第67回「痩せたシェフと肥った板前」

6月は歳祝いの会が催されることが多い。
若い頃は、結婚式に呼ばれるパターンが多く、お財布が空っぽになり、泣きそうになっていた。
梅雨時は結婚式が少なく、式場辺りでジューンブライドというイメージを作り上げたのかな。
6月の花嫁は幸せになるという…と。
秋と並んで結婚式に行くことが多かったよ。
そんな、友人たちの結婚式に招かれることが一段落したら、今度は、歳祝いの会ばかり行くようになってしまった。
厄入り、還暦、喜寿……といった具合。
えー、今回は、そんな祝いごとの話じゃあないのであります。
歳祝いの会が多くなったのは、私も、それなりに馬齢を重ねた証しでありましょう。
そうなると、なぜか、こちらにもその幹事役がまわってきたりするようになります。
で、祝われる側の本人に正直に「どんな料理がいいですか?」と幹事としては訊ねることにしております。
「イタリアンとか、いいですね」とか答えていただくと、的が絞れてやりやすい。
具体的ではないですか。
さっさと、個室で参加者を収容できる規模のおいしいイタリアンを探せばいい。
数年前に、私が幹事をしたときがそうでした。

そこのイタリアンレストランのシェフは、若いのに丸々と肥っていて、いかにも”シェフ”って感じでした。
聞けば、イタリアで修行してきたということでありました。
思わず「あなたが作るんなら、ほんと、美味しいだろうなあ。オーラが出ているもの」と告げると、接客をされるシェフのお母さんが声を上げて笑っていましたもの。
そんなことを友人たちと宴席で話しておりました。
「それってあるよねぇ。確かに、痩せた貧相なシェフが作るイタリアンってまずそうだよねぇ」
「でも、それはイタリアンかフレンチか、中華のときだなあ。肥った寿司屋の板さんなんて、あまりイメージ湧かないなあ」
「そうだな。肥った人が寿司握ったら、でっかいのが出てきそうだなあ」
「オムライスの上に3枚におろしたヒラメが乗っていたり、お誕生ケーキみたいなローソクでも立てられそうな海苔で巻いたウニやイクラが出てきそうだなあ」
「寿司や和食は低カロリーのイメージだからね」
「あと、気になるのは、タバコ吸う板前さんやらシェフやら料理人やら。絶対、二度と行こうと思わないですね」
中には、まともなことを言う奴もいたりしますが、焼酎がまわり始めて、だんだん、馬鹿話になっていきます。
「あと、毛深い寿司屋って嫌だなあ。寿司を握る指の間に、毛がニョロニョロ生えていたら、気持ち悪くありませんか?」
「見なきゃいいじゃない」
「見てなくて、そんな寿司喰って、中から一本出てきたら、どこの毛かわかんなくて、気色悪くて食えませんよ」
「そんな寿司屋は、どこにあるの?」
「どこにあるって……あったら気色悪いだろうなあって話ですよ」
「ぼくは、眼帯して包帯巻いて絆創膏を貼っているような板さんの寿司屋も行きたくないなあ」
「腰が曲がった、よたよたした老婆が握る寿司屋にも行きたくないですよ」
「あら、そんなお婆さんだったら、ちらし寿司やら、巻き寿司やら、いなり寿司やらを作ってくれたら、おいしそうだと思いますぅ」
「じゃあ、どんな人が握った寿司なら食べたいのかなあ」
「メイドさんが握った寿司ってのがあると聞いたことがあります」
「バドワイザーのミニスカ娘が握った寿司は食いたいなあ」
「女性は、体温の変化があるから寿司職人には向かないっていうのを読んだことがありますよ」
「そうかあ、盛った方がいいってことなのかなあ」
だんだんと話は妄想化していき、当初の話題からかけ離れていくのでありました。
今年も一つ、還暦の幹事をやらなければならないのですが……どうなることやら。

第66回「水基めぐり」

春休み、両親とも仕事に出ている孫が退屈そうだったので、ドライブに連れて行ってやった。
午前中に、孫がまだ行ったことのない阿蘇の噴火口に。
ロープーウェイに乗っての火口縁はかなり強烈な印象を与えたようだ。私も、こんなことがなければなかなか訪れる場所ではない。荒涼とした雰囲気に、しばらく孫は無口になっていた。
そして草千里から米塚を見ながら、湯ノ谷の方角へ下った。
米塚の姿も、これまでの山のイメージとは大きく異なることに孫は驚いたようだった。
それだけ移動しても、まだまだ昼をまわったばかりだ。
内牧の「はな阿蘇美」の野菜中心のバイキングを食べて満足する。
それでも帰宅するには、まだ時間が早いと孫が言う。
「じゃあ、阿蘇神社の方へ行ってみるか」と提案した。
「それ、おもしろいところ?」
「さぁ、行ってみなければわからないだろう」
そう誤魔化す。
小学校低学年にとって、「おもしろい」ものというのは、ベイブレードやらテレビゲームのようなもののことなのだから。
「よし、行ってみよう、行ってみよう」と幸い乗り気になってくれた。

