第137回 エッジのきいた……

 ものを書いていると、いろんなタイプの注文を頂きます。長編の小説だと割に自由な場合が多いのですが。
 短編の依頼の場合は、反対に、いろんな制約があります。まず、枚数から入るのは当然ですね。指定された枚数で話をまとめあげなくてはなりません。これは、最低限の条件。そして、掲載される書籍に応じた話を組み立てる必要があります。主婦の人たちが読者層であれば、少なくとも秘境で魔物に襲われるような話は遠慮します。主婦の方々だったら、どんな話に感情移入して頂けるかな?と検討を重ね、違和感なく、かつ、びっくりして頂ける話を考えるようにしています。
 この間、人工知能を研究される学会の会報に短編を書いたのですが、これは結構難しかった。この雑誌は人工知能を専門に勉強、研究しておられる方々が読者なわけだから、人工知能については全く素人の私が専門的な話を書いても笑われてしまう!だが、人工知能がテーマの短編と条件が付いていると、その制約も果たさなくてはならない。無理なら断るという選択肢もあるのですが、私は出来ませんとは言いたくない。プロだという意識もありまして。で、書き上げましたが、人工知能の専門知識は全く無視したお話にしました。私は正直、科学知識ゼロの文系SF作家だと開き直っています。だから、惑星開発のときに惑星そのものに人工的に知能を与える話……ソラリス化というか……でっちあげました。それで人工知能……。
 で、他にも、短編をお受けするときは、条件がついてくる場合が多いようですね。テーマがついてくることとか。時間テーマで、とか、ミステリアスな雰囲気のものとか。
 そんな感じ枚数を指定して頂くと、一番ありがたいですね。
 それに、編集さんの好みでプラスアルファの要素が付いてくることがあります。
 泣ける話にして欲しいんです。
 感動できる話希望です。
 意外な結末でお願いできれば。
 いつも感動させることができているか、よくわかりませんが、できるだけご希望に沿えるように頭を捻っております。
 そんな中、最近頂いた注文で、テーマをお受けした後に編集の方が仰言いました。
「あのぉ。編集長からの要望ですが」
「はい。なんでしょうか?」
「エッジのきいた話を頼みますとのことです」
「はぁ?エッジですか?それ、どんなんですかねぇ」
 物書きのくせに馬鹿な質問をする奴だとお思いでしょうが、ピンとこなかったのです。
「私もよく掴めないんですが。最近言いますよね、エッジきいてる!って」
 電話を切った後に考えました。エッジって刃のことだよねぇ。エッジが効いてる?エッジが利いている?どっちなんだよ。
 エッジを調べてみました。サーフボードの先端とか剃刀の刃とか出ますが、どういう意味かうまく掴めません。刃が尖っているから、とんがった話なのかな?それともキレの良い話?わからない……。
 で、どうしたかというと、わからないままに短編を仕上げました。これなら尖っていて、キレが良いかなって。自分なりに精一杯。
 原稿を送ってしばらくしてゲラを戻して頂いたときに話しました。
「あのー。エッジきいてましたでしょうか?」
「ええ、カジオさんの今までにないタイプの話で、エッジきいてるそうですよ?」
 ???
 そんなわけでエッジがきいてるっていうのは、今でもよくわからずにいるわけですが、でも、注文をこなすことはできたんだ、とほっとしております。
 すると、さあ、なんでも来い。どんな注文でも書けてしまう気になってしまいました。すろと、来た、来た、……。
「キャラの立ったものを書いて頂けませんか?SFでも、そうでなくても構いませんから」
 そんな注文が入りました。
 は?また、わけわかんないことを。
 これも聞いたことがなかった。キャラというのはキャラクター、つまり登場人物のことだよなぁ。
 イメージを膨らませます。登場人物が魅力的で記憶に残るということを言っているのではなかろうか?あるいは鳥肌が立つような悪役とか、腹が立つような仇役とか。
 アニメ好きな知り合いが、確かに「キャラが立ってる」と言っていたのを聞いた気がします。しかし、注文でキャラが立ったものをと言われたのは初めてです。
「キャラが立った……仇役ですか?あまり、悪人は書けないのですよ」
 すると「エマノンなんて十分にキャラ立ちすぎですよ」と。
「ああ、なるほど」もちろん、わかったフリで答えました。
 エッジがきいた!キャラが立った!さあ、次はどんな理解不能の注文が飛び込んでくるのか?
 ええ。どんと来い!ですよ。

