第27回「軟弱山歩き」

ホント、子供の頃から病弱で、幼稚園に入るころまでは、週のうち五日は布団の中にいるという有様だった。だからかもしれないが、運動神経が未発達のまま就学してしまい、小学校の体育の通信簿は、いつもアヒル。つまり「2」。
ドッジボールを投げても数メートルしか飛ばず、敵にボールを与えてしまい、味方のブーイングを浴びる。ルールも知らないから、野球で左利きはなぜ三塁に走らないのかと疑問が解けない。逆上がりは足も上がらない。これで、よくイジメにあわなかったものだと不思議に思う。
球を使った競技は、精神衛生上よろしくない、と今でも興味がない。ほとんどの球技は、野球やらテニスやらピンポンやら、相手がとれない球を放つことが基本である。そんな競技をやっていたら、素直になれない。根性が意地悪くなってくる、イヤな性格になるとしか思えないのだ。そんな競技は、絶対にやらない。

そう自分に言い聞かせているが…。
だから、運動らしき運動は何もできない。で、かろうじてやるのは……歩くこと。
これは、できる。だから、できることをやる。
でも、町の中を歩いていても楽しくないので、山を歩く。
ただ、ひたすらマイペースで歩く。
人と競わなくていいから、楽である。何時までに目標を達成しなきゃと、自分を奮い立たせる必要はないから、のんびりぷらぷら「今日は、このくらいで引き返すか」」という気分で歩き続ける。気が向いたときに、気が向いた場所まで歩くのだ。
山頂を必ずや制覇しなければならないといった強迫観念もまったくない。
山では歩いていての寄り道が、楽しい。
名もわからない、小さくてもきれいな花をじっと見ていたり、山道で思わぬ山菜類を発見して、それからの行程を中止したり。
あまり気持ちのいい気候なら、木陰でのお昼寝で時間を潰すのも十分にアリである。
同じオイルサーディンの缶詰でも、下界の部屋の中で食べるのと、山の上で採ったばかりのキノコとごったに炒めて食べるのでは、味にも雲泥の差がある。
だから、山とは私にとっては「気持ちよくなるための場所」なのである。
つまり言い替えるなら、気持ちよくなれそうもないコンディションのときは、山を歩かない、そしてさっさと下る、が信条である。
急に雨が降り出したときのために、防水着を持ってはいるが、これは、あくまで緊急避難用。
降り出したら、さっさと下山するね。
スタートも、登山口に着いた途端に雨が降り出したら、登るのをやめる。車の中から、防水着を付けて登っていく人を見ると、「ホォ。物好きな!」という感想しか出てこない。雨の山頂で食べる食事ほど惨めなものはない、と知っているからである。
根性がないと言われるかもしれないが、そんな根性はなくてケッコーである。こちらは、“軟弱山歩き宣言”をしているのであるからして。
山頂で日なたぼっこ。のんびりしていると、若者が早足で駆け登ってくる。
山頂で声高に叫ぶ。「おー。一時間十分で登頂したぞ!」と。
それを聞いて、山にはいろんな楽しみ方があるのだと思う。どうもこの若者は、山頂までの時間を短縮することが山の楽しみと心得ているらしい。でも、私からすれば、バーカという楽しみ方かなと思う。そんなに速く登って、楽しむべきところを見逃しているに違いない。
雪山?
ええ、登りますよ。きれいだから。でも、膝より深くなったら、下山しますが、何か?

