第47回「脳内誤変換」

一日中、部屋に籠もりっぱなしで仕事をしていると、一言も会話をしないまま夕方を迎えているということもある。
このままでは、動物園の檻の中の獣とあまり変わりはないなあ、と考えてしまう。
人間らしい営みをやってないもんね。
その証拠に、編集さんから電話を貰ったときなぞ「どうしたんですか?」と訊ねられてしまうことも。
声をまったく発しないで、黙々と仕事を続けているので、電話の声が自分でコントロールできずに、とんでもない調子っぱずれの声になってしまったりしているらしい。それを聞いた編集さんは、いつもの私の声と違うと吃驚されるのだろう。
時々は、ひとりごとでも言いながら執筆したりすればいいのかもしれないが、そんな習癖は私にはないし、本屋なぞで、ひとりごとを言いながら立ち読みしている人を見かけると気持ち悪くなって、ああはならないようにしようと自分に言い聞かせる方だし。
書いている台詞を自分で言いながら書いているところを誰かに見られたら、恥ずかしいかな、と考える方だから。
とにかく、一人で籠もっているのが、良くないと自覚はしているのだ。

このように他人と接しない日常を送っていると、だんだん頭の中が誤変換を起こしやすくなってくる。妄想を組み立てつつ小説にしていく作業なので、特にそんなことが起こりやすいらしい。
たまに、パーティとかに呼ばれていくと、頭の中がパニック状態に陥るので、できるだけ速く逃げ出すようにしている。
必死で耐えながら、他の方と話していると、失敗をしでかすことが多い。言わなくてもいいことを言って後悔したり、相手の方を他の誰かと勘違いして頓珍漢な会話を交わしたり。
この間なんか、相手の方が、「いや、この前、スエーデンから帰ってきたばかりでして」と仰ったので私は、何を脳がショートしたのかわからないけれど、「ヘェ。それじゃ、向こうではヴァイキング料理ばかり食べておられたのですか?」と言ってしまった。
ジョークだと思ってくれる筈もなく、相手の方は「?」という表情になり、間の悪い雰囲気がたちこめたのである。
脳内誤変換が、とにかく増えたと思う今日この頃。
郵便ポストに原稿を出しに行った帰りに、駐車されている軽トラックに書かれている文字を見て、「エロノ山ってなんだ?」と立ち止まってしまったり。
「山ノ口工務店」を部分的に逆に読んでしまって、脳内誤変換を起こしたに過ぎないのであるが。
時折り、仕事場でラジオを聞いてみたらどうだろう、と、試してみる。二時間に一度くらいだけ。
ずっと聞いていたら仕事にならないし。
ローカルニュースをやっていた。
「昨日、熊本城に死臭愛好家が集い、秋の一日、存分に死臭を楽しみました……」と流れる。
私の脳内イメージ。
本丸の下の広場に、ズラリと死体が並べられ、着飾ったセレブな死臭愛好家たちが、くんくん臭いを嗅ぎながら、そぞろ歩いている図。
「いやあ。この、まったりとした腐敗臭が、なんともこたえられませんなぁ」
「今日は、先週亡くなった、うちの主人も展示されてますのよ。おほほほほ」
離れたお茶席の横の松の木には、よくなついたゾンビも繋がれていて愛嬌を振りまいていたり。
ニュースは続く。
「―今回は、熊本の風景を題材に製作された刺繍が多く、特に阿蘇の雄大さを表現した作品は……」
そこで、ふと私は現実に戻る。
あ、やっぱり何やっても、私は、少し誤変換が多すぎるのだと、落ち込んでしまう。
どうも、一日中部屋に籠もっていることが問題ではなくて、脳そのものが、変な具合に短絡してしまっているのかもしれない。
ちょっと怖い。

第46回「穂足のチカラ」

かつて、「黄泉がえり」というお話を新聞連載したことがあったのですが、これは、週一回に十枚掲載というサイクルで書いておりました。だから週間連載のイメージだったのです。
で、この前、連載を終了した「穂足のチカラ」ですが、これは、毎日三枚掲載で、三百回とのお約束でスタートしました。いわゆる昔からの正統的な新聞小説の連載スタイルです。だから、連載新聞小説は、これが初めての体験になったといえるでしょう。
とにかく、九百枚の枠組の話と言うことで構想を練りました。念頭に置いたのは、さまざまな年齢層の人たち、小学校高学年から、お年寄りの方まで面白がってくれる話である、ということでした。
そのためには、読者のひとり一人が話を身近に感じられるように、登場する海野家の人々を平均的な家族にして、一人づつを群像劇のように描いていこう、と決めました。そして、何よりも、物語ですが、これは、まだ書いたことのないテーマで、一度は書いてみたいと思っていたものです。
「常にストックが七十枚あると、編集側としては、楽です。うかうかしていると、毎日連載だから、後で締切が追っかけてきますよ」
最初に、そんな助言を担当さんに頂いていたので、連載スタートまでに書いた書いた。三百枚ほどをお渡ししていたと思います。
サカイノビーさんという素敵なイラストを描かれる方を知り、その方に挿絵をお願いして頂きました。
そして、連載がスタートしたのですが‥‥。
予想外のことを体験することになります。

