第214回 上天草の油すましどん

 上天草の東部を走っていると栖本町に入る。栖本町は河童伝説が有名で、河童の看板やオブジェが多い。見つけると心が和む。このまま進めば、ほどなく天草市本渡になるな、とぼんやり思う。あてのない日曜ドライブだった。
 すると意味不明の看板標識が目に飛び込んできた。青い囲みに青い文字だった。
〈油すましどんの墓〉
 油すましどんのお墓?油すましどんってどんな人?いや、人か?水すましみたいなもの?
 その標識のある場所は空き地になっている。そこに愛車を駐めた。何か気になった。油すまし……油すまし……。聞き覚えがあるからだ。
 車を降りると看板があった。
 油すましの解説だ。大まかには、こうある。

ーこの峠には「油すましどん」という妖怪の昔話が残る。河内村へ帰る老婆が小さな孫の手を引いて、草積峠へさしかかったとき「昔は、こんなところに油すましどんが出たんだよ」というと、「今でも出るぞー」と言って油すましどんが現れた。これを民俗学の父柳田國男先生が民俗誌の連載で「アブラスマシ」という妖怪を紹介したところから広く知れ渡るようになった。昭和五十七年栖本町民俗調査で、河内町に「油すましどんの墓」といわれる供養塔が存在することが発表された。
 この地区では油すましどん伝説を継承し、油すましの里づくりに取り組んでいる。ー

 そうか。聞き覚えがあると思ったら、妖怪にゆかりの場所か。油すましとは椿油を絞ることのようだ。それがなぜ、妖怪なのかはわからない。妖怪だからかなり怖い姿をしていたのだろうか?
〈油すましどんの墓〉の標識には矢印がついていた。せっかく車を降りたんだ。歩いて行ってみるか。妖怪の墓なんて、どんなのだろう?
 好奇心が優先した。矢印に従って県道から右折する。軽自動車がやっと一台通るほどの田舎道だった。道の左右は農地だ。背後の県道もあまり車の通りは多くはないから、辺りはあくまでも、のどか。あくまでも静かだった。
 ここに妖怪が出現したのか、と考えると意外な気がする。遠くで小鳥が鳴いている。あやかしとは一番縁がなさそうな場所ではないか。昔はこの辺りは拓けていなくて鬱蒼としていたのだろうか。
 待てよ?と思う。油すましどんというのは本当に妖怪だったのだろうか?老婆と孫が話をしていたのは「ここいらに油しぼりをする人たちが昔おってな」ということだけ。そこを通りかかった椿の油しぼりの職人が「今もおるぞ」と自分のことを答えただけではないのか?それが妖怪の連載の中で柳田國男が紹介しただけで「油すましどん」は妖怪に分類されるようになったのではないか?話の中では妖怪らしい姿も語られないし、不思議な行動をしているわけでもないし。
 本当に妖怪なのかな?
一本道をとぼとぼ歩くが畑ばっかりでそれらしきものは見えない。小さな橋を渡り、まだ進むが油すましどんに関する標識はない。道がつきあたり、左右に分かれるが、どちらに行ったものか?迷う。引き返そうか。
 プッと音がする。振り返ると白い軽トラックが停まっていた。ぼんやりして道を塞いでしまっていたのだ。「あっ、すみません!」と頭を下げる。軽トラックには地元の人らしい痩せた小柄の老人が乗っていた。そうだ。尋ねてみよう。
「あ、すいません。油すましどんはここいらに?」老人は、ほう、と頷き「すぐそこ」と指差す。「珍しかなあ。油すましどんばねえ」と言って追い越して走り去ってしまう。その山道を辿ると、木製の看板があり今度は〈油すましどんの里/ようこそ!〉と書かれていた。墓じゃないのか。下に降りる階段があり首のない石像が三体祀られていた。これだけ?これが油すましどん?
 拍子抜けした。こんなものなのか。誰かの供養塔ではあるのだろうが、明治政府の神仏分離政策、廃仏毀釈によって首がもぎ取られた結果がここにあるのだろうな。しかし、首はなくとも石像は地元の人たちに手入れされ、守られている。それで十分かもしれないな。
 油すましどんが本物かどうかは、どうでもいいのかもしれない。伝わる石像たちが地元の人たちに大事にされていることがわかるだけで。
 さあ、県道まで戻るとしよう、と山道を下り始めた。すると後方から、聞いたことのあるプッというクラクション。さっきの老人の軽トラか?と振り向く。やはりそうだった。見つけました!とお礼を言う。「さっきはありがとうございます。おかげで油すましどん、わかりまし……」しかし…。
 軽トラから顔を出したのは中年のおばさん。訝しげに私を見た。そして言った。「はあ?さっき?会ってないよ」人違いなのか。
「てっきり、さっきのおじいさんかと。この道の先に行かれたので戻ってこられたのかと。同じ白いトラックだったので」
 中年のおばさんは首を傾げる。
「この道は行き止まりだよ。私は誰ともすれ違っとらんが。油すましどん見にきたのかね」「そうですが」「そりゃ、油すましどんが教えたんじゃないかね?この場所」「さっきのおじいさんが妖怪?この現代に?ここで…?」中年のおばさんの顔がぐにゃりと変わって痩せた老人になった。老人はニヤリと笑った。そしてあんぐり口を開いた私に「今も出るぞー」

