第51回「恵方巻」

この数年で定着した行事らしい。
子どもの頃は、節分といったら親が鬼の面をかぶって逃げまわるのを、豆をぶっつけて走りまわっていたくらいのおもいで。
ところが、最近数年は、巷ではその時期になると「恵方巻」なるポスターや旗をコンビニで見かけるようになった。節分の日に、恵方巻を食べると、何やらいいことがあるらしい。土曜丑だって鰻を食べるでしょう。だったらゲンを担ぐのがお好きな国民であるから、節分には、恵方巻を食べるべきでしょう、ということらしい。これ、やっとかないと、バレンタイン・デーも控えているんだから、みたいな。
私の住む熊本では、そんな習慣はまったくなかった。だから、恵方巻というのは、余程特殊な食べものなんだろうな、と初めて耳にした頃は、思いこんでいた。
コンビニで目にして、これが恵方巻かあ!
ただの海苔巻きじゃないかあ。
丸かぶりしなければならないらしい。それも、その年の歳神さまがいる吉方角を向いて。
歳神さまは、仰天するだろうな、と思った。

見下ろしたら、全国民が自分の方を見て、黒い筒のようなものを口に咥えている。異様な光景の筈だ。何事だと思うだろう。事情を知らない歳神さまは、皆で自分のことを馬鹿にしてるんじゃないか、と考えないだろうか。
ちなみに今年は、東北東だそうです。どうでもいいけど、念のため。
ある方に由来を教えて貰った。
「関西の商家で、節分の日に海苔巻き作って、使用人に一本づつ配ってたんですよ」
「へぇ。どうして丸のまま食べるんですか?」
「もらった丁稚が、切るものないんで仕方なく、ですよ」
「そこへ、番頭が出てきて、おまえたち、そんな店先で食べていたら見苦しいよ。あっち向いて食べなさい。向こうが今年の恵方だからね。そう言われた丁稚たちは、アイ・アーイと食ってた」
「ふむむむ」
「そんな由来を、縁起ものだって関西の海苔業者がPRした。で、それを拡大キャンペーンしたのがコンビニ。一月二月って売り上げが落ちるから、バレンタイン前のイベントで、海苔巻販売拡大で恵方巻を強力にプッシュし始めたんですよ」
嘘かマコトか知らないけれど、そんな経緯を料理人の方に教えてもらう。後、由緒正しい恵方巻とは、七種類の具材が中に入っているのだということも知る。かんぴょうやら、でんぶやら玉子焼きやら。何故、七種類入れるかというと、七福神にちなんでいるらしい。そういえばカレーのお供の福神漬というのも、七種類入っていたなあ。
じゃあ、大黒天は何だろう?カンピョウかなあ?七福神の中では弁財天のファンの私ですが、とんと見当がつかないよ。誰か知っていたら教えてください。
でも、それほど厳密なルールは関係ないのかもしれない。見かける広告には、長い食べものなら何でもいいだろ、というように、ロールケーキを恵方ロールと称していたり、メキシコのトルティヤを恵方トルティアと売っていたり。
恵方巻の浸透と拡散で、だんだんわけのわからない世界になりつつあるなあ。
味?
一番問題は、そこだよなあ。
二年ほど前に、天草の山に登った日が、ちょうど節分。で、コンビニではなく、途中のお寿司屋さんで恵方巻を作ってもらった。
「次郎丸岳の山頂で食べるんです」
そのときは、エビやら穴子やらが入った贅沢な太い恵方巻が。
それが恵方巻初体験。
山頂でコンパスを見ながら、今年の恵方を確認……しようとしたら、その年の恵方がどっちだったか、忘れてしまった。西がついていたよなあ。西北西だっけ。北北西だっけえ。寿司屋の巻きものだから「今年の恵方」がついていない。
仕方ないから、西方向を向いて立ち、ゆっくり身体を旋回させながら食べたよ。ま、西方向をだいたい網羅しておけば大丈夫だろうって。て、我ながら、いい加減。
味?
うん、確かに、そのときの恵方巻は絶品の美味しさだったなあ。