とにかく、書きおろしや、雑誌連載のときとちがって、毎日、新聞を読んだ方々が感想を直接話してこられるのです。しかも、物語の序盤では、登場する家族のすべてが、それぞれ言えない悩みを抱えているという設定です。
「カジオさん。毎朝、新聞読んで会社に行くのに、父親の境遇はシャレになってませんよ。辛すぎますよ。カジオさんのを読んで会社で同じような目に遭って‥‥」
「読むと胃のあたりが痛くなるじゃないですか」
悩みがリアルすぎるかな、と反省もしましたが「もうしばらく待ってください。そろそろ、とんでもない展開になりますから」と頭を下げる日々でした。
だから、連載スタート時の評判は最悪だったわけです。
少しづつ「おもしろい」とか「毎朝の楽しみになった」という感想を耳にして、ほっと胸をなでおろしたのは、海野家の中心である幼児、穂足が事故で入院したあたりからです。
執筆したものについては、大まかなストーリーの流れに変りはないものの、思えばその頃から描写する上で読者として意見を聞かせて頂いたものが、微妙な影響を与えているという気がします。
それから、もう一つ影響を受けたなぁ、と感じたのはサカイノビーさんのイラストです。これからの展開を考えるとき、サカイさんの画もセットになって思いだすのでキャラクターの描写は、服やら表情やらがサカイさんのキャラになっているのが、不思議です。
物語の中盤あたりから、連載を読んでいる人たちに会うと、「これからどうなるんだ?」という質問を受けるようになりました。これは内心、しめしめです。興味がなければ、それが気になることはない筈ですから。
「これから、こうなるんでしょう」と予想をする人まで現れました。それも、次々に。
そんなときは、「まあ、言ってみて下さいな」と。
幸いなことに一人も正解者がいません。にたっと笑って「ちがいます」もう、その頃は結末まで書き終えていましたから、「はずれです」と答えるのが、快感になっていました。それでも、皆さんが考えているさまざまなエンディングを聞かせて頂き、大変、勉強になったのは事実です。ありがとうございました。
結果的に少々延びて九四〇枚ほどになってしまったのですが、もうすぐ一冊の単行本にまとめて頂くことになりました。現在、大鉈をふるっているところです。ぜひ、その際は通してお読み頂ければなあ、と思います。
また、本作は「穂足のチカラ」の幼年篇というつもりで執筆したものです。十年後の設定を同時に考えていたので、登場人物の太郎くんの描写にそんな伏線を最後に残しています。書くタイミングが訪れるかどうか、わかりませんが、そのときは、またおつきあい頂ければと思います。

第45回「聖林再映画化パニック」

五月某日。
朝起きて、テレビのスイッチを入れると、「黄泉がえり」ハリウッド・リメイクのことが放送されていた。
話は前から進んでいたのだが、こんなこと千に三つ実現するかしないかの世界だから、黙っていたんです。眉に唾つけて。
発表になっちゃった‥‥‥。
ということは、ある程度、企画が進行していると考えていいのかな?くらいに思って。だって、進行の途中経過は、私の耳には全く入ってこないんだから仕方がない。数日前に出版社の編集さんから「近々、アメリカで正式な制作発表が、あるみたいです」と聞かされたくらい。
だから、テレビで詳細を聞いても、ぴんと来ない。主演男優候補がずらりとならぶが、「これって記者が勝手に想像しているだけじゃん。つまり、妄想じゃん」と思う。制作費が百億円を超えると知って、少し腰が抜けかけた。

