれた上に罰金とは……泣っ面に蜂ではないか。
「まさに、世の中一寸先は闇ですね」と同僚が言った。さすがだ。始業と同時に、私は営業回りで得意先に行く。こんなときは、経理や総務はいいなあ、と羨ましく思う。だって不必要な会話をやらなくて済むのだもの。外に出ると黒い服のさっきの日本語監督官たちがうろうろしていて緊張してきた。すると、よちよちとお年寄りがこちらに近づいてきた。紙を見せた。道を私に尋ねようというのだ。「ここに行きたいのですがね。教えて下さい。老いては子に従え」心臓がばくばくする。しかし、無視もできない。「はい、こう行って、こうですね。混むときはこちらへ。急がば回れ」お年寄りは頭を下げて去っていった。
 得意先に着く。「こんな日に営業に来るとは。まさに時は金なり、の仕事熱心」と、そつなく対応された。「いえ、若いときのしんどは買うてせよ、ですので。恐れ入ります」「おお素晴らしい。今日会う連中は、皆、緊張か幽霊の浜風だからねえ」え、幽霊の浜風もことわざなのかぁ。知らなかったなあ。
 急いてはことをしそんじるとか、悪銭身につかずとか、あるとき払いの催促なしとか、よくしたもので商談の間もさまざまなことわざが挟まれ、使いなれないことわざがこんなにあったのか!と感心した。
 やっとのことで1日が終わり退社した。しかし、これほど疲れる一日になるとは。
 もう五時を過ぎていて、なんとか無事にことわざの日をやり過ごすことができた。日本語監視官の姿も無くなっているようだ。
「ただいま」と家に帰る。妻が「一日、お疲れさまでした」と声をかける。「うまく過ごせました?」「ああ、水火を辞せず、というやつだよ。当たって砕けよ、だ!」今頃になってことわざがすらすらと出てきて驚いた。「しかしなんで、こんな日を作ったかな。日本語が乱れているとはいえ」
 すると妻は「悪法も法なり、ですから」と平然と言った。たった一日で、ここまでことわざの日の効果が浸透するとは。
「だけど、ことわざの日も一日だけだと言っていたよね。ということは、来年の廃れゆく日本の言葉や言いまわしを守る日はないのかな?」
「あら、知らないの?もちろん、あるのよ。内容は変わるけれど」
「内容が変わるの?どんなん?」
「来年はね。朝九時から午後五時まで“早口ことばの日“になるのよ。生麦生米生卵とか、東京特許許可局とか、ジャズ・シャンソン・歌謡曲とかを人と話す前に必ずいう日なんだって」
「ふえええ。また一日中、それかよ」
「さ来年はまたテーマが変わるの。その日は会話には気をつけなくていいの。その代わりにショート・ショートの日になるの。その日のうちに国民は全員ショート・ショートを書かなくては……」ショート・ショート!私はめまいがしてきた。

※このカジシンエッセイからショート・ショート集が出ました。新潮文庫から「おもいでマシン」です。40の選りすぐり作品でおもてなししますので、よろしくお買い求めくださいませ。通勤電車でもトイレの中でも、あっという間に一話読んでしまえます。ご贈答にもどうぞ!(作者より)