第50回「2012年の恐怖」

あけましておめでとうございます。
一年が経過するのって、速いですね。年齢を重ねる度に実感します。お花見をしたのが、つい先日のような気がするのに、もうお正月ですからね。子どもの頃は、なかなかお正月が来てくれない気がしたのに、今は、もう光陰矢の如しって、このことだなって思えるほどです。時の流れる速度って年齢に比例して速くなるのかなぁ。あるいは身長に比例したりして。低い場所で時がゆっくり。背が伸びると、高い場所では時は坂を転ぶ石のように、とか。
あるいは、年齢を重ねて、思考速度がゆっくりになって、時の速度に追いついていないのかもしれない。
でも、この年齢になると、あまりめでたいとも感じなくなります。テレビの正月番組で着物姿の出演者の空騒ぎを見ていると虚しさしかありません。
一休和尚が、乞食坊主の姿で手に髑髏を持ち、正月を祝っている家をまわって「正月は冥土の旅の一里塚。めでたくもあり、めでたくもなし」と唱える意地悪じーさんぶりも、理解できるようになってきたような気がします。
さて、そんな時期に思い出すのが、2012年の何ちゃらであります。

よほど、人は終末論が好きと見えます。世紀末には1999年7の月にノストラダムスの大予言で人類は滅びる予定だったのを潜り抜け、ファティマの予言も何ごともなく、そして今、クローズアップされているのが、2012年の12月終末論であります。
“宇宙人を見た!”の回で紹介したおじさんですが、その後も、私にユダヤ陰謀論を熱く語ったりして、株が暴落すると大損しては「ユダヤのプログラム通りだ」とか、「新型インフルエンザは、某組織による人口調節です。地球人口は、彼らにとって十億人くらいが、ちょうどいいらしいんです」と酔眼で警告を流し続けておられます。
そのおじさんが、最近言いだしているのがこの2012年クライシスなのであります。「カジオさん、知ってますか?2012年の12月に人類はとんでもないことになっちゃうそうなんですよ」
彼は、最近、そのような話を聞き及んだらしいのです。私は、職業上、そんな情報は、よく入ってくるから驚かない。とんでも超大作を撮るローランド・エメリッヒも、そんな、まんま「2012」というタイトルの映画を作っているという話もあるし。
「知ってますよ。ユカタン半島にある古代マヤ文明の万年時計が、2012年の12月23日で切れているってのが、スタートになっているんですよね」
「そうそう。よく知ってますね」
「だって私の誕生日は、12月24日だから、誕生日の前日に世界が滅ぶってことでしょう。
そのカレンダーには、マヤ文明が滅亡する日は書いてないんですよね。そっちの方が、彼らには重要じゃなかったのかなぁ。予言するなら、そっちでしょ。それと、ホピ族の予言をからませて流布してる」
「あと、フォトン・ベルトがちょうどそのとき地球を包んでしまうという、何の根拠もない疑似科学の説がありますよね。それで、人間の遺伝子構造が変化して、進化する奴と淘汰される奴が出るというけど、フォトンを浴びてどんなことが起こるか、誰にもわからない」
そのくらいが、私が理解していることだが、フォトン・ベルトなるものが実在しているかどうかも証明されているわけじゃないし。
「その通りですよ。皆、勉強してないんですよ」
「勉強したって仕方ないでしょう。嘘か真かもわからないし。それで大衆が攪乱されてパニックになる方が余程怖い。そうなったら、それは予言の罪ですよね」
「でも」、大変なことですよ。これは……。あと四年経ったら」
「だったら、あと四年経ったらお金なんて紙屑になってしまうんだから、今のうちに全部使ってしまいましょうって広報した方がいいんじゃなかなぁ。預金されているだけで流通していないお金が、すべての市場で動き始めたら、不況はあっという間に解決して、経済が活性化する気がしますねぇ。人類が四年後に滅びなかったら、その後は知らないけれど」
まだまだ、このおじさんは面白いネタを持ってきてくれそうであります。

第49回「苦手ないきもの」

私のまわりにムシが駄目だという人が山ほどいるんです。例えば……。
妹はチョウが駄目。
何故、駄目なんだと訊ねたら、子どもの頃に読んだマンガがトラウマになったと。
それは楳図かずおさんの恐怖マンガで、主人公の女の子が学校の食事の時間の描写だそうな。
女の子が、お弁当を開くと、ご飯の上に羽を開いたあげは蝶が!半ページの大きさで。それを見て以来駄目になったと。
聞いて想像しただけで、私も、うっぷ。 現実に、そのマンガを私が見ていたらと思うと、ぞっとします。
クモが嫌いだという人も沢山いますねぇ。これは、わかりますよね。姿、形からして嫌だというんです。
私の孫も、クモが大嫌いでクモの姿を見かけただけで逃げまわります。そのくせに、私がパソコンを覗いていると、寄ってきて「おじいちゃん。世界のクモを見たいよ」
で、さまざまなクモの写真を眺めながら、孫は歯をむき出し、しかめっ面で「う・う・う・う・う」と呻きながら、マウスを操作したりします。
どういう心境なのか、よくわかりません。怖いもの見たさ、なのか、単なるマゾなのか。