仕事場に出ると、もう、その日は仕事にならなかった。テレビやら新聞やらで知った親戚やら友人、知人から電話やらメールやら。
何だか、この状況は、前にもあったなあ、と。ああ、日本SF大賞を頂いたときも、こうだったっけぇ。
とにかく、ひっきりなし。ラジオの電話インタビューに引っ張り出され、新聞の取材までも。その間にも祝いの酒を頂いたり、お花が届いたり。
そこいらでマスコミの情報が与える影響の凄まじさに気がつく。同時に、私の周囲の人々が、このニュースをどう受け取ったのかをを実感。
最初は電話で答えることにも戸惑っていたが、質問にもいくつかのパターンに分類されることに気づいてきた。
「おめでとう。カジシン、ハリウッドに行くの?」
私は、かなり映画好きだ、と自分でも思う。記録している映画日記では昨年は二百五十三本観ていた。だから、このリメイク話を頂いたとき、冗談で「条件に、原作者を撮影現場ご招待っての入れて貰って下さい」と言ったら、ホントに契約書にその一項が入っていたよ。言ってみるもんだなぁ。でも、そのときは“ファーストクラスで”の一文を言い忘れたから、奴隷船みたいなエコノミークラスかもしれないぞ。
「ま、とにかく、ご招待はあるでしょ」と答える。すると皆「俺も、ワシも、私も‥‥連れていってくれ。お茶くみでも、電話番でもマッサージ師でも名目はなんでもいいから」とか「通行人の役で、ワシを出して欲しい」
私は、そこまで知りません。
「おめでとう。これから世界のカジシンだ」
そういう人が、かなり。
でも、本人は、そんなこと全然思わないっス。仕方ないので、「“黄泉がえり”と言ったら、アホになりますって、芸をやりましょうかぁ」と答えます。
「原作料で、いくら入ったよ。おごってくれぇ」
かなり多い質問でした。
ちなみに、市内の繁華街を歩いていたら、某ホテルの支配人の方が「カジオさんカジオさん」と走り寄ってこられ、「いやあ、おめでとうございます」まではよかったけれど、右の掌をスコップの形にして「こりゃあ契約金って、ガッポガッポでしょう」とスーツの懐の中に何度も出し入れして歯茎を剥き出して笑われました。そんな人通りの多いところで。肩をすくめるしかありません。
「あの。そんなたいした額じゃありません。嘘お、という額です。何段階かの搾取フィルターがあるから。五ヶ月ほど仕事やらなくていいくらいの額ですから」と正直に答えます。
そんなの、どうだっていいだろ!誘拐されても身代金も払えないよ。
でも、ここ迄進んでも、ぽしゃる映画化の話は、随分、聞いてきたり経験したりしてきたりしたわけですよ。だから、この話が、途中で挫折し中止になっても、なんにも不思議じゃないと思うし。
それでも友人たちが、祝賀会なるものを、早々に開いてくれたりすると、私としては「嬉しいけど、ありがたいけど、‥‥知?らない」であります。
まぁ、みんな、酒を楽しく飲む理由づけに考えて頂ければと、そのくらいに。
あ、主演女優がミラ・ジョボビッチとスカーレット・ヨハンセンなら、燃えます!そのときは撮影見学中に合コンを激しく希望ですが。‥‥何か?

第44回「マンガのような出来事」

孫を連れて海に出かけたとき、ガザミを見つける。
ガザミは美味しいカニなのだが、海に来ることが珍しい孫は初めて見るらしい。
「へぇー」っと目を瞠る。
おじいちゃんとしては、孫のポイントを稼ごうと考えてガザミを握った。
「ほら、よく見てごらん。こんなでっかいハサミ。すごいだろう。用心しないと挟まれて危険だよ」
そこまでは良かったのだが、腹の部分を握ったため、私は左手の中指を挟まれてしまった。その力の強いこと。悲鳴をあげた。
やっと、ガザミを振りはらったが、大出血。挟まれたのが右手でなくて、よかった。仕事ができなくなるところだった。
危険なカニを握るかっこいいおじいちゃんは、カニに手を挟まれて涙を浮かべる間抜けなおじいちゃんの座に転落してしまった。

その出来事を家族たちと夕食時に話す。
「最近は、カニに手を挟まれてイタい痛い!って言ってる間抜けでマンガみたいな体験は聞いたことないよね。誰もしないよ」
そんな話題になりました。
そうか。私はそのとき不幸のどん底だったのに、まわりからすれば「マンガみたい」な出来事だったのか。
人の不幸は蜜の味というが、家族といえどもいかに薄情なものか、身に染みました。みじめです。
その話題は、それでつきることなく「マンガみたい」な出来事が語られ始めます。
「あと、匹敵するのは、すっぽんに指を噛まれる、くらいかなぁ」
「すっぽんなんて、どこにいるんだ。それに指を噛まれる確率なんてゼロに等しいぞ」
「だからマンガなんだよ。カニに指を挟まれることも、そうそうないから」
「そうか」
「あとは、採ってきたキノコを食べてゲラゲラ笑い出すっていうのも、マンガだよね」
ちょっと押し黙る。それが、私に対する当てこすりであることは明白だからだ。
私の趣味の一つは山を歩いてキノコを採ることである。ちなみに、家族は私が採ってきたキノコを胡散臭い目で見るのが常である。どんなキノコなのやらという目である。
あわてて話題を変える。
「そ、そうだなぁ。ベンチに座った後に、風に飛ばされてベンチの横に“ペンキ塗りたて”の貼り紙が落ちている‥‥というのも、マンガ的だぞ。最近見ないだろ」
皆がうなずく。
「歩いていたら、バナナの皮で足を滑らせてひっくり返る、というのも見ないねぇ。あれも昔は、マンガでよくあっていたからねぇ。それから、猫が魚をくわえて逃げるのをホウキ持って追いかけるの」という母は、たぶんサザエさん妄想がはいっているのかな、と思う。
 けっこう、話題として盛り上がるなぁ、と思う。そんな話をやりつつも私のカニに挟まれた指は痛み続けていたのだが。
そのときは、口にしなかったのだが、「あっ、寝過ごしたあっ」と飛び起きて口にパンをくわえて制服を着ながら「遅刻、遅刻」と走ってくる、美少女だがそそっかしい女子高生と街角でぶつかる‥‥という体験もマンガ的でよろしいな等と思ったりもするのだが。
他にないのかな、マンガの中ではよく見かけるのだが、現実にはなかなか出会わないような出来事が。
そんな話題を酒の席で出すと、けっこう盛り上がることもわかった。
「雪道で転げると、だんだん雪だるまになって、坂道を転がっていきますねぇ」
うん。それはマンガでよく見た記憶があるけれど、現実には起こりえない話でしょう。現実に目の前で起こって、マンガでもよくあるよなぁ、と思いあたる出来事に限ります。
「コンタクトレンズを落とした友人のために皆で地面にはいつくばって探しましたよ。こんなのマンガでありませんでしたっけ」
私も経験あるけれど、マンガの中で読んだ記憶はないなぁ。でも、この体験だけは誰もが、一度や二度は心当たりがあるようでした。
皆さんも「マンガのような」出来事って体験したことは、ありませんか?

