「自動運転解除」と波兵が言う。自動車は「もう少し、私にまかせてもらえませんか?」と答える。「だめだ。わしが主人なんだぞ。わしの言うとおり解除しろ」自動車は素直にその命令に従う。
今のA I付きの自動車は二年前に波兵のために息子が買い替えさせたものだ。古希を過ぎたあたりで波兵の運転能力を心配するようになった。そしてA I運転機能付きの自動車に買い替えさせたのだ。これなら、行先を告げただけで自動車は波兵を目的地に運んでくれる。だが、家族が乗っていないときは、すぐに波兵はA I運転機能を解除してしまう。「機械に運転を任せていたら、どんどん自分の運転能力は低下してしまう。そんなの我慢できんわい。自分で運転できるうちは自分でやるんじゃ」というのが波兵の理屈だった。家族から見送られて家を出るときは、もちろんA I運転で出発する。「今度、もし運転して何かあったらお父さん、自動車免許は返納してもらいますからね」そう家族には言われている。「そんなのわかっとるわい」と憎まれ口を叩くのは忘れない。運転の醍醐味とは自分でアクセルを踏み込んでハンドルを操作するところにあると信じている。
「話しかけてもいいぞ」と波兵が自動車に言う。遠慮していた自動車は、波兵に嫌われない程度に声をかける。「春らしく風が気持ちいいでしょう」「あたりまえだ。気持ち悪いなら窓閉めるし、そもそも運転しないよ」「ブレーキは早め、早めにお願いしますね」「そんなの、危ないときに止めてくれるのがA Iだろうに」「でも、今は波兵さんの運転ですから、私はブレーキをかけられませんよ」「そういうときはブレーキをかければいい」「これから細い道でカーブが続きます。心して安全運転をお願いします」「いちいち言われなくてもわかってるよ。ドライブテクニックには自信があるんだ。これがわしの楽しみの一つでなあ。ほら、ヘアピンカーブだ!」「なるほど、独特な軋み音ですね」「おや、お前は怖くないのか?わしの運転で」「私に怖がる機能はありません」「へぇ、話せるやつだな。よし、もう少しタイヤを響かせてやるか!」
そしてある日のこと、波兵が楽しみを奪われることになる日が突然やってきた。
自動車の自動運転を解除して波兵がハンドルを握っていたときだった。道の反対側の電信柱の陰から、突然幼児の乗った子供用三輪車が現れたのだ。慌てて波兵は急ブレーキを踏んでハンドルを大きく回した。自動車は惰性で大きく弾かれて車輌の頭部を電信柱に激突させて止まった。ボンネット部分は大破していた。自動車が申し訳なさそうに言った。「私がついていながら、こんなことになってしまいました。お詫びの言葉もありません」幸い誰にも怪我はなかった。いわゆる自損事故というやつだ。波兵は思わず毒づいていた。「そうだ。わしよりもお前の責任だろうが。何のための人工知能だ。必死で事故を食い止めてこそのA I車といえるんだろうが」それに対して自動車は何も口ごたえをしない。
そのまま自動車はレッカーで整備工場へと運ばれていった。自力走行もできないほど破損したのだから。
波兵には、それから家族の非難が待っていた。「お父さん。約束でしたよね。今度、自動車運転でミスをしたら、免許証を返納すると。お父さんの安全のためだし、社会のためでもあるんです」
「もちろん、そのつもりだ。約束を忘れはせん。明日でも免許は返してしまう。ああ、せいせいする」その言葉通り波兵は免許を返納した。事故を起こした自動車は修理工場から戻ってくることはない。手続きをした息子も何も教えてくれないし、波兵も尋ねることはできなかった。メンツがあるから。そしてうすうすと、自分の運転技術に限界を感じていたのは内緒だ。免許返納の時期を考え始めていたときでもあったし、自動車が必要なときは家族がいつでもどこでも送ってくれると言っているし、困ることは何もない。
波兵が自動車免許を返納して半月。庭の草花をいじっていて、ふと自分の生活に欠けたものを感じた。なにかは、すぐにわかった。誰も自分に話しかけてくることはない。家族は波兵がいなくても楽しそうに語り合っている。「おい、園芸ばさみ知らないか?」「知りませんよ。もっと、ご自分でよく探してください」
波兵は外出した。電車をいくつも乗り継いだ。自動車があれば簡単なのに。目的の整備工場に着いた。息子はいつもここに頼んでいる。
「こちらに事故を起こしたうちの自動車があると思うが」「ああ、息子さんの要望で廃車いたしました」波兵は腰から力が抜けてへたり込んだ。自分には自動車(あいつ)が必要だったのに。それが波兵にはやっとわかったのだった。家では誰も話し相手になってくれなかった。唯一の話し相手がA I自動車であったことに気がついたのは今朝のことだった。「廃車…」と呟く。「A Iもかね」「ああ、データ消しました。個人情報ですからね。悪用されないように」
すべて絶望だった。背後から声がした。「自動運転解除ですか?」聞きなれた声。波兵の目から涙が噴き出した。「おまえ!」
整備士が慌てて言う。「あ、それバックアップデータなんです。これも消さなきゃな」「待て。これだけでも譲ってくれないか」波兵は自動車のデータを持ち帰った。
それからしばらくして、波兵は孫に三輪車を買い与えた。子守りをする波兵の声は明るい。「ペダルの踏みすぎに注意しましょう」と三輪車が言う。「自動運転!」孫の代わりに波兵が叫んだ。「わかりました」と自動車は答えた。子どもの三輪車にも今はA Iを取り付けることが可能になったのだ。心なしか自動車のA Iの声は朗らかだった。
カテゴリー: カジシンエッセイ
第208回 ママのくるま
その時代。自動車にA Iが組み込まれるのは当たり前になっている。そして運転も音声操作だ。自動車も音声で応えてくれるし無駄話にもつきあってくれる。父親が新車を買ったときも販売スタッフが納車の時に尋ねてきた。「初期設定をやりますが、性別・言語が選べます」「そうですか」と父親は考える。それからスマートフォンを差し出す。「実は3ヶ月前に妻を亡くしたのですが、息子が母親を亡くしたショックから立ち直れていません。これは妻が長年使っていたスマホで、妻の声も妻の情報もすべて入ってます。このスマホの情報を自動車に入れてもらえませんか?」
技術担当者は「やってみましょう」と。