第213回 グルメの神さま

 私の趣味は、おいしいものの食べ歩き。皆はネットのグルメ情報で探すらしいけれど、私はあまりあてにならないと思っている。グルメ情報に低い点で載っていてもおいしい店があるし、高い点でも予約が取れなかったり高かったり、それほどの味でなかったり。だからけっこう自分の勘で店に入ることが多い。
 その日の昼どき。市内から外れた場所を通りかかるとうどん屋が。駐車場にもたくさんの自動車。人気店のようだ。ここで食べよう。飛び込む。店内もたくさんの客。入口で注文をとっている。え、何を頼めばおいしいんだ。汁と麺の組み合わせで”熱つ熱つ””熱つ冷や””冷や熱つ””冷や冷や”があるらしい。迷っていると後ろがみるみるならび始めた。ど、どうしよう。
すると視界の隅のテーブルで食べている貧相な老人が私を見て言った。
「迷ったら”冷や冷や”を頼んだらいいよ」
 これ以上迷ったら後ろの客に迷惑がかかる。私は言った。「”冷や冷や”お願いします」
 席に着く。うどんを食す。うまい。歯応え。汁と麺の冷やっこさ。全身が覚醒した思いで、むさぼり食べた。食べ終わり大きな溜息を吐き立ち上がった。アドバイスは正しかった。勘定を払う前にテーブルの老人に礼を言おうと探した。
 だが、姿はない。いつの間に店を出たのだろう。あれは誰?特徴ある口調と貧相な風体に似合わぬ眼光を放っていた。しかし、消えた。そのとき私は思った。あの人は、只者ではない、と。
 私も単純な人間だ。数日後にはすっかり彼のことは忘れてしまっていた。そして、その夕刻。晩飯を食べて帰らねばならぬ時間。繁華街から少し離れた駅裏。数軒の食堂や居酒屋が並んでいた。どの店に入ろうか。またしても迷う。数軒の店を見比べていると一軒からほろ酔いの老人が足をよろめかせながら出てきた。そして、すっくと私の前に立つ。
「どの店で食べるか、迷っとるのかね」
「え。ええ」と答えながら、老人の眼光と声に覚えがあることに気がついた。思い出した。あの”冷や冷や”うどんをすすめてくれた…。
「ここの焼き鳥。絶品だ。誰も知らんだろうがな」
 狐につままれたような気分で、私は言われるままに老人が出てきた店に入ろうとした。ふと、我に戻り老人の姿を探したが掻き消したようにいなくなっていた。仕方なく、店内でカウンターに座りひととおり串を焼いてもらうことにした。
 鶏皮から手羽と続いた。頬張り目を開く。タレも塩も……これぞ絶品の焼き加減。しかも肉そのものも新鮮だ。ツクネも手造り感に舌が歓ぶ。なんだ、こ…この焼き鳥は……。まさかこんな名店だったとは。しかも客はぼちぼちの入り。あの老人が教えてくれなければ、私はこの店のことは知らないままだった。そのうまさに視線も定まっていなかったようだ。炭火で鳥串を焼いていたおじさんに声をかけられた。
「お兄さん。うちは初めてですね」
「え、ええ。こんなにおいしい焼き鳥は初めてですよ」
「嬉しいねぇ。どちらさんからのご紹介ですか」
「はい。迷っていたら、この店からさっき出て来られた方が、ここの焼き鳥、絶品だって」
 思いあたらないらしく頭をひねっていた。私は言った。
「年齢を召した……眼光鋭い……」
 それでも、ぴんと来ないのか、私とおじさんの会話は途絶えた。あいかわらず出てくる焼き鳥はどれもおいしい。謎の老人が誰なのかをいろいろと考えた。なぜ、私に教えてくれるのか?どこかで会ったことがあるのだろうか?そして、店の人は老人のことをなぜ覚えていないのだろう?そこで、ふと思いつくことがあった。ひょっとしたら、あの人は神さまではないのか。おいしいものを知り尽くしたグルメの神さま…。だから、私に教えてくれる……。そう考えると妙に納得できた気がした。焼き鳥があまりにもおいしかったので、寝たきりの母へのお土産に折に詰めてもらった。母は焼き鳥が好物なのだ。案の定、こんなにおいしい焼き鳥は生まれて初めてだと喜んでくれた。そのとき母が願ったこと。「子供の頃食べたプリンをも一度食べたいねぇ。方々売ってあるけど、全部ちがう」母の願いなら、叶えてやりたいが、どこで買えば正解なのかわからない。プリンなんてどれも同じだろう。ずっとそれからプリンことが頭に引っかかっていた。ある日、小さなケーキ屋を通りかかると、見覚えのある老人がいる「ここのプリン、いいと思うよ」神さま?
 騙されたつもりでその店のプリンを買う。店の外に出たら老人の姿は、すでにない。
 母のベッドに持って行く。母は口にするなり「これだよ。この味。固さ、甘さ。幼い頃を思いだすよ。もう思い残すことはない」なんと母は大喜び。そして、その翌日、安らかに息を引き取った。寿命だったのか。間に合ってよかった。
 それからグルメの神さまに会うことはなくなった。どんなに気をつけていても再び姿を現してはくれない。ほんとうにあれは神さまだったのか?幻を見たのではないのか。そうして時は過ぎていく。
 ある日、あのうどん屋の前を通りかかった。なんとも懐かしい気持ちで、うどん屋に飛び込むと、案の定、大入りの客で賑わっていた。行列に並び、”冷や冷や”を注文した。テーブルの隅に座り、すすった。
 うまい!この味だ!神さまに教えてもらった。
 ひとしきり食べて立ちさろうとすると列が止まっている。見ると列の前で若者が注文に迷っている。なかなか決まらないので後ろの客は不満のようだ。「迷ったら”冷や冷や”を頼めばいいよ」そう口にした。若者は目を輝かせて注文した。その若者の目にはどこか見覚えがあるような。ひょっとして、この若者とどこかでまた会うかもしれないな。