第43回「もちっ娘を頂く」

今回は久々に、人吉ネタです。
「モチッコって知ってますか?」
突然、そう訊ねられたとき、正直ぴんと来ませんでした。
餅のことだろうか?泥鰌っコ、鮒っコを連想しました。
「平仮名でもちと書いて、娘という字を書いて、もちっ娘というんですが」
私としては初耳である。
「もちに娘ですか?知りません」
そのとき、どじょうっこ、ふなっこから、私の想像世界では、露天風呂に入っている餅肌の娘さんに変化しておりました。
「和菓子ですかねぇ。先日、人吉に行ったときに土産で持たされたんですよ。帰って、食べてみたら、ちょっと変わってて、けっこうおいしいんですよ。カジオさんは、知ってるかなと思ったんで」
「甘いんですか?甘いのは苦手だなぁ」と答えつつ、母親のことを思い出した。
うちの老母は餡の入ったお菓子に目がないのである。数日、餡ものの菓子がないと、禁断症状を起こしそうになるので、取材に出かけたり、山歩きしたりの帰りに、その土地の甘いものを土産に買って帰るほどなのである。
ひょっとしたら、母親も気に入るかもしれない。
「そんなにおいしいものなら……母は餡子に目がないので、人吉に行くことがあったら、買ってきてくれませんか?」
「いいですよ」
それから数ヶ月の時が流れ、「もちっ娘」のことなんか頭から忘れてしまった頃のこと。
「カジオさん。先日、人吉に行く用事があったので、例のもちっ娘、買ってきましたよ」
早速、もちっ娘なるものを頂く。
「よく覚えていてくれましたねぇ」
「ええ。私も、最近もちっ娘のことを思いだしていて、しばらく食べてないなぁ。今度人吉に行ったら……と思っていたんですよ。あ、冷蔵庫に入れておいて、食べるぶんだけレンジでチンすれば、保存ができますから」
持ち帰って、母に渡した。翌日、母に訊ねられる。
「あれって、どこに売ってるんだい?」
「え、人吉らしいよ。食べたの?」
「ああ。黒餡と白餡を一つづつ食べた。おいしいよ。人吉なら、ちょっと買ってきてもらうわけにはいかないねぇ」
そこで、やっと私はもちっ娘なるものを自分の目で、初めて見たわけです。
それだけ母親が絶賛するものならば。
中には、太鼓の姿をした白とピンクの餅状のものが。
食べてみました。たしかに餅だけど、餅とも違った食感。中の餡も上品な味。
できたてなら、もっとおいしいかなぁ。いや、これまでありそうでなかった和
菓子であります。
素朴で、どこか懐かしい味の。
人吉に、こんなおいしい餅があったなんて。ちょっと嬉しいショックでした。
お礼の電話をする。
「そうですか。私がもちっ娘の話をしたわけが、わかったでしょう?実は、黒餡と白餡と、もう一つ抹茶餡というのがあるんですよ。これも、おいしい!でも、先日は売り切れていたんですよ」
帰宅して、このことを母に話す。すると、母の反応はこうだ。
「そうかい。抹茶餡もあるのかい。それは食べてみたいものだねぇ。しかし、人吉は遠いねぇ」
「そのうちに、人吉に行く用事があったら、買ってくるよ」
結局、まだ人吉に行けないままである。
九日町のなかやというお店だとは、わかっているのだが……。
なんとなく、宿題をやり残したような気分で、先日、夢を見た。
広大な工場で、何故かシルクハットをかぶったジョニー・ディップが出てきて、もちっ娘の製造現場を案内してくれるのだ。
で、作っているのは、もち肌の、全員が栄倉奈々の顔をした女工さんたち。
次々と大量のもちっ娘が生産ラインから吐き出されてくる。
目を醒まして、「行ってみなきゃ、いかんかなぁ」とひとりごとを呟いた。夢とのギャップを埋めるために。
きっと、人吉の新名物になるのでは、ないかしらん。