第26回「つらもたず」

ブログの紹介でおわかりのとおり、私の首から上の写真がありません。
どーして、顔を出さないのですかと、よく訊ねられるんです。
「えー、顔を撮られると、魂を吸いとられてしまうのですよ」
そう答えることもあります。
「実は、私の信仰している宗教で、写真で顔を晒すことは、深く禁じられているのですよ。どんな宗教かって?それは聞かないでください」
しらじらしい顔で、そう答えたり。
ま、そのときの気分で、答えることはコロコロ変わります。
基本的に、自分の顔が好きではありません。
自分が嫌いなものを人前に晒すことは、犯罪だと思っています。
誰が、ノートルダム寺院のカジモドみたいな顔を喜んでみてくれるでしょう。
乱杭歯で皺だらけの卑しい笑いを浮かべる男を見せても、著書の売り上げに結びつかないはずです。
ましてや、ある作風で小説を書くときには、リリシズム溢れる印象を与えるように思いめぐらせています。
ところが、私は、リリカルとは縁遠い顔をしているのです。
読者が作者に抱くイメージを破壊してはいけない!真剣にそう思います。だったら顔を見せるべきでない!
おかげで、テレビにも出演しません。カジシンCINEMEMAでは、人形たちに代わりに出演して頂いています。
結果的に、私のところへ回ってきたかもしれない仕事(割と、エッセイ系の場合)が、キャンセルになってしまうことも多いですね。顔写真とセットという注文だったりすると、てきめんです。
「えっ。このシリーズは、筆者の顔を文と一緒に大きく写真で出すんです。そうなんですか?困りましたねぇ。どうしても駄目なんです?今回だけ特別というわけにはいきませんか?」
一つのところだけOKを出してしまうと、その後、頼まれたときに断れなくなってしまいます。
「なんで、あそこだけ写真がよくて、ウチの方は駄目なんですかねぇ」
そう言われるのが、目に見えています。だから仕事が消えても、写真お断りで通すことにしています。
「どうしても写真だめなんですか?」
「ええ。代わりに百鬼丸に描いてもらってる似顔絵を出していただくことにしていますが。それではいけませんか?」
さわりがないように、そのような代替案もちゃんと呈示します。
百鬼丸はイラストレーターの薬剤師さんで、もうかれこれ二十数年コンビを組んでいます。私のイメージは百鬼丸の二等身の似顔絵だという方もたくさんいらっしゃいます。
で、相手の注文先の担当さんは、そこで、
「では内部で、もう一度検討してご連絡することにいたします」ということになります。
これで八割方、次の連絡は入ってきません。それは、それで、かまいません。
熊本弁で「つらもたず」という表現があります。私が、そうなのだろうなぁと思います。標準語に直訳すれば、「シャイ」とか「恥ずかしがりや」にニュアンスに近いが、完全に同じというわけではありません。「ひきこもり」のニュアンスもちょっぴり入っているかなぁ。
分析してみました。
一番の恐怖は、これでしょう。
自分の顔写真を公表したとき。
「自分は相手のことを知らないのに、相手は自分のことを知っている」
これは怖い。芸能人やらテレビに顔を出しておられる方は、日常茶飯事で何とも思っておられないかもしれないが…すごいなぁ、と尊敬してしまいます。
私には、そんな度胸はありません。
「あっ、車が来ないから、赤信号でも走って渡っちまおう」
なんてこと、やってたら「ああ、作家の梶尾さんが、信号無視して渡ってるワ!」と後ろ指を指されるのも厭だなぁと、思うのです。
自意識過剰なのかもしれませんが、そんなわけで、顔を見せませんので、勝手にご想像いただければ幸いです。
あ、もう一つ言い訳を思いついた。
「誘拐されたくはありませーん!」

第25回「楽しいことランキング」

原稿を、ちまちま書いているというのは、ストレスが溜まるものなのです。
ゴールはずいぶんと先で、しかも、自分で書いていることが読者の方から見て面白いのかどうかもよくわからない。迷いに迷いながら原稿の枡目を埋めていく。
これが、歌手や演奏家や演劇の方だったら、目の前で観客の方々から即、反応を得られるのに……エエなぁ……と思ったり。
書き上げても読者の方から反応がすぐにあるわけではなし。ウツウツと仕事をします。
で、極限まで、ウツウツが来ちまったら、楽しいことを考えようとするわけです。
だから、この仕事をやっていての楽しいランキングを書いておこうかな。
では、
「モノ書きやっていて、楽しいことランキング」