第136回 新刊「杏奈は春待岬に」が出るよ

 久々の書き下ろし長編を出しますので、気分が高揚しております。
 躁状態で嬉しいから、このエッセイでも取り上げることにしました。
 この書き下ろし長編は5年前に出す予定になっておりました。
 私は1971年に『美亜へ贈る真珠』で商業誌デビューを果たしたのですが、この書き下ろし長編を担当していた編集さんが、「今年出版できたら、〈梶尾真治、作家40年記念〉と帯に入りますよ!」と仰言ったことを記憶しております。アイデアも浮かんでないのに「がんばります。代表作にします」と大言壮語したのを、はっきり覚えていますから。
 で、他の締め切りが来るので、それをこなしていたり、う、う、う、アイデアが出てこん、と壁に頭を打ちつけていたら、その年に書き始めることはできませんでした。
 私は悪くない。出てきてくれないアイデアが悪い。
 やっとアイデアが出てきたのは天草を訪れたときですね。家族旅行で、夏場に海水浴ができるところへ行こうということになり、天草は下島の富岡へ。こちらに宿泊してのんびり。私は早朝一人で近所を散歩しました。
 富岡は、苓北町の入り口で東シナ海に突き出た形をした半島です。最先端まで歩くと、そこは公園になっています。駐車場の上に細い道が斜面に沿って続いていました。斜面には鉄砲百合が咲き乱れていて、素直に「いい場所だな」と関心しました。
 そして看板。
〈四季咲岬〉
 そういう場所だそうです。この岬は四季を通じて花を楽しむことができることを知りました。春には春の花、夏には夏の花……。咲く花々が看板に紹介されていました。そして思ったのが、四季咲岬……いいネーミングだなあ。まるで歌か小説のタイトルみたいじゃないか。他に、どんなネーミングが素敵かな?
 突然、「春待岬」という文字が”見えた”気がしました。
 「春待岬」と口にすると、不思議にも話がスルスルと浮かび上がってきました。
 そのとき、物語の3分の2は出来上がったのです。登場する女性の名もそのとき決まりました。
 物語を作るときには、シャープペンを持ち、プロットと登場人物を紙に書き込んで、ああでもない、こうでもないと組み立てていくことが多いのですが、こういう不思議な経緯もあるのですよ。プロットが頭の中で出来上がると、書き始めるまでに発酵現象が起こります。頭の中のプロットは無意識下で、ああでもない、こうでもないと、勝手に変更が加えられていく。これを私は発酵と呼んでいるのです。
 そして、書き始めるまでに編集さんにプロットを伝え、それからまたしてもほったらかし。
 また、時間が経過しました。編集さんからGO!の返事を頂いているのに。書き下ろしって、こうなんですよ。
 なかなか書かないから、編集さん怒っているかな?と恐る恐る尋ねます。
「怒ってませんか?」すると。
「お待ちしております」ひえええぇ。
 書き始めました。あれからかなりの時間お話を頭の中に寝かせていたから、すごく”発酵”しているかな。”発酵”じゃなくて、ひょっとしたら”腐敗”しているかもしれないけれど。
 なんと、腐敗も発酵もしていない。あのときのまま。こんなことは、あまりありません。
 書き始めました。
 書き上げたのが昨年5月。タイトルは「杏奈は春待岬に」
 どんなお話かというと、まず、SFです。そして、時間テーマです。
 私が商業誌にデビューすることになった「亜美へ贈る真珠」も時航機なるものが登場する時間テーマです。
 今回のタイトルに出てくる杏奈という女性にも、時間の呪いがかかっているのです。
 処女作と最新長編が同じ時間テーマだなんて、梶尾って40年経っても、ちっとも進歩しないんだな、と思われるのは覚悟の上です。
 だって時間テーマ、好きなんだもん。
 それに、時間テーマもいろいろ書き尽くされていますが、この描き方はなかったろう!という新しい視点を入れています。この発想があったから書いたのですよ。
 編集さんに言われました。
「このタイトルだったら、出版は春でしょう」と。
 なるほど。だから、それから1年近く熟成させて、桜の花の咲く3月に出版というはこびに。
 皆さまよろしくお願いします。
「杏奈は春待岬に」新潮社刊、3月下旬発売です。

第135回 ポスト・恵方巻き

 一度このコラムでも扱いました恵方巻き。私が不幸のどん底に突き落とされたというお話でしたが、覚えておられますか?
 その年の恵方を向き、のり巻きを丸ごと一本食べると縁起がいい、というのが恵方巻きの由来です。そして、いつ食べればいいか、というと、節分に食べる。
 その年は、節分が日曜だったので、山へ登りました。360度見渡せる頂上で、コンパスで恵方を確認してから、一言も話さずに(ここ大事らしい)のり巻きを食べたのです。
 ところが。
 下山して、自動車まで数メートルというところで転倒。小指を骨折してしまったのでした。あれから、恵方巻きイコール小指骨折という忌まわしい記憶が私に刻まれたのでした。
 以降、一度たりとも呪われた恵方行事はやっていません!昔であれば、節分といえば豆まきくらいでしたが、今は正月明けとともに恵方巻きの予約を方々でやってますものねぇ。十年前までは、恵方巻きの存在さえ知りませんでしたよ。
 どこかでバレンタインまでの消費者操作の陰謀が働いているだな。
 そう思い当たって考えてみました。
 ふと思い出したことがあります。動物行動学者のドーキンスが言いだしたミームという概念です。
 動物が肉体的に進化していくように、情報も進化するという考え方といえばいいのかな?音楽や言葉が流行るのは、心の中のミームが拡散していくからだ、というものです。
 ミームをどう訳すとしっくりくるのかわかりませんが、模倣子という訳もあったりしますね。強いミームというのは、強い伝染力を備えたものだということです。ある時代を迎えた途端、爆発的な伝染力をしたりするのもあるでしょう。
 一番最初に思いつくのは都市伝説ですかね。子どもたちの間で、テケテケや人面犬、そして口裂け女の存在があっという間に日本中に広がりました。しかも、これはテレビやラジオなどのマスメディアではなく、口コミという一番原始的な伝達方法で拡散繁殖したものですね。インターネットなど、まだ存在しない二十世紀のことですからね。いかに、伝達力の強いミームだったかということですね。子どもたちの口コミの力の強さは、昔からですね。幕末のおかげ詣りも、強力ミームのひとつということができるのではありますまいか。
 どうも、このミームを人工的に生み出し、利用するシステムが最近開発されているのではないかと思えてなりません。
 十数年前までは、日本では縁がない遠い国の風俗であり習慣であったものが、伝染力の強いミームとしてこの数年で拡散したものがあります。
 ハロウィンです。
 ケルトの祭りで悪霊払いの日。キリスト教徒も距離を置いていたイベントですが、アメリカでは子どもたちに大人気で脈々と続いていました。お祭り好きのアメリカ人の間では、仮装イベントとしていつの間にか大人も巻き込んで発展していたのですが、ある時を境に、ハロウィン・ミームが日本にも入り込んだようですね。カーペンターのホラー映画「ハロウィン」やハロウィンが物語に登場する「ET」が上映されても、日本では、ハロウィン?何それ?という受け取られ方だったのに。
 三年前くらいからですよね。ハロウィンのコスプレが若者の間で爆発的に広がったのは。
 それまで、全く増殖しなかったハロウィンのミームが拡散したのは、理由があるような気がします。
 先にも書きましたが、恵方巻きからバレンタインに至る手法をミーム・ウィルス培養法として確立し、ネット社会で効果的に操作している存在がある。
 私たちが、いや消費者が気まぐれで、何事にもすぐに飽きてしまうようになっているということです。昔ならクリスマス、お正月からバレンタインでよかったものが、イベントに集中できる時間がやたら短くなってしまっている。だから、クリスマスの前にハロウィンを入れこみ、お正月の後に恵方巻きイベントを押し込んで、バレンタインというミームを小刻みにばら撒くということでしょう。
 さて、私たちがもっと気まぐれで飽きっぽくなれば、もっとイベントが必要になってくるでしょうね。次は何かな、と予想してみたら、ありましたよ。
 節分お化けというイベントです。
 日本では、節分の夜に老婆が少女の髪型にしたり、少女が大人の姿をしたり、いつもと違うコスプレをして寺社詣りをすることをオバケと呼ぶそうです。昔、花街あたりでは盛んだったということで、これこそ日本のハロウィンではありませんか。次にミームをばらまく業界の方々が目をつけるイベントは、「節分オバケ」と睨みました。当たるか、どうか。