第42回「四つ葉のクローバー」

保育園に行っている孫が、あるとき、ふと私に訊ねてきた。
「おじいちゃん。四つ葉のクーバーって知ってる?」
ああ、知っているよ、と答えると、孫は、
「ボク、四つ葉のクローバー欲しいなぁ‥‥」
「どうして?」
「四つ葉のクローバーを持っていると、シアワセになるんだって」
どうも、保育園で友だちから、そんな情報を仕入れてきたらしい。
「ボク、シアワセになりたいから、四つ葉のクローバー欲しいんだよ」
「クローバーって、どんな草か知っているかい?」
「知らない」という孫を連れて庭に行き、クローバーを見せる。
「ほら、葉が一、二、三。三枚しかないだろう。四つ葉のクローバーって珍しくて、なかなかないんだよ」と説明してやった。
しかし孫は「でも、欲しいなあ」という。
そのとき、私の脳裏では自分の幼い日のある出来事が妙に鮮明に浮かび上がってきた。

私は小学一年生。
祖父は熊本城近くの国立病院に長期入院していた。私が祖母に連れられてお見舞いに行ったときのこと。私も、その年齢で絵本に載っていた四つ葉のクローバーを見てみたいと憧れていた。だが、どんなに探しても見つけることができずにいた。
だが、そのとき、国立病院の中庭でクローバーを発見。
あわてて、よく見ると四つ葉のクローバーがある。驚喜してあたりを見回す。あれほど探してもなかった四つ葉のクローバーが!
こちらにも、あちらにも‥‥なんと四つ葉のクローバーだらけ。
四つ葉。四つ葉。見渡す限り。

とった。採った!

病院に入って得意げにそれを見せていると、看護婦さんがやってきて、どこで四つ葉のクローバーを採ったのかを訊ねた。
場所を言ったら‥‥。
「そこは、薬品を色々捨てるとこなんです。そのクローバーは、すぐ捨ててください。薬品で異常を起こしているんですから」
そりゃ大変と、祖母にその場で捨てさせられた。
夢を壊されて。
それから四つ葉のクローバーを見ると、そのときのことを思い出してしまう。
四つ葉のクローバーは、突然変異のクローバーなのだと。
そのときは、孫は、四つ葉のクローバーはなかなか見つからないものだと、納得してくれたようである。
その後、上京した折、ファンの方からひょんなことで四つ葉のクローバーを頂いた。
帰熊して、早速にその四つ葉のクローバーを孫に渡した。
「四つ葉のクローバーを欲しがっていたよね」
「うん」
「東京で頂いてきたよ」
「ちょうだい。ちょうだい」
孫は、すぐに四つ葉のクローバーの入った封筒を開けた。
「それが四つ葉のクローバーだよ」
「‥‥‥‥」
孫は、ぽかんとしたまま、反応がない。もっと喜ぶかと思ったのに。あれほど欲しがっていたはずなのに。
予想と違っていたのだろうか。
「よかったね」
「‥‥‥‥」
「葉が四枚あるだろう」
いち、にぃ、さん、し、と数える。
「うん‥‥‥」
どうも、孫は、ミスリルでできたエクスカリバーのようなものを想像していたのではあるまいか、と思う。
「よかったね。また、封筒に入れておきなさい」
「うん」

しばらく後、テレビゲームをやっていた孫と話す。
「四つ葉のクローバー手に入れて、よかったねぇ」
孫は、納得できないようにウンとうなずく。それから言った。
「でも、まだシアワセにならないよ」

第41回「性同一性執筆」

「アイスマン。ゆれる」(光文社刊)という本を出しました。
私にとっては、珍しいタイプの長編小説ということになります。
実は、女性週刊誌で掲載したものですから、当然、主人公は女性なのです。それだけではありません。主要搭乗人物である主人公の友人たちも女性です。
プロットを考えているときは、ああでもない、こうでもないと、チェスの駒を動かすように考えていたのですが、さて、いざ書き出すとなると、自分の思考を女性として切り替えなければいけないと思いあたり、はたとペンが止まってしまったことを思い出します。
もう老境に入ろうとしているオヤジが、30代頭の女性の行動を思い描こうとすると、溜息が出るばかりなのです。自分の知らない世界ですから。