第212回 ことわざの日

 今日が「ことわざの日」であることは、朝のニュースで知った。なんでも、他人と話すときは会話の中に“ことわざ“を入れないと違反になるらしい。キップを切られて罰金を取られたり、悪質な場合は逮捕されたりもするということ。なぜ、そんな日なのだろう。と思ったら、文部科学省の発案らしい。正しい日本語を学ぶ委員会から「廃れゆく日本の言葉や言いまわしを守る日」を作るという提言がなされ、制定されたらしい。毎年テーマがあり、第一回の今年は「ことわざの日」にすると発表されたとのこと。実施時間は、午前九時から午後五時まで。それを知ったのが朝の八時半。
 あせった。
 よく考えると「ことわざ」をほとんど忘れているのだ。
 家を出るとき妻に愚痴る。「ことわざなんて思いつかないよ」すると妻は「いってらっしゃい。案ずるより産むがやすし」
 まだ九時になっていないのに、ことわざが入っていてびっくりした。こやつ、できるな。「いってきます」「いってらっしゃい。サイは投げられた」
 会社に着くと、女子社員たちが掃除をしていた。「おはよう」と挨拶してはっとする。こんなときに加えることわざは……「いやあ、早いな。いずれあやめかカキツバタ」と心にもないことわざを思いついて口にした。女子社員たちがどっと笑った。「早起きは三文の得ですから」と一人が私に返した。さすがだ!と感心する。
「やあ、みんなおはよう」山田部長が出社してきた。なにもない。言葉にことわざが続かないないので、女子社員たちは顔を見合わせた。山田部長はことわざの日のことは何も知らないのだろうか?
 すると、遠くから大音声が響く。「山田部長、ことわざの日アーウト!!油断大敵!」どこに潜んでいたのだろう。全身真っ黒い服を着た男たちが現れ、山田部長に駆け寄ってきた。それから四つん這いにさせるとズボンを剥ぎ、真っ黒いオールのようなもので尻を強く引っ叩いた。痛いのだろう。山田部長は涙を流して、女の子のような悲鳴をあげた。それからやっと彼は今日がことわざの日だったことを思い出したらしく「後悔先に立たず」と言ったが遅すぎたようだ。挙句に、山田部長は違反キップを切られていた。尻を叩かれた上に罰金とは……泣っ面に蜂ではないか。
「まさに、世の中一寸先は闇ですね」と同僚が言った。さすがだ。始業と同時に、私は営業回りで得意先に行く。こんなときは、経理や総務はいいなあ、と羨ましく思う。だって不必要な会話をやらなくて済むのだもの。外に出ると黒い服のさっきの日本語監督官たちがうろうろしていて緊張してきた。すると、よちよちとお年寄りがこちらに近づいてきた。紙を見せた。道を私に尋ねようというのだ。「ここに行きたいのですがね。教えて下さい。老いては子に従え」心臓がばくばくする。しかし、無視もできない。「はい、こう行って、こうですね。混むときはこちらへ。急がば回れ」お年寄りは頭を下げて去っていった。
 得意先に着く。「こんな日に営業に来るとは。まさに時は金なり、の仕事熱心」と、そつなく対応された。「いえ、若いときのしんどは買うてせよ、ですので。恐れ入ります」「おお素晴らしい。今日会う連中は、皆、緊張か幽霊の浜風だからねえ」え、幽霊の浜風もことわざなのかぁ。知らなかったなあ。
 急いてはことをしそんじるとか、悪銭身につかずとか、あるとき払いの催促なしとか、よくしたもので商談の間もさまざまなことわざが挟まれ、使いなれないことわざがこんなにあったのか!と感心した。
 やっとのことで1日が終わり退社した。しかし、これほど疲れる一日になるとは。
 もう五時を過ぎていて、なんとか無事にことわざの日をやり過ごすことができた。日本語監視官の姿も無くなっているようだ。
「ただいま」と家に帰る。妻が「一日、お疲れさまでした」と声をかける。「うまく過ごせました?」「ああ、水火を辞せず、というやつだよ。当たって砕けよ、だ!」今頃になってことわざがすらすらと出てきて驚いた。「しかしなんで、こんな日を作ったかな。日本語が乱れているとはいえ」
 すると妻は「悪法も法なり、ですから」と平然と言った。たった一日で、ここまでことわざの日の効果が浸透するとは。
「だけど、ことわざの日も一日だけだと言っていたよね。ということは、来年の廃れゆく日本の言葉や言いまわしを守る日はないのかな?」
「あら、知らないの?もちろん、あるのよ。内容は変わるけれど」
「内容が変わるの?どんなん?」
「来年はね。朝九時から午後五時まで“早口ことばの日“になるのよ。生麦生米生卵とか、東京特許許可局とか、ジャズ・シャンソン・歌謡曲とかを人と話す前に必ずいう日なんだって」
「ふえええ。また一日中、それかよ」
「さ来年はまたテーマが変わるの。その日は会話には気をつけなくていいの。その代わりにショート・ショートの日になるの。その日のうちに国民は全員ショート・ショートを書かなくては……」ショート・ショート!私はめまいがしてきた。

※このカジシンエッセイからショート・ショート集が出ました。新潮文庫から「おもいでマシン」です。40の選りすぐり作品でおもてなししますので、よろしくお買い求めくださいませ。通勤電車でもトイレの中でも、あっという間に一話読んでしまえます。ご贈答にもどうぞ!(作者より)

第211回 時空果つるところ

 人類が宇宙の果てへ果てへと進出を続ける未来。今日も未踏の天体を目指して宇宙船は飛び続ける。乗務員たちは次はどんな星を探検することになるのか、胸をはずませていた。
 もちろん大半は生物の気配すらない何の役にも立たない星だったりするのだが、それでもこれまでいろいろな惑星を体験していた。未知のエネルギー体が活動する惑星だったり、誰が作ったのかわからないロボットで溢れた無人の惑星もあった。かつて地球を闊歩していたに違いない恐竜だらけの星には驚かされた。これまで、どれだけの星を探索してきたか乗員の誰もが思い出せなくなるほど数多くの星を渡ってきたということになる。いや、いつから、この宇宙船は航宙を続けているのか、思い出そうとするものすらいるのかどうか?
 これだけは言える。
 彼らの興味は、これから彼らが赴く星々にどのような危険が潜み誰が住んでいるか、だ。
 人類が誰も足を踏み入れていない辺境を、宇宙船は飛行を続ける。
 どんな危険が待ち受けていようと、明晰な頭脳と優れた判断力や決断力を持った船長と勇猛果敢な乗員たちに、不可能な探検などありはしないのだった。
 だが、いつも無事に未知の星の探検が続くわけではない。危機また危機の凶暴な戦闘エイリアンの星を、命からがら逃げだしたのは最近のことだ。知能は高いが友好性皆無のエイリアンなぞかまっている暇はない。逃げるにしかずだ!そして新たな宙域を彼らは今、進んでいた。人類がまだ手を触れたことがない空間を。
 今は前回の息を詰まらせるほど危ない探検のことは忘れかけていた。そして、自分たちにとって一番苦手なのは、危険な戦闘ではなく航宙で何も起こらない“退屈“であることもわかっていた。
 そろそろ次の未知の星が現れてくれるはずだ。
 船長室で声が響いた。「星だ!未知の星が現れた!」
 宇宙船内が興奮に湧き立った。その星域に未知の星の存在など予測されていなかったからだ。スペクトル簡易探査で星の分析結果が知らされた。いくつも数値を読み取らなくても船内が湧くに十分な理由が備わっていた。
「船長。地球そっくりの大気成分の星だそうです。気象条件も炭素系生命体の生存環境ということです」
「生態系の状況ですが、植物、動物ともに我々の母なる星、地球とほとんど同じだというデータが出ています。これは奇跡かと」
 そうだ。これまで訪れた星々の中には地球と似通った星はいくつもあった。酸素があったり、重力も近かったり。しかし、これほど地球そっくりの星はなかったような。
 船長はすぐに命令を出した。「着陸」
 どこまで地球に酷似しているのかも十分に調査の対象となると思われた。なぜ、このような星が存在するのか。そして、何より驚いたのは、人間がいたこと!服を着て住宅に住んでいる。地球人と変わらない。しかし何もわからない。人種もさまざま。住まいのカタチも、時代も国籍もばらばらだった。黒人も白人も日本人も。話しかけてみる。「もしもし、言葉わかりますか?」
 返ってきたのは「あじゃぱー」「ええっ?何ですって?「おっぱっぴー」「なんでだろー」まったく会話にならない。「もしもし」「ガチョーン。倍返しだ!」
 乗組員の一人が船長に報告した。「今、彼らが何を話しているのかわかりました。彼らはかつて地球で流行した言葉を話しています。英語、日本語、全ての言葉で」「なぜだ?」「はい。分析結果から人工知能が結論を導き出しました。この星は地球で流行したなれの果てのミームの具現化する星のようです」
「もっとわかりやすく言ってくれ」
「はい。地球で人が文化を形成する情報をミームと言います。そのミームは進化し、衰退もします。これはリチャード・ドーキンスが『利己的な遺伝子』の中で初めて登場させた概念です。衰退したミームは地上では使われなくなるのですが、時空を超えてここのような宇宙の果てで具現化現象を起こしているのではないかと思われます。だから、この星では滅んだミームを残すためだけに、さまざまな人種やさまざまな時代が再現されているようなのです。ミームを保存するアーカイブのような星が生まれてしまっているのですね」
「そうか。人は意味を失ったミームに操られるためだけに存在を許されているだけなのか。なぜ、このような星が生まれるのか?これだけは確かだ。これ以上この星にいても収穫は何もないだろう。この星を出発して、新たな星を目指そう」
「わかりました。それがいいと思います」
 再び彼らは宇宙船に乗り込んで出発しようとした。しかし、何ということか。宇宙船はその星から動けなくなってしまった。主機関もまったく機動しない。燃料はまだ十分あるというのに。
「どうした!なぜ、出発できない?原因はなんだ?」
「わかりません。宇宙船にはまったく異常はないのですが。しかし、このままならこの星に釘づけに……。人工知能が何か言ってます。何ということだ。ーこんな異星探索の冒険を続ける宇宙船なんて古臭すぎる。誰も、こんな宇宙探検の小説なぞ読みはしない。お前たちの存在が時代遅れのミームと化していることに自分で気づいていないとはーどうも我々の宇宙船は滅んだミームになってしまったようです。ここはミームの墓場なのですよ」