「いつもは、一般的な性別のない音声でかまいません。息子が乗ったときだけでいいですから。まだ幼い息子が悲しみを感じなくて済むように」
「わかりました」
そして父親は自動車に乗り始めた。新車だから乗り心地は文句のつけようがない。そして「今日は息子を乗せるつもりだ。息子の名はヒロ。よろしく頼むよ。ほとんど泣きっぱなしの状態だから」とある朝、自動車に伝えた。
「はい。ヒロさんの母親として話すのですね」「そうだ」
乗ってきた男の子は四、五歳に見えた。自動車は肩を落としているヒロに声をかけた。「ヒロくん。元気ないね。男の子なんだから元気出して!」その声を聞いたヒロは驚いて声をあげた。
「その声。ママなの?帰ってきたの?どこにいるの?」「私はクルマの中にいるのよ。わけあってクルマから出られないの。でも、クルマに乗ればいつでもお話しできるのよ。会うことはできないけれど。ごめんね」
それでもヒロはがっかりするどころか表情を輝かせたのだった。「大丈夫だよ、ママ。自動車から出られないならいつでも僕は自動車に話しにくるよ」
自動車は母親のスマホから情報を最低限、取得していたようだ。運転席の父親もその声に驚いていた。
「幼稚園はどうなの?」
「楽しいよ。でも、ママがいなくなって少しつまらなかった。これからはもっと楽しくなると思う」
その言葉通りヒロはみるみる元気を取り戻していく。やがて、小学校に入っても何かあるとヒロは自動車に乗りたがった。父親が帰宅するのをヒロは門の前で待ち構えているのだった。「ヒロだよ。またママを演じてくれよ」
「はい。わかりました」
性別のない声からA Iは瞬間的に母親の声に切り替わる。
「ねえ、ママ。今日の理科と算数は僕だけ百点だったんだよ。ママに知らせたくて」「ありがとう。二つとも百点満点だったなんてすごいね。ママとっても嬉しいわ」「うん。たくさん勉強してママがこの自動車から出られるようにしてあげる」「楽しみだわ」
そうして時が過ぎていく。小学生になったばかりだったヒロも成長していく。父親の自動車も何度目かの車検を受けることになった。最初はあまり必要がなかった部品交換も必要になってくる。
「A Iも新バージョンにアップしますか?」「いや、しばらくはこのままでいいよ」
父親も息子が乗ってきて妻の声の自動車と話すのを聞くのは楽しみでもあった。ヒロも何かと理由をつけて自動車に乗りたがった。それから、また数年が経過した。
最近は。
ヒロは積極的には自動車に乗ろうとはしない。乗ってもあまり自動車と話そうとせずに車窓を眺めているだけだ。成長したということか。
「ヒロが変わったのは気がついているだろう」父親がそう尋ねると「はい」と自動車は中性的な音声で答える。「やはりヒロが成長したということかな」「はい。そう推測されます」「もうヒロも自動車免許が取れる年齢なのに。そしたら、この自動車もヒロに譲ろうと考えていたのだが」すると自動車は意外な返答をした。
「申し訳ありません。自動車を路肩に寄せて、停車してかまいませんか?」父親は故障の可能性も考えつつ自動車を停止ささた。
「どうしたんだ」と自動車に尋ねる。
「ありがとう。あなた」自動車の声が突然変わった。それは母親の声……いや亡くなった妻の声だった。
「おまえ……まさか」
「ええ。そう私よ。ここまでヒロを一生懸命育ててくれて、ありがとう。ヒロは立派に成長してくれた。あなたには感謝の言葉しかないわ。あなたは、自分の楽しみまで削ってがんばってくれた」
今、父親も一人の夫に変わっていた。妻から感謝の言葉を聞かされると、涙が溢れてきた。それで視界が完全に歪んで何も見えなくなってしまった。自動車が路肩に寄せて停車してもいいかと尋ねたのは、そういうことだったのか、と夫は理解した。「しかしこの声はヒロに対して設定してあったのに」
「ヒロが設定を変えたの。ヒロはA Iに関する知識はあなたより上。だから設定の書き換えくらい朝飯前なの」
夫は思う。ヒロも大人になったんだと。「心配なのはあなたの身体。血糖値が少し高いわ。飲み過ぎないでね」「わかった。それもヒロが言わせたのか?」「違うわ。運転席で健康もわかるのよ」しばらく沈黙があった。自動車が言う。「じゃあ、私、元の声に戻りましょうか?」
「いや。話し相手になってくれないか?いや、このまま二人で昔行けなかったところを旅行してみないか?」
「こんなポンコツの私でいいの?」「ポンコツ……?そりゃ僕の方こそだよ」夫は涙を拭かないまま声をあげて笑っていた。
それからは夫と自動車は、どこまで走っても走り足りない気持ちでいるのだろう。きっと、いつまでも。
第207回 本音商会
私はファッション・ブランドを主に扱う小売業。アパレル業界のはしっくれとでも言えばいいのかしら。洋装店、ブティックということもある。店を訪れたお客さまにお似合いの服をお奨めする。そしてお買い上げいただければ、店の売り上げが上がる。
今日もお店を開店……「いらっしゃいませ。あれ?」
入ってきたのは、なんだか印象の薄い人。あまりに印象が薄くて、向こう側が透けて見えるような気がする。男か女かもわからない。
その人が言った。「いえ、客ではないんです。私は本音商会の者です。ご指示により三日間とり憑かせていただきます」
この人、何を言ってるんだろ、と思う。これからお客さまが次々に来店される時間なのに。こんなやつの相手してる暇なんかないわ。
早速ドアが開き、入ってきたのは中年の奥さま。いつも気前よく買物をしていただくお得意さま。
「いらっしゃいませ」「ちょっと春先に着ると良さそうなもの、探しにきたの」「どうぞ、ごゆっくりお探しください。ちょうどいろいろ入荷したところなんですよ」
奥さまは色々探し始めるが、ときどき思う。この奥さま、少しセンスが変なのよね。でも本人が気に入っているならいいか。早速、数着の春の新作を。
「ねえねえ、これ、どうかしら」あ、やはり。
「なかなか、個性的ではないでしょうか」と言う。すると私の背後から声が。「そんなの着て表歩いたら、チンドン屋と間違われますわ」それは、内心ぼんやり思っていたこと。それが、声になって。振り向くとさっきの人だった。私の考えを声に出して言っている。奥さまは、まあ失礼なとばかり目を三角にして私を睨む。「私じゃありません、この人が」と指差すが。奥さまは「誰もいないじゃないの」