自分の知らない世界といえば、未来の宇宙の果てのよその惑星を舞台にして書いたりもするのですが、このときは頭の中ででっちあげて無理矢理に書き上げてしまいます。書き上げたところで、誰も見たことのない世界ですから、誰にも文句がつけられようがないわけ。
だったら、想像だけで同じ知らない世界を描くんだからと、ちゃかちゃか書いてしまえば、女性の読者たちから「作者は、ナーンにもわかっちゃいない。嘘ばっかり」と非難が集中するのは、目に見えてます。
最終的な着地点は見えているのに、途中の描写に自信がない。しかも、主要登場人物の三人の女性は、それぞれ性格が異なる、考え方も異なる設定です。でっかい壁が目の前にそびえているようなものでした。登場人物の言葉遣いを変えてみたところで、埒があかんかもしれない‥‥。小手先勝負になるものなぁ。仕方ないと考え、新たな方法を考えます。
登場人物の経歴と、それまでどのような人生を送ってきて、現在のキャラクターがあるのかという表を作成しました。自分なりの下手なイラストを添えてみたりします。
それでも、まだ動き出さない。会話が始まらない。
よし、次の手段。
同年齢の女性たちに知り合いを通じて集まってもらい、どんな風に会話のやりとりがあるのか。生の声を聞いてみる。
集まっていただきました。
「どんな話なんですか?」
一応、粗筋を話すと、参加した女性たちは面白がってくれている様子。
「どのようなことを聞きたいんですか?」
「あ。あの~」女性とあまり話す機会がないので、こちらもヘドモドです。
「仕事とか結婚に対しての考え方とか、おたがいに話して頂ければ。こちらで傍聴しますので」
「‥‥‥‥‥‥‥」
視線が痛かったです。あきらかに、その時私は変な奴でした。でも、皆さん、さすが、よくそれぞれ喋ってくれました。私は透明人間と化して、会話のリズムやら、考え方やらを、じっと聞いておりました。
ああ、なんとなく空気が掴めた。そんな気になりました。キャラクターを自分なりに、作っておいたのが役立ったというか。あの登場人物に今の科白を喋らせよう、とか考えつつ。オンナ言葉で思考しつつ。
これで書けるかしら。そう思い始めることができたので、執筆開始。とにかく、迷っている段階は筆は進まない。自分に納得させることができるかが、一番だと思いますの‥‥。
そーゆーことです。
で、連載開始までに、原稿を書き上げました。でないと、不安だったのです。幸い、担当編集さんも女性です。書き上げてから編集さんの目の洗礼を受けることで、事前に「こりゃ変ですよ。女性はこんなこと考えませんよ」は修正できると思ったのです。
書き上げて、恐れていた校正の時。
「女性が読んでも、変だ、というところは、少なくともありません。とても自然です」
嬉しかった。
「ありがとうございます。30代の女性になりきって書きました」お調子者の私は、そう答えました。
さて、その本が、いよいよ世に出たわけですが‥‥。
これまで女性誌で女性の読者だけだったのですが、本の形になったら男性の読者の目にも触れることになるわけで。すると、今度はまた違った評価が生まれるんだろうなぁ、と心配しております。
あ、物語の方は、これ迄通り、少し(S)不思議(F)系を目指していますので。
よろしくお願いします。

第40回「私は、見た!!!!!の逆襲」

前に、このブログで書いた「私は見た!!!」が予想外の反響で、驚いてしまいましたよ。
コメントをお寄せ頂いた方以外にも、ちゃんとブログを読まれたらしい方が「あれ、ほんとなんですかネェ?」と訪ねてこられる。
50代のサラリーマンの方が、波照間島で宇宙人に会ったり、くじゅう連山の坊がつる近くの山小屋でUFOを目撃した、という話の真偽についてです。
ほんとなんですかネェと、私に訊ねられても困ってしまいますよ。私が目撃したわけじゃないんだから。
「いやぁ。話を聞いて、あんまりおかしかったので、晒してやろうと思っただけであります。真実?どうでもいいじゃありませんか。世の中には、おもしろければそれでいい!ということも、存在するのです。信じようと信じまいと」
そうお答えしておりました。
さて、今回は、その続編です。
また例の、宇宙人遭遇の50代サラリーマン氏と酒を飲む機会がありましたよ!
私も、エチケットと思い、このブログで紹介した話をいたしました。
しかし、私は自分の感情を押し殺して話すのが、非常に下手っぴーな人間なのです。ブログで紹介したと話す私の表情は、笑いを噛み殺したようなヘラヘラ顔になっていたらしい。
その50代サラリーマン氏は、むきになりました。
「あっ。私の話を信用してませんね!」
慌てて「してます。してます」と答えて、あっ、しまった、まるで白岳のコマーシャルではないかと。
「でも、もっと凄い話があるんですよ!」
そう50代サラリーマン氏は切り出したのです。ちなみに、彼は、某広告代理店勤務であります。その仕事関係の友だちの女性が、不思議なできごとに出会ったらしい。
それは聞かないわけには、いかない。
「ぼくの知り合いの福岡の女性の体験ですけどね。これは凄いですよ」
「えっ、どんなんですか?教えてください」
「聞きたいですか?」
「聞きたい、聞きたい」
そこで、彼は一瞬ためてから言いました。

