怖い話が好きだと思われているようで、皆が私のところに怖い話を聞きにくる。
特に夏は怪談の委節だから、リクエストが多い。先日も数人の集まりで、やった。
そのときは心霊写真の話だった。
撮影したときは気がつかないけれど、あとで写真を見ると、何かが写っていたり、写っ ている筈のものが消えていたり。集合写真の顔と顔の間に見知らぬ顔があったりする。あるいは背後には誰もいない人物の肩あたりに腕が伸びていたり。
その解説をする。悪戯好きだったり、人がたくさん集まると喜こぶ地縛霊がいたりするんです。そんな霊だったら問題ない。でも、中には悪い霊がいて、そんなのが写っていたら大変なことになるんだよ。呪いの写真だね。でも、滅多にそういう写真はないんだよ、と。
怖い話を聞かせた数ヶ月後、そのとき参加していた一人が電話してきた。私の話が信じられないらしくシラケて聞いていた奴だ。用件を尋ねる。「ぼくの写真を見てもらえませんか? 撮るときは何もなかったのが現像したら変なものが写ってるんですよ」「じゃ、ぼくのスマホに送ってもらえませんか」「いや、使い捨てカメラで撮ってたものを現像したので」「何が写っているんですか?変なものって」
しばらく黙って彼は言った。「最初その写真を見たときには何にも写っていなかったはずですが、朝、見たら、写真の端っこにぼやぁっと小さい黒っぽいものがあって、写真汚したかなと思ったんです。で、今見たら、汚れじゃない。何か写ってる。黒いぼんやりとしたものが大きくなっている。よく見ると手足みたいなものがついている。すぐ、そちらに行っていいですか?」
すぐに彼は写真を持ってやってきた。でも、怖がらせる話はするが、私も心霊写真のホントのところはよく知らない。
「これです。これです」と写真を取り出しかけて、わっと叫ぶ。また大きくなってる」
彼が出した写真はひまわり畑の写真だった。崖沿いにひまわりが咲き乱れている。その左横にお堂がある。彼は、そのお堂の横のあたりを指した、なるほど、二センチくらいの黒い人型の塊のようなものが見える。目を凝らすと、手足らしきものが。
人間だということはわかる。
「悪い霊ですか?」私にわかる筈がない。そのとき……。黒い人影が膨張した。本当だ。見の錯覚ではない。両手を上げていた。
「これは近づいている」「どうすればいいですかね?」「写真をお焚き上げしたほうがいいですかね?やってもらえませんか?」
私には、そんな霊能力者のような力はない。
この写真の謎を解くとすれば…。
「この写真はどこで撮ったんだ?」「車で15分くらいの田舎道沿いのひまわり畑ですが」「これからその場所へ連れて行ってくれないか?」「いいですよ。すぐに行きましょう」その場所なら何かわかるかも。
確かに写真の場所は近かった。お堂がひまわり畑の横にあった。ひまわり畑は崖沿いに向こうまで続いている。
彼は自動車を駐める。確かにこの光景だ。あたりを見回す。別に影は見えない。
「あっ!」彼が叫んだ。写真を手にしている。きっと、また写真が変化したのだろう。
見ると、影は大きくなって、はっきりと人だとわかる。そして両手を上げている。怒っているのか?まだぼんやりとしているが、それは、老婆らしいことがわかる。手を上げて、口を開いて!ん?何を怒っているというのだ。彼が写真を撮ったこと?
この写真を撮影した同じ場所に立ってみる。ここだ!
崖に沿ったお堂、そしてひまわり。間違いない。「この場所で撮ったのですね」彼はそうだ、と頷く。写真を見る。
驚いて叫ぶ。「はっきりわかる。顔も表情も。手を上げている」見ると、さっきまではぼんやりとしていた影がはっきりと人の形に。やはり老婆だった。大きく口を開けている。何かこちらに叫んでいる。誰だ、この老婆は?彼も知らないと首をひねった。
わからない。謎は解けない。そこに、近所に住んでいるらしい老人が通りかかり「どうしたのかね?」と声をかけてきた。ひょっとしたら、この老人なら何か知っているのでは?この老婆がどのような魔女なのか。
「実は、ここで撮ったこの写真ですが、写っている筈のないお婆さんが写ってるんです。心当たりありませんか?」老人はどれどれと写真を手に取り見つめると、あっ!と声をあげた。心配になって尋ねる。
「呪いをかける魔女ではありませんか?」
いやいや。老人は首を横に振った。「悪さをするようなもんじゃない」
それを聞いて私たちは、ほっと胸をなでおろした。「じゃあ、いったいこのお婆さんは何者なんですか?」