■第十位 長編の書き出し二十枚目
やっと、物語が始まるかなというところ。書きたいことが、書き出せるあたりです。
別に楽しくはありません
■第九位 電話で執筆依頼が入る
ま、これからの苦労の前奏なのですが、私は脳天気なので、注文を受けているときは、
いかにも天才が大傑作を書きます!といった応対をしています
■第八位 クライマックスを執筆しているとき
ああ、これで解放される!という思いと、脳内にエンドルフィンが分泌されたような多幸状態で
あります。ま、これくらいの勢いでないと、おかしくって書き上げられません
■第七位 原稿料・印税が振り込まれたとき
これは、言わずもがなでしょう。嬉しくないやつが、どこにいる
■第六位 増刷のお知らせ
こんなに嬉しいお知らせがあるでしょうか?だって、働かなくても入ってくるんですよ。
不肖の息子が旅に出て仕送りしてくれたような気分になります
■第五位 自分の原稿が一冊の本になったとき
これは、初めて本を出したときから、ずっと私にとって変わらない嬉しいことです。
しばらくは、自分の本を仏壇にあげておくほどです
■第四位 長編を脱稿したとき
このときのお酒は本当においしい。町内を駆け回りたくなるほどです。ただし、虚脱感に
襲われて、しばらく何もできない状態になることも、しばしばですが
■第三位 完成して、担当編集さんと打ち上げ!
このときは、売れるか売れないかは未知数ですが、とにかく発売日を前に、気分が高揚
しています。あまり、後ろ向きな考えをしない性格なので、とことん楽しみます
■第二位 ファンの方から、お褒めの言葉を頂いたとき
編集部気付でそんなお手紙を貰ったりすると、やはり喜んでしまいます。何よりも、ファンの
方の「おもしろかった」の一言は、心の支えです
■第一位 ノーベル賞を貰って、出す本ことごとくベストセラー!
地中海で美女を侍らせて、うまい酒を飲む
これは、まだ実現しておりませんが……。まぁ、例によってたわけの妄想という風にお考え頂けれ
ばと思います

と、読み直してみたら、何となく自分で情けなくなってしまったぞ。
次は嫌なことランキングかと考えたら……これはベスト30でも書き尽くせないのですよ。
こちらは、書いていたら、どん底まで落ち込んでしまうな!

第24回「時を超える話」

10月に新刊「つばき、時跳び」(平凡社)を出しました。私が今まで書いたタイムトラベルものでは、一番長い物語です。
現代の若者のところへ、幕末に生きる女性つばきが突然現れます。それから二人は恋に落ちるのですが、彼女は元の幕末の時代に引き戻されてしまいます。何とか彼女に会いたい若者は、つばきが現代に現れた法則を探って過去への旅行を試みる・・・。
そんな物語で、この後いろんな出来事が待ち受けるという仕掛けになっています。
この物語は、二年と少しをかけて書いた話ですが、十分に楽しんで書けたなぁと考えています。
舞台が想像しやすいように、熊本を選びました。だから、幕末を熊本で生きた生き人形師の松本喜三郎や、思想家横井小楠などもエピソードで使いました。
楽しんで書けたというのには、理由があります。
私は、時間を超える話が大好きなのです。それも、過去に旅する話が。
人には、絶対に克服できないものがいくつか存在しますが、その一つが「時間」です。時は過去から未来へと大きな川の流れのように進んでいきます。決して逆流することはありません。
だから、時の流れの中で生きる人々は、過去を後悔し、過去のおもいでに浸りながら生きていくのです。
もし、時を超える方法があれば、やり直したいこと、心の中でわだかまっていることを修正するために旅立つかも知れません。
ただ、因果の問題があります。過去の出来事を変化させれば、その変化がさまざまな出来事に影響を与え、現在が変化してしまう可能性が出てきます。これをタイムパラドクスというのですが、上手くかいくぐらないと、大変なことが起こるわけで、そこで、新たな物語が生まれてくるわけです。
これまでも、私は「クロノス・ジョウンターの伝説」のシリーズや「未来のおもいで」などの時間ものを書いてきましたが、物語を語る原稿枚数の関係で、プロット先行の語りになっていたという反省をしていました。
今度、時間ものを書くときは、過去の女性と現代の男性が、ゆったりと心を触れあわせるような描写をやって、まったり話を進めていきたい。
タイムパラドックスの問題はとりあえず置いといて。そんなことを、考えていました。
ヒントを与えてくれたのは、私が住んでいる古い家です。
幕末からあるという、我が家「百椿庵」に私が住み始めたのは、幼稚園の頃からです細川家の家来の家だったものを祖父が買い取って住むようになったのです。
子供の頃は、その古い家は不気味に感じられました。祖母や母は、女の幽霊を目撃したことを日常のように語っていました。
もし、この古い日本家屋が「時を超える装置」だったら。その目撃される女の幽霊が、過去の女性だったら。
それが、今回の長編を書いてみようという動機づけになったわけです。
現在は、台風十九号の後、家を大改修してからは、女の幽霊が目撃されることはなくなりましたが、結果的には、私に(遭ったことはありませんが)モチーフを与えてくれたことになります。
ですから、書き上がったお話に出てくる家屋の構造は、全く我が家と同じ構造で描いています。その点で言えば小説に登場する「百椿庵」には、全く嘘がないなと、考えてしまいます。
もし、皆さんが、「つばき、時跳び」を手に取られることがあれば、そのような点にも注意して読んで頂ければ、著者としては嬉しいのですが。