「広告代理店に勤めている知り合いなんですが。
福岡の油山を歩いていて、宇宙人に拉致されたそうです」

私は耳を疑いました。まさか!そんなことが、現実に起こっていたなんて。
「エエエエエッ。アプダクションですか?で、その方は、どうなったんですか?」

「無事に解放されたんですが、心に深い傷を受けてしまったそうなんです。ショックで立ち直れなくなるほどに」

「えっ。というと、宇宙人たちに何かされたんですか?」

私の想像世界では、その女性の身体に装置をインプラントされたり、洗脳実験をされたりという光景が浮かんでました。

「そう‥‥。宇宙人に身体検査をされたそうです。
そのとき、宇宙人に言われたそうです。
あなた、毛濃いですね!って。
それで、凄く心が傷ついたみたいなんです。もう立ち直れないって、言ってました。」

申し訳ないが、またしても、私は大笑いしてしまいました。
腹の皮が、よじれて、痛い、痛い。この話が本当なら、宇宙人は確かに高等な心理戦術を駆使していることになりますね。
もちろん、その五〇代サラリーマン氏は、
今回も、いたって真面目顔でありましたよ。

第39回「クロノス・ジョウンターの伝説クロニクル」

クロノス・ジョウンターというのは、私なりに考えた不完全なタイムマシンのことです。
過去の目的の時間へ搭乗者を跳ばすはずなのですが、過去に滞在できる時間が限られていて、一定時間を経過すると過去から弾き飛ばされてしまいます。それも、出発した時間ではなく、未来へ跳ばされてしまうのです。
この第一作(吹原和彦の軌跡)を「グリフォン」という雑誌に書いたときは、クロノス・ジョウンターを使った話をこれからも書こうなぞ、考えもしませんでした。
すると、編集さんが「クロノスで一冊、本にしようと思うんです。でもこの一篇だけでは本になりませんから書き下ろしをお願いしますよ」
そうか。クロノス・ジョウンターだけで一冊の本になるのもいいなぁ。そう考えて、安易に「いいですよ」と引き受けました。前回の作品は、切ないがハッピー・エンドの話とは言いづらいなぁ、と考えていたので、「愛は時を超える」というコンセプトだけ共通で、ハッピー・エンドの話(布川輝良の軌跡)を書いて、めでたく一冊になったのです。
それが一九九四年のこと。

時が流れます。一九九八年になり、クロノス・ジョウンターのことなんかすっかり忘れていた私のところに、またしても編集さんから電話が。
「今度、クロノスを文庫にしようと思うんですよ。けっこうクロノス・ファンが多いんですよ」
「ああ、嬉しいですね」
「で、文庫にしてページが薄くなるんです。ここで、もう一篇、書き下ろしを入れると、ファンは喜びます。売れ行きも違います。ぜひお願いします」
「でも、もうアイデアありませんよ」
「いや、大丈夫です。梶尾さんなら、アイデアは湧いてきますから」
「そ、そうですか?」
私は褒めに弱い人間なのです。「じゃあ」と口を滑らせたばかりに第三作(鈴谷樹里の軌跡)を書く破目になりました。
編集さんは、その言質をとった翌日からターミネーター編集さんに変わりました。
ひいひい呻きながらアイデアを捻り、やっと完成しました。原稿を渡すとき、編集さんに言い添えました。
「もうこれが最後です。もう叩いても押しても頭は空っぽです。クロノスは、もう書けません」
すると編集さんは不気味な科白を残して電話を切りました。「いゃあ、クロノスは進化する話ですから」
それから、月日は流れ、クロノス・ジョウンターを原作とする「この胸いっぱいの愛を」が映画となり、演劇集団キャラメルボックスで「クロノス」というタイトルで舞台化もされました。二〇〇五年のこと。
この舞台化に便乗しようとしたのでしょう。またしてもターミネーター編集さんは、私に連絡をとってきたのです。
「で、そろそろクロノスの新作を書いて頂いて、タイムトラベル作品集を出そうと思うのですが」
「もうクロノス・ジョウンターの話は思いつきません」
「そこを何とか。時間ものなら何か出てくるでしょう」
食い下がってきます。「二、三日考えさせて下さい」その場しのぎの答えをして電話を切りました。確実にターミネーター編集さんは、T?1000編集さんになっていました。三日後、債権の取り立て屋のように電話が。
「いかがでしょう。アイデアの方は」
「あの。クロノス・ジョウンター方式は浮かびません」
「じゃ、他の方式ではいかがですか?」
「か・考えてみます」
それで考えたのが時間は螺旋状であるという理論。
書きました。それが、「君がいた時間ぼくのいく時間」です。
嬉しいことに、この作品も演劇集団キャラメルボックスで二月から舞台化されることになりました。しかも主演はイメージしていた上川隆也さんがやることに。
楽しみだなぁ、とぼんやり考えていたら、またしても、T?1000編集さんから鬼のような電話が。
「せっかくの舞台化です。クロノスを新書で出しましょう。そして目玉は、新作の書き下ろし」
あんぐりと口を開き返事もできません。もう、ネタがないと、さんざん言い続けてきたのを知っている筈‥‥。
「まだ、過去へ跳んでいない人がいます。野方耕市とか」
この編集さんはT?1000どころではない。地獄で亡者を苦しめる獄卒の化身です。
野方耕市はシリーズに必ず登場するクロノスの開発者です。
書きました。そして、もうすぐ発売です。
「クロノス・ジョウンターの伝説∞インフィニティ」(朝日新聞社)「野方耕市の軌跡」に加えて、短編「栗塚哲夫の軌跡」も。
ええ。血を吐く思いで書きましたとも。
「やっと、クロノス・ジョウンターの伝説が完結しました。もう書けません」
原稿を渡す際に、そう言い添えました。十四年にわたってのシリーズかぁ、と感慨もひとしおです。
獄卒編集さんが、空々しい相槌しか打ってくれなかったのが不安です。
それから「クロノスはインフィニティですから」と。