「ああ、このあたりに昔から出る有名な“お知らせ婆ァ”だ。知らせてくれるんだ。危険が迫っているから注意しろとな」
「何が迫っているんですか?」
「ほら、婆ァが手を上げとるだろう。指差しとるだろう」
なるほど老婆は単に手を上げてこちらを脅しているわけではなかった。何かを指差しているのだった。お堂の上の崖の方を。
写真から顔を上げ、お堂の上の崖を見上げると……。
崖の上部が崩れ、無数の巨石がこちらに向かって転げ落ちてくる、「うわああああ」
これを知らせてくれていたのか。
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第188回 やみつき
夫が私以外のことに熱中するタイプだとは結婚前には思わなかった。しかし思い違いだったかもしれない。あれほど熱心に私にプロポーズした彼が給料を入れてくれなくなった。突然に。暴力を奮ったりはしないのだが。家計が苦しいと頼むと「わかっているよ。でも、どうしても欲しいものがあるから」と答える。ギャンブルをやっているわけでもないようだ。家に遅く帰ってくるわけでもない。
なぜ給与を入れてくれなくなったのかが、ある日突然わかる。ネット通販の会社から夫に包みが届くようになったからだ。二つ三つではない。いくつもの包みだ。
夫には悪いと思ったが包みを開けてみた。
中から出てきたのはアニメの美少女キャラの人形だった。それだけではない。動画サイトで唄っている緑色の髪のヴァーチャル美少女の人形もある。価格もわかった。どれもこれも安いものではない。こんなに買い込めば給与を家計に入れる余裕がなくなるのも当然だろう。
いわゆる美少女アニメフィギュアというやつだ。笑顔だったり、すまし顔だったり。セーラー服のスカートがめくれていたり、水着だったり。
ヘナヘナと腰から力が抜け、へたり込んだほどだ。
帰ってきた夫に問うた。「お金はあんな人形を買うために足りなくなったの?」すると悪びれもせず、夫は答える。
「そうだよ。包みを開けたのか?」
「あんな人形を集めて、どうするの?」
「だって、あんなに可愛いものはないよ。わかるだろう。もっと素敵なフィギュアも届くよ」夫の顔は嬉しそうに笑み崩れた。
街を歩いていると呼び止められた。道端の占いの老婆だった。「ちょっと。あんた。どうしたんだい。不安な気配を漂わせて。何か怪しいことがあったね!」
ずばりと言い当てられ、老婆にことの経過を包み隠さず話したのだった。
最初は平凡な夫だったのだが、ある日を境に美少女フィギュアに金を注ぎ込み家に1円も入れなくなったこと。
占いの老婆は何度もうなずいた。「ご主人の名前を書いてくれんかね」
「どうしたのですか?」「いや、ちょっと」
名前をメモ用紙に書いた。それを老婆に見せると。
「やはりそうか!」「どうしたのです?」
老婆はじっと私の目を凝視して言う。
「ただごとではないと思ったが、やはりそうか。主人はやみつきだ。」「やみつきですか」「いろんなものに依存する状態のことを、やみつき、と言う。“やみ”は“闇”とも”病み”、とも書く。“やみ”にもいろんなものがあるが、“やみ”が憑くと、激しい依存状態になってまともな生き方ができんようになる。これを治す方法は一つだけ。“やみ”を祓うんだよ」
「やみつき……いったい夫に憑いている“やみ”ってどんなのですか?」
「見たら、とてもまともではおられん邪悪な姿だよ。“やみ”は憑いている身体を離れるときに見えることがある。セーラー服の正体がわかるのはそのときだけだ。とにかく、ご主人を私のところへ連れてくることだ。激しい戦いになるかもしれん。どんな“やみ”かもわからん。しかし、避けられんことじゃ。連れてこれるかの!」
できます!と言うしかなかった。フィギュアが手に入るお祓いをしてくれるところがあるからと夫を言いくるめて、老婆のところへ連れてきた。
「お願いします」「では、“やみ”を祓いますぞ」占いの老婆が、夫の前で奇妙な飾りのついた棒をかざし、振る。すると夫の身体のまわりを霧状のものがもやもやと噴き出して実体化する。「ご主人に憑いた“やみ”じゃあ」なるほどフィギュアの少女が凶々しい姿で呻きながら、夫の身体から苦しんで出ていく。これが“やみ”だったのか。これが夫を……。それも一体ではない。何体ものフィギュア姿の“やみ”が逃げていく。だが、逃げる“やみ”の顔は、以前どこかで見たような。すべての“やみ”が去り、夫は気が抜けた表情で立っていた。これで夫は正常に。
しかし気になる。どこかで見たような“やみ”の顔。あの顔は誰……?