第134回 お正月は花岡山へ

 あけましておめでとうございます。一年が巡るのは、早いですねぇ。
 お正月と言えば、まず私が連想するのは、まさに極私的なのですが、花岡山です。
 花岡山というのは、私が住んでいる熊本市の里山です。ちょうど熊本駅西に位置する、仏舎利塔が山頂に見える高台といえばいいのかな。
 子どもの頃から、何千回登ったことになるのだろう?今も、三月から十一月の間は、朝の五時から山頂まで散歩するという日課を続けています。(冬期の起きぬけ散歩は、早朝血圧だから体に良くないということで家族に禁止されています。十二月から2月までは昼前後ですね。)だから、とても愛着がある山なのです。あまりに愛着がありすぎて、私の小説の中でもたびたび登場させる程です。
『OKAGE』では、巨大津波から逃れるために登場人物が花岡山へ駆け登ります。『つばき時跳び』では、主人公が江戸末期からタイムスリップしてきた女性つばきと、山頂までの散歩を楽しみます。『消失刑』でも、犯罪を起こして消失刑を受けた主人公が彷徨って辿り着くのが、花岡山です。
 山頂には、仏舎利塔やお寺があり、さまざまな石碑があります。散歩するときも、いろんな登山ルートの中から、そのときの気分でコースを選ぶのです。途中には官軍墓地がありますが、今は荒れ果てていますね。官軍墓地の横には西南戦争の時に薩軍が砲台を設置した場所があります。そこから熊本城を砲撃したそうですが、砲弾が熊本城まで届かなかった!という笑っていいのか間抜けなのか、びっくりなエピソードを知ることもできます。
 昔、加藤清正は熊本城を築城した折に、石垣の石をこの花岡山の山頂から切り出して運んだんだそうです。当時は花岡山とはいわず、祇園山と呼ばれていたそうですが、山頂付近には加藤清正ゆかりの腰掛岩(兜岩)があります。これは清正が岩の切り出しを監督するときに腰掛けていたという岩ですが、加藤清正は直々に指揮を執っていたのかな?鐘掛け松の跡というのもあります。作業合図に清正が使っていた鐘を掛ける松の木があった場所だそうですが。山頂の西側には巨大な鳥居が立っています。これは清藤稲荷の鳥居で、この清藤大明神と緋衣大明神の兄弟伝説は、前にこのコラムで紹介したことがありますので、気になる方は、読んでみてください。
 で、毎朝の日課で花岡山に散歩にでかけるのですが、最近、夜明け前に山頂までやってくる若者が増えてきた気がします。数人で日の出を待っている様子ですね。いろんなグループがいて、あまり素行が良さそうではないやんちゃな連中から、ちゃんと挨拶して静かに日の出を待つグループまで、いろいろです。なぜに、最近、若者が増えてきたのかな?日の出がきれいだから?とぼんやり考えていました。すると、あるカップルから挨拶され尋ねられました。「毎日、散歩するんですか?」「花岡山って心霊スポットなんでしょう?何か変わったことって今までありませんか?」
「ええっ!?」
 以前にも書いたことがありますが、何か訳の分からない気配を感じたことが一度と、花岡山の散歩から帰ったら変な球体の発光を目撃したくらい。でも、そんなことをいう訳にはいかないな、と。「えっ?そんな噂があるのですか?心霊スポット?」
 ネットで見たと仰言る。
 帰ってチェックしたら……そうなんだ。映像までバンバン出てきて、花岡山は心霊スポット!行っちゃいけない、不気味な場所になっているではありませんか。
 いわく、花岡山山頂へ彼氏とクルマで行こうとしたら、何度行っても吸い寄せられるみたいに巨大な赤い鳥居に着いてしまう、と。おまけに呪われたように頭痛まで始まった、と。
 へぇー。そうだったのか?よほどの方向音痴の方だなあ。右折個所がわからず同じ場所で直進してしまったのですね。夜だからなあ。
 それから山頂に女性の幽霊が出るという記述もありました。キリシタンの処刑された遺体が埋葬されているから、と。あ、写真を見たらこれは官軍墓地、薩軍砲台跡の横だぞ。私は昔から、夜開け前散歩で彷徨いてますが、一度も、怪異に出会ったことはありませんが。
 しかし、花岡山が、私の知らないところでどんどん心霊スポットとして著名になっていったとは複雑な心境です。
 今回は書きませんが、花岡山には、もっと面白いこともあるんですがね。
 で、お正月になると、初日の出を拝むのは、この花岡山山頂で決まり。
 いつもの夜明けであれば顔ぶれが決まった人数ですが、元旦の朝は、初日の出狙いで花岡山山頂は立錐の余地もなくなるのです。
 さあ、今年の初日の出はいかがでしょう。(と書いている今は、まだ年の瀬なのです。晴れたらイイなあ)