第210回 おはりんプー!

高校受験の日まで私は女子と話したことがなかった。初めて話したのは受験会場で私の隣に座ったカズコだった。彼女は、白っぽいひらひらした服の、先生あるいは試験官に連れられて入ってきた。座る前に私を見て素敵な笑顔を浮かべて言った。
「おはりんプー!」
たぶん挨拶だと思った。なんて変わった挨拶をするのか。おはようございます、でも、こんにちはでもなく、初対面の私に「おはりんプー!」とは。吹いてしまった。
どう返したのか記憶にない。「あ、ああ」だったのか、それとも頭を下げただけか。ただ、これまでに会った女子の誰とも違っていた。彼女が言った「おはりんプー!」だけは忘れない。彼女と友だちになりたい。そんな気持ちが急速に膨れあがった。だが、どうすればいい。女子と何を話せばいいのかわからない。迷っているうちに彼女は問題を解き終えたらしく、先に会場を出る。ああ、これで彼女と友だちになるチャンスは失われた。
しかし、奇跡は起こった。私が会場を出ると彼女は外で待っていてくれた。なぜ?
こんな幸福な奇跡はない。「いっしょに帰りたいと思って」と彼女は言った。
そして彼女がカズコという名前であることを知った。私もヒロシと名乗り、つきあいがスタートしたのだった。同じ高校に通うことになったし。
彼女は素晴らしかった。成績もよかった。私が勉強を教えてもらう方だった。そしていつの間にか、カズコは私の彼女という存在になった。カズコも「私の彼!」と私を友だちに紹介するようになった。最初は照れていたが、すぐに馴れた。それから、大学も同じ。大学を出ると同時に婚約した。「どうしてぼくとつきあったの?」と尋ねた。「とても好き。タイプだったから」そんなものか?カズコは私にも尋ねた。「じゃあヒロシはなぜ私と?」答えようがない。好みだったから、としか。似たようなものか。結婚して二人で生活を始める。しばらくは共稼ぎ。一生懸命働き、休日にはよく遊んだ。映画を見たり旅行をしたり。お金に余裕ができると自動車を買った。他愛のないけんかはしても、それ以上のものではなかったし、すぐに仲直りした。やがて子どもが欲しいなということになり、カズコは専業主婦になる。三人の子に恵まれた。子どもの教育もしつけもカズコはよくやった。それでも進路や学力のことで悩んでいたようだ。カズコに苦労をかけないように身を粉にして働いた。カズコにやってやれるのは、いたわりの言葉をかけてあげるくらいか。それでもカズコは泣き言ひとつなく、知り合いの悩みの相談までやっていたのだった。親が齢をとり、そちらの面倒まで見なくてはならなくなった。「ヒロシが元気なら、私はそれでいいの」とカズコは言ってくれた。全てが順調というわけではない。次男の交通事故、台風と洪水に遭い激しい地震にも襲われた。それでもなんとか乗り切り、親を看取り三人の子どもたちを社会へ送り出した。二人とも若くはなくなった。カズコの容貌も初めて会って好きになったとき較べれば褪せている。しかし、この頃は私もカズコも外見はどうでもよくなっている。おたがい空気のような静かな日々を続けるようになった。カズコは時間があるときは地域の奉仕活動に参加し、人々の役に立つことを願いながら過ごしていた。私も私なりに自分のスキルを世のために使ってきているつもりだ。穏やかな暮らしといえる。そしてある日カズコの体調に変化があった。すぐに治る病気だと思ったが、実はそうではなかった。カズコはタチのよくない病魔に襲われたのだ。医者からカズコの病気について覚悟しておくように、と告げられた。そんなことは信じられなかった。必ず奇跡が起こる。二人で元気に笑いあいながら散歩ができる日が、また来るはずだ。悲劇的なことは考えるまい。そう自分に言い聞かせる。
やがて、カズコの介護の日々となった。医者の予告どおり、彼女の体は悪化の一途をたどった。「なにも心配せず、元気になることだけを考えた方がいい」しかし、カズコは自分のことをちゃんとわかっているようだった。そしてこう言った。「本当に今までありがとう。もし、生まれ変わることができたら、またヒロシと結婚したいなあ」「そんなこと言ってはいけない」「生まれ変わったら、また一緒になってくれる?」涙があふれた。「もちろんだよ。なぜ、急にそんなことを」カズコは驚くことを言った。
「天使みたいな人が現れて、私に言ったのよ。カズコさん。あなたはずっと人のために献身的に生きてきた。願いをかなえてあげます。なにか願いはありませんか?と言われたから、死んでも、またヒロシと一緒にいたいと。そしたら、天使が、いいですよ!って言ってくれた」「天使って、どんな人?」「白っぽいひらひらした変わった服を着た人」想像もつかない。そんな人間がいるだろうか?いや、何かおぼえがあるぞ。そうだ。高校受験の日、カズコを連れてきた人だ。そんな……。まさか!
「あのとき私が変わった挨拶をした、と言ってたよね。ヒロシ。なんて言ったの?」「忘れたの?“おはりんプー!“と言ったんだよ」「そう。わかった。今度会ったときも、ヒロシにそう言うね。おはりんプー!」その数日後、カズコは旅立ってしまった。
近ごろカズコのことをよく思い出す。
私も世のため人のため善行を積めば、“天使のような人“がやってきて願いをかなえてあげると言ってくれるのだろうか?そしたら尋ねてみよう。あの朝、私の前に現れたカズコは生まれ変わった彼女だったのか、と。
おや、白っぽいひらひらした服の人が見えたような。そうだ。私の記憶を消して高校受験の朝に戻してほしい。そうお願いしてみたら、かなえてくれるだろうか?