「“やみ”は全部追い出した。これでご主人は安心だ。しかし、“やみ”の顔が、皆奥さんそっくりとは。よほど苦しんでご主人はご主人は奥さんを慕っておるんだの」
「えっ?“やみ”が私の顔ですって。なぜ?」
すると、老婆は再び夫に向きなおる。
「まだだ。もう一体、憑きものがご主人に残っておる。これを祓わねば」
「お願いします」
またしても老婆は奇妙な棒を振り、夫に「退散!退散!」と叫んだ。すると夫の身体からずんぐりとした岩のような物体が滲み出してきた。この物体にも顔がある。
今度は私にもすぐわかる。これも私の顔だった。これは……。
「すべての“やみ”が奥さんそっくりだった理由ですよ。これが憑いていたからだ」
「なんですか?この私そっくりの顔の憑きものは」
すると老婆は大きく頷いて言った。
「奥さんそっくりの顔は、当然。ご主人にはこの“もの”が憑いておったから。だからご主人が執着するのは奥さんそっくりのものというわけ」「なんです。このあやかしは」
「これは、もの憑き!というんじゃ」
私が大好きという夫は、“やみ憑”以前にものずき……いやあ“もの憑き”だったというわけか……。
第187回 妖怪スカウト
特命が下り、私は妖怪を探すという妖怪スカウト班に配属された。うまく妖怪をスカウトして人気が出ればゆるキャラ以上の経済効果をもたらすと、会社の顧問経営コンサルタントが提言したらしい。
それで私が貧乏くじを引くことになり、妖怪スカウトの任務に就いたというわけだ。
妖怪を探せといっても雲を掴むような話だ。どこを探せばいいのやら。しかも、有名な妖怪ではなく、あまり知られていないマイナーな妖怪がいいという。だから業務報告書も「今日も妖怪の目ぼしい情報には出会えなかった」といったページばかりが続くのだ。
妖怪なぞ存在しない。空想の存在だ。と心の底で思っていることも原因かもしれない。妖怪スカウト班は営業企画室の下にあるから企画室長からは「まだ妖怪は見つからないのか!」と無能扱いされ始める。最初は馬鹿馬鹿しい仕事と思っていたが、室長から急かされるたびに少しづつ焦り始めた。図書館や古書店を巡り、古文書を調べてみる。実際に出会わなくても、まだ知られていない妖怪の記述には縁があるかもしれない。だが、古文書に載っている妖怪は、すでに妖怪マンガや小説の中に登場しているものばかりだった。社には報告したものの、無視されてしまった。
このままでは、私は立つ瀬がない。今日もしょんぼりして古書店で妖怪古文書探しをしていると。
「あの。妖怪探してるんですか?」店員に声をかけられてた。「あまり知られていない妖怪を見つけようとしているのですが。難しいもので、なかなか探し出せない」
「あのう。妖怪さんがいるんですよ。ねえ」と近くにいた男に声をかけた。すると男は振り返って「ああ。そうだ。教えて差し上げたら」「ど、どこに妖怪がいるんですか?」と声を上ずらせた。「ええ、“ちん”て妖怪さん。住所書きますね」そんな名前の妖怪は知らない。古書店のお得意さまらしい。いったいそんな妖怪なのか?自称妖怪とのこと。
メモを渡されて行ってみることにした。そこはどこにもある木造アパートだった。二階の一室だ。もちろん表札はない。ドアの前に立ちノックする。「こんにちはー。古本屋さんの紹介で参りました」返事はない。
どうしよう。迷ったがドアノブを回してみた。すると何の抵抗もなくドアは開いた。昼間というのに中は薄暗い。誰かが部屋の中央に座っているのがわかった。雰囲気からして普通ではない。目を凝らすとずんぐりとした半裸中年男が背を向けて座っている。ざんばら髪が床まで伸びていた。まさに妖怪だ。まわりには古本が散乱していた。古書店から配達された本だろう。「あなた、妖怪ですか?“ちん”さんですか?」
「何かはわからん。気がついてここにおる。本の、“もののけ”や“妖怪”というもののようだ。自分が“ちん”とはわかる。わしに用か?お前は何だ」
「はい。私は妖怪スカウトです。まだ知られていない妖怪を世に売り出そうとしているのですが。実は疫病が世に流行したときに、病封じの存在としてアマビエという妖怪がブレイクして経済効果を上げました。そんな未知の妖怪が他にもいるはずだ、と探してまわっています。ちんさんが妖怪なら、どんな妖怪なのですか?なぜ、ここにいるんですか?」
部屋の中には男の生活を感じさせるものは何もない。キッチンもないし、電化製品も家具もない。本が何十冊も散乱しているだけだ。やはり人間離れしている。ひょっとしたら「何か用かい!」くらいのギャグ程度を考えてもいたが本物かもしれない。ちん、という名にヒントがあるのだろうか。“珍”な存在ということだろうか。妖怪はなぜ自分が妖怪になったか知らなくて当然だろう。妖怪がどんな能力を持っているかは、後で調べればいいことではないか。とにかく、この妖怪を社に連れていき、どうプロモーションかけて経済効果を出させるかだ。それは私の役割ではない。私の仕事は彼を企画室に連れて行くまでだ。
「あなたを有名にしてあげられます。すべての人々がちんさんのことを知るようになるんですよ。世界一有名になるかもしれない」
ちんは私の言葉に少し心を動かされたようだ。散乱してページが開いた古書には“妖怪”の文字が見えた。ちんが、妖怪を知らないはずはない。そしてさまざまな妖怪の弱点を記してある。そのすべてを超える妖怪を目指そうとしたのか。