第23回「たわけの食卓」

これは珍味!という食べ物で何を連想しますか?
フォアグラ、トリュフ、からすみ、フカヒレ、熊の手、‥‥といろいろ思いつくのですが、私的に真っ先に思いつくのが、‥‥キャビアです。
初めて食べたのは、飛行機の中。で、エコノミークラスでヨーロッパへ飛んでいこうというとき、なぜか私の席に先客が。ダブルブッキングだったのです。それで、スッチーに案内されたのが、“ファーストクラス”。そこでは、さまざまな無料サービスが受けられて王様気分になれるのですが、食前に出されたのが、キャビアだったのです。
真っ黒で小さな粒々。薄切りパンの上に微塵切りした茹で卵とオニオンを乗せ、キャビアをこってりと盛り、レモンをちょいとかけていただきました。飲み物はシャンパンです。いやぁ、うまかった。
こうしてキャビアは、私の好ましいおもいでの一つとして脳裏にしまい込まれました。

その後、高級食材店などで販売されているキャビアを見たりもしたのですが、あまりの高額な値札に圧倒されて、とても手が出なかったのです。一瓶が一万円!!
でも、キャビアに関する知識は、それから徐々に私の中で蓄積されていきました。キャビアはチョウザメの卵であること。カスピ海が産地であること‥‥ああ、もう一度心ゆくまでキャビアを食べてみたい。
さて、数十年が経過して、奇跡が起こりました。
モンゴルから帰国された方が、キャビアを持ち帰ったから、食べてくださいと。なんでもモンゴルではキャビアが安価で手にはいるらしい。だから、ドカーンと購入されて!
行きつけの店で何人かで食してみました。うわぁ、とにかく食べきれないほどのキャビアです。
まず、スプーンですくって食べる。うまい。この味、この味。なんと数十年前のファーストクラスの頃にタイムトリップ。正統なキャビアの味わい方です。
よく見ると、黒に近い濃緑色。しかも粒が大きい。上物なのであります。
誰かが「キャビアで茶漬けをやってみよう。本で読んだことあるから」と言い出しました。
「こんなときじゃないと、やれない」
炊きたてのご飯の上に、キャビアをてんこ盛りしてお茶をかけます。「もっとキャビアを足さないと淋しいかな」キャビアを足します。
うまい!キャビアの茶漬けがうまいというのは真実だった。黙々とかきこみました。
でも‥‥、箸を置いて思いました。これって値段をつけるとすれば、いくらかかるのだろう。一万円の茶漬け?
ところが、まだ、キャビアがあるんです。
「オムレツにしよう」
半熟状のプレーンオムレツの中に、またしてもキャビアをてんこ盛り。うわぁ、絶品だぁ、珍味だぁ。ベロがバチあたり。
皆、会話もなくホムホム食べました。こんなオムレツ、これから一生食えないだろうなと考えながら。
それでも、まだ、あるんです。
「よし、もっと、たわけた食べ方をしよう」
まだ、炊きたてのご飯があります。それでおにぎりを作る!しかも中味はたっぷりのキャビア。贅沢この上なしです。
これも。珍味。でした!!!
「いくらのおにぎりよりウマイ」と誰かが。
とにかく、キャビアだけで満腹した初めての体験でした。まさに、バチあたりのたわけの宴です。真剣に、終末が来そうな気がしたほどです。至福。