第133回 本当は怖いイノシシの話。

 私は干支が亥なので、イノシシが話題なると、耳が大きくなってしまう傾向があるようです。つい愛着が湧くというか。
 だから、西遊記の中でも豚の化物だけど猪八戒が、一番好きなキャラクターだったりします。食いしん坊だし、好きものだし、戒めなければいけないところが沢山あるところも共感持てますし。
 なぜ、急にイノシシのこと思い出したかというと、先日、福岡と佐賀の県境の山である背振山で、もう九州には存在しないはずのクマの目撃情報が連続したから。まず頭に浮かんだのは「イノシシをクマと見間違えたのではないか?」ということです。
 私は暇があれば山の中を歩いている人間で、イノシシに遭遇したことがあるのです。場所は南阿蘇の外輪山。地獄峠から駒返峠へ移動していたときのこと。稜線伝いをとろとろ歩いたのですが、途中で道の左右が深く木々で覆われたところがあります。そこにさしかかったとき、右手前方の茂みががさがさっ!犬かな?人かな?と思ったら黒い怪物が飛び出してきました。そのときの大きさたるや!クマだ?!その日は曇りで、辺はすべてモノクロームな風景でした。逃げなくては、と思えども足はフリーズしてしまい身動きができない。獣がゆっくりと身体の向きをこちら向きに変えたとき尖った鼻が見え、イノシシだとわかりました。相手もこちらを見たので、突進してきたらどうしよう。噛みついてきたらどうしよう。隠れることなんて思いつかない。するとイノシシは慌てて左の茂みに飛び込みました。
 そこで、あらためて恐怖が。まだ、そこの茂みで待ち伏せしてるんじゃないか。突然再び飛び出して突進してきたらどうすればいいのか?噛みつかれたり齧られたりしたらどうすればいいのか。いや、ほんとうにあれはイノシシだったのか?やはりクマだったのではないか?
 もちろん、そこで山歩きは中断しました。
 山を降りた後、脳内シュミレーションを繰り返しました。
 必ず、杖を持って山へ行く。イノシシが私に向かって猪突猛進してきたときは、確かすぐには方向を変えられないはずだから、素早く脇に避け、杖で急所である目の下を攻める。
 おかげで、随分と恐怖心は消えましたし、イノシシのことを忘れて山歩きを続けています。
 しかし、山の中でイノシシに出会うって本当に怖いのですよ。
 そんなことで、背振山のクマはイノシシだったに違いないと思っていたのですが、ほんとうはニホンアナグマだったそうですね。
 イノシシ猟をする人に、その話をすると「怖かったでしょうね」と同情されて教えてもらったのが、イノシシ撃ちでヌタ場待ちしちゃなんねぇって話。これは他のところでも書いているから簡単に。
 ヌタ場というのは山中の泥水が溜まったところ。イノシシは、ヌタ場を背中のムシを落とす風呂場として使っています。ヌタ場を見つけた猟師が近くの樹の上で銃を持ちイノシシを待っていました。するとそのヌタ場に大ミミズがいました。そこへガマがやってきてミミズをペロリ。そこにヘビがやってきてガマを呑み込んでしまいました。満腹したヘビが横になってガマを消化しているところへ、イノシシがやって来ました。ヘビはイノシシの好物。いっきにヘビを平らげてしまいました。満腹したイノシシに猟師はしめしめと銃の照準を合わせる。引き金を引きニヤリと猟師が笑ったとき、得体の知れない気配を背後で感じて、慌てて振り返ると…。
 だからヌタ場待ちしちゃなんねぇ、って。
「いやあ、イノシシにはほんとうにゾッとさせられたことがありました」と仰ったのは趣味で猟をされるIさん。天草の離島の知人から「イノシシが海を渡ってきて畑を荒らして困るから退治してくれんか」と頼まれて、二つ返事で引き受けられたそうな。
 畑で待ち伏せをして、二日目にイノシシが現れたので射殺したとのこと。
「よう解体できないから持ち帰ってくれ」と言われ、Iさんは愛車のステーションワゴンの後部にイノシシを乗せてフェリーに乗り込んだそうです。フェリーが海をわたる間は車を離れていて、港に着いたので車を出そうと乗り込んだとき、異常に気がついたのだそうな。
 なんと、運転席の床が動いている。
 何かわからないが、床が黒くなって、ゾワゾワ、ゾワゾワ。
 床に指をつけて確認して悲鳴をあげたそうです。床が動いているように見えたのは無数のダニだったのでした。
 死んだイノシシの温度が低下して、寄生していた体を離れ自動車の床全体に広がっていたらしい。
 その話を聞いたときは、私の全身も、モゾ痒くなりましたよ。
 これが、私の聞いた一番怖い話になるかなぁ。