「あなたは、こんな暗い部屋にこもっている存在ではない。世界のスポットライトを浴びるべきだ。行きましょう」私が“ちん”を部屋の外に連れ出そうとしたときだ。アパートが激しく揺れ始めた。「地震だ!」と私がしゃがむ目の前に、“ちん”が座っていたあたりから巨大な邪悪な闇が出現した。「何だこいつは?」
「これが、妖怪だよ。手を変え品を変えこの世に出ようとしていたから古書の記述どおり抑え込んでいた。それがわしの役割だからの」
暗黒の妖怪は巨大化すると凶暴な叫びとともに周囲を破壊しながら飛び去っていく。私はほんとうの妖怪を見誤っていたらしい。“ちん”がため息をつきながら言った。
「“ちん”とは、妖怪を鎮めるの“鎮”だが。それがわしの役目だが。もう何ともならんのう」へなへなと妖怪スカウトの私の腰が抜ける。
「白岳オンラインショップ」リニューアルのお知らせ
日頃より、白岳オンラインショップをご利用いただき、誠にありがとうございます。
おかげさまで白岳伝承蔵は5月で10周年を迎えました。
この度、白岳オンラインショップは全面リニューアルを行い、高橋酒造の全ての焼酎をご購入いただけるようにいたしました。
これまで同様、プレミアム焼酎から、レギュラー商品、リキュールなど幅広い品ぞろえで、お客様の様々なシーンにもご対応いただけるホームページとなっております。
父の日や、お世話になっている人への贈り物、日々の食卓で楽しむ焼酎など、多くの皆さまにご利用いただければと願っております。
今後もより一層内容を充実させ、利便性の向上に努めてまいります。
白岳オンラインショップ
http://hakutake-shop.jp/
高橋酒造株式会社
「白岳オンラインショップ」メンテナンスのお知らせ
日頃より、白岳オンラインショップのご利用ありがとうございます。
下記の期間、ホームページメンテナンスのため、HAKUTAKE オンラインショップのHPサービスがご利用頂けません。
お客様にはご不便をおかけいたしますが、 何卒ご理解いただきますようお願い申し上げます。
【ホームページメンテナンス期間】
2020年5月24日(日)0:00 ~ 5月25日(月)12:00まで
※メンテナンス時間が変更になる場合がございます。予めご了承ください。
【メンテナンス対象サイト】
白岳オンラインショップ
http://hakutake-shop.jp
【メンテナンス期間中のお問合せ先】
球磨焼酎ミュージアム 白岳伝承蔵
電話:0966-32-9750 (営業時間9:00~16:00)
第186回 こんなお仕事
バーのカウンターで同業者たちが口角泡を飛ばしながら何やら言いあっていたので耳を傾けた。どうも地方大手の施設業者に対しての苦情のようだ。資材担当の男が煮ても焼いても食えないひどい奴のようで同業者たちは不満たらたらだろう。
「値引き要求がエゲツない。見積りのときに値引きさせ、請求書を出しに行くと難癖をつけてまた値引き。支払ってもらいに行くと、端数は引くよ!とまた値引きされる。ひどいと思いませんか」
「そうだ。そうだ。あんなにひどい納品先はない!われわれを虫けらのように考えているんだ」
「皆そう思っているんだから、誰か文句を言ってやればいいのに。誰かいないか!」
ところが誰も名乗り出ない。そんなものだ。やはり私の見込み客らしい。立ち上がって会話に加わる。
「お話、横でうかがっていました。私がお役に立てると思います」
「何だ、お前」と全員がうさん臭そうな視線を向けてくる。私は名刺を一枚渡す。
「はい。私は“文句代行業”です。本人からは文句や苦情が言えない方々のために、私が代わって文句を伝えに行きます」
そう言ってポケットから鉢巻を出す。鉢巻には「文句代行」と書かれている。そしてモニター画面を見せた。
会社に私が訪ねていって担当者に文句を言っている場面だ。それは、こんな具合。
「誰だ、お前は。勝手に入ってきやがって」
「ちわー、文句代行業です。お伝えにまいりました。あなたは無神経だそうです。皆が迷惑している、と伝えろ!ということです。少しは反省しろってことです。できたら、豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ!もございます。以上でーす。失礼します。じゃあ文句お届けの受領印をお願いします」
「誰の依頼だ。こんなことを言わせるのは」
「それが、私の仕事のツボでございます。依頼人の方のお名前は、絶対に明かすことはできません」
モニター画面を見ていた皆が、 なるほどーっ!という表情で顔を見合わせる。
「これなら、いいかもしれない。誰が文句を言っているのかわからないし、皆の気持ちもちゃんと伝わるみたいだ」
すると一人が聞いてきた。
「いやぁ、凄いお仕事と思います。納入先へはぜひ文句を言ってもらいたいけれど、他にもあるんです。うちの近所にヤクザの事務所が最近越してきているですよ。家内や子どもたちが怖がりましてね。警察は取り締まってくれているようなんですが、子どもたちが脅えていると文句言ってくれますか」
「はい。もちろん、文句代行はお請けしますよ。ただし、文句代行先によって割高料金適用になりますね。身体的に危険が伴う文句先かどうかは表にございますのでご覧ください」
それで納得されたようだ。すると別の人がまた尋ねてきた。