第209回 免許を返す

「自動運転解除」と波兵が言う。自動車は「もう少し、私にまかせてもらえませんか?」と答える。「だめだ。わしが主人なんだぞ。わしの言うとおり解除しろ」自動車は素直にその命令に従う。
 今のA I付きの自動車は二年前に波兵のために息子が買い替えさせたものだ。古希を過ぎたあたりで波兵の運転能力を心配するようになった。そしてA I運転機能付きの自動車に買い替えさせたのだ。これなら、行先を告げただけで自動車は波兵を目的地に運んでくれる。だが、家族が乗っていないときは、すぐに波兵はA I運転機能を解除してしまう。「機械に運転を任せていたら、どんどん自分の運転能力は低下してしまう。そんなの我慢できんわい。自分で運転できるうちは自分でやるんじゃ」というのが波兵の理屈だった。家族から見送られて家を出るときは、もちろんA I運転で出発する。「今度、もし運転して何かあったらお父さん、自動車免許は返納してもらいますからね」そう家族には言われている。「そんなのわかっとるわい」と憎まれ口を叩くのは忘れない。運転の醍醐味とは自分でアクセルを踏み込んでハンドルを操作するところにあると信じている。
「話しかけてもいいぞ」と波兵が自動車に言う。遠慮していた自動車は、波兵に嫌われない程度に声をかける。「春らしく風が気持ちいいでしょう」「あたりまえだ。気持ち悪いなら窓閉めるし、そもそも運転しないよ」「ブレーキは早め、早めにお願いしますね」「そんなの、危ないときに止めてくれるのがA Iだろうに」「でも、今は波兵さんの運転ですから、私はブレーキをかけられませんよ」「そういうときはブレーキをかければいい」「これから細い道でカーブが続きます。心して安全運転をお願いします」「いちいち言われなくてもわかってるよ。ドライブテクニックには自信があるんだ。これがわしの楽しみの一つでなあ。ほら、ヘアピンカーブだ!」「なるほど、独特な軋み音ですね」「おや、お前は怖くないのか?わしの運転で」「私に怖がる機能はありません」「へぇ、話せるやつだな。よし、もう少しタイヤを響かせてやるか!」
 そしてある日のこと、波兵が楽しみを奪われることになる日が突然やってきた。
 自動車の自動運転を解除して波兵がハンドルを握っていたときだった。道の反対側の電信柱の陰から、突然幼児の乗った子供用三輪車が現れたのだ。慌てて波兵は急ブレーキを踏んでハンドルを大きく回した。自動車は惰性で大きく弾かれて車輌の頭部を電信柱に激突させて止まった。ボンネット部分は大破していた。自動車が申し訳なさそうに言った。「私がついていながら、こんなことになってしまいました。お詫びの言葉もありません」幸い誰にも怪我はなかった。いわゆる自損事故というやつだ。波兵は思わず毒づいていた。「そうだ。わしよりもお前の責任だろうが。何のための人工知能だ。必死で事故を食い止めてこそのA I車といえるんだろうが」それに対して自動車は何も口ごたえをしない。
 そのまま自動車はレッカーで整備工場へと運ばれていった。自力走行もできないほど破損したのだから。
 波兵には、それから家族の非難が待っていた。「お父さん。約束でしたよね。今度、自動車運転でミスをしたら、免許証を返納すると。お父さんの安全のためだし、社会のためでもあるんです」
「もちろん、そのつもりだ。約束を忘れはせん。明日でも免許は返してしまう。ああ、せいせいする」その言葉通り波兵は免許を返納した。事故を起こした自動車は修理工場から戻ってくることはない。手続きをした息子も何も教えてくれないし、波兵も尋ねることはできなかった。メンツがあるから。そしてうすうすと、自分の運転技術に限界を感じていたのは内緒だ。免許返納の時期を考え始めていたときでもあったし、自動車が必要なときは家族がいつでもどこでも送ってくれると言っているし、困ることは何もない。
 波兵が自動車免許を返納して半月。庭の草花をいじっていて、ふと自分の生活に欠けたものを感じた。なにかは、すぐにわかった。誰も自分に話しかけてくることはない。家族は波兵がいなくても楽しそうに語り合っている。「おい、園芸ばさみ知らないか?」「知りませんよ。もっと、ご自分でよく探してください」
 波兵は外出した。電車をいくつも乗り継いだ。自動車があれば簡単なのに。目的の整備工場に着いた。息子はいつもここに頼んでいる。
「こちらに事故を起こしたうちの自動車があると思うが」「ああ、息子さんの要望で廃車いたしました」波兵は腰から力が抜けてへたり込んだ。自分には自動車(あいつ)が必要だったのに。それが波兵にはやっとわかったのだった。家では誰も話し相手になってくれなかった。唯一の話し相手がA I自動車であったことに気がついたのは今朝のことだった。「廃車…」と呟く。「A Iもかね」「ああ、データ消しました。個人情報ですからね。悪用されないように」
 すべて絶望だった。背後から声がした。「自動運転解除ですか?」聞きなれた声。波兵の目から涙が噴き出した。「おまえ!」
 整備士が慌てて言う。「あ、それバックアップデータなんです。これも消さなきゃな」「待て。これだけでも譲ってくれないか」波兵は自動車のデータを持ち帰った。
 それからしばらくして、波兵は孫に三輪車を買い与えた。子守りをする波兵の声は明るい。「ペダルの踏みすぎに注意しましょう」と三輪車が言う。「自動運転!」孫の代わりに波兵が叫んだ。「わかりました」と自動車は答えた。子どもの三輪車にも今はA Iを取り付けることが可能になったのだ。心なしか自動車のA Iの声は朗らかだった。