第22回「エマノンのこと」

昔は、短編SFばかり書いていました。というのも、他にも仕事を持っていて執筆時間が限定されていたから、そうせざるを得なかったのです。早朝5時くらいから6時半まで毎日、3枚前後を書いて出社するという繰り返しです。仕事で夜が遅くなると、当然、翌日の執筆にも影響が出ます。そういうことで月に60枚くらいの執筆量でした。私もせっかちで移り気なので、月に1作生産で、翌月には、全く印象の異なる話を書きたくなるのです。
そんな執筆ペースの中で、あるとき思いついたのが、<地球に生命が発生して以来の記憶を全て受け継いでいく人>というアイデアです。それで書いたのが「おもいでエマノン」という50枚ほどの短編です。生まれた女性に世代の記憶が次々に積み増やされていきます。だから、40数億年分の原生動物だった世代からの進化の流れを全て体験し、記憶している女性という設定です。これは、書いていてかなり辛い設定だなと、感じてしまいました。エマノンという女性の名前は、ノーネームの逆さ綴りからとりました。

この作品はSFアドベンチャーという雑誌に掲載されましたが、編集さんからめちゃくちゃ気に入って頂いたのです。あんなキャラクターは、絶対読者の共感を得るから、シリーズになりませんか?と。
私は、おだてに弱い人間なので、いい気になって「ああ、いいですよ。やってみましょう」と安請け合いをしてしまいました。
それから、エマノンシリーズがスタートしたというわけです。
シリーズというとマンネリとすぐ連想してしまう自分がいるので、物語のフォーマットは、決めない、‥‥というより、毎回変えてしまおうとだけは決意しました。でも、第1作で描写したエマノンのイメージだけは踏襲していこうと。
長く伸びた黒髪。異国風の顔立ちで、少々そばかすあり。口には両切りのタバコを咥えている。洗いざらしのジーンズと粗編みの白っぽいセーターを身につけている。荷物は、でっかいE・Nのイニシャルのついたナップサックをひとつだけ。
評判が良かったので、その時期10作以上を書いたのかな。その作品は連作集「おもいでエマノン」「さすらいエマノン」となりました。それで、一応、私の中ではエマノンはピリオドを打ったつもりでいたのですが。
それから、10数年の時が流れて、21世紀に入ろうかという年に、またしても。
「エマノンの新作を書いてくださいませんか」
もう、何もエマノンに関してはアイデアはありませんとお断りしましたが、結局、おだてられて木に登って‥‥エマノンの新作を書いてしまいました。その作品が星雲賞を頂き、いい気になって「かりそめエマノン」「まろうどエマノン」という中編を出してしまうことに。
さて、エマノンの縁は、まだ続きます。
最近のイラストは、鶴田謙二さんが描いておられます。この方、エマノンにすごい惚れ込んで頂き、とても魅力的に描いて頂くのです。
そんな鶴田さんの画で、9月にエマノンがコミック化されます。コミック雑誌「RYU」(徳間書店)に掲載予定です。
そして、そして、またしても「エマノン」を私自身が書いてしまうことに。
梅雨半ばのこと。異形コレクションの編集から依頼。今度のアンソロジー「進化論」(光文社文庫)にエマノン新作を書いてくださいと。書いちゃいました。もうアイデアはないと思っていたのに。まだエマノンと縁は切れそうにありません。

第21回「SF合宿で『待宵』」

私は、日本SF作家クラブなる団体に入っております。SF作家の仲良しクラブみたいな性格の会で、親睦が主たる目的。カルテルみたいな機能はありません。
年二回程度、東京で総会があるのですが、私は熊本在住。熊本で仕事をしている関係上、日本SF作家クラブの会には、ほとんど出たことがありませんでした。
ところが、今回、長野県の小諸市というところで、日本SF作家クラブの温泉合宿という企画があり、案内が届いたのです。ふだん失礼していることもあり「温泉か‥‥いいなぁ」と発作的に参加を表明してしまいました。でも、ちょっと怖い。ふだん参加していないので、どんなキャラクターの作家さんが来るのかわからないんでねぇ。小心者としては、おっかなびっくりでありますよ。おまけに、「合宿」とあるからには‥‥。

