第203回 おもいでマシン

 本日は、かくも多数、私の新発明発表会にお集まり頂きありがとうございます。私は天才科学者なのですぐに大発明をしてしまう。だから発明なんて珍しいことではないのですが、今回は一般の参加者の皆さまにもぜひ発明の素晴らしさを知って頂きたいと、このような発表会のカタチにしたわけです。あまりに画期的な発明なので、お話したところでにわかに信じて頂けないかもしれない。
 理論上は先行していたのですが、現物は発表会寸前にやっと間に合ったという代物です。ですから、試験装着もまだ済ませていないのです。しかし、正しい製造法ですから間違いなく完成しているのです。
 さてこの新発明。名も先ほどつけたばかりです。
「おもいでマシン」といいます。
 なかなか趣のある詩的なネーミングだと思いませんか?
 もちろんこの機械がどのようなものなのかは、これからの実験でおわかり頂ける筈です。その前にできるだけわかりやすくお話します。
 人は一人づつそれ迄に生きてきた軌跡、すなわち人生を持っている。その人生の中では忘れられないおもいでなどというものが重要な役割を果たしています。ときおり人は生きていく上で立ち止まり、過去を心の中で再生させる。それがいわゆる、「おもいでにひたる」という行為です。
 私の発明した「おもいでマシン」は、その人の人生の中で心に刻まれているおもいでに、形を与えて具現化させ再生させる装置なのです。
 いや再生させるといっても、映像をモニター画面に映し出すといった単純なものではない。映像だけなら幾重にもCG処理して、よりリアルなものを作れるかもしれないが、本物のおもいでとは程遠い。
 本当のおもいでには、五感のすべてが含まれているものです。匂いや、音や声、そして肌触り、そのようなものが一体となっているものではありませんか?そして、おもいでが実体化したときには記憶にあるもののサイズも重要です。そのすべてを再現できるのが、このステージ上の巨大装置、おもいでマシンなのです。
 自分のおもいでを再現・実体化させたい被験者は、このヘルメット状の思考リーダーをかぶります。するとこれがおもいでを読み取り、マシンの中で空中の物質を集めて再合成させる。そして、おもいでを実体化するというわけです。おもいでの具象化という革命的発明です。
 さて、これから実験を行います。初実験です。自分のおもいでを実体化させてという方おられませんか?いかがです?遠慮されずに。あ、おられますか。さ、壇上に!
 ありがとうございます。どんなおもいでを望まれますか?初恋の女性を……いいですね。では、ヘルメットを。
 では、開始します。おもいでを思い浮かべて。初恋の女性は、どんな方ですか?
 幼い頃、憧れていた隣の家に住んでいたお姉さんにもう一度会いたい、と。今はどこにいるかもわからない。でも、あなたの心に生き続けているんですね。一生懸命思い浮かべて!
 マシンが動いています。少々音がうるさいが我慢して。
 ほら終わりました。おもいでのできあがり。マシンの把手を開いて。ゆっくり。とてもきれいな方だったのでしょう。わかります。
 うわあ。
 下がって!なんですか、これは。これが隣のお姉さん?ばけも……。いや、なんでもありません。胸が風船みたいだ。お尻がでかくて今にも破裂しそう。目もでかすぎ。まるで少女漫画の登場人物。髪の毛は……ないじゃないですか。髪は思い出せなかったって。
 そうか。あなたの頭の中で初恋のお姉さんは誇張されたんですね。そんなに泣かないで。画ごころがないからうまく思い出せない。わかります。私も子どもの頃から絵が下手だったからなあ。だから私、自分で実験しなかったんですよ。しばらくすれば消えますから、心配しないで。
 え、消えない。そんな筈は。おもいでが実体化するとそのままになる設定になっていたのか……。お待ちください。おもいでマシンの性能をもう一度チェックしてみますから。
 あ、ぼっちゃん、いつの間に壇上に。下りてください。いま、手が離せないから。
 あ、触らないで。そのヘルメットをかぶちゃダメですって!
 どうしたんです、ぼっちゃん。なに、ぼくもこのおもいでマシンを使ってみたいって?
 あ、ヘルメットをかぶってしまった!
 そんなに見たいおもいでがあるんですか?
 映画?今年見た映画で一番面白かったものをもう一度見たい、と。
 え?ブルーレイでとか映画じゃなくて本物で見たい!
 あ、あ、おもいでマシンが動き出した。どんどん膨れあがっている。もうすぐ破裂してしまいます!いったいなんの映画だったんです?ヘルメットをはずして下さい。
 え、大巨獣ゲスラ?それは怪獣映画じゃないですか?
 うわぁ、マシンが爆発してしまう。おもいでの大膨張だ。
 会場の皆さん、一刻も早く逃げて下さい!ひええええっ。