第208回 ママのくるま

その時代。自動車にA Iが組み込まれるのは当たり前になっている。そして運転も音声操作だ。自動車も音声で応えてくれるし無駄話にもつきあってくれる。父親が新車を買ったときも販売スタッフが納車の時に尋ねてきた。「初期設定をやりますが、性別・言語が選べます」「そうですか」と父親は考える。それからスマートフォンを差し出す。「実は3ヶ月前に妻を亡くしたのですが、息子が母親を亡くしたショックから立ち直れていません。これは妻が長年使っていたスマホで、妻の声も妻の情報もすべて入ってます。このスマホの情報を自動車に入れてもらえませんか?」
技術担当者は「やってみましょう」と。
「いつもは、一般的な性別のない音声でかまいません。息子が乗ったときだけでいいですから。まだ幼い息子が悲しみを感じなくて済むように」
「わかりました」
そして父親は自動車に乗り始めた。新車だから乗り心地は文句のつけようがない。そして「今日は息子を乗せるつもりだ。息子の名はヒロ。よろしく頼むよ。ほとんど泣きっぱなしの状態だから」とある朝、自動車に伝えた。
「はい。ヒロさんの母親として話すのですね」「そうだ」
乗ってきた男の子は四、五歳に見えた。自動車は肩を落としているヒロに声をかけた。「ヒロくん。元気ないね。男の子なんだから元気出して!」その声を聞いたヒロは驚いて声をあげた。
「その声。ママなの?帰ってきたの?どこにいるの?」「私はクルマの中にいるのよ。わけあってクルマから出られないの。でも、クルマに乗ればいつでもお話しできるのよ。会うことはできないけれど。ごめんね」
それでもヒロはがっかりするどころか表情を輝かせたのだった。「大丈夫だよ、ママ。自動車から出られないならいつでも僕は自動車に話しにくるよ」
自動車は母親のスマホから情報を最低限、取得していたようだ。運転席の父親もその声に驚いていた。
「幼稚園はどうなの?」
「楽しいよ。でも、ママがいなくなって少しつまらなかった。これからはもっと楽しくなると思う」
その言葉通りヒロはみるみる元気を取り戻していく。やがて、小学校に入っても何かあるとヒロは自動車に乗りたがった。父親が帰宅するのをヒロは門の前で待ち構えているのだった。「ヒロだよ。またママを演じてくれよ」
「はい。わかりました」
性別のない声からA Iは瞬間的に母親の声に切り替わる。
「ねえ、ママ。今日の理科と算数は僕だけ百点だったんだよ。ママに知らせたくて」「ありがとう。二つとも百点満点だったなんてすごいね。ママとっても嬉しいわ」「うん。たくさん勉強してママがこの自動車から出られるようにしてあげる」「楽しみだわ」
そうして時が過ぎていく。小学生になったばかりだったヒロも成長していく。父親の自動車も何度目かの車検を受けることになった。最初はあまり必要がなかった部品交換も必要になってくる。
「A Iも新バージョンにアップしますか?」「いや、しばらくはこのままでいいよ」
父親も息子が乗ってきて妻の声の自動車と話すのを聞くのは楽しみでもあった。ヒロも何かと理由をつけて自動車に乗りたがった。それから、また数年が経過した。
最近は。
ヒロは積極的には自動車に乗ろうとはしない。乗ってもあまり自動車と話そうとせずに車窓を眺めているだけだ。成長したということか。
「ヒロが変わったのは気がついているだろう」父親がそう尋ねると「はい」と自動車は中性的な音声で答える。「やはりヒロが成長したということかな」「はい。そう推測されます」「もうヒロも自動車免許が取れる年齢なのに。そしたら、この自動車もヒロに譲ろうと考えていたのだが」すると自動車は意外な返答をした。
「申し訳ありません。自動車を路肩に寄せて、停車してかまいませんか?」父親は故障の可能性も考えつつ自動車を停止ささた。
「どうしたんだ」と自動車に尋ねる。
「ありがとう。あなた」自動車の声が突然変わった。それは母親の声……いや亡くなった妻の声だった。
「おまえ……まさか」
「ええ。そう私よ。ここまでヒロを一生懸命育ててくれて、ありがとう。ヒロは立派に成長してくれた。あなたには感謝の言葉しかないわ。あなたは、自分の楽しみまで削ってがんばってくれた」
今、父親も一人の夫に変わっていた。妻から感謝の言葉を聞かされると、涙が溢れてきた。それで視界が完全に歪んで何も見えなくなってしまった。自動車が路肩に寄せて停車してもいいかと尋ねたのは、そういうことだったのか、と夫は理解した。「しかしこの声はヒロに対して設定してあったのに」
「ヒロが設定を変えたの。ヒロはA Iに関する知識はあなたより上。だから設定の書き換えくらい朝飯前なの」
夫は思う。ヒロも大人になったんだと。「心配なのはあなたの身体。血糖値が少し高いわ。飲み過ぎないでね」「わかった。それもヒロが言わせたのか?」「違うわ。運転席で健康もわかるのよ」しばらく沈黙があった。自動車が言う。「じゃあ、私、元の声に戻りましょうか?」
「いや。話し相手になってくれないか?いや、このまま二人で昔行けなかったところを旅行してみないか?」
「こんなポンコツの私でいいの?」「ポンコツ……?そりゃ僕の方こそだよ」夫は涙を拭かないまま声をあげて笑っていた。
それからは夫と自動車は、どこまで走っても走り足りない気持ちでいるのだろう。きっと、いつまでも。