内牧から15分ほどで、阿蘇神社の駐車場に着いた。
阿蘇神社は、阿蘇の神様である健磐龍命(タケイワタツノミコト)を主神として12神を祀る由緒正しい神社だ。とにかく、ここの大楼門が素晴らしい。
その風格には圧倒される。
迫力は孫にも伝わったらしい。また、熊本市内で日常見る神社とはちがうことも、わかったようだ。
参詣をして、帰りしなに孫は、水が湧き出していることに気づいた。
「銘水 神の泉」
 神社の敷地内で水が湧き出しているのだ。
「おじいちゃん。神の泉って、何か効果があるの?」
 そう訊ねてきた。
「そうだなぁ。不老長寿みたいなものかなぁ」と答える。
「不老長寿ってなに?」
「長生きできるってことか。年寄らないとか」
「そうなの?飲めばいいの?」
「ああ。飲めばいいようだ」
 孫は悦んで柄杓で水を飲む。
 それから、神社と平行に連なる街並みに足を向けてみた。
 そこに、町の至るところから、清らかな水が湧いている。
 ここ一の宮町は水基の町でもあるのだ。その仲町通りの店の一軒ごとに名付けられた水基がある。昔からの生活のための湧水なのだ。
 時計屋さんも、文房具屋さんも。軒先に水基がある。
 どの水もうまそうで、ペットボトルに水を入れている人の姿もある。
 そして、水基の一つ一つに名前が付いていた。お菓子屋さんの前の水基には「菓心の泉」といった風。
 孫は、意外にも、その水基に興味を示したのだ。近くの店で「馬ロッケ」を囓る私のところへ駆け寄り、その水基の由来を読んで教えろというのだ。
「文豪の泉」というのがある。
「文豪ってなに?」
「すごい小説家になるってことだよ」
「ふうん。おじいちゃん。だったら飲んでおけば。ぼくも飲むから」
「そうだな」と一口飲んでおく。
「金脈の泉」では、孫は、「お金持ちになれるのか。飲もう。ゲームやベイブレードやらたくさん買えるように」と飲む。
「欣命の泉」では、「これも長生きできそう。飲もう!」と孫は飲んだ。
 そんな具合で、御利益を信じて、仲町通りの水基の水を、孫はほとんど飲んでしまったのではないかしら。
「ふうっ。飲んだ飲んだ。これで長生きできるし、お金持ちになれるし、運が良くなれるよねぇ」と満足げな様子だった。
 さて、一の宮町を出発した自動車の中で、孫は、てきめんにその効果が現れたようだ。
「うわーっ。おじいちゃん。どこか止めてぇ。水を飲みすぎた。おしっこもれそうだよー」
 そこで言ってやった。
「おしっこするのかぁ!せっかく御利益のある水を飲んだけど、金脈やら、長生きやら、ぜーんぶおしっこと一緒に出ちゃうんだぞ」と。
 すると、孫は「う・う・う・う。悩むぅ。どうしよう」

 帰りに通ったときに見えた一心行の桜は、八分咲きでした。

第65回「小説のネタ」

小説のネタは、どこから探すのですか、という質問は珍しくありません。
そういうときは、どんな小説のネタについてですか?と訊ねかえすこともあります。
別に、小説のネタを探す場所というのは、ありませんし、思いつく経過が、その作品によって、まったく異なるからです。
短編であれば苦労せずに書き始めたこともあります。たとえば昨年の暮れに、編集さんとメールのやりとりをしたとき。
-新年号の40枚くらいの短編お願いします。正月号だから、おめでたい感じのお話だといいのですが。
-わかりました。おめでたい感じですね。考えてみます。
それで、おめでたいんであれば、福の神かなぁ、という連想が浮かび、福の神の対極として貧乏神が浮かびます。
その頃、巷は、新型インフルエンザ騒ぎで、誰もがナーバスになっていた時期だったのですが。
で、まあ、三題噺でインフルエンザ、福の神、お正月をくっつけてみようというのが「福の神いんへるの」という作品でした。
三つの題材がメールを送った瞬間に、するするするっと、自動的にくっついて一つのお話になってしまいました。
まさにラッキー。なんの苦労もなしに。
こんなことは、なかなかない。棚からボタ餅が落ちてきたようなものです。だからといって、傑作ができるわけではありませんが。
さて、長編では、こんなふうにいく筈もない。
最近二冊の本を書きました。
一冊は、同一テーマの連作で「メモリーラボへようこそ」(平凡社)です。
こちらは、まずメモリーラボという記憶移植の研究所の設定からスタートしています。そして、メモリーラボという基本設定に至るまでに、初出発表の雑誌の読者層を思い描きました。高い年齢層によく読まれているらしい。そんな読者に喜ばれる話ってどんなんだろうと思い描きました。
若いときに、あんなことをやっておけばよかった。こんなことをやりたかったのに。
そんなことを考えるのではなかろうか。
それは、つまり、実体験を”おもいで”として心に持ちたかったということではないのだろうか。何も楽しいおもいでのない人って、それは淋しいことにちがいないから。
もし、そんな人に”おもいで”を与えることができたら。
それが、妄想を膨らませながら、たどり着いたアイデアだったのです。だから、基本アイデアにたどり着いたら、いくつものバリエーションが溢れ出てきました。
この本には二作品しか載っていませんが、同時に、物語があと二作品浮かんだ程ですから。
もう一作「ボクハ・ココニ・イマス 消失刑」(光文社刊)は、仕事の合間に町に出かけた体験が、原点になっています。
そのとき号外を配っていて、その号外を貰おうと思って近づいていくと、こちらに渡してくれずにくるりと踵を返して他の人に配り始める。
呆れて通りに戻ると、テレビのインタビューをやっていました。そのインタビューが、丁度終わり、記者が次にこちらに近づいてくるので、あ!インタビューされるんだ!と思ったら、前を通り過ぎて、私の背後を歩いていた人にマイクを向けた!
人々に、私は見えないのか?
どうして私だけ無視するんだ!
何か、人と違うんだろうか?
そのとき思いついたのが、この本のタイトルにもなった消失刑です。
町を自由に歩き回れるけれど、他の人々には見えないし、話しかけることもできない刑罰があったらすごいだろうな、と思い、小説になるのではなかろうか?と。
これは、実体験から思いついた小説のネタです。
しかし、これだけでは長編小説にはなりません。こんな刑罰は存在しないわけだから、それをいかにも、まことしやかに語るためにはどうするかを考えるのに、それからかなりの時間を必要としました。
具体的な刑罰の条件付け。物語としての面白さを加えるための予想しづらい障害づくりとプロットとしての山場。
で、娯楽小説だから、登場人物の彩りも考えて。で、ハッピーエンド至上主義の私としては、どのような結論を選ぶべきなのか?
そんなこんなを、表にしてから書き始めました。だから、小説家というより、工程表通りに進める筆の土建屋に近いかなと思ったりもするのです。
次の長編は、また違った組み立て方をやろうと思ってますが。