「あのー。うちの家内に言ってもらいたいんですよ。夫に対しての態度が悪いぞ!夫に失礼だぞ!って。請けてもらえますか?」
「はい。もちろん、お仕事ですからご要望どおりに致しますが、奥さまに文句代行してもすぐにだれの依頼かおわかりになるのではありませんか。それでもよろしいですか。あとがより怖いことになりますよ。直接ご自分で仰ったほうが効率的と思いますが」
そう答えると尋ねた男は胸に手を当ててしばらく考えていたが、恐怖に襲われたようにぶるぶると頬を震わせ、首を横に振った。
「わかりました。や、やっぱりいいです」
結果的に、彼らは私に文句代行を依頼してくれることになった。
私は早速相手先へ出向き、プロフェッショナルらしく仕事を完遂した。資材担当の男は私の文句トークをまともに受け取ることができず、七転八倒する。他人には厳しく言うが、自分への批判はうまく受け止めることができない人物のようだ。私から逃れるようにこけつまろびつ上司のもとへ。
私もサービスのつもりで上司へも文句トークを。ひとりひとりの心からの恨みつらみを放ってやった。上司も私の語る文句には手も足も出ず、ぼろぼろと涙を流すのだった。
二人とも会社の床で腰を抜かし、返す言葉もなく小便を垂れ流したほどだ。
もちろん、誰が依頼したかは絶対に伝えない。それは私の職業観、倫理観、道徳観でもあるのだ。そして、最後にきっちりと付け加える。「誰が言ってるって?みーんな、そう言ってますよ。では、こちらに文句を言われたという認印をお願いします。あ、サインでもかまいません」
依頼主たちのところで経過を話すと、皆が大喜び。さて、次の仕事だ。私は、鉢巻を裏返すと床に手をつき平伏した。つまり土下座だ。
「本当に申し訳ありませんー!」
皆が仰天。「な、何をしてるんです」
裏返した鉢巻には「土下座代行」と書かれている。
「向こうさんから依頼されました。私の名刺をよくご覧ください。“文句代行”の一番下の行です」
そう。そこには土下座代行の表示も。最近は多角的に需要を掴んでいかないと食っていけない。
世知辛い世の中なのだ。
「申し訳!ございません」と床に頭をつけた。
第185回 伝説の食堂
恋人の和子が行ってみたい食堂があるという。レストランでもなく、オープン仕立てのカフェでもない。
食堂というのが不思議だったが、和子がごちそうしてくれるというならかまいはしない。
出会って半年というところか。私好みの美人だった。知り合ったのはSNS上だ。和子の投稿に私がコメントしたのがきっかけだった。たがいにコメントをつけあうようになって、同じ地方都市に住んでいることがわかり、話題も盛り上がっていった。おたがいにダイレクトメールで顔写真を交換すると、和子は意外と美人ということがわかった。気に入った。
それは和子も同じのようだった。
私が和子に夢中になっていったのは当然のことだろう。だから、コメントをSNSで交わしあう内に、自分をカッコよく見せたい気持ちもあり、かなり脚色して書き込んだ部分もある。収入は現実の三割増しくらいで伝え、学歴も詐称してしまったのは反省してる。
そして私は和子と実際に会った。SNSでは写真と実物が別人くらい食い違っているケースが多いのだが、和子は写真通りの美しさと可愛さだった。私の好意が愛情に変わった瞬間だった。
それから私は和子に好意を持たれるように、自分のすべてを繕って彼女に接するようになった。出会う前に写真だけは私の日常のものを見せていたのだが、幸いなことにそうハンサムでもない容姿を和子に気に入ってもらえたことには、感謝してもしきれないのだ。
私と和子は交際を続けることになった。そして、私は和子に結婚を申し込むことにした。
「大事な話をしたいのだけれど」と伝えると、店で食事をしながら聞く、という。それがこの“行ってみたい”食堂だったというわけだ。警察署の隣りにあるからすぐわかると和子は言った。
店はすぐにわかった。
小さくて古かった。昭和の初めからあったかのような食堂だった。すでに中で和子は待っていた。老夫婦でやっているようだ。和子が選ぶくらいだ。そんなに美味しい食堂ということなのか。
「日替わり定食でいいですか?」と和子が言う。それで構わない。お婆さんがすぐに持ってきた。変わったところもないアジのフライと豚汁、それにご飯と香の物。「いただきます」と箸をつけた。普通の味だ。出来立てということを除いては特別に美味しくはない。ただ、懐かしい味だった。
「話ってなんですか?」食べ終わると和子が尋ねる。もっと考えながら伝えようと思ったのに、素直に口から出て自分でも驚いた。「和子さん、結婚してください」
彼女はすぐにはそれに答えず、私に尋ねてきた。
「経済的にやっていけるの?」
そうだ。これまで私は彼女に見栄を張ってきた。「実は前に言ったのは嘘で、薄給なんだ」なんで正直に言ってしまうのだろう。
「そうですか。他に嘘を言ってたことはないんですか?」
「あ。学歴は高卒でした。国立大卒と言ったのは嘘で、和子さんに好かれようと」
どうしたというのだろう。尋ねられると、これまでついていた嘘を白状してしまうのだ。まずいと思うが、止められない。
「趣味は読書と言ったけど、本なんてこれまで三冊しか読んだことない」
言葉が下痢症状を起こしたかのようだ。
「でも、これだけは本当だ。和子さんのことが大好きだ。一生愛してる」