第132回 台湾に行ってきました。

 何を隠そう、私は自分でもかなりのいやしんぼだと思う。グルメといえば聞こえはいいけれど、とにかく珍しいもの、美味しいものに対して人一倍執着がある。
 私の趣味の一つに山歩きがあるのだけれど、その動機として、山の頂上でグルメをする!というのがある。あるいは下りてきた登山口近くで、その土地の名物料理を探して食べるとか。久住山にコンロと鍋を持って行き、松阪牛とマツタケのすき焼きを作って食べたり、五家荘の山奥でキノコ鍋をこさえたり。山歩きの愛好者の方からは邪道だ!と罵倒されるだろうと案じつつも、美味しいものは食べたいよ。
 だって、人間が一生に胃袋に入れる食べものの量が決まっているなら、可能な限り胃袋は美味しいものだけで満たしたいよね。しかも世の中が変化して、いつ美味しいものを食べることができなくなるかわからないから、食べられる間は食べておきたいな。
 そんな考えでいる。
 食べものに好き嫌いはない。で、最近、台湾の食は凄いよ、という話をよく耳にするようになった。中華系は特に好き。それで「エマノンの舞台を台湾にしようかな。ならば取材だな」その合間に美味しいものを食べ歩くというのはどうだろう。
 そう理由づけて、二泊三日で台北に行ってきた。お昼には現地に着くから、七回は現地で食事ができるということで緻密な計画を立ててでかけた。
 到着してすぐに飲茶へと走った。私は点心が入った台車をテーブルまで押してきて選ばせるのをイメージしていたが違っていた。今は写真付きのメニューで選ばせるようだ。豚の皮の照り焼き、ジューシーなチキンをパイ皮で包んであるもの、油條という油揚げパンみたいなものを薄い餅で巻いたもの。表面しっとり、中サクサクで美味しかったなあ。本来ならお茶を飲みながら楽しむのが飲茶だけれど、私の場合は台湾酒(ビール)。飲みやすい。料理に最適。そしてまたしてもミートパイ。八角風味が独特だった。皮蚕(ピータン)もよかったなあ。黄身が緑色でねっとりしている。白身がべっ甲色の半透明。マヨネーズがかかっていた。野菜は豆苗を炒めたもの。見かけは地味だがニンニクが効いていて抜群の美味しさだった。これだけで日本との食文化の違いを堪能できた。そしてお昼の〆はお店のメニューにお薦めとあった炒飯の海鮮五目かけ、かな。本当は違う料理名だけれど、こちらのほうがわかりやすい。
 その夜は、もうあまり入らないな、と、夜市にでかけB級グルメを楽しんだ。地下鉄に乗って(乗りやすいし、わかりやすい。安い!日本の地下鉄のノウハウがかなり入ってるな)士林夜市に行ってみる。でも、お昼食べ過ぎてもうあまり入らない。牡蠣のオムレツとビールが精一杯かな。
 翌日は、朝から裏通りを歩き、人がたくさん入っているお店に飛び込んでみた。メニュー表にある日本語を頼りに書き込み手渡す。とにかく地元の人が入れ代わり立ち代わり。人気店なんだろうなあ。蛋餅というタマゴ餅を注文。外カリカリ、中ふんわか。初めての味だったなあ。それから豆漿といってホット豆乳ドリンク。隣のテーブルで辛い薬味を入れていたから真似してみたら、結構ピリ辛で好みの味になる。さらに大根餅も。朝からよく食べたなあ。
  それから、またしても移動。龍山寺というお寺に行ったけれど、特筆すべきは、そのお寺の近くの横丁で食べた「胡椒餅」なるもの。お寺の近くは人通りが凄いのに、その横丁にはほとんどだれもいない。だが一か所だけ人がたむろしている場所が。それが元祖「胡椒餅」のお店。真っ赤に焼けたでかい壺からお万十を焼いたものが次々に取り出される。それを皆、十個単位で大量に買っていく。もちろん私が買ったのは一個だけ。中にはゴロゴロと豚肉が詰まっていた。豚万十とも違う独特の食感。これは美味かった。「胡椒餅」はどこでも売っているらしいけれど、うまい店とまずい店があって、ここは美味さで評判の店だったとのこと。よかった。
 さて、その夜は九に取材にでかけてホテルに帰り着いたのが夜の九時過ぎ。
 ホテルの近くで食べるかと飛び込んだお店で、とんでもないものを食べてしまった。旅行中のベストの一品。潮式粥のお店。ええ、粥なんだけれど、見かけも普通で地味なんだけれど。とんでもなく美味しい。肉厚の特殊な種類の椎茸と鶏で作った粥。
 ふーん。粥?
 そう思って口に入れたら、舌から脳にかけてショックが走り中華匙を持つ手が止まった程の旨味全開。
 粥に対する考え方がコペルニクス的転回を遂げたなあ。まさにこの体験は未知との遭遇。
 この粥を食べるためだけに台湾に行ってもいいよ!
 最終日は台湾料理。イカ団子や蟹のおこわやら切り干し大根のオムレツなどを食べて、いづれも美味しかったなあ。こんな満腹グルメ旅行は久々だった。中華系は贅沢料理もジャンクフードも何でもおいでみたいな気になるよ。
 台湾に何か食べに行こうと誘われたら、ホイホイ乗っちゃうかも。
 それからもう一つ。台湾を発つ日のこと。小銭が残ったのでホテル近くのコンビニへ行った。そこで、何やら正体不明の瓶詰めのご飯の友みたいなのを、何も期待せずに買ってみた。それを帰宅後に食べたら……なんという旨さ。食べるラー油というのが一時期流行したけれど、もっと辛いし、もっと旨味がある。小エビやら小魚の姿もわかる。ウマーい。知っていたら買いだめたのに。「五星上醤」とあったから、これから台湾に行く方はぜひメモを。ま、こんなとこかな。
 観光は?どんな取材したのって?
 それは作品の中でゆっくり丁寧に語るつもりなので、その時にということで。