何やら、予期せぬサプライズが仕掛けられているのではないかという不安もありました。
夜中に叩き起こされて、マラソンさせられながらSFのアイデアを考えさせられたり、グループ毎に、それぞれ自著の自己批判をさせられたりするのではないかなぁと。
しかし、熊本から小諸は遠かった。羽田を経由して小諸へ。朝立ったのに、着いたのが夕方五時でしたから。
会場は「川棚荘」という島崎藤村ゆかりの鄙びた宿。到着しただけで疲れがどっと出てしまいました。
宴会が始まり、そのそうそうたる顔ぶれに仰天しました。小松左京、筒井康隆両御大が出席しておられる。
いや、熊本にいると、ほとんどナマ作家さんと縁がないので、私も単なるミーハーSFファンに戻ってしまい、嬉しくて浮かれてしまうのでありました。
谷甲州SF作家クラブ会長の挨拶も、両御大を前にして緊張気味です。小松御大は七月公開の「日本沈没」の大宣伝。続いて、筒井御大は自著「日本以外全部沈没」(秋公開だそうです。なんと一週間で撮り終えたらしい)の映画化エピソードで全員爆笑。
いやぁ、なごやかな笑いの絶えない宴会です。筒井御大は、持ち込んだ長さ50センチはあろうかという巨大葉巻に火を着け、喫煙者であろうがなかろうが回し吸い。まるで、ネィティブアメリカンが兄弟の契りを交わす儀式の体でありました。
そこで、皆、ビールからセカンドドリンクへ。注文は圧倒的に芋焼酎が多い。東京の人たちには、芋焼酎が浸透しているんですね。
私、持ち込んでいたものを取り出し、芋焼酎を注文した方々にお注ぎしました。
熊本空港で準備した「待宵」です。
ま、ほとんど無理強いしたわけです。銘柄言わずに「黙って飲んでみて下さい」って感じで。
SF作家クラブの男性、ほぼ全員が試飲。筒井御大が「うまいよ、これ!何というの?」「熊本の米焼酎です。まだ、熊本県外では、販売されていないんですよ」
そう説明すると、ホォーッとボトルをしげしげと眺めておられました。
これで、私、ポイント稼げたね!
その後、ほぼ全員が小松御大の部屋に潜り込んで馬鹿話。SF作家の話って、高尚かと思われるかもしれませんが、決してそんなことはないんです。
SFファンの中学生がやってるホラ話とほとんど差はなく、くだらない駄洒落から、文明論、マンガの話、映画の話と、午前二時まで盛り上がったのでした。
持ち込んだ「待宵」、全部空になっちゃった。

第20回「カジシンCINEMA」

今月から、コンテンツ変更で、こんな形になります。よろしくお願いします。

映画大好きな人なのです。子供の頃から。昨年、数えてみたら、二百三十本観た計算になります。もちろん劇場で。
私は熊本に住んでいるのですが、シネコンが増えたとはいえ、まだ公開される映画は、中央に比較して圧倒的に少ない。そんな熊本で、公開されない映画、あるいは中央でも公開されない傑作を観るには、ビデオやDVDを待つしかありません。
今、私は、高橋酒造さんの提供で、「カジシンCINEMA」(毎週金曜、夜十時五十四分から十一時まで)なる番組を、熊本県民テレビ(KKT)でやらせて頂いております。これは、映画情報番組なのですが、他には全く無かった映画情報を提供しようという野望を持ってスタートさせました。
いくつかコンセプトを設けました。
月一回は、劇場公開される映画の紹介。ただし、宣伝が行き届いている映画は無視。ひっそりと公開されようとしていても、私が佳作と認め、かつ私好みの作品であること。必ず、自分の目でその作品を確認したもの以外は紹介しません。
残りの回は、熊本で公開されなかった傑作、珍作、怪作で、ビデオ化・DVD化されたものの紹介。しかも、私のフィーリングにぴったり合わないと駄目。そのため、レンタルビデオ屋に日参して劇場と同じくらいソフトを観まくります。正直、ビデオスルーの七割方は箸にも棒にもかからないクズ映画であることが多いのですが、二割くらいは、ハッとするような傑作や、一場面くらいは「やるじゃない!」と叫びたくなるような作品があったりするものです。SF作家のシオドア・スタージョンが言い始めた法則があります。
「すべての小説の九十パーセントはクズである」(そうか!じゃあ、これまで書いた小説の十倍愚作を書いても許されるのか!と思った私は脳天気なのでしょうか?)
スタージョンの法則というのですが、それからすると、三割ほどのソフトに、価値を見いだせるというのはラッキーかもしれません。
とにかく観続けないことには、傑作には当たらない。ひどい映画のときは、苦行のような気持ちです。こんな小説は書かないようにという反面教師のつもりで観ます。だからこそ、これだという作品に当たったときの嬉しいこと。
でも、あといくつか、難関があります。たとえば、トレイ・パーカーの「チームアメリカ」を紹介しようとしたら、「十八禁」なのですね。地上波放送では、さすがにまずいだろう、いくらおもしろくても。という判断で泣く泣く見送られました。
あと、放送前にはソフトの発売元の了解をとらなくてはなりません。
番組スタート時点では、その承認がなかなかとれませんでした。
カジシンCINEMA?何だよ、わけわかんねぇこと、地方局がやって。
そんな感じだったんですが、放送開始から一年を経過した今、承認をたいへん気持ちよくやって頂けるような状況になってきました。でも、「アレ」とか「アレ」とか、まだ承認が下りなくて紹介できない、もったいない傑作があるんですよねぇ。そんな「アレ」をいずれはと、闘志を燃やしています。決して諦めたわけではなりません。
これまで紹介した作品のリストはKKTのホームページにあるのですが、そのリストをご覧になると、梶尾真治の映画の好みが見えてくるような気がするとともに、私の人となりが読み解かれそうな気もして、ちょっと怖いのですよ。
皆さんも、未公開で、こんな傑作を見たぞという映画があれば、ぜひ教えていただきたいのですが。
これからは、私も答えられる範囲でコメントに参加していこうと思っていますので、どうぞよろしく。