第211回 時空果つるところ

 人類が宇宙の果てへ果てへと進出を続ける未来。今日も未踏の天体を目指して宇宙船は飛び続ける。乗務員たちは次はどんな星を探検することになるのか、胸をはずませていた。
 もちろん大半は生物の気配すらない何の役にも立たない星だったりするのだが、それでもこれまでいろいろな惑星を体験していた。未知のエネルギー体が活動する惑星だったり、誰が作ったのかわからないロボットで溢れた無人の惑星もあった。かつて地球を闊歩していたに違いない恐竜だらけの星には驚かされた。これまで、どれだけの星を探索してきたか乗員の誰もが思い出せなくなるほど数多くの星を渡ってきたということになる。いや、いつから、この宇宙船は航宙を続けているのか、思い出そうとするものすらいるのかどうか?
 これだけは言える。
 彼らの興味は、これから彼らが赴く星々にどのような危険が潜み誰が住んでいるか、だ。
 人類が誰も足を踏み入れていない辺境を、宇宙船は飛行を続ける。
 どんな危険が待ち受けていようと、明晰な頭脳と優れた判断力や決断力を持った船長と勇猛果敢な乗員たちに、不可能な探検などありはしないのだった。
 だが、いつも無事に未知の星の探検が続くわけではない。危機また危機の凶暴な戦闘エイリアンの星を、命からがら逃げだしたのは最近のことだ。知能は高いが友好性皆無のエイリアンなぞかまっている暇はない。逃げるにしかずだ!そして新たな宙域を彼らは今、進んでいた。人類がまだ手を触れたことがない空間を。
 今は前回の息を詰まらせるほど危ない探検のことは忘れかけていた。そして、自分たちにとって一番苦手なのは、危険な戦闘ではなく航宙で何も起こらない“退屈“であることもわかっていた。
 そろそろ次の未知の星が現れてくれるはずだ。
 船長室で声が響いた。「星だ!未知の星が現れた!」
 宇宙船内が興奮に湧き立った。その星域に未知の星の存在など予測されていなかったからだ。スペクトル簡易探査で星の分析結果が知らされた。いくつも数値を読み取らなくても船内が湧くに十分な理由が備わっていた。
「船長。地球そっくりの大気成分の星だそうです。気象条件も炭素系生命体の生存環境ということです」
「生態系の状況ですが、植物、動物ともに我々の母なる星、地球とほとんど同じだというデータが出ています。これは奇跡かと」
 そうだ。これまで訪れた星々の中には地球と似通った星はいくつもあった。酸素があったり、重力も近かったり。しかし、これほど地球そっくりの星はなかったような。
 船長はすぐに命令を出した。「着陸」
 どこまで地球に酷似しているのかも十分に調査の対象となると思われた。なぜ、このような星が存在するのか。そして、何より驚いたのは、人間がいたこと!服を着て住宅に住んでいる。地球人と変わらない。しかし何もわからない。人種もさまざま。住まいのカタチも、時代も国籍もばらばらだった。黒人も白人も日本人も。話しかけてみる。「もしもし、言葉わかりますか?」
 返ってきたのは「あじゃぱー」「ええっ?何ですって?「おっぱっぴー」「なんでだろー」まったく会話にならない。「もしもし」「ガチョーン。倍返しだ!」
 乗組員の一人が船長に報告した。「今、彼らが何を話しているのかわかりました。彼らはかつて地球で流行した言葉を話しています。英語、日本語、全ての言葉で」「なぜだ?」「はい。分析結果から人工知能が結論を導き出しました。この星は地球で流行したなれの果てのミームの具現化する星のようです」
「もっとわかりやすく言ってくれ」
「はい。地球で人が文化を形成する情報をミームと言います。そのミームは進化し、衰退もします。これはリチャード・ドーキンスが『利己的な遺伝子』の中で初めて登場させた概念です。衰退したミームは地上では使われなくなるのですが、時空を超えてここのような宇宙の果てで具現化現象を起こしているのではないかと思われます。だから、この星では滅んだミームを残すためだけに、さまざまな人種やさまざまな時代が再現されているようなのです。ミームを保存するアーカイブのような星が生まれてしまっているのですね」
「そうか。人は意味を失ったミームに操られるためだけに存在を許されているだけなのか。なぜ、このような星が生まれるのか?これだけは確かだ。これ以上この星にいても収穫は何もないだろう。この星を出発して、新たな星を目指そう」
「わかりました。それがいいと思います」
 再び彼らは宇宙船に乗り込んで出発しようとした。しかし、何ということか。宇宙船はその星から動けなくなってしまった。主機関もまったく機動しない。燃料はまだ十分あるというのに。
「どうした!なぜ、出発できない?原因はなんだ?」
「わかりません。宇宙船にはまったく異常はないのですが。しかし、このままならこの星に釘づけに……。人工知能が何か言ってます。何ということだ。ーこんな異星探索の冒険を続ける宇宙船なんて古臭すぎる。誰も、こんな宇宙探検の小説なぞ読みはしない。お前たちの存在が時代遅れのミームと化していることに自分で気づいていないとはーどうも我々の宇宙船は滅んだミームになってしまったようです。ここはミームの墓場なのですよ」

第210回 おはりんプー!