影の薄い奴とは思っていたが奥さまに見えないほどとは。「奥さま、他にもいろいろといい品が入っています」と取り繕うが後ろの人が「まあ、どれも似合わないけどな。猿が着た方がもっとましだよ」と。
「なんてことを言うの?もう二度とこのお店にはまいりません」と奥さまは顔を真っ赤にして怒り出して帰ってしまう。
本音商会は別段表情を変えてはいなかった。平然と私の後ろに立っているだけだ。
これでは仕事にならない。私の心の汚れている部分がすべて晒されてしまう。誰が本音商会を雇ったのだろう。もっと私の心が清らかだったらよかった。私は店を閉めて家に帰った。本音商会がいなくなるまで、店を開けない。三日間我慢すればいなくなるわけだ。数日間不在にします、の張り紙を入り口に貼って店を閉めようとして驚いた「数日間不在にします。ホントは家にいるつもりだけどね」私の筆跡だ。振り向くと本音商会が手にペンを持っていた。こいつの仕業だ。
家に帰るとサラリーマンの夫はこの日は休みで家に寝転んでいた。夫は驚いて立ち上がる。「どうしたんだ。店は休みなのか?」「こいつのせいよ」と本音商会を指差す。「え、どこ?誰?」夫には見えていないらしい。なぜ?でも、詳しく話したところでわかってはくれないだろうし。「いいわ。気にしないで」すると、本音商会が私の背後から私そっくりの声で続ける。「どうせ、あなたみたいな無神経な人に事情を話しても、わかりゃしないわよ。それより、ぐだぐだしている暇があれば気を利かせて、掃除の一つもやったらどうなのよ、このタコ」
前半はそんなこと思ったかもしれないが、後半は本音商会の創作だと思う。いや、ひょっとすると心の隅でそんなこと思ったのかもしれないが、わからない。しかし、夫はてきめん怒り出した。家での過ごし方に自分でも引け目を感じていたのだろう。だから怒りもひどくなる。「なんてことを言うんだ。そんなことを言う前に自分こと反省したらどうだ。家のことはなんでも押し付けて、ぼくが努力しているのがわからないのか?この無神経女」
夫も日頃の不満を口にする。何という言いようだ。売り言葉に買い言葉。私も、また言い返そうとして、待てよ、と思い直す。
これで私の家庭が滅茶苦茶になったとすれば、私の本音のせいだろう。それは本音商会のせい。
こうなったら三日間、誰にも会わずに部屋に籠もっておくしかない。しかし、誰が本音商会なんて私に差し向けたのかしら。しかも私以外には誰にも見えていないなんて。
そんなことを悶々と考えながら三日間を耐え続けた。本音商会は私に寄り添い、独り言で「ふわあ、退屈だなあ」と漏らすと、律儀にも「この本音商会の邪魔者さえいなければ、仕事にも行けるのになあ」と付け加えてくれるのだった。ちゃんとわかっているじゃないか、と思う。
やがて三日目が過ぎた。
「本音商会さん。これでもう私にとり憑くのは終わったんだねえ」
本音商会は胸を張り「はい、これで請けている仕事はすべて終わりです」「私に取り憑けと命じた雇い主は誰なの?」「申し上げられません」「コンプライアンスというやつ?じゃあ、私が本音商会を雇うことはできるの?」「もちろんです」「じゃあ……」
あなたを雇った人に今度はとり憑いて!と言いかけてテレビ画面に目が止まった。「この人にとり憑いてもらえる?」その方が世の中の為になる。
それは、就任演説中の新首相だ。
第206回 お元気ベルト
腰痛に悩まされ、病状は悪化して歩くこともままならない。杖をついて凌いだが痛みは進行して、最悪の場合は車椅子のお世話になる。
結果、他に方法はないと手術を受けた。三週間入院してリハビリを受けて、やっとよちよち歩けるところまで改善した。退院。
二度とこんな目には遭いたくない。
あとは気長に回復を待つしかない、とも思うが、生活をしていくためには仕事に行かなくてはならない。
会社の連中も「まだ、本調子じゃないようですね。無理しないでくださいよ」と労ってくれる。「腰つきが本物じゃないですよ。見ていて心配になってくる」と。そんなことはわかっている。だが早く仕事に戻らないと。友人たちも、酒に誘うのを遠慮しているようだ。
「大丈夫かよ。山歩きも誘えないよなあ」
うん、時が薬かなあ。ぼちぼち慌てずに元気を取り戻していこう。そう考えることにしている。
友人たちは、それはよかった。頑張れよ。焦るなよ。と言ってはくれるものの、その目は私を憐んでいる。
リハビリのつもりで近くの公園まで散歩してみる。手術後めっきり筋肉も落ちてしまった。まず筋肉を取り戻さなくては。
自分の気持ちがうまく自分の身体に伝わらないもどかしさを、このとき十分に味わった。歩き始めはなんとかいいものの数十メートル歩くと軸足がふらつき始めるのが自分でもわかる。一歩でふらっ、左足出してふらふらっ。右足出してふらふらふらっ。
しかし、いいこともある。酒は入院中はダメだったが、やっと許しが出て外飲みができるようになった。
友人と飲んでいて同情される。
「そうか。それは可哀想だ。そういえば、先日、深夜のテレビ通販で『お元気ベルト』の紹介をやっていたなあ。あれは、お前にいいんじゃないかと思うよ」
「お元気ベルト……なんだい、それは。腰にいいのか?」
問い返すと友人は頷いた。確かに『お元気ベルト』とネーミング聞いただけで腰に元気が湧き出てくる気がする。
「名前を聞いただけで効果がありそうだとは思わないかい?着けるだけで効果があると言っていたよ。真剣に聞いていたわけじゃあない、ながら、で聞いていたんだが。そうだ。病気見舞いしていなかったから、その『元気ベルト』とやらをプレゼントしてやるよ」と言い出した。
「いいよ。いいよ」と断ったにもかかわらず数日後には宅急便が届いた。友人は約束を守ってくれたのだ。中に入っていたのは『お元気ベルト』だった。一見普通のベルトだが幅が少し広い。ズボンの下に着けるようだった。出勤時間が迫っていたが、1日元気で働けるなら。お元気ベルトを着けてみよう。ぐるりと腰に巻く。
カチッと嵌まる音が小気味良かった。
果たして。元気になるのか?と思ったがなかなか元気になれない。おかしいな。するとベルトにいくつかスイッチが付いている。電源がオフになっている。そうか、これをオンにしなくては。どうなるんだ?
電源を入れた。ウィーンと音が響く。動き出すのか?