第131回 今年もそろそろ例の季節

 8月の終わりがけ。ふっと明け方に寒さを感じることがあります。そんなときに、真っ先に頭に浮かぶのは、「そろそろキノコの季節が始まりそうだ」ということ。
 山ではハタケシメジが顔を出す準備をしているんじゃんないかな、と。
 昨年までの日記を開いてみます。日記といっても、メモ程度のものですが。何月何日にどの山へ行った、その日の気温や天気はどうだった、何のキノコが採れたか、日記に付けた記録を見るとよくわかる。記録は数年分にわたっているので、あまり大きな狂いもなくキノコをゲットできるのです。これは私の宝物ともいえるかな。ハタケシメジやらムキタケ、クリタケなどは、過去のデータとあまりぶれることはないのですが、キノコの種類によっては、全然あてにならないものもあります。見事としかいいようのない真っ赤なタマゴダケとか、ナメコとかは、記録通りに同じ時期に同じ場所に行っても、一本も見かけないということも珍しくありません。まあ、表年、裏年というのもありますからね。
 今年が表年であることを祈っておりますが。
 キノコが好きという人には、最近よくお会いしている気がします。とにかくキノコを見ているだけで楽しいからと、キノコグッズを作ったりされる方もいますね。私がキノコ好きだと聞き及んで「キノコ採りに連れて行ってください」と頼まれることも増えました。でも、実はあまり開放的な性格ではないので、いつも決まった人々と、こっそり採りにいっているのです。
 いつも一緒にキノコ採りに行っている人々は「食菌の会」と称していて、どんなキノコを採るかの判断基準は一つしかありません。「そのキノコは美味いか?不味いか?」
 私には基本的にキノコとは何ぞや、というペダンチックに研究したりする趣味はございません。
 種類はどうでもいいんです。
 そして、その採れたてのキノコを、山でいかに美味しく食べるか!の一点に神経を集中する、潔い仲間です。
「ああ。キノコ採り。今度お連れしましょう。いいですよ」と、キノコ採りに連れて行ってください氏に安請け合いするのですが、自称「食菌の会」の人々は、「ダメダメ。そんな人はいづれライバルになるんですよ。先回りして採られて、私たちが採るはずのキノコは根絶やしにされてしまうんですよ!」釘を刺すんです。
 ホントは連れて行きたいけれど、ごめんなさいネ。かつてキノコを採るテレビ番組で、山の中を歩きながらキノコを採るようすを紹介したのを見て、「何ということを!あの番組でキノコに興味を持つ人が増えたらライバルになるんですよ!」と激して糾弾されました。
「大丈夫ですよ。どの山かわからないから」といっても、「いや山好きの人が見れば一目瞭然!」と許してくれませんでした。キノコを採りにお連れできないのはそういう理由です。悪いのは私じゃない。この人たちのせい。
 ところで、キノコは健康にいいからということで、ブームになっているとか。
 多いのは「アガリクスってガンに効果があるそうですがどうなのでしょう?」という質問。いや、アガリクスとはハラタケ類の学名でして、いろんなアガリクスがある。南米のアガリクスの或る種が効果があるかもという説を聞いたことがありますが、よくわかりません。サルノコシカケもガンに効果ありと、漢方の世界で評判になったそうです。そういえばあまり聞きなれないメシマコブというのもサルノコシカケの一種ですね。長崎の離島の女島の桑の木に発生するサルノコシカケの一種が効果があったというので、韓国で培養研究が進んだらしい。現在、女島にはないそうですが。今、注目を浴びているのがシイタケ菌株らしいですよ。シイタケそのものじゃなくて、その根っこの木の中にあるのが”シイタケ菌株”
 シイタケなら何でもいいのではなくて、効果があると認められているのは菌株だけらしいのです。それも、特定の培養した菌株だけ。
 で、キノコの薬効というと、抗がん性をうたったものが多いですが、最近、認知症の予防になるキノコのことを聞きました。
 ヤマシブタケ。
「脳の元気をサポートする成分」を含んでいるのだと。へぇー?
 で、そのヤマブシタケを梅焼酎として作った製品を飲んでみました。「茸の恵(きのこのめぐみ)」というお酒。ヤマブシタケが漬け込んであるらしい。
 飲んだけど、全くキノコ臭は感じませんね。本当に認知症に効果があるかどうかは、もっと飲み続けなければわかりませんが、確かなことは一つ。
 おいしい。
 ロックで飲んだのですが、炭酸で割ってもいけるかな。
 いづれにしても私の歳になると脳機能の衰えに不安を抱えているから、ありがたい。
 副作用は、飲み過ぎることかな。
 ヤマブシタケは真っ白で、山伏が着ける胸飾りに似ているところから、そう名付けられたそうです。湯でてポン酢で食べたり、油で炒めれば美味しくいただけるキノコです。しかしまさかアルツハイマーに効果があるとは、想像だにしませんでした。
 みなさんもお試しになってはいかが?
 大事なことなので、もう一回言います。
 高橋酒造さんの「茸の恵」という秘酒です。お間違えなきよう。