第202回 根子岳の猫屋敷

 宮地までは自動車で。ヤカタガウド登山口に駐車して歩き始めたのは夕方だった。民話を知ってから気になっていた。いろいろと確かめたい。
 リュックを背負うと気が引き締まった。
 ヤカタガウドのウドとは、谷のことだ。つまり館がある谷という意味か。根子岳は阿蘇五岳の一つだが、そこに猫の王の屋敷があるという伝説がある。私は歩き始めた。岩盤が露わになった谷。両側の壁の間をたどりつつ歩いていく。見上げれば奇岩が目に飛び込んでくる。紅葉の時期もさぞや見事だろうなと思った。今は穴の空いた眼鏡岩に目を奪われていた。
 歩き始めたが夕方だったからすぐにあたりは暗くなってきた。やはり、昔話でしかなかったのだろうか?
 いくつかの谷をカーブに沿って曲がると、目に灯りが飛び込んできた。よもや。
 大きな屋敷のシルエットが見える。石の壁にへばりつくように建っている。これが、根子岳の猫屋敷なのか。
 私は屋敷に入った。すでに薄暗い。灯りはいくつかの石燈によるもので電気はここまで来ていないようだ。二十一世紀だというのに。
「ごめんください」と玄関で叫ぶ。ひたひたと奥から足音がして女が姿を見せた。
「道に迷ったのですが、一夜の宿をお願いできませんか?」と、考えていた台詞を口にした。
 女は嬉しそうに笑った。若くて恐ろしいほどの美人だった。聞いていた通りだ。
「お安いことです。食事も用意します。お風呂を使われてゆっくりお休みください」
 私は部屋に通されて、しばらくゆっくりとくつろいでいた。そのとき庭先から別の若い女が現れた。「もし、お風呂に入ったら全身猫にされてしまいます。私は、昔あなたの隣家で飼われていた三毛でございます。あなたには良くしていただいたので教えます。すぐに、ここから逃げてください」
 やはり、そうか。根子岳の猫屋敷の伝説は本当だったのか。伝説と同じ展開だなあ。
 しかし、隣の三毛がここにいたとは知らなかった。ときどき仕えに来るそうな。
 私はリュックの中から用意していたものを取り出し、風呂場へと向かう。風呂は湯が溢れそうだった。これが人を猫へと変える湯か。
 それから慌てて身支度を整え、リュックを背負うと屋敷を飛び出した。
 もうすでにあたりは暗くなっている。一刻も早く駐車場へ戻りたい。すると、「待てー」という声。見ると崖の上に人影が。私を屋敷に招き入れてくれた美女が、湯桶を持って追ってくる。美人なだけに怒ると般若以上の恐ろしい顔だった。逃げながら美人を怒らせてはいけないと、真剣に心に刻み込んでいた。
 ガレ場の終わりの砂防ダムが目の前だった。湯桶の美女の追ってくる姿はもう見えなかった。
「助かった」駐車場までようやく戻ると、へなへなと腰が抜けて座り込んでしまった。
 夜のうちに熊本市内の我が家に帰り着いた。左肘の後ろに異様な感覚があった。これか!と思い、肘を鏡に向けてみた。予想通りだった。その部分だけ円型に三毛猫の毛のようなものが生えていたのだった。
 やはり伝説ではなかった。民話はすべて本当のことを伝えていた。根子岳には猫屋敷があり、迷い込んだ人間を皆風呂に入れて、猫に変えてしまうのだ。
 それが本当だと信じたからこそ、私は根子岳まで出かけたのだった。
 リュックの中からポリタンクをゆっくりと用心深く取り出す。こぼさないように。それから小さなペットボトルにベビーポンプで湯を分け入れた。
 それから私はリストアップしておいた知り合いに次々に電話をかけまくった。
「もしもし。私ですが。今日はあなただけにとっておきのものをお奨めしようと連絡しました。効果百パーセントの養毛剤が手に入ったんです。この液体を頭に塗るだけで、すぐに毛が生え揃います。施術は私がやります。少々お高くなりますが、確実に効果のある方法ですから、そこは目をつぶってくださいませ。もう一度青春を取り戻したいと思いませんか。いや、自分には不要だと感じられたら、お使い頂かなくても構わないんですよ。無視されてけっこうです」
 すると、口には出さないが薄毛に悩んでいる人たちがいかに多いかがわかる。
 注文頂いた方の指定の場所まで出かける。そして、ビニール手袋をつけペットボトルのお湯に筆を浸して、頭の薄くなった場所に塗っていく、と、あら不思議。みるみるうちに毛が生えてくる。
 毛といっても猫の毛だ。三毛猫の毛だったり、白猫だったり、サビトラだったり、黒猫だったり。本来、この人が猫に変えられたら、そんな猫になるんだろうなという毛だった。 
 根子岳の猫屋敷の話を聞いたときから思いついていた「もし本当だったら」やってみたい商売だった。おかげで、随分と育毛処理で儲けさせてもらった。三毛だろうがキジだろうが、毛染め剤を使えば要望のままだし。猫屋敷のお湯が足りなくなればまた根子岳に行くつもりだ。ただ、これを使うとお客さんの話し方も少し変わってしまう。「高いニャー。もう少し、安くならんかニャーゴ。いや気に入っとるんだがニャー」
 それは仕方ないと思ってニャー。
 

第201回 忘れな草お姉さん

私の記憶では、初めて彼女に会ったのは幼稚園のときだ。一人っ子だった私は他人と諍いをおこすなどという経験はまったくなかった。遠足のとき、私のお菓子をクラスの男の子たちに取り上げられた。どうしたらいいかわからず泣き声をあげたとき、誰か甘い匂いのする人に抱きしめられた。そして「あなたにはこれを用意しているから」と代わりのお菓子を渡してくれた。顔をあげると品のあるきれいなお姉さんが笑顔で私を見ていた。甘い匂いの他にもう一つ印象に残ったこと。お姉さんがつけていたブローチだ。薄い青の小さないくつもの花。それが白いブラウスの上にあった。
彼女は突然いなくなった。どこに行ったのかわからなかった。ただ、偶然にあのときだけ出会ったのではなかった。私の心に彼女の記憶は深く刻まれていた。また会いたいと。
次に会ったのは小学生のとき。学校の帰りがけ。なかなか掛け算が覚えられないので呟きながら歩いていた。七の段になると必ずつかえてしまう。「七一が七。七二、十四……」七六まできて言葉に詰まったとき、後ろから私の肩をやさしく叩いた。「七六、四十二。七七……?」私は叫んだ。「四十九!」振り返るとあれほど会いたかったお姉さんがいた。笑顔で小首を傾げてみせた。白いニットのセーターに例の薄青の小さな花がいくつもついたブローチをつけていた。あのときと同じ花だ。「ねえ、それはなんの花?」「これ?忘れな草という花よ」名前どおり、決してそれからその花の名前を忘れることはない。七の段と九の段の掛け算を彼女は一緒に唱えてくれた。不思議なことに一人では決してスムーズには言えなかったのに、彼女と一緒に唱えると完璧に覚えこんでしまっていた。そして振り返った瞬間、彼女の姿はなくなっていた。
一つ疑問が湧いた。あのお姉さんは幼稚園のときに会ったときからまったく歳をとっていなかった。名前もわからない。でも会っているとなぜか懐かしい。
中学生になった私は学校の帰り道に公園の前を通った。いつもと少し違う風景。彼女だった。足がすくんでしまった。彼女が笑い手招きをした。最後に会ってから、彼女と会うのを何度夢見たことか。彼女は言った。「ずっと待っていたのよ」私は彼女が持っていたスケッチブックを見た。公園の風景があった。公園の樹々の間を歩いている私らしい少年が小さく描かれていた。彼女はスケッチをしていたのだった。彼女は変わっていなかった。初めて会った幼稚園のときと同じ。私は言った。「会いたかったよ」彼女は言った「私もよ」
「忘れな草」思わす私は呟いた。彼女はこのとき濃紺のダンガリーシャツを着ていたが、胸にはあの忘れな草がつけられていた。彼女に名前を尋ねようとしてためらった。女性に気安く名前を聞いていいのか?失礼なことではないのか?「とってもかわいい」と彼女は私に言った。私が口を開きかけたとき彼女は立ち上がった。「ごめんなさい。時間がないの」そして立ち去った。もちろん私は後を追った。だが、ある大樹の陰に走り込んだ彼女を追うと…彼女の姿はなかった。
それから私はいつも周囲に注意を払うようになった。いつ、忘れな草のお姉さんが現れるかわからないからだ。だが、なかなか現れてはくれなかった。
時が経ち、私は高校生になっていた。成長してあのお姉さんの年齢にずいぶん近づいたと思っていた。だが、会える機会はなかなか巡ってこなかった。
運動会の日。高校の運動会は見に来る父兄も少ない。私の出る種目は200メートル走と男子舞踏。男子舞踏とは空手の型に組み体操とダンスを組み込んだものだ。男子演舞の途中で私は彼女を見つけた。手を振り拍手をする彼女。その笑顔ははっきりと私を見ていた。演技が終わり私は彼女のいた場所へと馳けた。しかし……彼女はいなかった。あたりを走って捜した。代わりにあれは彼女だったという証拠が落ちているのを見つけた。忘れな草のブローチ。確かの彼女がここに。その頃から彼女に恋心を感じるようになった。
それが忘れな草のお姉さんと会った最後だ。彼女が誰なのかはわからないまま。大学に入り、就職してサラリーマンになったが、再び会うことはなかった。忘れな草のお姉さんの正体は誰だったのだろう。ひょっとしたら、あの懐かしい感じは親しい人なのではないか?いや、思いあたらない。やがて私はある女性と知り合い結婚した。結婚相手があのお姉さんではないかと夢想したこともあるが、似たようなところもないではないが、お姉さんとは違っていた。私はなにごともなく人生を過ごしていったが、脳裏からお姉さんの面影がなくなることはなかった。私に娘が生まれた。成長していく過程でふと、あのお姉さんは娘だったのではないかとも思った。だが違う。私のことを毛嫌いし、ろくろく話もしないまま誰かと恋愛し、嫁いでしまった。
それから何年か経って娘夫婦は近所に引っ越してきた。スープの冷めない距離だ。
そして孫娘が生まれた。孫娘は不思議に私になついた。彼女は成長するにつれて、私の若い頃のことをしきりに聞きたがるようになった。その頃だった。私の身体に死病が見つかったのは。この先あまり長くはないようだった。私を慕ってくれる孫には、そのことを包み隠さず話した。孫はそれを聞いて号泣したが顔を上げて言った。「私、テレビのアニメでタイムマシンのことを知ったの。私、発明する。そしたら、昔のおじいちゃんに会いに行っていい?」私は大きく頷いた。そしてまだ幼い歳の孫に、忘れな草のブローチを渡した。