ヒクッと腰から下が動く。わ、わ、わ、わ。リズミカルに腰が何ども前に突き出される。足は動かない。上半身も動かない。
腰から下だけがリズミカルに前に突き出されるのだ。そして引ける。どんなリズムかというと。クイッ、クイッ、クイッ、クイッ。
鏡の前に立つとその動きはかなり卑猥だ。真面目な表情でいても他人から見れば変な奴と思われるだろう。外そうとしたが外れない。仕方ない。会社へ行かなくては。
歩きながらクイックイッと腰を突き出すと、女の人がキャーと言って逃げていく。逃げていかない人は立ち止まって笑いを隠しきれない。助けてほしい。何が『お元気ベルト』だ。外したいのに外れない。
会社に着くと皆から注目される。女子社員からはあからさまに顔をしかめられ「やめてください。そんな卑猥な動き」
「し、仕方ないんだよ。このお元気ベルトが止まらないんだ」
「スイッチを切ればいいではありませんか!」
「それが、ベルトも外れないし、スイッチも切れないだ」なんと恥ずかしい。
他に策はないと、贈ってくれた友人に電話する。
「ええっ。そりゃすまんなあ。そんなにいやらしく動くんか。いや、俺は自分で着けたことないから、ようわからん。しかし、本当に他にボタンとかないのか?」という頼りなさ。
トイレに行き、よくベルトを見ると……あった。
モード切り替えスイッチ。これで卑猥な動きから解放される。スイッチを切り替えた。ベルトから変な音が。そして前後にひくひくと動く猥雑な動きが止まった。良かった。ほっと胸を撫で下ろす。だが、音が変わる。あ、あ、あ、この動きもいかん。私の股間を中心に、尻が円を描くように動き始めたのだった。誰か止めてくれ。女子社員はウィーン、ウィーンと回転する私の腰つきを見て逃げ惑う。
「助けてくれ!ベルト切ってくれ」見かねた同僚が巨大なカッターを持ってきてベルトを切り、やっと卑猥な動きは止まった。友人に苦情を言い、経過を話す。
「ごめん、ごめん」その後友人からまた品が届く。
開けると今度は『絶倫ベルト』
第205回 老人とマイタケ
ショート・ショートの締切が近づくと産みの苦しみがやってくる。ああでもないこうでもないと話をひねり出す。だが、なかなか思い浮かばない。掲載時期も考える。秋かあ。キノコの時期かあ。
私はキノコ採りが大好きだ。
そうだ、キノコ採りの話にしよう。
〈私はキノコ採りが趣味だ。山に入り美味しいキノコを求めてさまよい歩く。しかし、季節は秋の短い時期に限られる。ナメコ、ムキタケ、ハナイグチ、アミタケ。キノコ採りが好きすぎて、飛行機に乗って長野まで松茸を採りに行ったほどだ。だから、食用キノコはほとんど自分の目で見つけ出し、自分の手で採った。
ただ一種類だけを除いて。
それはマイタケだ。スーパーの店頭にシイタケやエノキとともにならんでいる、あれ。
なぜ、マイタケと呼ばれているかというと、山中で見つけたときにあまりの嬉しさに踊りを舞うほど。だから、マイタケ。それほど貴重なキノコなのだ。
これまで縁がなかった。深山のミズナラの樹に限られた期間だけ発生するという。そのうち偶然に見つかるさ、と自分に言い聞かせて四十年近く経ってしまったが、未だに出会えていない。マイタケを採ったという人の話も聞いた。「市販のマイタケとは全く違うよ。香りも凄いし、味も濃い。歯応え抜群。キノコの女王だね」そこまで聞かされたら、いつかは出会いたいものだ。そう願いつつどれだけの時が経過したか。いや、マイタケと接近遭遇したことはある。十数年前、九州脊梁の山中でキノコ狩りをしていると老夫婦に声をかけられた。「キノコにくわしいんですか?このキノコ食べれますかね」掌サイズのキノコは何と…マイタケだった。「ど、どこで採られました?」「そのあたりですが」これは毒キノコです。すぐにお捨てなさい。と喉まで出かかった。そかし、「これは美味しいマイタケです。よかったですね!」何と悔しかったことか。老夫婦にはビギナーズラックの女神が微笑んだのだろう。なのに、なぜ、私には採れない。いろんな情報がそれこそ山のように私のところへ飛び込んできた。五家荘の雁俣山で採った、とか馬子岳登山道に老菌があった、とか。すべての情報に足を運び検証したが、私がマイタケと出会うことはなかった。神が私を弄んでいるのか?嘲笑したいのか?
いつかのこと。山でクリタケの大群生を発見して喜々と採る。そこへ通りかかったキノコ籠の人、うらやましそうだったので、「マグレで採れました」と得意げに言った。とその人はキノコ籠を突き出した。「私もほどほど採れましたからいいですよ」その籠を見ると溢れんばかりの天然マイタケがのぞいていた。へなへなと腰が抜けかけたのだった。もちろん、マイタケにはその後も出会えない。
そして今年も秋になった。やはりマイタケには縁がないのだろうか?いや、期待しすぎるから失望も大きいのだ。無心にひたすら好きなキノコ採りを続けるのだ。
そして、その日も山へ入った。
今日は、どのルートを選ぼうか。ハナイグチ狙いの松林なら直進だが。右手の斜面に入ってみるか。そう判断したのは、足を踏み入れていない斜面には、ひょっとしたらマイタケがある可能性を捨てられなかったからだ。そして、斜面を登り始めた。あまり歩かないルートだから踏み分けもはっきりしない。倒木を跨ぎ、岩場を足を踏み外さぬように細心の注意を払った。樹々もブナやミズナラが目立ち始めた。そして崖沿いの杣道。そこで、腰に吊るしたキノコ籠のロープがとれた。あっ、と声を上げたがキノコ籠は宙をくるくると舞い奈落のような谷底へ落ちていった。どうしよう、と一瞬迷うが、谷底も見えない。籠を探しようもない。なあに、獲物は担いで戻ればいいさ。ひたすら斜面をよじ登る。枝にしがみつき、足を伸ばして。何度も息が切れた。登山道ではない、ほぼ原生林だ。もう二度とこの場所は探せないな、と思い正面を見た。奇跡が起こった。ミズナラの巨木の根本の膨らみは……!目を疑う。間違いない。あれほど夢見たマイタケが!
見つけた。
近づいて目をこする。でかい。四キロほどもあるが天然物のマイタケだ。香りが凄い。あれほど夢に見たものが目の前に。神は我を見離さなかった。ナイフで切る。マイタケはずっしりとあった。だが、キノコ籠はない!崖から落してしまったから。両手で抱えて帰ろう。嬉しさに、その場で踊りだしたほどだ。帰ったら、天ぷらか、汁物か、塩焼きもいい。マイタケご飯も。両手で抱え込み下ろうとすると身体のバランスがくずれ、マイタケを岩にぶつける。パラパラと崩れる。足をすくわれ、倒れるとマイタケの塊が割れる音がする。樹々に身体を弾かれた。マイタケの破片が飛び散る。どれくらい時が経ったか。登山口まで下りてきて見た。あれだけ必死に持ち帰ったはずのマイタケが…。崩れ落ち、手の中にはマイタケの破片がかろうじて。「こんなにでかいマイタケ採ったんだ」と皆に話しても、憐れむような視線が集まるだけだ。やはり、マイタケには縁がなかったのか……〉
できたぁ!今月のショート・ショート。主人公の悲哀が伝わってくる傑作ではないか。そう思い編集部に胸を張って持ち込んだ。ところが……。
「残念ですが、ダメですね。これはカジキマグロをマイタケに替えただけのヘミングウェイ〈老人と海〉の盗作としか言われませんよ。もっと練ってください。没です。」
だあああーっ!そんなぁ。
第203回 おもいでマシン
本日は、かくも多数、私の新発明発表会にお集まり頂きありがとうございます。私は天才科学者なのですぐに大発明をしてしまう。だから発明なんて珍しいことではないのですが、今回は一般の参加者の皆さまにもぜひ発明の素晴らしさを知って頂きたいと、このような発表会のカタチにしたわけです。あまりに画期的な発明なので、お話したところでにわかに信じて頂けないかもしれない。
理論上は先行していたのですが、現物は発表会寸前にやっと間に合ったという代物です。ですから、試験装着もまだ済ませていないのです。しかし、正しい製造法ですから間違いなく完成しているのです。
さてこの新発明。名も先ほどつけたばかりです。
「おもいでマシン」といいます。
なかなか趣のある詩的なネーミングだと思いませんか?