他にも知り合いで、その嫌いなクモが愛車の中に出現して、恐怖のあまりロードサービスを呼んだ人もいます。
どんな状況だったのか、想像するしかありません。ロードサービスの方にもクモだけは駄目だという人がいるかもしれない。
「どうされたんです」
「車内にクモが…クモがいます。追っ払ってください」
「ええっ。私はエンジンもなおすし、ブレーキも調整します。しかし…クモ…クモだけは駄目なんです。なんで私が…」
「でも、クルマがこのままじゃ運転できません。そのためのロードサービスでしょう?」
「わ・わかりました。や・やります」
「その座席の下あたりですぅ」
「は・はい。あ。いた。いました!は。跳ねた。ひ・ひえーっ」
「ひえーっ」
そんな修羅場が展開されたのではないでしょうか?
私も苦手なものがあります。
ナメクジです。
「ナメクジなんて、別に刺すわけでもなし、どこが怖いんです。ホームレスのかたつむりじゃないですか?」
そう言われたりしますが、苦手なものは苦手。説明してもわかって貰えない。
子どもの頃、夜市に出かけるとき、庭先に置いていた下駄を履いたとき、ぬるりとした感触が。
何だろうと思って、電灯の下まで来たら、それは……ナメクジ。
ぎゃあ!
それ以来、生理的にナメクジが駄目になってしまいました。
ちら、と見ただけでもう駄目。
もう生理的に受けつけず、その後、長編「サラマンダー殲滅」で気色悪い生物を考えるとき、空飛ぶナメクジ「飛びナメ」を創造してしまったほどです。
他にヘビが嫌いだという人。ゴキブリが駄目、ネズミが厭、そしてヤモリ、ヒル。
娘は、夜中に首をムカデに咬まれて救急病院に担ぎ込まれ、それ以来、ムカデが苦手らしいのです。
ムカデも怖い人が沢山いるようですね。
山歩きの帰りに、田舎の古民家を改造したお洒落なカフェというか喫茶店に立ち寄ったときのこと。私は窓際の席に座り、コーヒーを注文しました。
昼下がりのカフェの客は他に二組。四人組の若い女性ばかりと、老夫婦。
そこで静かでのどかな時間を楽しみました。
すると、突然、若い女性の悲鳴が。びっくりです。見ると、四人組の若い女性がテーブルから立ち上がり、きゃあきゃあ騒いでいる。何事?
「壁がもぞもぞ動いていたから何だろと思って」
「きゃあ、何?このムシ、何なの?」
「ムカデよ。ムカデ」
「刺されたらひどいわよ」
「すみませーん。来てくださーい。壁にいます。あ、柱に行った。きゃあ。落ちた」
そのとき、正体が見えました。床を這いずって。赤くて黒くて、8センチほどの大きさの紛うことなきムカデです。
老夫婦の男性も立ち上がり、店の女性に「ハサミを持ってきなさい」と叫んでいます。店内はパニック状態です。
すると年の頃二十歳くらいの店の女性がホウキを持って奥から登場しました。
「すみません。すみません」と客たちに謝りながら、か弱そうな女性はムカデを掃き始めました。
男性は「そんなんじゃ手ぬるい。蝿打ちで叩き殺さんと!蝿打ち!」と叫びます。
女性は「はい!はい!」と申し訳なさそうに応えつつ、そのまま表に掃き出すために出てしまい、店から姿を消しました。
店内が鎮まり、やっと客たちも落ち着きを取り戻しました。女性の誰かが言いました。
「やさしいわね。いきものだから逃してやったのよ。生類あわれみの令ね!」
私が、窓から外を見たら……。
さっきの店のか弱そうな女性が、表で何度も足でムカデを踏み潰していたのです。凄い迫力で!
店内に戻った女性は皆に「申し訳ありません」と告げ、何もなかったかのように奥に消えました!
なんかすごいもの見たなあ。

第48回「信州マツタケ征伐」

ふだん、キノコが好きで、キノコ採りにばかり出かけている。しかし、生まれてこのかた松茸だけは採ったことがなかった。
松茸が出るという噂の山にも何度か行って見たが、出会えた試しがない。
松林に分け入り、確かに松茸の匂いがするヨ!というあたりを鼻面を地面にくっつけんばかりに探しまわったのだが、見つけるには至らなかった。
私の中では、幻のキノコだったのだ。
だから、「松茸ぇ?あんなの金出せば買えるじゃないか。そんなのキノコじゃないヨ」と常々言っていたが、それは、もちろん負け惜しみだったのである。
本当は、一目でいいから松林の中に生えている松茸を自分の手で採ってみたいのヨ、という願いを持ち続けていた。
その松茸が採れる山を一日だけ解放して頂けるそうだ!!という話が私のところに持ち込まれた。