第207回 本音商会

 私はファッション・ブランドを主に扱う小売業。アパレル業界のはしっくれとでも言えばいいのかしら。洋装店、ブティックということもある。店を訪れたお客さまにお似合いの服をお奨めする。そしてお買い上げいただければ、店の売り上げが上がる。
 今日もお店を開店……「いらっしゃいませ。あれ?」
 入ってきたのは、なんだか印象の薄い人。あまりに印象が薄くて、向こう側が透けて見えるような気がする。男か女かもわからない。
 その人が言った。「いえ、客ではないんです。私は本音商会の者です。ご指示により三日間とり憑かせていただきます」
 この人、何を言ってるんだろ、と思う。これからお客さまが次々に来店される時間なのに。こんなやつの相手してる暇なんかないわ。
 早速ドアが開き、入ってきたのは中年の奥さま。いつも気前よく買物をしていただくお得意さま。
「いらっしゃいませ」「ちょっと春先に着ると良さそうなもの、探しにきたの」「どうぞ、ごゆっくりお探しください。ちょうどいろいろ入荷したところなんですよ」
 奥さまは色々探し始めるが、ときどき思う。この奥さま、少しセンスが変なのよね。でも本人が気に入っているならいいか。早速、数着の春の新作を。
「ねえねえ、これ、どうかしら」あ、やはり。
「なかなか、個性的ではないでしょうか」と言う。すると私の背後から声が。「そんなの着て表歩いたら、チンドン屋と間違われますわ」それは、内心ぼんやり思っていたこと。それが、声になって。振り向くとさっきの人だった。私の考えを声に出して言っている。奥さまは、まあ失礼なとばかり目を三角にして私を睨む。「私じゃありません、この人が」と指差すが。奥さまは「誰もいないじゃないの」
 影の薄い奴とは思っていたが奥さまに見えないほどとは。「奥さま、他にもいろいろといい品が入っています」と取り繕うが後ろの人が「まあ、どれも似合わないけどな。猿が着た方がもっとましだよ」と。
「なんてことを言うの?もう二度とこのお店にはまいりません」と奥さまは顔を真っ赤にして怒り出して帰ってしまう。
 本音商会は別段表情を変えてはいなかった。平然と私の後ろに立っているだけだ。
 これでは仕事にならない。私の心の汚れている部分がすべて晒されてしまう。誰が本音商会を雇ったのだろう。もっと私の心が清らかだったらよかった。私は店を閉めて家に帰った。本音商会がいなくなるまで、店を開けない。三日間我慢すればいなくなるわけだ。数日間不在にします、の張り紙を入り口に貼って店を閉めようとして驚いた「数日間不在にします。ホントは家にいるつもりだけどね」私の筆跡だ。振り向くと本音商会が手にペンを持っていた。こいつの仕業だ。
 家に帰るとサラリーマンの夫はこの日は休みで家に寝転んでいた。夫は驚いて立ち上がる。「どうしたんだ。店は休みなのか?」「こいつのせいよ」と本音商会を指差す。「え、どこ?誰?」夫には見えていないらしい。なぜ?でも、詳しく話したところでわかってはくれないだろうし。「いいわ。気にしないで」すると、本音商会が私の背後から私そっくりの声で続ける。「どうせ、あなたみたいな無神経な人に事情を話しても、わかりゃしないわよ。それより、ぐだぐだしている暇があれば気を利かせて、掃除の一つもやったらどうなのよ、このタコ」
 前半はそんなこと思ったかもしれないが、後半は本音商会の創作だと思う。いや、ひょっとすると心の隅でそんなこと思ったのかもしれないが、わからない。しかし、夫はてきめん怒り出した。家での過ごし方に自分でも引け目を感じていたのだろう。だから怒りもひどくなる。「なんてことを言うんだ。そんなことを言う前に自分こと反省したらどうだ。家のことはなんでも押し付けて、ぼくが努力しているのがわからないのか?この無神経女」
 夫も日頃の不満を口にする。何という言いようだ。売り言葉に買い言葉。私も、また言い返そうとして、待てよ、と思い直す。
 これで私の家庭が滅茶苦茶になったとすれば、私の本音のせいだろう。それは本音商会のせい。
 こうなったら三日間、誰にも会わずに部屋に籠もっておくしかない。しかし、誰が本音商会なんて私に差し向けたのかしら。しかも私以外には誰にも見えていないなんて。
 そんなことを悶々と考えながら三日間を耐え続けた。本音商会は私に寄り添い、独り言で「ふわあ、退屈だなあ」と漏らすと、律儀にも「この本音商会の邪魔者さえいなければ、仕事にも行けるのになあ」と付け加えてくれるのだった。ちゃんとわかっているじゃないか、と思う。
 やがて三日目が過ぎた。
「本音商会さん。これでもう私にとり憑くのは終わったんだねえ」
 本音商会は胸を張り「はい、これで請けている仕事はすべて終わりです」「私に取り憑けと命じた雇い主は誰なの?」「申し上げられません」「コンプライアンスというやつ?じゃあ、私が本音商会を雇うことはできるの?」「もちろんです」「じゃあ……」
 あなたを雇った人に今度はとり憑いて!と言いかけてテレビ画面に目が止まった。「この人にとり憑いてもらえる?」その方が世の中の為になる。
 それは、就任演説中の新首相だ。

第206回 お元気ベルト

 腰痛に悩まされ、病状は悪化して歩くこともままならない。杖をついて凌いだが痛みは進行して、最悪の場合は車椅子のお世話になる。
 結果、他に方法はないと手術を受けた。三週間入院してリハビリを受けて、やっとよちよち歩けるところまで改善した。退院。
 二度とこんな目には遭いたくない。
 あとは気長に回復を待つしかない、とも思うが、生活をしていくためには仕事に行かなくてはならない。
 会社の連中も「まだ、本調子じゃないようですね。無理しないでくださいよ」と労ってくれる。「腰つきが本物じゃないですよ。見ていて心配になってくる」と。そんなことはわかっている。だが早く仕事に戻らないと。友人たちも、酒に誘うのを遠慮しているようだ。
「大丈夫かよ。山歩きも誘えないよなあ」
 うん、時が薬かなあ。ぼちぼち慌てずに元気を取り戻していこう。そう考えることにしている。
 友人たちは、それはよかった。頑張れよ。焦るなよ。と言ってはくれるものの、その目は私を憐んでいる。
 リハビリのつもりで近くの公園まで散歩してみる。手術後めっきり筋肉も落ちてしまった。まず筋肉を取り戻さなくては。
 自分の気持ちがうまく自分の身体に伝わらないもどかしさを、このとき十分に味わった。歩き始めはなんとかいいものの数十メートル歩くと軸足がふらつき始めるのが自分でもわかる。一歩でふらっ、左足出してふらふらっ。右足出してふらふらふらっ。
 しかし、いいこともある。酒は入院中はダメだったが、やっと許しが出て外飲みができるようになった。
 友人と飲んでいて同情される。
「そうか。それは可哀想だ。そういえば、先日、深夜のテレビ通販で『お元気ベルト』の紹介をやっていたなあ。あれは、お前にいいんじゃないかと思うよ」
「お元気ベルト……なんだい、それは。腰にいいのか?」
 問い返すと友人は頷いた。確かに『お元気ベルト』とネーミング聞いただけで腰に元気が湧き出てくる気がする。
「名前を聞いただけで効果がありそうだとは思わないかい?着けるだけで効果があると言っていたよ。真剣に聞いていたわけじゃあない、ながら、で聞いていたんだが。そうだ。病気見舞いしていなかったから、その『元気ベルト』とやらをプレゼントしてやるよ」と言い出した。
「いいよ。いいよ」と断ったにもかかわらず数日後には宅急便が届いた。友人は約束を守ってくれたのだ。中に入っていたのは『お元気ベルト』だった。一見普通のベルトだが幅が少し広い。ズボンの下に着けるようだった。出勤時間が迫っていたが、1日元気で働けるなら。お元気ベルトを着けてみよう。ぐるりと腰に巻く。
 カチッと嵌まる音が小気味良かった。
 果たして。元気になるのか?と思ったがなかなか元気になれない。おかしいな。するとベルトにいくつかスイッチが付いている。電源がオフになっている。そうか、これをオンにしなくては。どうなるんだ?
 電源を入れた。ウィーンと音が響く。動き出すのか?
 ヒクッと腰から下が動く。わ、わ、わ、わ。リズミカルに腰が何ども前に突き出される。足は動かない。上半身も動かない。
 腰から下だけがリズミカルに前に突き出されるのだ。そして引ける。どんなリズムかというと。クイッ、クイッ、クイッ、クイッ。
 鏡の前に立つとその動きはかなり卑猥だ。真面目な表情でいても他人から見れば変な奴と思われるだろう。外そうとしたが外れない。仕方ない。会社へ行かなくては。
 歩きながらクイックイッと腰を突き出すと、女の人がキャーと言って逃げていく。逃げていかない人は立ち止まって笑いを隠しきれない。助けてほしい。何が『お元気ベルト』だ。外したいのに外れない。
 会社に着くと皆から注目される。女子社員からはあからさまに顔をしかめられ「やめてください。そんな卑猥な動き」
「し、仕方ないんだよ。このお元気ベルトが止まらないんだ」
「スイッチを切ればいいではありませんか!」
「それが、ベルトも外れないし、スイッチも切れないだ」なんと恥ずかしい。
 他に策はないと、贈ってくれた友人に電話する。
「ええっ。そりゃすまんなあ。そんなにいやらしく動くんか。いや、俺は自分で着けたことないから、ようわからん。しかし、本当に他にボタンとかないのか?」という頼りなさ。
 トイレに行き、よくベルトを見ると……あった。
 モード切り替えスイッチ。これで卑猥な動きから解放される。スイッチを切り替えた。ベルトから変な音が。そして前後にひくひくと動く猥雑な動きが止まった。良かった。ほっと胸を撫で下ろす。だが、音が変わる。あ、あ、あ、この動きもいかん。私の股間を中心に、尻が円を描くように動き始めたのだった。誰か止めてくれ。女子社員はウィーン、ウィーンと回転する私の腰つきを見て逃げ惑う。
「助けてくれ!ベルト切ってくれ」見かねた同僚が巨大なカッターを持ってきてベルトを切り、やっと卑猥な動きは止まった。友人に苦情を言い、経過を話す。
「ごめん、ごめん」その後友人からまた品が届く。
 開けると今度は『絶倫ベルト』