第64回「改造人間、再び!」

先月の「あれから一年」は、たくさんの方の反響があり、驚きました。
ブログで読んで、初めて知ったと、電話を頂いたり。
しかも、間寛平さんの前立腺ガンのカミングアウトの後でしたからねぇ。
ご心配いただいた方、ありがとうございました。
さて、70本の低放射線の金属針を股間に埋め込んだ改造人間は、おかげさまで元気です。
一番辛かったのは、術後2ヶ月目くらいでしたかねぇ。
腰痛と、全身の倦るさが、とれなかったなぁ。
しかし、それを過ぎると、体調の方は、薄皮が剥がれるように良くなってきています。
今月で、約半年ということになるのですかねぇ。
おかげで、一月末には、上京してきました。
演劇集団キャラメル・ボックスで、私のクロノス・ジョウンターの伝説を公演されていますが、その舞台の製作発表に呼ばれたのです。
上京するのも、一年ぶりです。
脳天気な私なので、何も心配することなくはしゃいでいたのですが、上京が近づき、ある種の不安のようなものが芽生えました。
ハイジャック犯が、飛行機爆破未遂に終わったというニュースが報道されたあたりからです。

―――ふうーん。9・11以降、飛行機のセキュリティが厳しくなったと聞いたりするけれど、こんなハイジャック未遂があったりすれば、警備も厳しくなっていることだろうな。
空の安全のためだ。結構なことだ。
そう自分に言い聞かせて、あることに、はっと気がつきました。
私は、今、体内に70本の金属針を埋め込まれた改造人間なのだと。しかも、その金属針は下半身……それも股間に集中しているのです。すると想像が勝手に膨れあがるのです。
空港には、金属探知機のゲートがあったよなぁ。
70本の金属針は、金属探知機に反応するのではないか、という不安。
ゲートをくぐると不審気に警報音が鳴る。
ピーッ。
すると、私は担当官に呼び止められる。
「あのう。ポケットに金属をお持ちですか」
「いえ。別に。携帯電話はカゴに入れて探知機を通しました」
「では、ベルトをはずして、もう一度ゲートを通ってください」
「は、はい」
 おろおろしつつも、ゲートを通ると、再び。
 ピーッ。
「これは、おかしい。失礼します」
 そう言われて身体中をまさぐられるものの何も発見できない。
 発見できるはずもない。体内にあるのだから。
 遂に先端が円盤状になったハンディタイプの金属探知機が使用されることになる。
 探知機が近づくと、股間の辺りで……
 ピーッ。
 セキュリティの人は顔を見合わせる。
「この人は、股ぐらに何やら隠し持っている」
 そう言われて私は慌てるしかない。
「いえ……実は……私の話を聞いてください。」
「あの・その・いえ」
「私、前立腺ガンの処置を受けまして、その手術で体内に低放射能を放つ金属針が70本あるんです」
 すると担当官は、私を睨みつける。
「そんなバカな手術はないでしょう。そんなことで我々を欺しおおせると思っているのですか?」
「め・め・滅相もありません」
「ここでは埒が開かないようですね。では、ちょっと取調室にご同行ください」
「勘弁してくださいよ。ああっ。私の乗る飛行機が出てしまう~」
 そんなことは知ったことかというように、担当官たちは私を取り囲む。
「さあて、こちらの部屋で全裸になって頂きましょうか」
「そ・そんなぁ」
「仕方ありません。私たちも職務ですから。空の安全を守る責任があります」
 そして、全身ボロボロになるほど取り調べを受ける。
「何も見あたらないぞ」
「体内に爆弾を仕込んでいる可能性もありますよ。人間爆弾とかいうやつ」
「そうか。最近は肛門の中に……という例もあったようだし。今年は寅年だから、コーモンのトラとか」
「うひひひひひ」
 私は「勘弁してください」と泣き続ける。……そんな不安を抱いたのですが、結果は……無事に通過できました。
 針はチタン製で、探知機は反応しないらしいと後で知りました。