場所は長野県。信州である。
私がキノコ好きだということを知っているSFファンたちからの甘いお誘いである。十月七日に一報が入り、最盛期は十四日前後とのこと。その誘惑に心は千々に乱れた。どうしよう。行くべきか、行かざるべきか。ハムレットの心境。

だって締切のまっただ中なんだもん。

結論を出した。この機を逃せば一生松茸なんか採れないかもしれない。
一週間前だから飛行機の割引もない。それでも「行きたい!」
そのときは世界の果てでも行くつもりだった。信州まつもと空港へは福岡からは週に三便しか飛んでいない。それでも行くんだ!
何と締切前の十三日には原稿を書き上げていた。私は目の前の人参を見て走るタイプのようである。以降の仕事は、うっちゃらかして熊本を飛び出したのだ。
リュックの中には竹籠一つ。それも小さめ。私も紳士だからして、それ以上は採らないつもりだった。もう、熊本から博多へ走るJRの中から、わくわくであった。
上物が採れたら、ズボンのチャックの間からのぞかせて記念写真を撮るんだ、という決意。待ってろ、信州。マツタケ征伐だあっ、と。はしゃぐ心を抑え抑え。
信州まつもと空港は九州とはうって変わってしとしと雨の肌寒い陰気な天候。
そして翌日、晴男くんの私のせいか、秋晴れの朝がやってきました。天は我に味方せり、と快哉を叫び、案内して頂き中央自動車道をひた走り。
そして、そちらの山へ到着。ご主人、奥さん、お母上の三方の案内で急斜面の松山へ。ご自宅のすぐ裏が、松茸山とのこと。こりゃ、文字通り、裏山し過ぎ。
八十二歳のお母上は、実にお達者。「そこいらが、マツタケのシロ(生える場所)だあ」と言われて這いつくばるように探す。

あったぁ!ありましたぁ!

松葉に隠れて巨大な松茸がぁ。そして、そのまわりにも、こちらに一本。そこにも一本。
視界は真っ白。まるで夢のようだぞ。松茸の先端はほんの少しのぞいているだけ。指をそえて引き抜くと、長さ七、八センチもの上物が。
ああ、生きてきてよかった。
思い切って来てよかった。
自分のキノコ人生は、この瞬間のためだけにあったんだぁ。
マツタケと記念撮影。もう、胸のどきどきが治まらない。
上物が全部で七本も!
他にも、九州なら必死で採るアミタケ、ハツタケ、ハナイグチ、九州では珍しいショウゲンジやらキシメジ、シモフリシメジまで。
まるでキノコ天国なのだが、マツタケの存在感の前では色褪せてしまうのだ。
こんな貴重な体験を、と腰が抜けんばかり。
私は大量虐殺をやる趣味はない。
松茸に焦点を絞り、持ち帰ることにした。
とにかく、キノコは採ったら早めに食べるが鉄則。そして食べるまでは保存法がイノチ。
松茸が蒸れないように。
竹籠に入れた松茸を手に持って帰った。飛行機の機内では、その匂いで衆目集めちゃったよ。まわりの乗客が怪訝そうに私を見るのだ。申し訳ない。
我が家の食卓は、その日、松茸の匂いが充満した。何とバチあたりで豪気な宴となったことか。信じようと信じまいと、家の外まで松茸が匂ったほどだ。
ご近所も、夕食時だったろうに。ご近所迷惑、申し訳ない。

数日後、お礼の品を贈るために地元某百貨店へ出かける。そこの地下食料品売り場。
そこで見たものは……。
私が採ったサイズの松茸だ。ええっ!
一本が、一万三千二百円。