第130回 『猫の惑星』が出ます

 実は、わが家には昔から猫が飼われていて、それが当たり前の光景となっています。ペットを飼う人には猫派と犬派とあるようですが、そういうことでわが家は猫派なのですね。母から孫に至るまで猫ラブなのであります。私はどうかというと、昔から猫に囲まれて暮らしていたので猫以外との生活が考えられないというか。しかも、私がベッドで横になっていると体に飛び乗ってきて「なんで私をほっといて休んでるのよ。早いわよ」と言いたげに胸の上から見下ろしたりする。
 私は完全に猫たちに召使だと思われているようです。
 孫にしても生まれたときから周りに猫がいるので、猫が大好き。
 そんな孫と話をする中で小説が出来上がるという不思議な経過がありました。
 その頃、長編小説のお話をいただきました。400枚を超える連載で、何を書いたら読者の皆さんに喜んでいただけるかを考えておりました。で、小学校高学年の孫に相談したわけです。孫が好むコミックやアニメ、ゲームはどれも評判になる前に「面白い」と言っていたので、孫のセンスは信頼できるということで。
 で、どんな話が読みたい?と尋ねると「そりゃあ、面白い話を読みたい」と当たり前のことを。
「どうやって面白い話とわかるんだい?」
「タイトルと表紙かなあ」
 表紙は、もっと後の話だし、作者はどこまで関われるかわかりません。「うーん。こっちで決められるのは、お話のタイトルくらいかなあ」
「読みたくなると思うタイトルをいろいろ言ってみてよ」と孫。
 それからは、思いつく限りタイトルを並べてみました。孫からなぞなぞを出されて次々と答えていくように。私がタイトルを言うたびに「違う!」と応えてきます。そんな状況で、孫の反応がかすかに変化したのは”猫”という単語がタイトルに入っているときでした。「殺しの猫小僧」とか「猫猫ハンター」では、まだ首をひねっていました。試しに「長靴をはいた猫」を入れてみると、「いまいちだよ」という返事。しかし、「猫」を入れると返事が少し遅れるのは確かなのです。
 そういえば、代々飼っている猫ですが、やはり人とは違った超常的な能力を備えているのでは?と考えてしまう出来事があります。
 昔飼っていたシロという猫が、天井の一点を凝視して唸り続けたことがありました。夜遅くから明け方にかけて。そのときのことは『猫視』というエッセイに書きました。人間に感知できないものが空中に存在しているのを感じているからではないか。そう言い出した娘が、邪気を払う!悪霊退散!と塩をまいたり般若心経を唱えたり。深夜の大騒ぎになっていたのですが、翌朝母が話すには、亡き父が夢の中に出てきたのだとのこと。しきりに母に何かを伝えようとしていたのだが、何を伝えたかったのだろう、と言いました。それで娘を始め、皆がびっくり。塩をまいたり悪霊退散で祓ってしまったのは「おじいちゃんだったのかも」と。
 今はわが家には2匹の猫がいます。きな子とあん子というのですが、2匹にも不思議なものが見えているようです。
 6月下旬に入ってすぐのこと。朝、散歩から帰宅すると、家の中にきな子が。寝室の北西の隅の宙を睨んで唸っていました。ひょっとしてヤモリか蛇でもいるのかと探しましたが、それはないようです、娘が「気のせい!気のせい!おじいちゃんなら、申し訳ないよ」と、きな子をほかの部屋に連れ出しました。すると、その後にあん子がやってきて同じ場所に座って天井を見上げているのです。
がかすかに変化したのは”猫”という単語がタイトルに入っているときでした。「殺しの猫小僧」とか「猫猫ハンター」では、まだ首をひねっていました。試しに「長靴をはいた猫」を入れてみると、「いまいちだよ」という返事。しかし、「猫」を入れると返事が少し遅れるのは確かなのです。
 そういえば、代々飼っている猫ですが、やはり人とは違った超常的な能力を備えているのでは?と考えてしまう出来事があります。
 昔飼っていたシロという猫が、天井の一点を凝視して唸り続けたことがありました。夜遅くから明け方にかけて。そのときのことは『猫視』というエッセイに書きました。人間に感知できないものが空中に存在しているのを感じているからではないか。そう言い出した娘が、邪気を払う!悪霊退散!と塩をまいたり般若心経を唱えたり。深夜の大騒ぎになっていたのですが、翌朝母が話すには、亡き父が夢の中に出てきたのだとのこと。しきりに母に何かを伝えようとしていたのだが、何を伝えたかったのだろう、と言いました。それで娘を始め、皆がびっくり。塩をまいたり悪霊退散で祓ってしまったのは「おじいちゃんだったのかも」と。
 今はわが家には2匹の猫がいます。きな子とあん子というのですが、2匹にも不思議なものが見えているようです。
 6月下旬に入ってすぐのこと。朝、散歩から帰宅すると、家の中にきな子が。寝室の北西の隅の宙を睨んで唸っていました。ひょっとしてヤモリか蛇でもいるのかと探しましたが、それはないようです、娘が「気のせい!気のせい!おじいちゃんなら、申し訳ないよ」と、きな子をほかの部屋に連れ出しました。すると、その後にあん子がやってきて同じ場所に座って天井を見上げているのです。
 もちろん、私には何も見えない。
 この日のことを人に話してみました。何かいるんですよ!という反応やら、虫では?という反応。
 面白いことを仰った方がいたので、紹介しておきます。
 実はこの日は夏至にあたったのですが、この方曰く「夏至の日は空間に穴があくんです。人間にはその穴は見えないのですが、猫にはそれが見えるのです。猫はその穴を見ていたと思います」とのこと。
 なるほどー!
 しかし、何が面白くて猫たちは空間にあいた穴を覗いていたんだろう?
 そこがわからない!
 話は戻ります。
 そんなとき、ポロリと孫に言ったタイトルが「猫の惑星」です。これには孫が喰いついてきました。
「おじいちゃん、それいいよ。絶対読みたい」
 で、構想ゼロから組み立てた「猫の惑星」は最初の読者を孫に想定しました。
 さて、9月中旬に1冊にまとまりPHP研究所より発売になります。
「猫の惑星」、どうぞよろしくお願いします。

第129回 文庫版『アラミタマ奇譚』出たよ

 数年前に、熊本は火の山、阿蘇山を舞台にした小説「アラミタマ奇譚」を書きました。その文庫版が出ましたので、声を大にして宣伝します。
 この小説がどんなものか紹介しておきますと、主人公が恋人の故郷である阿蘇にやって来るのですが、阿蘇山上空で飛行機事故に遭ってしまいます。このとき助かったのは主人公だけ。他の乗客、乗員はすべて行方不明。全員消失してしまったかのようでした。恋人の家族は阿蘇に住んでいて、主人公は彼らとともに阿蘇の怪奇現象に次々と巻き込まれていくことになります。果たして、その怪奇現象の真相はなんなのか?というのが、簡単なあらすじなのですが、
 主人公が怪奇現象に遭遇するのは、いづれも現実に阿蘇の外輪山に存在する場所ばかり。架空の場所はひとつもありません。
 登場するのは、最近パワースポットという評価を受けているところばかりです。
 たとえば、南小国町のストーンサークル上の巨石群、押戸石。南阿蘇の上色見にある熊野座神社の社の上にある穿戸の穴。そして阿蘇ロープーウェイ横の西巌殿寺。そんな場所で、この世のものではない存在と主人公は戦うことになります。なぜ、そんな場所が登場するんだよ。観光ガイドのつもりかいと言われそうですが、実は、パワースポットっていったい何なんだよ、ということが物語に大きく関わってくるのです。だから、パワースポットと思われているところが必要だったわけで。その理由は、本を読まれるとおわかりになると思います。
 これらの場所を確認に行きました。描写するためには嘘は書いてはいけない。しかも、足を延ばせばすぐに見られる熊本市から一時間ちょいの場所にありますから。
 連載前にひと通り。それから描写中にも、それぞれの場所を回りました。やはり、現場に立つと、生々しく描写できる実感がありました。
 本作で怪異の起こる場所は、そのまんま描写してますから、リアルなはずですよ!!
 ただ一つ。本書の表紙の写真にも使われている米塚ですが、後半の怪異の舞台は、この米塚の地下にある地下空洞に設定しました。
 米塚に地下空洞があるのは、あまり知られていないので、よし、使っちゃれと思った次第。ところが……取材に行くと、米塚の園地入り口は鉄条網で塞がれていて立ち入りできなくなっていました。しかもご丁寧に「立入禁止」の看板まで。仕方なく、この場面の描写は私の想像だけで描いたのです。
 物語は仕上がったのですが、それからずっと、米塚地下空洞のことが気になっていたのでした。
 ところが、昨年の某日、奇跡が起こりました。なんと、米塚地下空洞へ入れる機会が訪れたのです。しかも、阿蘇火山博物館の池部館長と牧野連合の高藤委員長のご案内で。
 米塚は、阿蘇の風景の中で大好きなもののひとつです。その米塚の未知の地下へ入るなんて、ワクワクではありませんか。そして、自分の想像の描写と現実がどう違うのかも、自分の目で確認できますからね。
 で、米塚園地に入りました。離れて見ると米塚は頂上が窪んだ美しい円錐形をしています。歴史も浅いんですね。三千年くらいだそうですから。
 自動車で園地に乗り入れ、しばらく走ります。米塚を大きく迂回しながら。どうも入り口が幾つもあるようなのです。
「さあ、着きました」え、どこだろう?「注意してください。マムシが、ここいらいっぱいいますから」ぐへぇぇぇ。マムシは苦手で相性が良くないんです。しかも、周りは丈の高い草。「ここです」と教えられてもどこに入口があるのかわからない。草の中に縦穴がありました。「これが溶岩トンネルです」
 地下空洞は、火山の溶岩トンネルなのでした。ヘルメットを被り、下って行きました。ごつごつした岩場で、ライトをつけないと真っ暗闇です。かなり大きなトンネルです。十数メートル進んで何度もヘルメットを岩にぶつけます。その奥の方にライトの光の中を何かが飛ぶ。目を凝らして仰天。天井にびっしりとコウモリが!岩の表面にびっしりと付着しているのは?
 コウモリの糞でした。
 次の穴、その次の穴へと移動すると、それぞれ違う性格の空洞。人が入れない穴の奥深いところに、風が吸い込まれていく……。「この辺り、どんな豪雨があっても、水の被害はないんですよ。雨水をすべてこの溶岩トンネルが呑み込んでしまうから」
 そして、結論。
 私が「アラミタマ奇譚」で描いた米塚地下の描写は大きくは間違っていなかったのです。
 それだけはご報告しておきたいと思います。
 現在は、いづれのトンネルも立ち入ることはできません。皆さんの想像力でそのパワーと神秘性を感じていただければうれしいのですが。
 それでは、文庫「アラミタマ奇譚」(祥伝社)よろしくお願いします。