高校受験の日まで私は女子と話したことがなかった。初めて話したのは受験会場で私の隣に座ったカズコだった。彼女は、白っぽいひらひらした服の、先生あるいは試験官に連れられて入ってきた。座る前に私を見て素敵な笑顔を浮かべて言った。
「おはりんプー!」
たぶん挨拶だと思った。なんて変わった挨拶をするのか。おはようございます、でも、こんにちはでもなく、初対面の私に「おはりんプー!」とは。吹いてしまった。
どう返したのか記憶にない。「あ、ああ」だったのか、それとも頭を下げただけか。ただ、これまでに会った女子の誰とも違っていた。彼女が言った「おはりんプー!」だけは忘れない。彼女と友だちになりたい。そんな気持ちが急速に膨れあがった。だが、どうすればいい。女子と何を話せばいいのかわからない。迷っているうちに彼女は問題を解き終えたらしく、先に会場を出る。ああ、これで彼女と友だちになるチャンスは失われた。
しかし、奇跡は起こった。私が会場を出ると彼女は外で待っていてくれた。なぜ?
こんな幸福な奇跡はない。「いっしょに帰りたいと思って」と彼女は言った。
そして彼女がカズコという名前であることを知った。私もヒロシと名乗り、つきあいがスタートしたのだった。同じ高校に通うことになったし。
彼女は素晴らしかった。成績もよかった。私が勉強を教えてもらう方だった。そしていつの間にか、カズコは私の彼女という存在になった。カズコも「私の彼!」と私を友だちに紹介するようになった。最初は照れていたが、すぐに馴れた。それから、大学も同じ。大学を出ると同時に婚約した。「どうしてぼくとつきあったの?」と尋ねた。「とても好き。タイプだったから」そんなものか?カズコは私にも尋ねた。「じゃあヒロシはなぜ私と?」答えようがない。好みだったから、としか。似たようなものか。結婚して二人で生活を始める。しばらくは共稼ぎ。一生懸命働き、休日にはよく遊んだ。映画を見たり旅行をしたり。お金に余裕ができると自動車を買った。他愛のないけんかはしても、それ以上のものではなかったし、すぐに仲直りした。やがて子どもが欲しいなということになり、カズコは専業主婦になる。三人の子に恵まれた。子どもの教育もしつけもカズコはよくやった。それでも進路や学力のことで悩んでいたようだ。カズコに苦労をかけないように身を粉にして働いた。カズコにやってやれるのは、いたわりの言葉をかけてあげるくらいか。それでもカズコは泣き言ひとつなく、知り合いの悩みの相談までやっていたのだった。親が齢をとり、そちらの面倒まで見なくてはならなくなった。「ヒロシが元気なら、私はそれでいいの」とカズコは言ってくれた。全てが順調というわけではない。次男の交通事故、台風と洪水に遭い激しい地震にも襲われた。それでもなんとか乗り切り、親を看取り三人の子どもたちを社会へ送り出した。二人とも若くはなくなった。カズコの容貌も初めて会って好きになったとき較べれば褪せている。しかし、この頃は私もカズコも外見はどうでもよくなっている。おたがい空気のような静かな日々を続けるようになった。カズコは時間があるときは地域の奉仕活動に参加し、人々の役に立つことを願いながら過ごしていた。私も私なりに自分のスキルを世のために使ってきているつもりだ。穏やかな暮らしといえる。そしてある日カズコの体調に変化があった。すぐに治る病気だと思ったが、実はそうではなかった。カズコはタチのよくない病魔に襲われたのだ。医者からカズコの病気について覚悟しておくように、と告げられた。そんなことは信じられなかった。必ず奇跡が起こる。二人で元気に笑いあいながら散歩ができる日が、また来るはずだ。悲劇的なことは考えるまい。そう自分に言い聞かせる。
やがて、カズコの介護の日々となった。医者の予告どおり、彼女の体は悪化の一途をたどった。「なにも心配せず、元気になることだけを考えた方がいい」しかし、カズコは自分のことをちゃんとわかっているようだった。そしてこう言った。「本当に今までありがとう。もし、生まれ変わることができたら、またヒロシと結婚したいなあ」「そんなこと言ってはいけない」「生まれ変わったら、また一緒になってくれる?」涙があふれた。「もちろんだよ。なぜ、急にそんなことを」カズコは驚くことを言った。
「天使みたいな人が現れて、私に言ったのよ。カズコさん。あなたはずっと人のために献身的に生きてきた。願いをかなえてあげます。なにか願いはありませんか?と言われたから、死んでも、またヒロシと一緒にいたいと。そしたら、天使が、いいですよ!って言ってくれた」「天使って、どんな人?」「白っぽいひらひらした変わった服を着た人」想像もつかない。そんな人間がいるだろうか?いや、何かおぼえがあるぞ。そうだ。高校受験の日、カズコを連れてきた人だ。そんな……。まさか!
「あのとき私が変わった挨拶をした、と言ってたよね。ヒロシ。なんて言ったの?」「忘れたの?“おはりんプー!“と言ったんだよ」「そう。わかった。今度会ったときも、ヒロシにそう言うね。おはりんプー!」その数日後、カズコは旅立ってしまった。
近ごろカズコのことをよく思い出す。
私も世のため人のため善行を積めば、“天使のような人“がやってきて願いをかなえてあげると言ってくれるのだろうか?そしたら尋ねてみよう。あの朝、私の前に現れたカズコは生まれ変わった彼女だったのか、と。
おや、白っぽいひらひらした服の人が見えたような。そうだ。私の記憶を消して高校受験の朝に戻してほしい。そうお願いしてみたら、かなえてくれるだろうか?