第38回「カジシン寄席」

あけまして、おめでとうございます。
このところ熊本では恒例になりましたが、初笑いということで、第四回カジシン寄席・立川笑志独演会を開かせていただきます。
笑志さんとは、奇妙な縁でつながっています。笑志さんは福岡出身ですが、私の大学の後輩になるんです。大学時代は落研だったそうですが、卒業後サラリーマン生活を経て、立川談志師匠の一門に入り、研鑽を積まれて昨年、めでたく真打ちに。
初めて笑志さんの名前を知ったのは、同窓会でもなく、私の机に届けられた一枚の名刺からでした。
その頃は、私は油屋をやっていて、モノ書きは裏家業といった生活をしていたのですが、
そんな私の店から、この立川笑志さんの名刺が。

「社長の小説をいつも読んでいる、と伝えて欲しいそうです。大学も後輩だって」
そう聞きました。名前も顔も浮かびません。
名刺入れに収めて数年が経ち、ある日のこと、出版社から新聞の切り抜きが送られてきました。「黄泉がえり」の書評でした。誰が書いているんだろう、と名前を見たら、立川笑志さん。
慌てて、笑志さんの名刺を探し出し、お礼のハガキを書いたのです。それに笑志さんが返事をくれて、文通らしきものが始まりました。
いや、文通といっても年賀状やりとりのようなものです。
年賀状に私が「一度、笑志さんの落語を聞いてみたいものです」と出すと、翌年の笑志さんの年賀状に「ぜひ、聞かせたいです」と書いてある。
そんなやりとりが数年続いて、笑志さんがパーソナリティを受け持つラジオ番組に電話出演という話が。それで初めて笑志さんとは、ナマのお声のご対面ということになりました。
それがきっかけになったのか、熊本でも笑志さんの噺を聞く会を開こうということになりました。
それが「カジシン寄席」の第一回。そして初めて笑志さんの講座を聴きました。

うまい!

舌を巻きました。初めて聞いたのは「元犬」です。SFや奇妙な話好きの私に目配せしていただいたのかと嬉しくなりました。それからも「元結文七」や「紺屋高尾」など人情系落語も、脂が乗りきっていて風格が漂っていましたねぇ。いっぺんに笑志さんの話芸のファンになりました。
その時期は、まだ笑志さんは二つ目だったのですが、すでに真打ちの実力だと認識した次第。
三回目カジシン寄席では、私の短編「月下の決闘」を新作落語として語っていただきました。いや、自分が作った話を落語として聞くのは何だか照れくさいものです。
そして今年のお正月十四日の夜に、真打ちになった笑志さんがカジシン寄席に還ってきます。今回は、私が前からリクエストしていた「芝浜」をやっていただく予定です。
それから、それから。
笑志さんから、ご相談の電話がありました。
三題噺をやりましょうか、という話でした。
ああ、私が題を出せばいいのか、と軽く考えていたら、それがちがう。
お客さまからお題を三ついただき、それを私が話にして、笑志さんに演じていただくという恐怖の企画であることが判明。
だから、私としては楽しみと同時に、とっっても心配なのであります。