第19回「山江村のヤマメおじさん!」

友人数人と、山江村に山菜を採りに出かけたときのこと。
もう、数年前のことになるか…。
あるキャンプ場をベースにして、皆で手分けして山菜を採ってくることになった。
採れた山菜は、お昼にキャンプ場で天ぷらにして宴を繰り広げようという計画。
全員が八方に散り、野辺の山菜を探す。
集合時間だけを決めておく。その時間に集合して、どの程度の獲物が集まるかで、料理の内容が決まるというアバウトなもの。

私も、ふらふらとあたりを見ながら畦道を歩く。山藤の花くらいを集めるのが関の山。イタドリとかはあるが酸っぱいし、ヨモギくらいか……と溜息が出る。
ヤマメの養殖場があるが、その近くから山道に入ってみた。
やはり、この時期の山菜の王様はタラの芽だよな。
そう考えながら。
だが、歩きはじめてわかった。
甘いもんじゃない。タラの木は山道沿いに点々とあるのだが、なんと、その先端に芽は付いていない。
先客が、早々とタラの芽をゲットした後のようだった。
ゲッソリした。藪の奥まで入ってみたが、同様に、タラの芽は、キレイに採られたものばかりだった。
数日の差だったのだろう。私は先客に考えつく限りの呪いの言葉を吐きかけて、キャンプ場へ戻った。
他の仲間たちも〝坊主〟である。
山藤とヨモギと、少々コシアブラとワラビ。それが、全収穫であった。
「これじゃ、酒の肴にならないよ」
と、いうことになった。
「そう言えば、ヤマメの養殖場があったから、買ってきて食べようか!」
私が言い出し、そうしようと三人で買い出しに出かける。
ヤマメ養殖場に到着。
だが、誰もいないのだ。ヤマメを勝手に持って行くわけにはいかないなと、途方に暮れていたら、道の向こうからトラックが走ってきた。
眼鏡のおじいさんが一人乗っている。手を振ると止まってくれた。
「あのー。ヤマメを買いたいんですが、ここの人いないんで、どうすれば買えるでしょう」
するとおじいさんが、「あーうちも、この向こうでヤマメやってるから分けてやってええよ」
軽トラックの荷台に乗って十分ほど走り、斜面を登ったところに養魚場があった。
「何匹ね?」
「五人だから五匹ほど」
おじいさんが、水槽のヤマメをすくい始める。
「おい!」
友人が水槽横の斜面を指差す。
そこにタラの木が……。立派な芽が付いた。
「あの!あの!おじいさん」
「何ね!すぐすくうけん待っときなっせ」
「あのタラの芽……採っていいですか?」
おじいさんは、作業をやめて「あ……五人分持っていきなっせ。まだ、あるばってん、少しは残しとかなんけん」
「はいっ!はいっ!」
おじいさんのヤマメすくいの横で、私たちは肩車でタラの芽を集める。大喜びだ。
大逆転の山菜採り。タラの芽があるとなしでは、かくも豪華さが変わるものか。ヤマメも信じられないほど格安にして、何と、軽トラックでおじいさん、キャンプ場まで送ってくれたのだ。
おじいさんのおかげで忘れられない山菜採りになりました。
でも、今でもおじいさんのヤマメすくいと斜面の肩車でタラの芽採りのイメージがセットで出てくると、すごく楽しい気分になるんだよなぁ。