「私も本当のことを言うわ。私は四十二歳。あなたより一回り上よ。それでもいいの?」
「もちろんだ。和子さんのことが大好きだ」
和子はじっと私の目を見て、プロポーズを受けると答えたのだ。私は大きくため息をついて安堵した。そして言った。「ありがとう」と。
「なんでこの店を選んだかわかる?」と和子が言った。わかるはずもない。
「ここは伝説の食堂なの。『正直屋食堂』といって、ここの料理を食べると本当のことを話さずにはいられなくなる…と言われてる。だから、大事な話と聞いたときに、ここで食べながら、ってお願いしたのはそういうことよ。そしてわかった。伝説は本当だった。あなたは本当のことを包み隠さず話してくれた。そして私も本当のことを話すことが出来た。自分の本当の年齢のことをこれまで誰にも話したことなかったのよ」
それで、この店を…。私は和子の気持ちが少しだけわかったような気がした。彼女は二人の間に嘘がないことを願ったのだ。
「料理はどうでした?美味しかった?」と和子に尋ねられた。「ああ」と答えようとした私だが、口をついて出たのは「うーん。普通の味かな」
それを聞いて和子は満足そうにうなずく。
そのとき、奥で電話が鳴る。お客の注文のようだ。お婆さんがお爺さんに叫ぶ。
「出前が入ったよ。至急、隣の警察署にね。取調室にカツ丼一丁だって」
第184回 先輩がミャオ
先輩の様子が変だった。
電話で話した後で気になって先輩のマンションに寄ってみた。先輩はここで愛猫と一緒に暮らしている。家族はいない。しかし、飼っている猫が大好きなようだ。だから先輩は一人暮らしを続けていても苦にならないらしい。仕事は先進医療の研究とのことだが、その分野では先輩のような変人は少なくないのかもしれない。部屋の中に研究に必要なのかもしれぬ医療ロボットやらが何台もあるし、住まいが工場なのかもわからない。ワンフロアーを先輩が一人で借りている。内部はまるで町工場みたいだ、と言えばいいのか。心配が取り越し苦労であればいいが。
先輩!元気ですか!と部屋に入り、驚いた。
部屋中にソファーがあり、そして先輩の愛猫、三毛猫のミャオが鎮座していた。ミャオは、先輩がもう10年以上可愛がっていた。まさに家族以上のメス猫だった。ミャオと呼ぼうとして変化に気がついた。なんとミャオの頭が猫ではない。先輩だった。
「どうしたんですか先輩。変わり果てた姿になって」
「おお。どうして、ここに」
「電話で様子が変だったから来てみたんですよ。驚きました」
「ああ。俺が虚血性の心臓発作を起こしたとき医療ロボットがやってくれた。ミャオが数ヶ月前亡くなったときに遺体を保存しておいたから、医療ロボットが俺の組んだプログラム通りにな。早々に俺の頭にぴったりの肉体はない。しかしミャオは免疫反応はクリアしてた」
「だから、三毛猫の身体に頭を接着したのですか?これでは人前に出たら皆、大騒ぎしますよ」
「別に人前に出る必要はない。それに俺はミャオを何にも代えがたいほど可愛がっていた。だから、ミャオも生前は俺になついていたし、俺もミャオのことを愛していた。そんな俺がミャオと一緒になれたなんて素晴らしいことだとは思わんかね!」
まさにマッドサイエンティストだ。
「なにも人間の身体であったときと変わることはない。ペンを握るのは不自由だが、キーボードなら自由に押せるし、今は音声入力も可能だ」
そう言って、先輩は右前肢でキーボードを叩く。参考文書を検索していたようだ。そして〈注文する〉を押して得意そうに言った。
「な。こうしていれば外に出なくても必要なものはここに配達されるし、研究に不自由を感じることはない。」
「さぁ、この書の関連本は他にはないのか?」先輩がパソコンに叫ぶと画面にずらずらと関連本が並ぶ。音声入力の検索でも大丈夫だというのがよくわかる。
「必要なものはここに届くし、作業がいるものはロボットがやってくれる。俺とミャオは一心同体で何も困ることはない」
なるほど、とも思う。まさに先輩にとってはこれは理想なのかもしれない。
そう思ったときに外から先輩の名を呼ぶ声がした。「いるんでしょう。返事してくださいよ」それから、ドアの開く音。中年男がずかずかと部屋に入ってきた。しまった。ここへ来たときにうっかりロックするのを忘れたようだ。先輩が叫ぶ。
「何を勝手に入って来るんだよ。家賃なら来月分までネット振込を済ませているだろう!」
そうか。入ってきた男は、この部屋の家主か。しかし、店子のところに家賃も溜まっていないというのに、何をしに来たんだろう。
家主らしき男は血相を変えて叫び返した。
「うちのマンションでは、ペットを飼ってはいけないことになっている筈だ。ご存知でしょう。なのに、おたくはルールを破って猫を飼っているではありませんか!他の入居者の方にしめしがつかない。ペットを手放すか、ここを退去してください!」
すると、先輩はしらっとした顔で「えっ。うちはペットなんか飼ってませんがね」と、猫の手で頬を掻きながら言う。家主はその態度にも神経を逆なでされたようだ。
「それは通りません。ほら、猫があんたの首の下におるでしょう。そりゃあペットだ。猫じゃないか」
すると、先輩は高笑いして後肢で立ち上がり家主に言い放った。