 他にも、これから改造人間ならではの憂鬱なできごとが待っている気がしてなりません。

第63回「あれから一年」

今だから話せます。
実は、昨年は病院とやたらと縁のあった一年でした。
これまでは、入院とか想像もできなかったんですが。やはり、還暦を過ぎたからずいぶんと体質が変わったのか……。
昨年の二月五日の夕刻。自宅で食事を済ませた途端でした。頭の中で、とてつもないどでかい鐘が連打されるような音が響きました。
「何の音だ?」と訊ねても、家族は皆、不思議そうにするだけ。すると、みるみる左半身が痺れ、口が利けなくなり、倒れてしまいました。
意識は、はっきりしていました。娘が慌てて電話で救急車を呼ぶのがわかりました。家族が周りに来たので、言いました。
手も動かない。口も利けない。こんな状態で「小説は書けるだろうか?」と言いました。ですが口から出てきたのは、「シッ・シッ・シッ・シッ……」という切れ切れの言葉です。
家族たちは何を思ったのか、「おしっこ我慢しなくていいのよ」
後で聞いたところによると、家族たちは「しっこが漏れる」と言っていたと思ったらしい。
ぞっとしました。そのまま逝ってしまっていたら、我が家では代々、いまわの際の言葉として「おじいちゃんの最後は『しっこが漏れる』だったのよ」と言い伝えられることになったでしょう。
救急車が駆けつけました。これまで救急車内は見たことがなかったので小説の中では描写を飛ばしていたのが、これから書けるなあなんてことを考えていたけど、反面、「もう書けないかもしれない」
しかし、救急車の中で、やっと声が…言葉が出ました。奇跡的に、そのまま麻痺が解け、運び込まれた病院では、身も起こせるほどに。
脳の血管に詰まったものが流れたらしい。
MRIで緊急検査。軽い脳梗塞で虚血性麻痺を起こしたようだ、ということで、一週間の入院。それで、血液をさらさらにする薬を飲み、塩分ひかえめにして血圧を低くする作戦を始めました。
それが一つ。
続いて、前立腺ガンが発見されました。
前立腺の数値だけは一年以上前から怪しかったのですが、どんなに検査しても病巣が見つからなかったから、定期的に検査を続けていました。
それが、やっと見つかった。
切除手術かな、と考えて、名医と言われる方を訊ねて、検査を受けましたが「あまりに初期過ぎるので、切除はしない方がいいんじゃないか」とのこと。「じゃ、どうするんです。ほっとくんですか?」
「いや」と紹介されたのが、「ブラキ・セラピー」という処置でした。これはどのような療法かというと、放射線を出すチタン製の針を前立腺に埋め込み、ガン細胞をやっつけるという手法です。ただ、前立腺肥大でもある私は、まずセラピー可能なサイズまで前立腺を縮小させる必要がある。(チタン放射線針が埋められる本数は最大値が決まっているから)そのためには、三ヶ月ほどかけて、ホルモンを射ちます、と。
「ホルモン療法だと、どうなりますか?」
「まあ、男性でなくなりますね。その間」
ホルモン注射をするだけです。毎日、ホルモン焼きを食べるわけではない。お姐言葉になったりもしない。でも、少し胸は大きくなったかしら(嘘)。
ということで、無事にセラピーを受けることの可能なサイズほど縮めて、ブラキの日程が決まりました。
それが、九月の末。入院はブラキ・セラピーの前日に。そしてセラピーの翌々日に退院しました。だから、正味、四日間の入院。あっけないほど、短期間でした。
後で話を聞いたら、私の場合はチタンの放射線針が七十本入っているそうです。
つまり、ショッカーが言うところの改造人間状態になっているわけです。とても私にはヒーローは務まりませんが、ショッカーから「今、ライダーに怪人がやられている。ちょっと助っ人に来てくれ」と呼び出されて、黒タイツをはいて「キッ。キィー」と叫んでそうな気がします。
放射線も半減期を迎え、体調も安定してきたような気がします。で、体調の経過を人から訊ねられ、話をしていると、予想外に前立腺の悩みを持った人が多いことがわかりました。
同じ病状の方もずいぶん出会ったので、ためらいなく、このブラキ・セラピーをおすすめしています。
ただ、割と先進技術なので、地域によっては、やっているところを探す必要があるかもです。
さあ、今年は健康に留意して、いい年にしたいものです。
ということで、鬼は外ーーー!