もちろんこの機械がどのようなものなのかは、これからの実験でおわかり頂ける筈です。その前にできるだけわかりやすくお話します。
人は一人づつそれ迄に生きてきた軌跡、すなわち人生を持っている。その人生の中では忘れられないおもいでなどというものが重要な役割を果たしています。ときおり人は生きていく上で立ち止まり、過去を心の中で再生させる。それがいわゆる、「おもいでにひたる」という行為です。
私の発明した「おもいでマシン」は、その人の人生の中で心に刻まれているおもいでに、形を与えて具現化させ再生させる装置なのです。
いや再生させるといっても、映像をモニター画面に映し出すといった単純なものではない。映像だけなら幾重にもCG処理して、よりリアルなものを作れるかもしれないが、本物のおもいでとは程遠い。
本当のおもいでには、五感のすべてが含まれているものです。匂いや、音や声、そして肌触り、そのようなものが一体となっているものではありませんか?そして、おもいでが実体化したときには記憶にあるもののサイズも重要です。そのすべてを再現できるのが、このステージ上の巨大装置、おもいでマシンなのです。
自分のおもいでを再現・実体化させたい被験者は、このヘルメット状の思考リーダーをかぶります。するとこれがおもいでを読み取り、マシンの中で空中の物質を集めて再合成させる。そして、おもいでを実体化するというわけです。おもいでの具象化という革命的発明です。
さて、これから実験を行います。初実験です。自分のおもいでを実体化させてという方おられませんか?いかがです?遠慮されずに。あ、おられますか。さ、壇上に!
ありがとうございます。どんなおもいでを望まれますか?初恋の女性を……いいですね。では、ヘルメットを。
では、開始します。おもいでを思い浮かべて。初恋の女性は、どんな方ですか?
幼い頃、憧れていた隣の家に住んでいたお姉さんにもう一度会いたい、と。今はどこにいるかもわからない。でも、あなたの心に生き続けているんですね。一生懸命思い浮かべて!
マシンが動いています。少々音がうるさいが我慢して。
ほら終わりました。おもいでのできあがり。マシンの把手を開いて。ゆっくり。とてもきれいな方だったのでしょう。わかります。
うわあ。
下がって!なんですか、これは。これが隣のお姉さん?ばけも……。いや、なんでもありません。胸が風船みたいだ。お尻がでかくて今にも破裂しそう。目もでかすぎ。まるで少女漫画の登場人物。髪の毛は……ないじゃないですか。髪は思い出せなかったって。
そうか。あなたの頭の中で初恋のお姉さんは誇張されたんですね。そんなに泣かないで。画ごころがないからうまく思い出せない。わかります。私も子どもの頃から絵が下手だったからなあ。だから私、自分で実験しなかったんですよ。しばらくすれば消えますから、心配しないで。
え、消えない。そんな筈は。おもいでが実体化するとそのままになる設定になっていたのか……。お待ちください。おもいでマシンの性能をもう一度チェックしてみますから。
あ、ぼっちゃん、いつの間に壇上に。下りてください。いま、手が離せないから。
あ、触らないで。そのヘルメットをかぶちゃダメですって!
どうしたんです、ぼっちゃん。なに、ぼくもこのおもいでマシンを使ってみたいって?
あ、ヘルメットをかぶってしまった!
そんなに見たいおもいでがあるんですか?
映画?今年見た映画で一番面白かったものをもう一度見たい、と。
え?ブルーレイでとか映画じゃなくて本物で見たい!
あ、あ、おもいでマシンが動き出した。どんどん膨れあがっている。もうすぐ破裂してしまいます!いったいなんの映画だったんです?ヘルメットをはずして下さい。
え、大巨獣ゲスラ?それは怪獣映画じゃないですか?
うわぁ、マシンが爆発してしまう。おもいでの大膨張だ。
会場の皆さん、一刻も早く逃げて下さい!ひええええっ。
第202回 根子岳の猫屋敷
宮地までは自動車で。ヤカタガウド登山口に駐車して歩き始めたのは夕方だった。民話を知ってから気になっていた。いろいろと確かめたい。
リュックを背負うと気が引き締まった。
ヤカタガウドのウドとは、谷のことだ。つまり館がある谷という意味か。根子岳は阿蘇五岳の一つだが、そこに猫の王の屋敷があるという伝説がある。私は歩き始めた。岩盤が露わになった谷。両側の壁の間をたどりつつ歩いていく。見上げれば奇岩が目に飛び込んでくる。紅葉の時期もさぞや見事だろうなと思った。今は穴の空いた眼鏡岩に目を奪われていた。
歩き始めたが夕方だったからすぐにあたりは暗くなってきた。やはり、昔話でしかなかったのだろうか?