第200回 人生でたいせつなこと

 本日、皆さまにお話することになりました、エヘン、ゲボゲボ。機敷埜風天と申します。ええ、…何だっけ、ええっ。あああ。ああ。よく聞こえない。…ああ、そう。
「人生でたいせつなこと」について、であります。人生といえばたくさんの方が、それぞれの人生を歩んでこられてきておられるわけで、ございます。あ、暑うございます。遠慮されんと上着とられてけっこうでございますよ。あ、人生ですね。私の叔母もですね「人生いろいろ」という唄が好きでしてね。人生にはいろいろあるんだ、ということを島倉千代子という歌手が唄っておられました。私もですねぇ、島倉千代子が好きでしてねぇ、カラオケに行ってどなたかが島倉千代子を唄われると、とてもよい気分になりますな。私は唄いません。なにせ音痴でしてな。何を唄っても同じ曲にしか聞こえんらしい。私が幼い頃から異様に耳が良すぎたところに音痴の原因はあるのですよ。というのが、私の婆やが赤子の私を背負うてあやしながら子守唄を唄ってくれたのですが、この婆やは評判の音痴だった。しかし耳の良い幼子の私は、それを正確に記憶してしまったらしい。私はそれ以来、すごい音痴になってしまったというわけ。耳が悪ければ音痴になることもなかったはず…。大学は、南方にあるマイマイ島のハレホレ大学無理学部に在籍しておりましてな。若かりし日の私は日々勉学にいそしんでおりました。すると、学級の徒であった私に大変なことが起こりました。公園のベンチで教科書と参考書に目を走らせておったときですよ。目の前をこれまでの生涯で見たこともない美女が歩いておったのです。自分の目が信じられなくなるほどの美女です。私は参考書をそこに置き去りにしてふらふらと彼女に尾いていった。するとほどなく彼女の家の前に着いたが、人がならんでいる。聞くと、みな彼女のフアンということで彼女とつきあいたいが、彼女は大の唄好き。彼女の前で唄を唄って気に入られないと、ダメということらしいのです。で、みな彼女の前で唄い、私の番がまわってきたました。もちろんダメ。気に入られなかっただけではなく、そのとき自分が音痴だということを思い知ったわけです。
 人は思い知ることが大事ですな。そうそう、思い知らされたといえば私はトイレが近いこと。今思い出したが30分毎に尿意に襲われる。そうなると思考が途切れて何も集中できんようになる。えーっと、何の話をしておったかな。今も、少ぅし、尿意が近づいているのがわかるので不安になってきております。ところで、いかにして私が尿意を抑えられているかというと、若い頃、頼まれて龍退治をしたことがありまして。龍の巣に行き18人がかりで龍を追いつめてやっと仕留めた。村人たちは喜んで龍の肉を分け合って持ち帰っていたなあ。これで私を招いた村は龍に毎年襲われることはなくなったというわけですが、そのとき、帰りかけた私に長老が、お待ちなさい!と龍の膀胱を差し出した。これを煎じて必要なとき飲めば尿意をもよおしても3時間はこらえることができるようになると。若い頃は、そんなものは必要なかったのですが、最近は使いたくなってきた。確か箪笥の奥にしまっておいたはずが、見つからず不思議でならないのです。目の前を通りがかった昔なじみの爺さんに尋ねてみましたよ。龍の膀胱は知らんかね、と。いや、龍の膀胱なんて見たことも聞いたこともない。密室殺人をあんたが解決したときに手に入れた河童の手なら見せてもらったことがある、と。
 あ、そういえば密室殺人の解決を頼まれたことがあったなぁ。警察も名探偵もその謎がわからなかった。蔵の内部から鍵がかけられて、中で主人が背に短刀を刺され殺されていた。蔵を見回して言った。お前が、犯人だ!と。犯人は河童だったんですよ。人間の手なら蔵の中の鍵に手が届かない。でも、河童の右腕と左腕は繋がっているのです。だから人の手では内部の鍵に届かなくても河童なら手を伸ばして複雑な解錠操作ができる。だから、犯人は河童だぁ!と。喝破された河童は驚き、思わず右手を落として逃げていったのですね。それで、仕方ないと河童の手をうちに引き取ったのかな。
 あー、しかし、河童の手ではトイレを我慢できるわけもありません。とにかく、尿意を催したら、自分の気を散らすしかないわけです、そういうとき、母親がトイレには幽霊がいるんだからね、と言っていたことを思い出します。みなさんもそんな記憶がありませんか。夜中のトイレにひとりで行くと、中で幽霊が待っている、と思ったこと。あるいは妖怪が出てくるぞ、と感じたこと。実は、トイレには幽霊も妖怪もおるんですよ。無理学部にいた頃はそんな研究ばかりしておりましてな。幽霊も妖怪もいないと思えばいない。いると思えばいる。無理学が通れば道理学が引っ込むのです。そのときのゼミのクラスメイトが変な奴ばかりで。一番変わっていた奴が、時間軸圧縮理論とか考えている奴でしてね。今はどうしているかなぁ。そいつは時を超える装置を作れるとか言っておりました。そいつがある日トイレから出れなくなりまして、内側から叩いたり叫んだり大変な騒ぎ。時を超える装置を作ろうという奴がトイレから出れんなんてね。え、何ですか。は、もう時間ですか。よかった。トイレが。は、まとめろ。題は…。え、なんですか?は、ありがとうございます。そうですね、もうやめろ、ということです。人生でたいせつなことは、ありがとうの気持ちを忘れないということですね。今、ありがとうを申し上げて思い出しました。大事です。
 では皆さん、さようなら。ほんとうに、ありがとうございます。