第62回「カラオケ・ゲーム」

以前ほどは行かなくなったけれど、それでも年末から年始にかけては行く回数が増えてしまいます。
何の話かって?
カラオケです。
正直言って、私は歌がうまい方ではありません。だから、子供の頃は人前で唄ったりという行為は、死ぬほど恥ずべきものであったのです。絶対に唄わない時期もありました。
カラオケに生まれて初めて行ったのは、いつのことだったっけ。というより、その時代はカラオケ・ボックスなるものは存在していなくて、スナックで見ず知らずのお客さんも同席しているところで、一人づつ唄うという、顔から火を噴くほど恥ずかしいシチュエーションでした。そんなとき、カラオケを唄う人に、「恥」という概念はあるのだろうかという疑問を抱き続けたものです。
もちろん、そんな場所に引っ張って行かれても絶対に唄いませんでしたが。
そして、月日は流れ、忘年会や新年会の二次会は、気がつくと必ずカラオケだったりするのですね。しかも、下手な唄い方で恥ずかしげもなく、がなりたてている。あと三十分延長しようと騒いでいる。それほど、自分でも人格が変わったとは思わないのに。
だいたい理由はわかります。

この連中とならば、恥を掻きあってもいいという人々としか行かないし、カラオケ・ボックスという第三者が混ざり込まない隔絶された密室空間なので大胆になれるのです。
もう、恥という概念はありません。他人が唄っているのなんか、聞いちゃいません。その間は次に自分が歌いたい曲を選んでいます。他人が唄い終わったら、おざなりな拍手。まったく、仁義なき世界であります。
そんなカラオケの楽しみ方をしていたのはひと昔前のこと。
とりあえず二次会はカラオケに行く。そしてメンバーの誰はこれこれの曲を唄うと覚えた頃。これじゃ物足りない、と。
新しい刺激をカラオケに求めはじめる。
その頃は今と違ってカラオケ・ボックスの部屋には、選曲用の本が置いてありました。
皆で、まずジャンケン。唄う順番を決める。
で、一番負けた人が、曲名本をめくり、右もしくは左と指定する。最初に唄う人は、その指定のページから唄える曲を選択する。
カラオケ・ルーレットであります。
あるいは、曲名の最後の文字が頭についている曲を選んで唄うカラオケ尻とり。
特にカラオケ・ルーレットは、よくやったなあ。
しかし、唄いたい曲が、みな唄えなくて、だんだんストレスが溜まってくる。それで、お開き寸前になると、やっと、一曲だけ自分が一番唄いたい曲を唄わせてもらえるという……。
ストレスが溜まっているから、その解放感もひとしおというゲームであります。
これも、いつの間にか、やらなくなったなあ。
カラオケのテクノロジーが進歩して、パネルにタッチペンで曲名が選べるようになったからでしょうなぁ。
皆さんは、「カラオケに行ったら、こんな遊び方をすれば、萌えるぜ、盛り上がるぜ!」というのはありませんか?
アニメソング縛りで唄いあうとか、懐メロに限る、というのはよくあるので、あまり興奮しませんねぇ。あとはジャンルで、フォークソングだけとか、放送禁止歌だけ、コミックソングだけ、という縛りをやったりもしますね。
もし、皆さんに、「こんな唄い方をやれば盛り上がるよ」というのがあれば、ぜひ、コメントをどうぞ。
で、最近やって盛り下がったカラオケ。
「このカラオケで、どん底に」
そんなタイトルが似合いそうです。
テレビで、この歌を聴いたら泣けますョ。そんな番組があったでしょう。
で、我々がやったのは、自分が、この曲を唄えば、誰もが落ち込んでしまう。どツボにはまりこんだ気分になるものを競い合って、一番、暗いどん底気分に陥れたのは、誰だというコンテスト。
曲名は書きませんが、交通事故を起こして、詫びる日々を綴った曲とか、自分の生まれ育ちゆえに差別される曲とか、恨み言を延々告げる曲とか、よくぞ皆、こんな曲を知っていたなという、放送番組では流れないような曲が次々に。
もう、どっぷり。真っ黒ですよ。
一人が唄い終わるごとに、「いやぁー落ち込んだなあ」「泣いていいですかあ」と皆が漏らしてしまう曲ばかりで、順位もつけられないほどでしたよ。
もう、二度とやらない。
さて、皆さんの楽しいカラオケ・バトルは……?