「確かに首から下は猫に見えるかもしれないが、これは見た目だけだ。人格は俺自身だし、この身体の行動も俺が決定している。だから、猫やらペットやらは笑止!存在しない。何のルール違反もしてはおらんわ。勝手にプライベート空間に足を踏み込むお前こそ、警察に通報するぞ!」先輩にそう言われて家主は悔しそうに引き下がった。先輩はなんとずるい人なのだろう。屁理屈を屁理屈と思わせずに主張するとは。まんまと先輩は家主を追い返したのだ。これで猫に似た身体を持つ先輩の新しい人生が始まるのか!先輩の理性はすべてを解決するのか!そう感心したときだった。窓の外からキジの雄猫が長く誘うような声で鳴いた。キジはミャオの恋猫だったらしい。
高笑いをしていた先輩の表情が変わった。それまで立ち上がっていたミャオの身体は尻を窓の方に向けているのだ。そして、気がついた。3月。猫たちは発情の季節なのだ。頭は天才の先輩でも、その身体は‥メス猫なのだ。
「なんと、なんと、理性を持ってしても逆らえないこの衝動。どう判断すればいいのだ」
嫌悪の表情で抗いつつも先輩のミャオの身体はキジのいる窓際へ吸い寄せられていく。その結果を見るに忍びず、私は急いで部屋を出た。
第183回 父を知る
父が元気な頃は、ほとんど言葉を交わさなかった。相性が悪かったといえばいいのか。何故あんなに嫌っていたのだろう。父も私に話しかけてくることはあまりなかったし。何が趣味というわけではなく、夕方私が学校から帰ると父も仕事先から帰宅し、座敷でひとり本を読んでいた。扶養してもらっている恩義はあったが、それ以上の感謝ではなかった。親の義務という甘えもあった。母が心配してもっとお父さんと話したら、というが、そんな気にならなかった。
だから、結果的に私は父の職業さえ知らないまま独立するように家を出た。それからはアルバイトで学費を稼ぎ自力で大学を出た。それで、実家とは縁が切れたように感じていた。そして母の訃報が届いた。母は自転車に乗っていてトラックにはねられ、あっけなくこの世を去ったのだ。葬儀でも父とは最低限の言葉しか交わさなかった。
再び私は自分の仕事に戻った。母があの世に去ってからまもなく、突然警察から父の死が伝えられた。何の驚きもなかった。いつか誰かからそんな知らせが来ることもあるのではないかと思っていたからだ。父は心臓の病だった。自宅にひとりでいたらしい。倒れているところを町内会長に発見された。すでに事切れていて警察の検死も受けたということだった。
火葬が終わり骨壷に入った父の前で、私は遺品の整理を始めた。どれ一つ見たことのない品々。太く長い木箱は押し入れの奥にあった。開けると黒いトゲトゲの鉄棒が入っていた。何に使うものだろう。私の背丈ほどの長さだ。どこかで見たことがある。しかし、思い出せない。というより、こんな重いものを何故持っていたのか?
近くに黒い文箱のようなものが置かれていた。この部屋は父の部屋だったので、何が置かれているかなぞ興味もなかったのだ。無意識に文箱を開けた。何だかモフモフした手触りのものが入っている。毛皮の衣類のようなもの?縞模様がある。下着?
ブリーフだった。これは……虎の毛皮た。そしてもう一つ木製の箱が。中に入っていたのは見たことはないが懐かしいイメージの木製のハンマー。いや、確か木槌というのでは?何かのおとぎ話に出てきたような。一寸法師だ。鬼が落としていったのは打出の小槌といったっけ。何故こんなものが、ここに。
まさか?
その木箱の下には、分厚い赤い表紙のノートが。そのノートを恐る恐る開いた。
見覚えのある父の文字だった。それは父の日記だった。何が書いてあるのか?
あるページが目に飛び込んできた。
「今日は節分だ。早くから仕事に没頭した。洗っておいた虎皮のパンツに着替えて、本部指定の場所をまわる。飲めば12時間肌が赤く変化する鬼ドリンクを服用して。金棒の重さが最近はこたえる。もう歳なのだろうか」
そう言えば、節分の豆まきをする日は父は家にいたことがない。母は当直だと言っていたが、あれは……。
この日記が本当だとすれば、父の職業は……“鬼“だったのか。
信じられない。“鬼“という仕事で生活が成り立つのか?母は知っていたのだろうか?
知っていたに違いない。父が不在の時にはいつも洗濯していたではないか。あれは鬼の居ぬ間の……。
日記の他のページを開く。
「今日は家内の紹介のママ友会で講習。タイトルは“賢い鬼嫁になるには“で。皆、役に立てただろうか?」父は鬼の講師もつとめていたのか!そして、自分は最後まで本当の父を知らなかった。他のページの日記。
「息子が私の正体を知ったら、どのような反応をするだろう?だから本当のことを伝えられない。考えると涙が……鬼の目にも涙というのは本当だなあ」
すると私の身体にも鬼の血が流れているのだろうか?まさか。来年の計画について後輩に聞かれたとき、何故か大声で笑ってしまったのは……自分でも不思議だった。
あれは…来年のことを言うと鬼が笑うという身体に先天的に備わった条件反射なのか。
しかし、しかし。父は普通の中年男にしか見えなかった。
鬼ならば頭に角が二本生えていたはず。そんなものは父の頭にはなかったが。
仏壇に置かれた骨壺に手を伸ばす。
確認するには、この方法しかない。
壺を開けると、白い骨が見えた。そして二本の三角錐のような磨かれた骨がある。
これはまさしく鬼の骨だ。やはり父は正真正銘の鬼だったのだ。
そのとき、私の頭に違和感が!体内で鬼が発動しようとしている。耳が尖っていく。額から角が生えてくる。やはり私も父の血を引く鬼だったのだ。しかし、この状況をどうすればいい?父は知っていたはずだ。