第199回 大井川の奇蹟

得意先への訪問は予定時間通りだったのだが、客に引き止められてしまった。次の約束の時間に間に合うにはすぐの高速バスに乗ってギリギリの時間だ。
 福岡から熊本へ走る九州高速道にある大井川インターから数100メートル離れた場所に高速バスの乗り場がある。
 私は残念なことに運転免許証を持っていない。だから、遠方の客を訪問するときは高速バスかJRを使うしかないのだ。だが、このあたりにJRは走っていない。高速バスを使うしかない。実は次の客との商談は数百万円の取引。個人事業主の私としては喉から手が出るほどの案件なのだ。しかし、時間に厳しい相手と聞いている。1分たりとも遅刻するわけにはいかない。
 なぜこのあたりにJRが走っていないのかといえば街らしい街がないからだ。タクシーもあまり走っていない。しかたがないので客先にタクシーを呼んでもらった。タクシーに乗り込み「大井川インター近くの高速バス乗り場まで」と叫んだ。タクシー運転手は「わかりました」と発車した。時計を見ると次の熊本行きのバスは20分後のはずだ。高速バスの停留所まで5〜6分ということだった。「着きました!」タクシー料金を払って降りる。目の前の階段を登ればバス停だ。急ぐ。時計を見る。10分ある。よかった。バス停に立つと、息が止まりそうになる。何、ここは福岡行きのバス停だ。熊本行きのバス停は、道路を挟んだ向こう側ではないか。慌てて階段を駆け下りるとさっきのタクシーは、こちらに気づくはずもなく無情に去っていった。
 どうすれば向こうのバス停に行ける?
 タクシーどころか、下の道は自動車一台通らない田舎道なのだ、鍬をかついだ農家のお年寄が通りがかったので、これ幸いと尋ねてみた。「熊本行きのバス停に行きたいのですが、高速下のトンネルとか、渡る橋とかありませんか?」お年寄はのんびり答える。「そうじゃのう…数キロ先にトンネルがあるのう」数キロ先なら走ってもバスには間に合わない。どうしよう。おろおろ。向こうのバス停は見えているのに。中央分離帯まで入れて40メートルくらいだろうか。
 だが、高速道路はすごい勢いで自動車が走りすぎていく。自動車が走っていなければ全速力で駆け抜ければ10秒もかからないだろう。よし、駆け抜けるか!いま行けば間に合う。
 一歩、踏み出そうとしたとき、白のステーションワゴンが目の前を走った。すごい風圧が身体を襲う。ゴウッという通過音も。
 ひゃあ!
 一歩も進めぬうちにひっくり返る。次の一歩。警笛だ!10トントラックが壁のように迫り、轟音を鳴らして近づき去っていった。
 カバンがない。見るとぺしゃんこに道路の上に転がっていた。その上を次々に自動車が通過していく。
「向こうに渡りたいのかい?」と声をかけられた。振り向くと腕組みをして男が立っていた。黒子のように黒づくめ。黒足袋姿。「あなたは?」「俺は、この大井川の高速越人足だよ。あんたは一目でわかる。ここを渡りてえんだろ。渡してやろうか?ちと値段は張るがね」
「高速道路をどうやって渡るんです?次々に走ってくる車に轢かれるのが関の山ですよ」
「こちとら代々、大井川の渡し人足をやってる。渡りは腕と心意気なんだ」
「無理ですよ。無理」
「よおし。じゃあ、あんたの落としたカバンを特別に拾ってきてやろう」言うが早いか、男は高速道路に飛び込みぺしゃんこのカバンを「あっ危ない!」拾って「あっ!きゃあ」と叫ぶ私のところへ戻ってきた。「ほい」と私の手渡す。「腕は、こんなもんだ。渡りたいし、時間もないんだろ?どうするね。少々高いが、これは技術料だ」渡し賃をいわれて驚いた。高い。そう漏らすと「じゃあ、いいよ。納得した人だけ渡してるからな」「いや、お願いします」数百万の取引がふいになるより、一か八か渡してもらうべきだろう。いかに高額でも。
「よし、わかった。じゃあ担ぎますぜ」
 ひょいと私を肩車すると高速道路に入る。クルマが前を走り、ひょいと踏み出す。すると背後をクルマが通過する。そして、またひょい。近づくクルマに悲鳴を上げる。男はそんなのお構いなしにひょい。ついに中央分離帯だ。「あこぎな渡し人足なら、向こうまで渡りたければ倍の賃料を、とここで言うところだが、あっしはそんなこといわない。安心なさい」と男は言った。私は感心した。「すごい渡りだ。これにはなにか秘伝があるのかね」私は尋ねた。「うん。先祖から伝わっているのは、心を無にすればクルマの隙間が見える!だね」「はぁ!じゃ、これまでは、迷うことなく高速道路を走り渡ってきたんですか?」「ああ、そうだ。向こうへそろそろ渡りますかね」と私を肩に担ぐ。「心に迷うことなく……。そう言えばかなり前にお客さんに言われたなあ。ムカデはどの足から動かすか自分でちゃんと迷わずわかっているのかな?あんたは右足から渡るんか?左足から渡るんか?ってね。そう問われたら考え込んで渡れなくなったっけ。あっ。あっいけねぇ、思い出したら渡れなくなったじゃねぇか。とほほほ。すまねぇ。お代はいらねえ。向こうまでは自分で渡っておくれ」そう言って再び下ろされた。ここで下ろされても困る。すると遠くから熊本行高速バスが近づいてくるのが見えた。急がなくっちゃ。間に合わない。どうすればいい?心を無にするったって。ふっ、と走るクルマの隙間が見える。これだ!
 無事に高速道路を渡った私は、そのときの快感が忘れられず熊本インター近くで渡し人足をやっている。案外お客は多いんだぜ。名も売れてきたしね。バスには間に合ったが開眼したんだ。こんなに快感のある仕事はないってね。いつでもおいで。あっ、という間に安く渡してやるよ。職を変えたおいらがね。