第61回「クリスマスが誕生日!」

愚痴を書いていいですか?
還暦を過ぎたオヤジですが、ずっと子供の頃から引きずっていることがあります。
それは……私の誕生日は、12月24日であります。つまり、クリスマス・イブが誕生日。キリストの誕生日の前日であります。(ヨーロッパの迷信では狼男が生まれるのは、やはりキリストの生誕の前日、12月24日だそうです。ガイ・エンドア著「パリの狼男」参照。このこともけっこう頭の中に引っかかっていることです。といって、狼男ではもちろんありません。しいて言えば私は狼の皮をかぶった羊くらいかな)
で、何を引きずっているか、というと……子供の頃、もらっていたアレは、誕生日祝いだったのか、クリスマス・プレゼントだったのか、ということです。そのプレゼントは一個だったので、そのどちらかに、間違いはないのですが。
それがクリスマス・プレゼントであれば、誕生日プレゼントは貰っていなかったことになる。
それがどちらなのかというと、貰っている時間に手がかりがあり、25日の朝、枕元にプレゼントは置かれていた。
つまり、サンタクローズの贈りものであればクリスマス・プレゼントということになる。
「どうして誕生プレゼントはなかったのかなあ」
そう親に訊ねると、返事は、こうでした。

「サンタさんは、シンジくんお誕生日おめでとうと言って置いていったから、誕生日プレゼントでしょう」
「じゃあ、クリスマス・プレゼントは?」
「サンタさんが置いていくなら、クリスマス・プレゼントでしょう」
「でも、一つしか置いてないよ」
「サンタさんが配っているのは、お前だけじゃないよ。限られた時間で全部の子供に渡すから、まちがいはあるよ」
「……」
手もなく言いくるめられていましたが、どうしても腑に落ちませんでした。サンタのような世界中の子に一夜でプレゼントを配りまわれるような神業を持つ存在に、そんなまちがいはないのではないか。
純真な私は、サンタクロースの存在は疑っていなかったのです。何歳までかなぁ。
これが、愚痴。
で、小学校低学年の頃は、意外と多く存在した「元旦生まれ」の級友たちと愚痴を言い合ったものです。彼等は、実際は12月31日やら、1月2日に生まれた者もいた記憶がありますが、何故か、戸籍上は「元旦生まれ」になっているということでしたなぁ。
で、意気投合したのは、彼等も、誕生日とお年玉が、一つで渡されるということでした。ここには、サンタクロースは介在しておりません。そんな友人たちの親たちは「最初から、誕生祝いとお年玉を合算して入れてある」と言い逃れをしていたと。ぼくたち、不幸だ!と。
そこで、会話の中で、サンタが親だということを知ったわけです。
遅い!遅刻耳の私です。
それも、いく昔のこととなったでしょうか。そんな私にも、小学校低学年の孫ができました。
昨年の暮れのことです。
クリスマスが近づき、孫は親にクリスマス・プレゼントは、このゲームが欲しい!とねだっておりました。
すると、親はこう答えます。
「いま、サンタさんは、考課中なんだ。いい子にしかプレゼントをやれない。この一年、いい子だったのか。プレゼントをやってもかまわないか」
だから、私も横から口を挟みました。
「そうか。そうか。実はおじいちゃんとこにもサンタさんからアンケートが来たんだ。
孫の○○くんはいい子でしたか?って。
ハイ、だったら、素敵な望みのプレゼントを差し上げましょう。
イイエ、だったら、サンタさんがさらっていくんだって。トナカイの横につないでソリを引かせる。
どちらとも言えない、のときは、コンビニで売ってるお菓子クラスのプレゼントになります。正直に答えてくださいって、書いてあった。
どれに○をつけて返送すればいいのだろうねぇ」
孫は憮然とした表情で「ちがうよー!クリスマス・プレゼントは」と父親を指差して「パパがこっそり持ってくるんだもん」
私は、まだこの齢のころはサンタを信じていたというのに。まあ、そんなものですね。今の時代は。
今の子たちを言いくるめる能力は私にはないようです。

第60回「腐乱件死体」

今や、キノコ採りシーズン真っ只中である。
こちらのブログでも何度か書いているからご存じと思いますが、私……キノコが好きで好きで、秋になると……んもー、辛抱たまらん状態に突入するんですわ。
秋はできるだけ、仕事を入れないように。丸一日まとまった時間ができたら、やれ嬉しや。キノコの山に入ります。それで、山の中を駆けずりまわって採り歩きます。
昨年なんか、長野まで松茸採りに遠征してきましたよ。
例年、私は、必ず足を運ぶ自分なりのキノコ畑を持っていて、そこを訪れることにしています。
そこが、どこだかは、内緒の話にさせて下せえ。
そのうちの一カ所に菊池渓谷があります。
熊本県の北部にあるんですが、紅葉と清流が有名です。加えて、さまざまな種類のキノコと出会うことのできるキノコスポットでもあるわけです。しかも、比較的高度が低い場所なので、山では十一月下旬には姿を消すキノコも、この菊池渓谷では十二月に入っても採りに行くことができます。ムキタケ、クリタケ、ヒラタケ、エノキタケですね。
で、昨年は、一度も菊池渓谷を訪れなかった。あれほど毎年、足繁く通っていたというのに。
何故か。