その隣の木箱を開くと透明な頭巾が入っていた。本能的にそれを被り鏡を見た。何ということか。角が消えていた。私は、ほっと胸を撫で下ろす。そして呟いた。「父さんのこと何も知らなかった。僕もお父さんの後を継ぐよ。やれるかどうかはわからないけれど。立派な鬼を目指して」
私は透明な頭巾の入った小箱を見た。
その表面にはこう書かれていた。
「角隠し」
第182回 福を迎えに
穏やかなお正月だ。家族全員揃ってお節料理をいただく。テレビでは振袖を着た女優たちが笑っている。こたつに入った娘は年賀状をチェックしている。無事に一年を過ごせたという思いだ。
「では、初詣に神社に幸運を願いに行こうか」と私が言う。すると妻が「そうね。平和な一年を送れたことのお礼にね。でも、去年私が初詣で神様に願ったことは、何一つ叶わなかった」
「何を願ったんだ?」
「たいしたことじゃないわ。宝くじで1等が当たりますようにとか、あなたが出世しますようにとか」すると、娘も言う。
「私も何も叶わなかった。素敵なボーイフレンドができますようにとか、成績がめきめきあがりますように、とか」
何と虫のいいことばかり考えるんだと、諭す。「初詣には何万人も人が訪れるんだぞ。神様にいろいろお願い事をして叶えてもらおうなんて無理だ。神様は、どこの誰に何を頼まれたのか憶えているはずがない。お詣りのとき、ちゃんと住所氏名を言ったのか?去年無事だったお礼を言うのが先だろう」
「そんなこと言ったって、後ろもつかえているし慌てるわよ」と妻は口を尖らせた。
「あっ!これがいいわ」と年賀状を見ていた娘が声を上げてハガキを振っている。「ねぇ、我が家にも福の神に来て頂かない?」
そのハガキにはこうあった。
福の神/2万円割引券 あなたの家にもぜひ福の神を/福の神ショップで招福万来
「へぇ?ホントかなあ。福の神を売る時代になったのかなあ」
「行ってみようよ。うちにも福の神さまに居てもらいましょうよ。あら、ショップは近くのショッピングセンターにあるよ。こちらのほうが神社で大勢とお詣りするより、霊験あらたかじゃないの?」
妻もそう言い出したので2万円割引券ハガキをもってショッピングセンターの福の神ショップに出かけたのだった。
ショップは三階にあった。福の神を扱う店は他に何軒もあり、店頭では店の人たちが元気よく客寄せしている。どの店もさまざまな縁起の良い神さまを販売しているようだ。
店の前で乙姫さまのようなきれいな女性がチラシ配りをしているので、ふらふらとそちらに行こうとしたら、妻に袖をつままれ止められた。娘が言うには「まあ、弁天さまがチラシ配りしてるなんて」思わず「厳しそうな業界なんだなあ」とつぶやいた。
一瞬どの店に入るか迷ったが、ハガキをくれたショップに入る。担当者に言われるまま席に座った。席の向こうで福よかなおじさんが担当者に紹介されているが、あれが福の神なのだろうか?ということは、家に福の神が来たら食費もかかるのだろうか?
「どのタイプの福の神を選ばれるか決めておられますか?」と担当者。どのタイプ?目を白黒させた。妻が尋ねた。「福の神ってお客さんのニーズに合わせて何人もいるんですか?」
「ええ。今は福の神の大量生産も可能になっていますから。どんな効用がお望みですか?」
私が「家内安全…」と言いかけると妻と娘は「宝くじ当てて大金持ちになりたくて」「成績が良くなって素敵なボーイフレンドがほしい」
「わかりました。では七福神セットコースか、あるいはパーソナルコースでお一人づつ神さまを選ぶか。神さまに、オプションを付けることもできますが」「あのう。福の神のお部屋とかお食事とか用意しなくてはなりませんか?奥の方は大黒さんでしょう?」「いえ、購入いただくと普段は姿は見えないので、食事も部屋もいりません。あれは店頭プロモーション用に実体化させているだけです」
見積もりを見て驚く。けっこう高い。「基本を福の神だけにして、宝くじ、異性運のオプションを付けることもよろしいかと。かなり安くできます。月々の料金はこれほどになります」と見せられると、なるほど安くなっている。「ただし、途中で他社に変更なさると、この金額をお支払いいただくことになります」
いつの間にか姿が見えなくなっていた娘が戻っていた。お手洗いにでも行っていたのだろうか。ショップの担当者が、「では内容を了承いただけたら、そろそろご契約をお願いしたいのです」疑い深いので、もう一度尋ねた
「ひょっとして、我が家に迎えた福の神が変質して貧乏神や死神になるなんてことはないんでしょうね!」
担当者は大きく首を横に振った。「いえ、弊社の福の神に限ってそのようなことはございません」
「そうですか!それでは」と契約のペンを取りかけたとき、娘が、お父さん、お父さんと袖を引いた。「ちょっと家で考え直そうよ」
それで、ショップを出て娘に訊ねた。
「急にどうしたんだ」
「いや、あの業界、競争厳しそうでしょ。あの店の隣の隣は閉店セールをやってたの。その隣の店は“驚異の大効果福の神”と貼り紙があったけど、潰れてシャッターが下りてたよ。そんな業界が扱う福の神って効果あるのかなぁと思って」
それもそうだ。「じゃあ、神社に詣って今年の運をお願いして帰るか」
「そうしよう。それがいいかも」私はこんな新年が来年も迎えられればそれでいいのだ。とりあえずの招福万来で。