第198回 母の日のできごと

 小学校の帰りに、初めて花屋の前で鈴佳は意識した。母の日にはカーネーションを贈るのがならわしだということを。
 いや、それよりも五月の第二日曜日が母の日になると意識していなかった。学校で、もうすぐ母の日だからお母さんに感謝の気持を伝えるための作文を書こう、と先生からお題を出されて、仕方なく心にも思っていないことを書き連ねて提出したことは覚えている。それがいつのことだったかは忘れてしまっている。
「お母さまに日頃のありがとうの気持ちとして赤いカーネーションを贈りましょう。贈れない人は白いカーネーションを飾りましょう」とポスターにある。それがどういう意味なのかは鈴佳にもわかった。
 私は白いカーネーションなんだ。お母さんは亡くなってしまったから。
 去年の母の日は赤いカーネーションも買わなかった。母の日にカーネーションを贈る習慣があることは知っていたのに。カーネーションをプレゼントしてもお母さんは喜びはしないと、勝手に鈴佳は思っていた。
 初めて鈴佳は母の日にカーネーションを買った。
 白いカーネーション。
 鈴佳にとって安い買い物ではない。一本百五十円だった。ペットボトルのミルクティが買える値段だな、と思う。
 二〇世紀初頭、母の日の創設者であるアンナ・ジャーヴィスが自分の母親の追悼式で母親の大好きだった白いカーネーションを参列者の一人づつに手渡したという。それから、母親を偲ぶとき白いカーネーションを供えるようになったのよ。そう花屋のお姉さんは、鈴佳に教えてくれた。
 白いカーネーションを手に家に帰り着くまで、鈴佳は自然と涙が溢れてきて止めることができなかった。
 大事なものは、失ってしまってから何が大事だったのかに気づくものだ。
 それは鈴佳にとっては、お母さんだった。
 お母さんが元気なときには、わがままばかり言っていた。お母さん、欲しい物があるから買って。お母さん、これ作って。お母さん、暗いからついてきて。
 いつもそうだった。それが鈴佳にとって当然の毎日だった。お母さんはいつもそばにいるものと思いこんでいたから。いつも自分がしてほしいことを母親に無理強いし、母親から鈴佳への頼みごとは、そんなこと頼まないで!と無視していた。そんな日々が突然断ち切られた。
 あの日の朝も鈴佳はわがままだった。お母さんに郵便局での用事を頼まれた。それをつれなく断った。
「めんどうだし、いそがしいもん」
 お母さんは郵便局に行った帰りに事故にあったことを知った。
 帰ると鈴佳は仏壇の花瓶に白いカーネーションを挿した。それから長い時間手を合わせた。お母さん、ごめんなさい。とても会いたい。もしも会えたら言うこと何でも聞く。いい子にする。
 手を合わせていると小六の姉の芳美が「あっ、白いカーネーションだ。ちょうどよかった」
 止める間もなく芳美は花を花瓶から抜くと自分の部屋に持っていった。あわてて鈴佳は姉の後を追った。「姉さん。何するの。それは……」
「宿題!宿題!理科の実験の宿題を出さなきゃならないの」
「カーネーションで何の実験をするの?」
「維管束について。植物には維管束というのがあって、それは養分や水の通り道なんだって」
「どうしてカーネーションで実験するの?」
「教科書にこの実験は白のカーネーションがオススメって。維管束には道管と師管があるのよ。今日は道管の実験」
 芳美が花をガラスの一輪挿しに入れると、白のカーネーションの花びらが外側からピンクに染まっていく。
「食紅を濃く溶かした水に花を入れると、維管束の中を食紅が上がって花が紅くなるのよ」
 鈴佳は驚き姉に叫ぶ。「これは母の日のカーネーション。お母さんのいない子は白いカーネーション。大事なカーネーションだったのに」芳美も、母の日の白いカーネーションとは知らなかった。
「ごめん、鈴佳」
 わっと大声で鈴佳は泣き伏す。ごめんなさい、お母さん!
 白いカーネーションはピンクになった。それどころではなく真っ赤な色に。もはや真紅だった。お母さん、ごめんなさい。私がわがままだったから!
 家にはこのとき誰もいない筈だった。
 姉の芳美の部屋のドアの向こうで声がした。
「芳美、鈴佳、大丈夫よ。あなたたちのこといつも見てるから仲良くね。鈴佳、もう自分を責めないで」
 二人はドアを振り返る「お母さん?」もう誰の気配もない。白のカーネーションが赤く変化したから、一瞬だけお母さんは帰ってきてくれた?
「見て!」と芳美が指差した。その指の先の維管束実験のカーネーションは、今は純白に戻り凛としてそこにあった。
 まるで元気な頃の母親のように。
 鈴佳と芳美は無意識に手を取り合い、ドアの向こうにつぶやくようにもらす。「ありがとう。お母さん」