第128回 電子書籍なるもの

もの書きの仕事をやっていて、尋ねられることに時代の変化を感じることがよくあります。
「筆圧が強いので、手が痛くなって辛いです」と紹介文に書くことがあるのですが、それを読まれて、びっくりされる方が増えました。
「えっ?ひょっとして原稿は手書きなのですか?パソコンじゃないのですか?」
 私パソコンを持ちません。一時期、持っていたこともあるのですが、家族に奪われてしまいました。だから知り合いと連絡をとりあうときのEメールは携帯電話を使うことにしております。それもスマホじゃありません。ガラパゴス携帯、いわゆるガラ携であります。中には、大容量のデータを添付して来られる方もありますが、開けません。そんなときは「すんません。プリントしたものをファックスしていただけませんか?」と、恥ずかしながらお願いすることにしています。
 根っからのアナログ人間なのでしょうか。
 いや、実はパソコンで小説やらエッセイやら書いたことがないわけではありません。確かに最初は慣れないキーボードで執筆速度が遅かったことは認めます。ただ、一定期間を経過すると、キーボードタッチは結構なスピードに上達しました。それでエッセイを書いてみたら…。
 あれれのれ。
 なんと、思考速度よりも指先の動きのほうが速くなってしまったのです。
 いわば指先の暴走状態とでもいいますか。頭の中にこれから書こうという文章が浮かんでいるにもかかわらず、書こうとした文章に関連した文が勝手に指先から打ち出されて増幅する、という怪奇な現象が発生。
 どうも上手くまとまらない。
 それで、キーボードをやめて、再び手書き原稿用紙に戻ってみました。すると、文字を書く速度と思考速度がぴったり!で、今に至る、というわけです。
 私が手書きを続けてることを知り驚かれる方は、続けてこうお聞きになりたいのでしょうね。
「ところでカジオさんは、どんなものを書いておられるんでしたっけ?SFとかが多いんですよねぇ。SFって未来の技術とかを書いたりするんですよねぇ。そのカジオさんが手書きですか?」と想像します。私も「紺屋の白袴ってやつですよ」と心の中で想像の質問に答えているわけですが。
 もう一つ、時代の変化だなぁと思うのは、「電子書籍をどう思います?」という質問が増えたことです。私のまわりでも「読書は最近はKindleです。字が大きくできていいですよ」と言ってる人々が増えてきました。
 ちなみに、私は書物は紙だけ一本槍です。何となく……じゃなく本は自分の手でぺらぺらページをめくらなくては。あと、どのくらい読めるか、自分の目で本の残りの厚みを確認したい。
 だから、全く電子書籍タブレット端末は持っていません。
 東京から来られた編集者の方がKindleを持っておられたので尋ねてみました。
「やはり、Kindleが使いやすいですか?読みやすいですか?」
 すると、編集さんは仰言いました。
「使い分けているんですよ。やはり小説とかの文字情報は紙の本がいいんですよ。ただコミックは本で買うと量がねぇ。やたら溜まるんですよ。だから、コミックはこちらにしてます」
 はあ、なるほどね。
 それから私も、書籍タブレット端末のことをいろいろ検討しているのです。そして、先日、銀行に口座の振込のつけこみに行ったら驚く数字が入金されていました。電子書籍の印税でした。それだけ書籍タブレットで読む人が増えているんだなあと実感した次第。
 電子書籍はいかがですか?という質問には、こう答えることが多いです。
「大好きな人がデータ化されて、専門の装置を使えばいつでも会えるなら、あなたは本人じゃなくデータで満足しますか?」と。そして、「”人”を”本”と置き換えるとわかりやすいかと思います」と付け加えます。
 私は手触りや匂いなど、本のすべてが好きだから、電子書籍はちょっと無理かも。でも、大好きな人をデータ化したら老化しないよなあ。大好きな本もそのままだと酸化したり日焼けぼろぼろになったりするなぁ。
 ちょっと待て。
 しばらくしたら、どちらがいいか違った結論にたどり着いているかも。