ひとつは洒落にならない切羽詰まった状態がある時期まで続いたこと。そのときは、先に楽しみが待っているんだと自分に言いきかせ、欺し、欺ししつつ仕事を粛々とこなしていきました。やがて締切のトンネルの向こうに薄明かりが見え、脱出成功!
よし、とりあえず近場の菊池渓谷にキノコ採りに行くか!そういえば登山靴の紐がきれていたなぁ。買わなきゃ。
靴紐を登山用品の店に買いに行ったときの話。
ショップのお兄さんが、こう言われました。
「今年は菊池渓谷に行かれましたか?」
「行ってないんですよ。なんやかやで」
「そうですか。じゃあ、裏山は入山禁止になっているのはご存じですか?」
「ええっ?知りませんでした。どうしてぇ?イノシシか何か出没するんですか?」
ショップのお兄さんは、ブルブルと首を振ります。
「あの、しばらく前の新聞記事を憶えてませんか?」
「何の記事?」と問い返しました。
どうも読み落としていたらしい。心当たりがない。
「菊池渓谷で、男の左腕と右足が発見されたでしょう?」
そう兄ちゃんは眉をひそめて言いました。
「自殺らしいという話は聞いたんですが、腐乱死体で。」
体の部位が発見された、それぞれの場所を聞いていると、それは私がいつもキノコ採りに行く菊池渓谷の支流らしい。
「まだ、他の部分が見つかってないから、入れないらしいんですよ」

けっこう私は立ち入り禁止でも入って行っちゃう方だから、事情を知らずに入っていって、どっきり突然遭遇してしまったら、パニックを起こしてしまったかもしれないなと思うのです。

ということで昨年のシーズンは一度も菊池渓谷に足を踏み入れなかった。今年は立ち入り禁止はなくなっているのかなぁ。誰も足を踏み入れなかった昨年は、菊池渓谷の裏山はキノコ花盛り状態ではなかったろうか?

そのことを思い出すと、浮かぶイメージがあります。
「あっ!でかい松茸だぁ!」とキノコに手を添えると、そのキノコが生えているのは髑髏のぽっかり空いた眼巣からだったとわかり、腰を抜かしてしまうというもの。
「ひえええええ」

行ってみるべきか。行かざるべきか。それが問題だ。
まだ、結論は出していないんですよ。考えれば考えるほど迷ってしまう。
キノコは採りたい。
でも怖い。
でも採りたい。
でも気持ち悪い。でも採りたい。
むう—————っ!

第59回「地獄に堕ちるぞよ」

くじゅう法華院温泉から坊がつる方向にUFOを目撃したり、波照間島の公衆便所で作業着を着た異星人グレイと遭遇したり(この白岳ブログのバックナンバーで、そのエピソードの詳細は知ることができます)と波瀾万丈の人生を送っている知人のことを、よく訊ねられるようになりました。それほど印象に残るユニークな人物ということでしょう。
「最近、その人には会ってないのですか?面白いできごとはないんですか?」と。

あります。

しかし、そんなエピソードばかり披露して、皆さん面白いのだろうか、とも不安になるのでためらっていましたが、「続き読みたいです」と直接言われた方が5人を超えたので披露申しあげることにしました。

ご本人のことを再度、記しておきます。
50代。独身の男性です。優雅に自己所有マンションで一人暮らししています。熊本では、そこそこ名の知れた企業で経理及び総務を担当しています。外見は、一般人です。

会ったとき、開口一番、彼は言いました。
「この間、カジオさんと会ったでしょう。それからうちに帰ったんですよ。そしたら、後ろから幽霊が追いかけてきて。エレベーターに乗ろうとしたとき。待っていたんですねぇ。建物に入った瞬間、妙な感じがしたんですよ。なんか、ぞーっとする感じ。すると、エレベーター待っていたら、右後ろにいつの間にかそいつがいるんですよ。入ってきた気配はないですええ。女性ですよ。ちらっと振り返ってわかりました。それから、背中のぞーって感じが続くんです。それで、エレベーターが来たら、私だけ飛び乗ってあわててドアを閉めました。そしたら素早くいつの間にか私の後ろに乗ってるんですよ。わかりますよ。背中ゾクゾクするもん。
部屋の階に着いたら飛び出して、「あっち行け!」と叫んで、あわてて出入り口に盛り塩して布団に潜り込みました。
「生きた心地がしませんでしたよ」
 ぼくは「それって普通の女性じゃないんですか?マンションの住人とか。」と指摘したのですが、彼は「そういうことはない」と断固として否定しました。
「アレが幽霊だということは、一緒にいただけでわかります。カジオさんだって、すぐにわかりますよ」
 波照間の作業着宇宙人も、いまだに私は彼の思い込みにちがいないのではないか、とも考えています。目玉のでっかい現地の人に遭っただけではないか、と。
女の人が帰宅してエレベーターに乗ろうとすると、中年男が前でなぜか震えている。エレベーターが来ると、中年男はあわてて中に飛び込み、ドアを閉めて上がっていっちゃった。でも気持ち悪い人だったから、同じエレベーターに乗らなくてよかったワ。
そんな感じではなかったのだろうか。だがひょっとして、女の人は彼が主張するように本物の幽霊なのかもしれないが、わかる筈もありません。