第197回 哀しきアムネジア

 最近は、どうも物忘れがひどくなった。人と話をしていて固有名詞が出てこない。俳優や歌手、政治家、ひいては歴史上の人物まで。口許まで出かかっているのだが、言おうとするとどうしても口に出せない。だから、仕方なく「あ・れ・だよ。あれ。あれ」と言ってしまう。場所なら「あそこだよ。だいぶ前に行ったとこ」俳優なら「あの人だよ。よく悪役もやる。あ・の・人」といった感じ。気心の知れた人だと、うまく会話の流れをつかんで「あ、カレーのうまいの食べたところだね。わかる、わかる」という具合に察してくれる。正解は出てこなくても、その場は何とかやり過ごせる。喉元に引っかかったままなのだが、ある瞬間にふっと声が聞こえることがある。そうだったんだ。なんで、こんな簡単なこと思い出せなかったんだろう、と自分が嫌になってしまう。
 固有名詞が思い出せないだけではない。日常生活でも、影響は確実に現れている。
 最近、本を読んでいて活字が読みづらくなった。字のまわりが滲んだように見えるのだ。「老眼鏡を使ってみたらいいと思う」と薦められ、かけるようになった。
 そのとおりだった。劇的に視界が明るくなった。仕事は事務でパソコンを使わず手書きでやっている。だから、仕事にも老眼鏡は効果を上げている。使い始めてよかった。薦めてくれたことに感謝している。
 だが、私はいつでも老眼鏡をかけるわけではない。映画を観に行くときや、テレビを見るときはメガネを使わなくて済む。
 そこで大変なことが起こる。テレビでニュースを見てから書斎へ戻る。そして本を取り出したときに問題は起こる。
 机の上に眼鏡がない。煙のように消えている、あれ、さっき本を読んでいたときは、たしかにここで使っていた。
 それが今はなくなっている。あわてて机のまわりを見る。
 ない。
 机の下も見る。ない。机の横の隙間も覗き込む。ない。ひょっとしたらテレビを観るときに無意識にはずしたとか。
 テレビの部屋に行き隅から隅までチェックするが、ない。消えてしまったのだろうか、とも思う。まるで魔法のように。「そんなときは、顔でも洗ったらいい。ふふ」
 そして、ふと洗面所の鏡の前に着いたときに、眼鏡のありかを知らされることになる。
 老眼鏡は、頭の髪の上にかけられたままになっていたのだ。いくら部屋の中を探しても、出てこないわけだ。
 へなへなと崩れ落ちてしまう。
 きっと、老眼鏡をテレビを観るとき頭にかけたのは、無意識だったのだろう。自分が悲しくなる。似たようなことは携帯電話でも起こる。帰り着いて携帯電話を取り出そうとしてないことに気づく。さんざん部屋中を探すが見つからない。もちろん、バッグの中も探す。出てこない。ひょっとしたら、出先に置き忘れてきたのだろうか?行った先やタクシー会社に電話するが見当たらないという返事が。途方に暮れる。「固定電話から携帯電話にかけてみたらいいよ」といわれる。
 そうだ。その手があったか。あわてて電話してみる。すると…電話の呼出音が鳴り響く。
 なんと電話は私が帰ってきて置いた帽子の下にあった。携帯電話を置いてその上に帽子を無意識にかぶせてしまったらしい。
 冗談にならないくらい物忘れはひどくなっている。健忘症という言い方がある。健やかな物忘れ病となるが、私のじゃない、私のは妄忘病くらいが正しいかな。昨年もそうだ。昼食を終え、仕事場に戻り午後の仕事を始めた。書き損じが出たのであわてて消しゴムで消す。大量の消しカスが出たので、机の上をきれいにするために消しカスを吹く。
 不思議だ。消しカスはそのままだ。首をひねる。「はめたままじゃないか」と言われる。
 なるほど。外出から帰ってからマスクを外さないままでいたのだ。消しゴムのカスが吹き飛ばせない理由がわかった。
 どれも、自分の物忘れが原因だ。
 しかし、いつもかろうじてのところで、大事なことをアドバイスしてくれることに感謝している。やはり持つべきは家族だな。
 その家族が今日は揃ってやってきた。ときには、単独ではなく家族全員で行動することも必要だろう。妻と娘は手分けをして掃除にいそしんでいる。二人が協力しあって作業しているのを見るのは気持ちがいい。母は、その様子をにこにこ笑いながら眺めている。頼まれていたものがやっと揃ったらしく、息子が遅れて到着した。「お待たせぇ。途中、道が混んでいてさぁ」
「さぁ、掃除も終わったし、全員揃ったから」と私はみんなに言った。ライターを探す。あれ?ライターを持ってきた筈なのに。ポケットに入っていない。どうしよう。「ライターなかったから、マッチを持ってきたんじゃないか」といつものように教えられる。その通りだ。小物を入れるバッグの中にマッチを入れてきたのだった。すんでのところでいつも父のアドバイスに教えられる。「始めようか。花を飾って、線香とロウソクに火をつけて」
 そこで、あれ?と思う。なぜ、父が教えてくれるんだ。不思議だ。
 今日は、父の一周忌で家族揃っての墓参りだったのではないか。
 どうも、最近は物忘れがひどくなったなぁ。自分のことながら、呆れるしかない。

第196回 世の中リモコン

 歩いていると、不思議な老人がいる。存在感がないというか、透明っぽいというか。「おかしいなぁ?ここいらと思うんだが?」と呟いている。通り過ぎて振り返ると老人はしきりに道で何かを探しているようだ。
 落としもの?と首をひねったとき街路の脇の溝に黒っぽい装置のようなものが落ちているのを見つけた。ひょっとしたら、さっきの老人は、これを探していたのではないだろうか?
 あわてて拾いあげて老人に教えてやろうと見ると、老人の姿は薄くなり、消えてしまった。いったい何者だったのか?
 黒っぽい装置は長さ20センチほどの板状の物体だった。左上に赤い丸が一つある。その下にいくつものボタンがならんでいた。そのボタン一つずつに意味があるのかもしれない。表示がないからわからないが。
 老人が見えたあたりまで戻ってみたが、もう姿がない。目の錯覚でなければ、薄くなって本当に“消えた”のかもしれない。
 いったい何者だったのだろう。
 そのまま会社に戻った。今日は終業まで営業会議だった。思ったような成績をあげられていないから気が重い。正直、会議も出たくない。成績アップがテーマの会議なのだ。
 会議が始まり、課長がそれぞれに意見を述べさせる。いらいらしながら順番を待つ。早く終わればいいのに、と、手に持っていた黒い装置を握りしめた。
 どうしたことか、課長が甲高い声でチャカチャカ話し始めた。慌てて手を離すと、話が正常になった。
 この装置のせいだ。
 会議は続く。次があてられ意見を述べたが、つまらない、と課長に罵倒された。
 次にこちらを指差した。なにもアイデアはない。脂汗がにじみ装置を握ると、会議の出席者がいっせいにフリーズした。
 この装置のせいなのか?
 課長はこちらを指差したまま静止。他の課員もつまらなさそうに止まったままだ。
 わかった。この細長い黒い装置は世の中のリモコン装置なのだ。そして今押したのは“一時停止”。さっき、課長がものすごい勢いで話しだしたのは“早送り”か。いや“1.3倍速再生”なのだろう。立ち上がって課長の前に置かれた用紙を見ると「試みる手法案」が箇条書きにしていくつもあげられてる。あわててそれを写して席に戻り装置を動かす。
 世の中がまた動き出した。
 立ち上がって、今メモしたものを読み上げて「以上のようなものを打開策として申し上げます、これらを一つづつ実施していくことが有効かと思います」
 席に座ると、課長はぽかんと口を開けてこちらを見ている。先に結論を言ってしまったので、早々に会議は終わってしまった。
 終業時間まで早送りして帰りたかったのだが、どれが早送りボタンなのかがかわからない。
 定刻で終業して家に帰る。
 帰り道にぼんやりと考える。あのリモコンを落とした老人は、いったい何者なのだろう?
 ひょっとしたら神さまなのかもしれないなぁ。そして、この世の中を操作しているのかも。
 家に帰ると妻に文句を言われた。頼まれていた買い物を忘れてしまったからだ。妻の小言に耐えていると、持ち帰ったリモコン装置が目に入った。そして、その斜め前には我が家のブルーレイディスク用のリモコン装置がある。その2つを見比べて気がついた。
 なんと、テレビやブルーレイのリモコンと私が拾って持ち帰ってきたリモコンのボタンの配列はまったく同じなのだ。ということは…。
 ブルーレイリモコンの早送りの位置にあるボタンを試しに押して見る。すると妻の小言がすごい勢いで進み、あっという間に終わってしまった。これだ、これだ。
 ブルーレイのリモコンの方には操作方法がすべて表示されていた。同じ位置のボタンを押せば、世の中も同じように操作できるのだ。しかし、今の生活は同じことの繰り返し。いい加減飽き飽きしてきたぞ。このリモコンで、もっと刺激のある生活はできないものだろうか?
 ぼんやりとそう思うようになった。ブルーレイリモコンに細長い“チャンネル”というボタンがあった。では、こちらの方の同じ位置にあるボタンを。
 エイッ。
 うわっ。目の前の世界が消え去る。ここは密林の中か。遠くから獣の吠える声がする。そして地響き。近づいてくる。巨木の間から出現したのは恐竜だった。あわててボタンを押すと、部屋の中だ。半裸の美女がソファーの私に飲み物を差し出す。これだよ。この世界だ。いつまでもこの世界が続いてくれればいい。「もうお別れなの。残念だわ」と美女が言う。いやだ、行かないでくれ。この世界がいい。と“停止”位置のボタンを押すと世界が凍結してしまった。世界は変化しないが、何も動かない。どうすれば元に戻る?いろんなボタンを押してみたが、凍結した世界が元に戻ることはなかった。あとは、リモコンの左上にある赤いボタンしかない。
 仕方ない。その赤いボタンを押してみると、世の中のすべてが真っ白く……消え