いくつかの谷をカーブに沿って曲がると、目に灯りが飛び込んできた。よもや。
大きな屋敷のシルエットが見える。石の壁にへばりつくように建っている。これが、根子岳の猫屋敷なのか。
私は屋敷に入った。すでに薄暗い。灯りはいくつかの石燈によるもので電気はここまで来ていないようだ。二十一世紀だというのに。
「ごめんください」と玄関で叫ぶ。ひたひたと奥から足音がして女が姿を見せた。
「道に迷ったのですが、一夜の宿をお願いできませんか?」と、考えていた台詞を口にした。
女は嬉しそうに笑った。若くて恐ろしいほどの美人だった。聞いていた通りだ。
「お安いことです。食事も用意します。お風呂を使われてゆっくりお休みください」
私は部屋に通されて、しばらくゆっくりとくつろいでいた。そのとき庭先から別の若い女が現れた。「もし、お風呂に入ったら全身猫にされてしまいます。私は、昔あなたの隣家で飼われていた三毛でございます。あなたには良くしていただいたので教えます。すぐに、ここから逃げてください」
やはり、そうか。根子岳の猫屋敷の伝説は本当だったのか。伝説と同じ展開だなあ。
しかし、隣の三毛がここにいたとは知らなかった。ときどき仕えに来るそうな。
私はリュックの中から用意していたものを取り出し、風呂場へと向かう。風呂は湯が溢れそうだった。これが人を猫へと変える湯か。
それから慌てて身支度を整え、リュックを背負うと屋敷を飛び出した。
もうすでにあたりは暗くなっている。一刻も早く駐車場へ戻りたい。すると、「待てー」という声。見ると崖の上に人影が。私を屋敷に招き入れてくれた美女が、湯桶を持って追ってくる。美人なだけに怒ると般若以上の恐ろしい顔だった。逃げながら美人を怒らせてはいけないと、真剣に心に刻み込んでいた。
ガレ場の終わりの砂防ダムが目の前だった。湯桶の美女の追ってくる姿はもう見えなかった。
「助かった」駐車場までようやく戻ると、へなへなと腰が抜けて座り込んでしまった。
夜のうちに熊本市内の我が家に帰り着いた。左肘の後ろに異様な感覚があった。これか!と思い、肘を鏡に向けてみた。予想通りだった。その部分だけ円型に三毛猫の毛のようなものが生えていたのだった。
やはり伝説ではなかった。民話はすべて本当のことを伝えていた。根子岳には猫屋敷があり、迷い込んだ人間を皆風呂に入れて、猫に変えてしまうのだ。
それが本当だと信じたからこそ、私は根子岳まで出かけたのだった。
リュックの中からポリタンクをゆっくりと用心深く取り出す。こぼさないように。それから小さなペットボトルにベビーポンプで湯を分け入れた。
それから私はリストアップしておいた知り合いに次々に電話をかけまくった。
「もしもし。私ですが。今日はあなただけにとっておきのものをお奨めしようと連絡しました。効果百パーセントの養毛剤が手に入ったんです。この液体を頭に塗るだけで、すぐに毛が生え揃います。施術は私がやります。少々お高くなりますが、確実に効果のある方法ですから、そこは目をつぶってくださいませ。もう一度青春を取り戻したいと思いませんか。いや、自分には不要だと感じられたら、お使い頂かなくても構わないんですよ。無視されてけっこうです」
すると、口には出さないが薄毛に悩んでいる人たちがいかに多いかがわかる。
注文頂いた方の指定の場所まで出かける。そして、ビニール手袋をつけペットボトルのお湯に筆を浸して、頭の薄くなった場所に塗っていく、と、あら不思議。みるみるうちに毛が生えてくる。
毛といっても猫の毛だ。三毛猫の毛だったり、白猫だったり、サビトラだったり、黒猫だったり。本来、この人が猫に変えられたら、そんな猫になるんだろうなという毛だった。
根子岳の猫屋敷の話を聞いたときから思いついていた「もし本当だったら」やってみたい商売だった。おかげで、随分と育毛処理で儲けさせてもらった。三毛だろうがキジだろうが、毛染め剤を使えば要望のままだし。猫屋敷のお湯が足りなくなればまた根子岳に行くつもりだ。ただ、これを使うとお客さんの話し方も少し変わってしまう。「高いニャー。もう少し、安くならんかニャーゴ。いや気に入っとるんだがニャー」
それは仕方ないと思ってニャー。
第201回 忘れな草お姉さん
私の記憶では、初めて彼女に会ったのは幼稚園のときだ。一人っ子だった私は他人と諍いをおこすなどという経験はまったくなかった。遠足のとき、私のお菓子をクラスの男の子たちに取り上げられた。どうしたらいいかわからず泣き声をあげたとき、誰か甘い匂いのする人に抱きしめられた。そして「あなたにはこれを用意しているから」と代わりのお菓子を渡してくれた。顔をあげると品のあるきれいなお姉さんが笑顔で私を見ていた。甘い匂いの他にもう一つ印象に残ったこと。お姉さんがつけていたブローチだ。薄い青の小さないくつもの花。それが白いブラウスの上にあった。
彼女は突然いなくなった。どこに行ったのかわからなかった。ただ、偶然にあのときだけ出会ったのではなかった。私の心に彼女の記憶は深く刻まれていた。また会いたいと。
次に会ったのは小学生のとき。学校の帰りがけ。なかなか掛け算が覚えられないので呟きながら歩いていた。七の段になると必ずつかえてしまう。「七一が七。七二、十四……」七六まできて言葉に詰まったとき、後ろから私の肩をやさしく叩いた。「七六、四十二。七七……?」私は叫んだ。「四十九!」振り返るとあれほど会いたかったお姉さんがいた。笑顔で小首を傾げてみせた。白いニットのセーターに例の薄青の小さな花がいくつもついたブローチをつけていた。あのときと同じ花だ。「ねえ、それはなんの花?」「これ?忘れな草という花よ」名前どおり、決してそれからその花の名前を忘れることはない。七の段と九の段の掛け算を彼女は一緒に唱えてくれた。不思議なことに一人では決してスムーズには言えなかったのに、彼女と一緒に唱えると完璧に覚えこんでしまっていた。そして振り返った瞬間、彼女の姿はなくなっていた。
一つ疑問が湧いた。あのお姉さんは幼稚園のときに会ったときからまったく歳をとっていなかった。名前もわからない。でも会っているとなぜか懐かしい。
中学生になった私は学校の帰り道に公園の前を通った。いつもと少し違う風景。彼女だった。足がすくんでしまった。彼女が笑い手招きをした。最後に会ってから、彼女と会うのを何度夢見たことか。彼女は言った。「ずっと待っていたのよ」私は彼女が持っていたスケッチブックを見た。公園の風景があった。公園の樹々の間を歩いている私らしい少年が小さく描かれていた。彼女はスケッチをしていたのだった。彼女は変わっていなかった。初めて会った幼稚園のときと同じ。私は言った。「会いたかったよ」彼女は言った「私もよ」