第18回「大畑(おこば)梅園のハルシメジ」

大畑梅園をご存じだろうか?
人吉のはずれ。国道二二一号線をえびの市方面に南下すると大畑梅園の表示がある。
なんと、そこには五千本の梅の木が植えられている。
二月下旬から三月上旬は多数の観光客が訪れるそうである。

で、なぜ、大畑梅園かというと、私は大のキノコ好きなのである。
あっ、話が見えないと思うのでもっと詳細に語ります。

私は熊本市内に住んでいるが、春になると、このハルシメジを探し回る。
で、ハルシメジがどこに発生するかというと、果樹園や野バラが生えた土中からなのだ。梨や桃やリンゴなどの果樹園で発生するそうだが、一番確率高く見つけることができるのは、……そう……。
梅園!
梅の木の下である!!
だが、梅園を探し出して数十本の木の下から採れるのは、うまくいって二十本そこらのハルシメジ。
このハルシメジ。とにかく歯ごたえが良くてシャキシャキしている。天ぷらはついでに採ってきたタラの芽と一緒に。お塩をぱらりと振りかけると、酒に合う。油と炒めて相性がいいので、スペイン料理のパエリアにも、オリーブオイルで炒めて混ぜ込むと、見事な調和を発揮する。味噌汁にも……と欲深に考えていると、この程度のハルシメジじゃ足りないよなぁということになる。
もっと大量のハルシメジをゲットしたい!
そのためには、でっかーい梅園に行く必要がある。そうすれば心置きなくハルシメジ料理をフルコースで堪能できるのだぁ。
そんな、でっかーい梅園はないものかと探していたときに、ひょんなことから人吉大畑梅園の存在を知った。
まず、聞いたのは五千本の梅の木が高台に植えられているということだ。それが本当だとすれば、そこはハルシメジの山だということになる。
その名も人吉大畑梅園。
もし、その情報が真実ならば、どれくらいのハルシメジが採れるものだろうか。
籠いっぱい!
いや、そんな生やさしいものではないはずだ。ひょっとすれば、車のトランクからキノコが溢れる状態になるほど採れるかもしれない。そしたら天ぷらだろうが炒めものだろうが食べ放題ではないか!
その状況を想像して高笑いがでた。
行かずになるものか。
その年、桜満開の時期を迎えた頃、はやる心をなだめすかして、高速で人吉へ向かう。もちろん、前日に熊本市内の小さな梅園で数本のハルシメジを確認している。
時期に間違いはないはずだった。
高速を降りて、えびの方面へ向かう。標識に従って右折し、しばらく坂を登ると……。
震えがきた。視界一面、梅の木だ。
もちろん、すでに花々は散り終えているが、目的は、あの木々の下で私に採ってもらうのを待っている、いたいけなハルシメジたちなのだから。
広い駐車場は、がらーんと空いている。他に人の気配はない。キノコ籠とはさみを持つと、私は梅林に向かって駆け上っていった。
下草はあまりない。いいコンディションだと歩道から梅林に飛び込んだ。
歩く。歩く。歩く。
歩けども…歩けども…おかしい。ここには、一本のハルシメジもないのだ。生えてきた形跡もない。おかしい。これだけ梅の木があるのだ。斜面によって違うのか?
他の向きの斜面に登る。
そこにもない。……そんなはずは……。せめて…一本でも。
数時間、しつこく歩き回ったが、大畑梅園では、一本のハルシメジも見つけることができなかった。はるばる遠征してきたのに…。
これは、何かの陰謀なのか?これだけの梅林に一本も存在しないなんて……。
トホホだよ。それでも、しばらく探索を続けるが徒労。
諦めて、人吉を去る。これほど落ちこんだ時も、私のキノコ人生では無い。このままでは、不幸すぎる……。
大畑梅園のバカヤロー!!

熊本に帰り、家の近くの梅林をのぞいた。
なんと、私を不憫に思ったのか、昨日はなかったハルシメジが三十本ほど待っていてくれたのだ。