第195回 悪魔の温泉

 私は温泉評論家。全国津々浦々の名湯秘湯を訪れ、紹介している。温泉が大好きという人々がいかに多いことか。そんな人々が私の温泉紹介を心待ちにしていてくれる。潮が引くと出現する海底温泉や、一日一度だけ地中から噴き出す湯の溜まりを利用する間欠泉温泉やらも皆に喜んでもらった。私が紹介すると珍しがられて、ある岩窟温泉などすぐに世界遺産に指定されたほどだ。だから、今日も私の知られざる温泉探しの旅は続く。
 普段でも温泉人気は凄いのだが、特に冬場は温泉の人気が高まるようだ。雪が舞う風景の中で風呂に入る情景には誰もがロマンを駆り立てられるのではなかろうか。ネット情報では、もう誰もが知っている手垢のついた情報しか得られない。本当に貴重な情報は方々の土地を訪ね、口伝えに教えて貰わなければ得ることはできないのだ。
 この日、あるひなびた田舎町を訪ね、その温泉のことをそして、知った。情報をくれた男はあやふやに教えてくれた。背後のどんよりとした雲のかかった灰色の山を指差して。
「あの山の高いところに物凄く素晴らしい湯が湧いているそうだよ。どこのガイド本にも載っていない。発見されてまだ間がないらしい。いや、私もまだ行っていない。山に登るのは苦手なんだ。なんでも、誰かのお告げで見つかったらしい。噂だけれどもね。とにかく素晴らしいらしい。その湯に自分で浸らないと湯の素晴らしさはわからんのだろうな」
 もちろん、そんな温泉の存在は知らなかった。
 お告げで温泉が見つかるのは、定番だ。布袋さまが夢枕で教えてくれたり、聖徳太子が指差していたり、日蓮上人や薬師如来さんと偉い人の温泉のお告げ話は多い。だから不思議なことではない。
 教えられた山へタオル一本持って登ってみた。お告げで見つかった温泉にはどんな効能があるんだろう?いや、本当に温泉が存在するのか?雪が深くなっていく。
 温泉があっても誰が使う?熊?猿?鹿?
 山へと登る。ピークを過ぎて下ると岩場に出た。その岩場が奥に続く。あたりが急に冷え込んできた。高度のある山だから。平地より百メートル標高が上がるごとに〇・六度気温は下がるという。仕方ない。その岩陰の向こうは……。
 驚いた!点々と遭難者の凍死体が転がっているではないか。
 遺体の傍らにはタオルが……。皆、温泉を求めてここにたどり着いたのか。しかし力尽きて……?しかし、温泉は本当にあるのか?
 と、その岩陰の向こうにまわると天然の温泉が。体育館より広い巨大プールのような。迫り出した岩で温泉の半分くらいは雨が降っても大丈夫なようだ。そして、無数の人々が湯気の間から幸福な表情で浸かっているのが見えた。さっきの遺体は、もう少しで極楽温泉にたどり着けたというのに。可哀想に。
 さて、この温泉を体験しなくては。服を脱ぐと、早速、湯に浸る。
 なんと!この素晴らしい湯加減は!しかも湯質はとろっとろ。かすかに白濁して硫黄が香る。最高の温泉だ!身も心も癒やされる。
「もし、新顔の方かな」と声をかけられた。痩せた老人だ。この温泉の常連だろうか?
「はい。初めてです。いい湯ですね。私は温泉を取材に来ました。話を聞かせていただいていいですか?」
「ああ、かまわないよ。しかし取材したところで役には立たんと思うよ」
「いやいやいや。あなたは、この温泉の常連さん…?」
「なんと言えばいいか。発見者というか、生み出したものというか。昔はこのあたりに温泉がなくてのう…」
 なんと素晴らしい。温泉の発見者に会えるとは。
「へぇ、それで?」
「残念に思い、さまざまな神様仏様に温泉を作ってくれと祈ったが聞き入れてくれないんだ。そのとき、悪魔に願えば叶う…という噂を耳にしてな。悪魔を呼び出して頼んだんだ。悪魔は願いを叶える代わりに陥し穴を仕掛けると聞いていたんで、地獄の釜のような温泉を作らないように、最高の湯質湯加減の温泉にしてくれ。それで湧き出したのが、この“悪魔の湯”なのじゃ。まさに悪魔が作り出しただけあって、約束通り、湯に浸れば夢心地になれる至上の温泉というわけじゃ」
 なるほど。それで、これほどまでに素晴らしい温泉というわけだ。一度この湯に浸かれば二度とあがりたくなくなる魅力的温泉。まさに悪魔的!
「いい温泉でよかったですね。では、あなたはしょっちゅう、この温泉に来ておられるんですね?」
 老人は意外なことにため息をついた。なぜ?
「いや。私はこの悪魔の湯に入って以来、ここから出ていけなくなった。あまりの湯の気持ちよさに身も心も虜になってしまった。温泉を上がろうともしたのだが、無理だとわかった。だから悪魔の温泉で暮らし続けている。腹が減れば、温泉の中央に木の実もなっておる。それを喰えば、また極楽気分で、どうでもよくなる」
 ぞっとした。聞けば入浴中の他の人々も湯に浸かったままだと。まさに温泉に囚われた人々だ。「失礼します」とお湯から飛び出して全身をタオルで拭き、服を着る。と同時に、ものすごい寒さに凍え始めた。この悪魔の温泉から出ようとすると全身が凍えるということをその瞬間に理解した。さっきの凍え死んだ人々は温泉にたどり着けなかったのではなく、逃げようとして…。
 寒さに耐えられず服を脱ぎ再び温泉に飛び込む。全身に快感が戻る。至福だ。やはり…「悪魔の温泉じゃ」と老人が言った。