「忘れな草」思わす私は呟いた。彼女はこのとき濃紺のダンガリーシャツを着ていたが、胸にはあの忘れな草がつけられていた。彼女に名前を尋ねようとしてためらった。女性に気安く名前を聞いていいのか?失礼なことではないのか?「とってもかわいい」と彼女は私に言った。私が口を開きかけたとき彼女は立ち上がった。「ごめんなさい。時間がないの」そして立ち去った。もちろん私は後を追った。だが、ある大樹の陰に走り込んだ彼女を追うと…彼女の姿はなかった。
それから私はいつも周囲に注意を払うようになった。いつ、忘れな草のお姉さんが現れるかわからないからだ。だが、なかなか現れてはくれなかった。
時が経ち、私は高校生になっていた。成長してあのお姉さんの年齢にずいぶん近づいたと思っていた。だが、会える機会はなかなか巡ってこなかった。
運動会の日。高校の運動会は見に来る父兄も少ない。私の出る種目は200メートル走と男子舞踏。男子舞踏とは空手の型に組み体操とダンスを組み込んだものだ。男子演舞の途中で私は彼女を見つけた。手を振り拍手をする彼女。その笑顔ははっきりと私を見ていた。演技が終わり私は彼女のいた場所へと馳けた。しかし……彼女はいなかった。あたりを走って捜した。代わりにあれは彼女だったという証拠が落ちているのを見つけた。忘れな草のブローチ。確かの彼女がここに。その頃から彼女に恋心を感じるようになった。
それが忘れな草のお姉さんと会った最後だ。彼女が誰なのかはわからないまま。大学に入り、就職してサラリーマンになったが、再び会うことはなかった。忘れな草のお姉さんの正体は誰だったのだろう。ひょっとしたら、あの懐かしい感じは親しい人なのではないか?いや、思いあたらない。やがて私はある女性と知り合い結婚した。結婚相手があのお姉さんではないかと夢想したこともあるが、似たようなところもないではないが、お姉さんとは違っていた。私はなにごともなく人生を過ごしていったが、脳裏からお姉さんの面影がなくなることはなかった。私に娘が生まれた。成長していく過程でふと、あのお姉さんは娘だったのではないかとも思った。だが違う。私のことを毛嫌いし、ろくろく話もしないまま誰かと恋愛し、嫁いでしまった。
それから何年か経って娘夫婦は近所に引っ越してきた。スープの冷めない距離だ。
そして孫娘が生まれた。孫娘は不思議に私になついた。彼女は成長するにつれて、私の若い頃のことをしきりに聞きたがるようになった。その頃だった。私の身体に死病が見つかったのは。この先あまり長くはないようだった。私を慕ってくれる孫には、そのことを包み隠さず話した。孫はそれを聞いて号泣したが顔を上げて言った。「私、テレビのアニメでタイムマシンのことを知ったの。私、発明する。そしたら、昔のおじいちゃんに会いに行っていい?」私は大きく頷いた。そしてまだ幼い歳の孫に、忘れな草のブローチを渡した。
第200回 人生でたいせつなこと
本日、皆さまにお話することになりました、エヘン、ゲボゲボ。機敷埜風天と申します。ええ、…何だっけ、ええっ。あああ。ああ。よく聞こえない。…ああ、そう。
「人生でたいせつなこと」について、であります。人生といえばたくさんの方が、それぞれの人生を歩んでこられてきておられるわけで、ございます。あ、暑うございます。遠慮されんと上着とられてけっこうでございますよ。あ、人生ですね。私の叔母もですね「人生いろいろ」という唄が好きでしてね。人生にはいろいろあるんだ、ということを島倉千代子という歌手が唄っておられました。私もですねぇ、島倉千代子が好きでしてねぇ、カラオケに行ってどなたかが島倉千代子を唄われると、とてもよい気分になりますな。私は唄いません。なにせ音痴でしてな。何を唄っても同じ曲にしか聞こえんらしい。私が幼い頃から異様に耳が良すぎたところに音痴の原因はあるのですよ。というのが、私の婆やが赤子の私を背負うてあやしながら子守唄を唄ってくれたのですが、この婆やは評判の音痴だった。しかし耳の良い幼子の私は、それを正確に記憶してしまったらしい。私はそれ以来、すごい音痴になってしまったというわけ。耳が悪ければ音痴になることもなかったはず…。大学は、南方にあるマイマイ島のハレホレ大学無理学部に在籍しておりましてな。若かりし日の私は日々勉学にいそしんでおりました。すると、学級の徒であった私に大変なことが起こりました。公園のベンチで教科書と参考書に目を走らせておったときですよ。目の前をこれまでの生涯で見たこともない美女が歩いておったのです。自分の目が信じられなくなるほどの美女です。私は参考書をそこに置き去りにしてふらふらと彼女に尾いていった。するとほどなく彼女の家の前に着いたが、人がならんでいる。聞くと、みな彼女のフアンということで彼女とつきあいたいが、彼女は大の唄好き。彼女の前で唄を唄って気に入られないと、ダメということらしいのです。で、みな彼女の前で唄い、私の番がまわってきたました。もちろんダメ。気に入られなかっただけではなく、そのとき自分が音痴だということを思い知ったわけです。
人は思い知ることが大事ですな。そうそう、思い知らされたといえば私はトイレが近いこと。今思い出したが30分毎に尿意に襲われる。そうなると思考が途切れて何も集中できんようになる。えーっと、何の話をしておったかな。今も、少ぅし、尿意が近づいているのがわかるので不安になってきております。ところで、いかにして私が尿意を抑えられているかというと、若い頃、頼まれて龍退治をしたことがありまして。龍の巣に行き18人がかりで龍を追いつめてやっと仕留めた。村人たちは喜んで龍の肉を分け合って持ち帰っていたなあ。これで私を招いた村は龍に毎年襲われることはなくなったというわけですが、そのとき、帰りかけた私に長老が、お待ちなさい!と龍の膀胱を差し出した。これを煎じて必要なとき飲めば尿意をもよおしても3時間はこらえることができるようになると。若い頃は、そんなものは必要なかったのですが、最近は使いたくなってきた。確か箪笥の奥にしまっておいたはずが、見つからず不思議でならないのです。目の前を通りがかった昔なじみの爺さんに尋ねてみましたよ。龍の膀胱は知らんかね、と。いや、龍の膀胱なんて見たことも聞いたこともない。密室殺人をあんたが解決したときに手に入れた河童の手なら見せてもらったことがある、と。
あ、そういえば密室殺人の解決を頼まれたことがあったなぁ。警察も名探偵もその謎がわからなかった。蔵の内部から鍵がかけられて、中で主人が背に短刀を刺され殺されていた。蔵を見回して言った。お前が、犯人だ!と。犯人は河童だったんですよ。人間の手なら蔵の中の鍵に手が届かない。でも、河童の右腕と左腕は繋がっているのです。だから人の手では内部の鍵に届かなくても河童なら手を伸ばして複雑な解錠操作ができる。だから、犯人は河童だぁ!と。喝破された河童は驚き、思わず右手を落として逃げていったのですね。それで、仕方ないと河童の手をうちに引き取ったのかな。