あとは「カジオさん。シナモン食べた方がいいですよ。シナモンで私、体質を改善しました。もう、ご飯やらパンやらお酒やら、全く食べちゃいけないんですけど、毎日シナモンをとりました。お茶やら紅茶やらコーヒーやら牛乳やら何にでもシナモンかけました。おかげで、ピンピンです」
そこいらは、よくわかりません。彼の信じている健康法が功を奏しているのであれば、何よりではないでしょうか。

最近の彼の興味は2012年問題。今だに続いています。(これも今年の正月にこのブログで紹介しましたよね。憶えておられますか?)
フォトンベルトの中に人類が入るそのとき、進化する人と淘汰される人が出てくる。そう主張している彼です。そして近頃は、こんなことを。
「カジオさん。そのとき人類の選別があるという話は知ってますよね」
「ああ。何度も言ったし、聞かされましたよ」
進化といっても精神的進化ということらしい。
「カジオさん。どうやったら精神的に進化するか知ってますか?」
「知りません」
「教えましょうか?」
「お願いします」
「わかりました。教えましょう。ご飯を食べるとき27回噛むといいそうです」
「噛まないと、どうなるんですか?」
「さもないと、地獄に堕ちるぞよ…。そう書いてありました」
「そうですか!」

驚きました。何の本だろう。

第58回「なくて、七癖」

私は、毎日、自宅から花岡山山頂まで散歩するのですが、そのコースは何の変哲もない平凡なコースだと思っていました。
そしたら、テレビで「秘密のケンミンSHOW」を見ていたら、日頃歩き回っている花岡山公園は、熊本県民のデートスポットということで紹介されていました。
いやぁ、驚いた。そんなに全国に紹介されるような場所を私はいつもうろついていたということなんですねぇ。知りませんでした。
ケンミンSHOWでの意外性は、他県人が見たら奇異な光景も、当の県民たちには至極当然だととらえられていて、それが面白さにつながっているようです。
なるほど、本人は当然だと思っていたり、無意識にやっていたことも、周囲から見ると「変なの!」と思われることは、個人レベルや、グループレベル、性差レベルと、いろんな集団で発生しているようです。
人の物真似がうまい、という知り合いがいます。それで、あるとき私の物真似をやるという。

私なんか、特徴のない話しかただし、やりづらいだろうなぁ、と思って聞き始めました。
そしたら……。
「はい・はい・はい・じゃ・ま・そーゆーことで。はい。じゃ・ま・よろしく」
電話をかけている真似だったそうですが。
皆が口を揃えました。
「似ている」と。
ひょっとして、電話で無意識のうちに、そのような話しかた、話しの閉じ方をやっていたのでしょうか?
言われたら、そうなのかもしれないと考えてしまいました。
それから、翌日、仕事の電話がかかってきたとき。
「わかりました。じゃあ、今月末までってことで。はいっ。はい。ま、そーゆーことで。おろしくお願いします」
受話器を置こうとして、はっと気がつきました。
—–真似された通りに喋っていた!
それが正直な驚きでした。
どうも私の頭の中に、私自身気づいていない対応回路ができあがっているらしい。そして、思考と関係なくそう答えることで、自分の心のバランスをとっているようなのです。
ははぁ、これが例の……。
「なくて七癖」
で、これはパーソナルな癖でありますが、他にも、教えられなくても、ヒトには無意識のうちにやってしまう行為というものが、いくつもあるということに気がつくようになりました。
ある知り合いに言わせると、他人の癖が気になるのは、その人に対して特別な感情を抱えているとき(たとえば、嫌な奴、とか、苦手、とか、大好き、とか)気がつくのだそうですよ。だからクセを覚えられるというのは特別な感情を抱かれているわけで。それが、いい方向で私に向けられていることを祈るばかりです。
スーパー銭湯やら温泉やらに行くと、風呂上がりに牛乳を飲んでいる人をよく見かけます。
これぞ、男性の……なくて七癖。
みな、左手を腰に当てて、ぐいぐいと飲むんですね。
なんで、左手を腰に当てるんでしょう。訊ねてみると。
「なんでかな。おかしいですか?」
「飲むときに安定するからじゃないですか?」
「左手をダラーンと垂らして飲んだら、間が抜けて見えるって無意識に承知しているからじゃありませんか?」
そんなことをそれぞれ言うけれど、何がほんとうに正解かはわからない。ただ言えるのは、風呂上がりに牛乳瓶を口に当てるとき、左手を腰に当てる事実があるってことだけです。
紙パックのときはストローだけど、それはないなぁ。
それと、もう一つ。
これは男性も女性もないですね。
目薬を差すとき。
ほとんどの人が口を開いてますよね。
あれも、人間の、自分では気がつかない習性ではありますまいか。
目薬を差しているときに、そのことを気にしだして口を閉じたら、なんとなく目薬が目に入らないような、不安定な感じがつきまとうのですよ。
この習性を利用して、目薬の下にジュースを付けて、差せばジュースが口の中に入るという構造にしておけば、目薬を差すのを嫌がるこどもも減るのではないかしら。
いや、他にも、自分では気がつかないけれど存在する習性というのに、こういうのがあるって気がついた方。教えてもらえませんか?