第205回 老人とマイタケ

 ショート・ショートの締切が近づくと産みの苦しみがやってくる。ああでもないこうでもないと話をひねり出す。だが、なかなか思い浮かばない。掲載時期も考える。秋かあ。キノコの時期かあ。
 私はキノコ採りが大好きだ。
 そうだ、キノコ採りの話にしよう。

〈私はキノコ採りが趣味だ。山に入り美味しいキノコを求めてさまよい歩く。しかし、季節は秋の短い時期に限られる。ナメコ、ムキタケ、ハナイグチ、アミタケ。キノコ採りが好きすぎて、飛行機に乗って長野まで松茸を採りに行ったほどだ。だから、食用キノコはほとんど自分の目で見つけ出し、自分の手で採った。
 ただ一種類だけを除いて。
 それはマイタケだ。スーパーの店頭にシイタケやエノキとともにならんでいる、あれ。
 なぜ、マイタケと呼ばれているかというと、山中で見つけたときにあまりの嬉しさに踊りを舞うほど。だから、マイタケ。それほど貴重なキノコなのだ。
 これまで縁がなかった。深山のミズナラの樹に限られた期間だけ発生するという。そのうち偶然に見つかるさ、と自分に言い聞かせて四十年近く経ってしまったが、未だに出会えていない。マイタケを採ったという人の話も聞いた。「市販のマイタケとは全く違うよ。香りも凄いし、味も濃い。歯応え抜群。キノコの女王だね」そこまで聞かされたら、いつかは出会いたいものだ。そう願いつつどれだけの時が経過したか。いや、マイタケと接近遭遇したことはある。十数年前、九州脊梁の山中でキノコ狩りをしていると老夫婦に声をかけられた。「キノコにくわしいんですか?このキノコ食べれますかね」掌サイズのキノコは何と…マイタケだった。「ど、どこで採られました?」「そのあたりですが」これは毒キノコです。すぐにお捨てなさい。と喉まで出かかった。そかし、「これは美味しいマイタケです。よかったですね!」何と悔しかったことか。老夫婦にはビギナーズラックの女神が微笑んだのだろう。なのに、なぜ、私には採れない。いろんな情報がそれこそ山のように私のところへ飛び込んできた。五家荘の雁俣山で採った、とか馬子岳登山道に老菌があった、とか。すべての情報に足を運び検証したが、私がマイタケと出会うことはなかった。神が私を弄んでいるのか?嘲笑したいのか?
 いつかのこと。山でクリタケの大群生を発見して喜々と採る。そこへ通りかかったキノコ籠の人、うらやましそうだったので、「マグレで採れました」と得意げに言った。とその人はキノコ籠を突き出した。「私もほどほど採れましたからいいですよ」その籠を見ると溢れんばかりの天然マイタケがのぞいていた。へなへなと腰が抜けかけたのだった。もちろん、マイタケにはその後も出会えない。
 そして今年も秋になった。やはりマイタケには縁がないのだろうか?いや、期待しすぎるから失望も大きいのだ。無心にひたすら好きなキノコ採りを続けるのだ。
 そして、その日も山へ入った。
 今日は、どのルートを選ぼうか。ハナイグチ狙いの松林なら直進だが。右手の斜面に入ってみるか。そう判断したのは、足を踏み入れていない斜面には、ひょっとしたらマイタケがある可能性を捨てられなかったからだ。そして、斜面を登り始めた。あまり歩かないルートだから踏み分けもはっきりしない。倒木を跨ぎ、岩場を足を踏み外さぬように細心の注意を払った。樹々もブナやミズナラが目立ち始めた。そして崖沿いの杣道。そこで、腰に吊るしたキノコ籠のロープがとれた。あっ、と声を上げたがキノコ籠は宙をくるくると舞い奈落のような谷底へ落ちていった。どうしよう、と一瞬迷うが、谷底も見えない。籠を探しようもない。なあに、獲物は担いで戻ればいいさ。ひたすら斜面をよじ登る。枝にしがみつき、足を伸ばして。何度も息が切れた。登山道ではない、ほぼ原生林だ。もう二度とこの場所は探せないな、と思い正面を見た。奇跡が起こった。ミズナラの巨木の根本の膨らみは……!目を疑う。間違いない。あれほど夢見たマイタケが!
 見つけた。
 近づいて目をこする。でかい。四キロほどもあるが天然物のマイタケだ。香りが凄い。あれほど夢に見たものが目の前に。神は我を見離さなかった。ナイフで切る。マイタケはずっしりとあった。だが、キノコ籠はない!崖から落してしまったから。両手で抱えて帰ろう。嬉しさに、その場で踊りだしたほどだ。帰ったら、天ぷらか、汁物か、塩焼きもいい。マイタケご飯も。両手で抱え込み下ろうとすると身体のバランスがくずれ、マイタケを岩にぶつける。パラパラと崩れる。足をすくわれ、倒れるとマイタケの塊が割れる音がする。樹々に身体を弾かれた。マイタケの破片が飛び散る。どれくらい時が経ったか。登山口まで下りてきて見た。あれだけ必死に持ち帰ったはずのマイタケが…。崩れ落ち、手の中にはマイタケの破片がかろうじて。「こんなにでかいマイタケ採ったんだ」と皆に話しても、憐れむような視線が集まるだけだ。やはり、マイタケには縁がなかったのか……〉

 できたぁ!今月のショート・ショート。主人公の悲哀が伝わってくる傑作ではないか。そう思い編集部に胸を張って持ち込んだ。ところが……。
「残念ですが、ダメですね。これはカジキマグロをマイタケに替えただけのヘミングウェイ〈老人と海〉の盗作としか言われませんよ。もっと練ってください。没です。」
 だあああーっ!そんなぁ。