あー、しかし、河童の手ではトイレを我慢できるわけもありません。とにかく、尿意を催したら、自分の気を散らすしかないわけです、そういうとき、母親がトイレには幽霊がいるんだからね、と言っていたことを思い出します。みなさんもそんな記憶がありませんか。夜中のトイレにひとりで行くと、中で幽霊が待っている、と思ったこと。あるいは妖怪が出てくるぞ、と感じたこと。実は、トイレには幽霊も妖怪もおるんですよ。無理学部にいた頃はそんな研究ばかりしておりましてな。幽霊も妖怪もいないと思えばいない。いると思えばいる。無理学が通れば道理学が引っ込むのです。そのときのゼミのクラスメイトが変な奴ばかりで。一番変わっていた奴が、時間軸圧縮理論とか考えている奴でしてね。今はどうしているかなぁ。そいつは時を超える装置を作れるとか言っておりました。そいつがある日トイレから出れなくなりまして、内側から叩いたり叫んだり大変な騒ぎ。時を超える装置を作ろうという奴がトイレから出れんなんてね。え、何ですか。は、もう時間ですか。よかった。トイレが。は、まとめろ。題は…。え、なんですか?は、ありがとうございます。そうですね、もうやめろ、ということです。人生でたいせつなことは、ありがとうの気持ちを忘れないということですね。今、ありがとうを申し上げて思い出しました。大事です。
では皆さん、さようなら。ほんとうに、ありがとうございます。
第199回 大井川の奇蹟
得意先への訪問は予定時間通りだったのだが、客に引き止められてしまった。次の約束の時間に間に合うにはすぐの高速バスに乗ってギリギリの時間だ。
福岡から熊本へ走る九州高速道にある大井川インターから数100メートル離れた場所に高速バスの乗り場がある。
私は残念なことに運転免許証を持っていない。だから、遠方の客を訪問するときは高速バスかJRを使うしかないのだ。だが、このあたりにJRは走っていない。高速バスを使うしかない。実は次の客との商談は数百万円の取引。個人事業主の私としては喉から手が出るほどの案件なのだ。しかし、時間に厳しい相手と聞いている。1分たりとも遅刻するわけにはいかない。
なぜこのあたりにJRが走っていないのかといえば街らしい街がないからだ。タクシーもあまり走っていない。しかたがないので客先にタクシーを呼んでもらった。タクシーに乗り込み「大井川インター近くの高速バス乗り場まで」と叫んだ。タクシー運転手は「わかりました」と発車した。時計を見ると次の熊本行きのバスは20分後のはずだ。高速バスの停留所まで5〜6分ということだった。「着きました!」タクシー料金を払って降りる。目の前の階段を登ればバス停だ。急ぐ。時計を見る。10分ある。よかった。バス停に立つと、息が止まりそうになる。何、ここは福岡行きのバス停だ。熊本行きのバス停は、道路を挟んだ向こう側ではないか。慌てて階段を駆け下りるとさっきのタクシーは、こちらに気づくはずもなく無情に去っていった。
どうすれば向こうのバス停に行ける?
タクシーどころか、下の道は自動車一台通らない田舎道なのだ、鍬をかついだ農家のお年寄が通りがかったので、これ幸いと尋ねてみた。「熊本行きのバス停に行きたいのですが、高速下のトンネルとか、渡る橋とかありませんか?」お年寄はのんびり答える。「そうじゃのう…数キロ先にトンネルがあるのう」数キロ先なら走ってもバスには間に合わない。どうしよう。おろおろ。向こうのバス停は見えているのに。中央分離帯まで入れて40メートルくらいだろうか。
だが、高速道路はすごい勢いで自動車が走りすぎていく。自動車が走っていなければ全速力で駆け抜ければ10秒もかからないだろう。よし、駆け抜けるか!いま行けば間に合う。
一歩、踏み出そうとしたとき、白のステーションワゴンが目の前を走った。すごい風圧が身体を襲う。ゴウッという通過音も。
ひゃあ!
一歩も進めぬうちにひっくり返る。次の一歩。警笛だ!10トントラックが壁のように迫り、轟音を鳴らして近づき去っていった。
カバンがない。見るとぺしゃんこに道路の上に転がっていた。その上を次々に自動車が通過していく。
「向こうに渡りたいのかい?」と声をかけられた。振り向くと腕組みをして男が立っていた。黒子のように黒づくめ。黒足袋姿。「あなたは?」「俺は、この大井川の高速越人足だよ。あんたは一目でわかる。ここを渡りてえんだろ。渡してやろうか?ちと値段は張るがね」
「高速道路をどうやって渡るんです?次々に走ってくる車に轢かれるのが関の山ですよ」
「こちとら代々、大井川の渡し人足をやってる。渡りは腕と心意気なんだ」
「無理ですよ。無理」
「よおし。じゃあ、あんたの落としたカバンを特別に拾ってきてやろう」言うが早いか、男は高速道路に飛び込みぺしゃんこのカバンを「あっ危ない!」拾って「あっ!きゃあ」と叫ぶ私のところへ戻ってきた。「ほい」と私の手渡す。「腕は、こんなもんだ。渡りたいし、時間もないんだろ?どうするね。少々高いが、これは技術料だ」渡し賃をいわれて驚いた。高い。そう漏らすと「じゃあ、いいよ。納得した人だけ渡してるからな」「いや、お願いします」数百万の取引がふいになるより、一か八か渡してもらうべきだろう。いかに高額でも。
「よし、わかった。じゃあ担ぎますぜ」
ひょいと私を肩車すると高速道路に入る。クルマが前を走り、ひょいと踏み出す。すると背後をクルマが通過する。そして、またひょい。近づくクルマに悲鳴を上げる。男はそんなのお構いなしにひょい。ついに中央分離帯だ。「あこぎな渡し人足なら、向こうまで渡りたければ倍の賃料を、とここで言うところだが、あっしはそんなこといわない。安心なさい」と男は言った。私は感心した。「すごい渡りだ。これにはなにか秘伝があるのかね」私は尋ねた。「うん。先祖から伝わっているのは、心を無にすればクルマの隙間が見える!だね」「はぁ!じゃ、これまでは、迷うことなく高速道路を走り渡ってきたんですか?」「ああ、そうだ。向こうへそろそろ渡りますかね」と私を肩に担ぐ。「心に迷うことなく……。そう言えばかなり前にお客さんに言われたなあ。ムカデはどの足から動かすか自分でちゃんと迷わずわかっているのかな?あんたは右足から渡るんか?左足から渡るんか?ってね。そう問われたら考え込んで渡れなくなったっけ。あっ。あっいけねぇ、思い出したら渡れなくなったじゃねぇか。とほほほ。すまねぇ。お代はいらねえ。向こうまでは自分で渡っておくれ」そう言って再び下ろされた。ここで下ろされても困る。すると遠くから熊本行高速バスが近づいてくるのが見えた。急がなくっちゃ。間に合わない。どうすればいい?心を無にするったって。ふっ、と走るクルマの隙間が見える。これだ!
無事に高速道路を渡った私は、そのときの快感が忘れられず熊本インター近くで渡し人足をやっている。案外お客は多いんだぜ。名も売れてきたしね。バスには間に合ったが開眼したんだ。こんなに快感のある仕事はないってね。いつでもおいで。あっ、という間に安く渡してやるよ。職を変えたおいらがね。