第194回 秘境宮詣り

 元旦にはご利益のある神社に詣りに連れていくよ!と言っていた友人に連れられて山奥の渓谷の岩場にやってきた。登山口までは大学の研究室にいる彼の従弟が運転して。彼も友人の話に興味を持ったらしく、リュックに彼の計器類を詰め込んで。足を踏み入れづらい秘境にあるお宮だから参拝客は少ないそうだ。それだけに霊験あらたかかもしれないが。
 細い山道を一歩づつ丁寧に登りあげながら友人は話してくれた。
「そのお宮では、真剣に祈ると神さまが直々に話しかけてくれるそうだ。今、自分が迷っていることに答えを出してくれたり、年始なら一年のアドバイスをしてくれる。そのとおりに過ごせば強運まちがいなしということだ」
 友人は信じている。もともとスピリチュアル系の話が好きな奴だと思う。外国までパワースポットを求めて行ったりするからなあ。本当かどうかよりも、こっちは深山のフィトンチッドを味わえるだけでもいいと自分に言いきかせ、友人につきあったのだが。
「神社の裏に誰かが隠れてお告げを伝えるんじゃないか?」
「そんなことない。山奥で無人のお宮だし」
 足元に注意しながら谷底へ下りると、岩場の陰に小さな古い社があった。「着いた。ここだ」確かに他に人の気配はない。友人の従弟もあたりを見て確かにそうだと、とうなずく。
「さあ、参拝しよう」三人で小さな神殿の前にならび二礼二拍手一礼。そして、しっかりとお詣りした。今年こそいい年になりますように。どのくらい必死で祈ったろう。心の中で誰かが言った。
「よう、詣られた。願いはしかと聞き届けたぞ」どこで誰が言ってるんだ。神殿の上に光るものが見えた。その光が言う。「我を信じなさい」光はそのまま浮き上がり、次の瞬間、消えてしまった。友人や従弟にも見えたらしく、それぞれあたりを不思議そうに見回す。「神さまが約束してくれた。ありがたや」「ぼくにも聞こえたし、見えた。神か!」
 しかし従弟はリュックから計器を取り出し、何かを測定し始めていた。それから呟く。「やっぱりだ」それから「この神社で神の声が聞こえるようになったのはいつからですか?」「三年ほど前からかな?」「鹿はこのあたり多いんですか?」「山奥だからかな。鹿被害を避けるため、鹿よけネットを数年前から張ったくらいだから。でも、効果はどうかな?増えて希少植物まで食ってるらしい」そういえば、山の斜面はネットで覆われたエリアが方々にあった。「だから、ネットだけじゃなく鹿の嫌がる音を発生させる装置を、あちこちに三年前からつけていると聞いた」
「謎がとけた。それだ!」と従弟が言った。わけがわからない。「鹿の嫌う音は人に聞こえない高複雑性超高周波です。そして兄さんが使っているのは、山奥で使える特殊な衛星携帯電話ですよね。より強力な電磁波を発するその周波数が重なり、脳のシルヴィウス溝を刺激する。すると天使が見えたり神の声が聞こえたりという錯覚が起こるんです。これはカナダのローレンシアン大学のパーシンガー博士が発見している。鹿除け高周波ハイパーソニック効果と電磁波携帯電話の相乗効果で起こる現象にすぎないのです。これで、幽霊が現れたり見たり、宇宙人に拉致され意識を失ったという現象は説明がつくんです」
 そうだったのか。科学で全て説明がつくとは。友人も憑き物が落ちたような表情になっていた。そう説明がつけば納得してしまう。
 そのとき人声がする。見ると団体さんが、やっとのことでお宮にたどり着いたところだ。「ここが神がお告げをなされるお社!」「ありがたやありがたや」「南無南無。本当だ。神さまが来年は幸福にしてやると仰った」
 人々は狂喜して叫ぶ。なかには感動で泣き出すものも。「苦労してここ迄来てよかった」「神さま、ありがとうございます」
 本当のことを教えてやろうかと思ったが、それは苦労してここ迄たどり着いた彼らにあまりにも酷なことのように思えて黙っていた。人々は、何度も社に頭を下げ喜び立ち去っていった。そんな彼らを羨ましく思った。まさに信じるものこそ救われん、鰯の頭も信心からだなあ、と。
 見送った友人と従弟は我に返ったようだ。
「インチキ神さまだとわかったら、このままにしておくべきじゃない気がしてきたよ」「神殿を壊しておけば、人々はご利益がないとわかるだろう」と、とんでもないことを言い出した。友人が賽銭箱を蹴り、従弟がバールで社を壊そうとしたときだった。社の中から、真っ黒などろどろしたタールのような物体が噴き出した。真っ黒いものは腕を伸ばし悲鳴をあげる二人を捕まえると、否応なく地下へと引きずり込んだ。これは……神さまだ。この社で奉られている…。なんと怖ろしい。
 腰が抜けて身動きできずにいると、真っ黒な形のわからないものが近づいてきて、唸り声をあげた。もうだめだ。口からでまかせを言った。
「先ほどは、今年はいい年になりますようにと願いを聞き届けていただきありがとうございます。この神さまは神々しくありがたい神さまだと、せいぜい宣伝につとめます。ですからお見逃しください」
 すると真っ黒い物は、納得したようでゆっくりと地下に戻っていった。後は静寂だけ。
 あれは神さまなのだろうか?私にはなにか正体のわからない邪悪なものにしか見えなかった。
 そして、その年はいい年になったかというと、いいこともあり悪いこともある、程々の年だった。
 年始詣りってそんなもんじゃないか、と最近は思っている。
 あ、そうだ!賽銭あげるの忘れてた。それか!