腰が抜けそうになった。

第47回「脳内誤変換」

一日中、部屋に籠もりっぱなしで仕事をしていると、一言も会話をしないまま夕方を迎えているということもある。
このままでは、動物園の檻の中の獣とあまり変わりはないなあ、と考えてしまう。
人間らしい営みをやってないもんね。
その証拠に、編集さんから電話を貰ったときなぞ「どうしたんですか?」と訊ねられてしまうことも。
声をまったく発しないで、黙々と仕事を続けているので、電話の声が自分でコントロールできずに、とんでもない調子っぱずれの声になってしまったりしているらしい。それを聞いた編集さんは、いつもの私の声と違うと吃驚されるのだろう。
時々は、ひとりごとでも言いながら執筆したりすればいいのかもしれないが、そんな習癖は私にはないし、本屋なぞで、ひとりごとを言いながら立ち読みしている人を見かけると気持ち悪くなって、ああはならないようにしようと自分に言い聞かせる方だし。
書いている台詞を自分で言いながら書いているところを誰かに見られたら、恥ずかしいかな、と考える方だから。
とにかく、一人で籠もっているのが、良くないと自覚はしているのだ。

このように他人と接しない日常を送っていると、だんだん頭の中が誤変換を起こしやすくなってくる。妄想を組み立てつつ小説にしていく作業なので、特にそんなことが起こりやすいらしい。
たまに、パーティとかに呼ばれていくと、頭の中がパニック状態に陥るので、できるだけ速く逃げ出すようにしている。
必死で耐えながら、他の方と話していると、失敗をしでかすことが多い。言わなくてもいいことを言って後悔したり、相手の方を他の誰かと勘違いして頓珍漢な会話を交わしたり。
この間なんか、相手の方が、「いや、この前、スエーデンから帰ってきたばかりでして」と仰ったので私は、何を脳がショートしたのかわからないけれど、「ヘェ。それじゃ、向こうではヴァイキング料理ばかり食べておられたのですか?」と言ってしまった。
ジョークだと思ってくれる筈もなく、相手の方は「?」という表情になり、間の悪い雰囲気がたちこめたのである。
脳内誤変換が、とにかく増えたと思う今日この頃。
郵便ポストに原稿を出しに行った帰りに、駐車されている軽トラックに書かれている文字を見て、「エロノ山ってなんだ?」と立ち止まってしまったり。
「山ノ口工務店」を部分的に逆に読んでしまって、脳内誤変換を起こしたに過ぎないのであるが。
時折り、仕事場でラジオを聞いてみたらどうだろう、と、試してみる。二時間に一度くらいだけ。
ずっと聞いていたら仕事にならないし。
ローカルニュースをやっていた。
「昨日、熊本城に死臭愛好家が集い、秋の一日、存分に死臭を楽しみました……」と流れる。
私の脳内イメージ。
本丸の下の広場に、ズラリと死体が並べられ、着飾ったセレブな死臭愛好家たちが、くんくん臭いを嗅ぎながら、そぞろ歩いている図。
「いやあ。この、まったりとした腐敗臭が、なんともこたえられませんなぁ」
「今日は、先週亡くなった、うちの主人も展示されてますのよ。おほほほほ」
離れたお茶席の横の松の木には、よくなついたゾンビも繋がれていて愛嬌を振りまいていたり。
ニュースは続く。
「―今回は、熊本の風景を題材に製作された刺繍が多く、特に阿蘇の雄大さを表現した作品は……」
そこで、ふと私は現実に戻る。
あ、やっぱり何やっても、私は、少し誤変換が多すぎるのだと、落ち込んでしまう。
どうも、一日中部屋に籠もっていることが問題ではなくて、脳そのものが、変な具合に短絡してしまっているのかもしれない。
ちょっと怖い。

第46回「穂足のチカラ」

かつて、「黄泉がえり」というお話を新聞連載したことがあったのですが、これは、週一回に十枚掲載というサイクルで書いておりました。だから週間連載のイメージだったのです。
で、この前、連載を終了した「穂足のチカラ」ですが、これは、毎日三枚掲載で、三百回とのお約束でスタートしました。いわゆる昔からの正統的な新聞小説の連載スタイルです。だから、連載新聞小説は、これが初めての体験になったといえるでしょう。
とにかく、九百枚の枠組の話と言うことで構想を練りました。念頭に置いたのは、さまざまな年齢層の人たち、小学校高学年から、お年寄りの方まで面白がってくれる話である、ということでした。
そのためには、読者のひとり一人が話を身近に感じられるように、登場する海野家の人々を平均的な家族にして、一人づつを群像劇のように描いていこう、と決めました。そして、何よりも、物語ですが、これは、まだ書いたことのないテーマで、一度は書いてみたいと思っていたものです。
「常にストックが七十枚あると、編集側としては、楽です。うかうかしていると、毎日連載だから、後で締切が追っかけてきますよ」
最初に、そんな助言を担当さんに頂いていたので、連載スタートまでに書いた書いた。三百枚ほどをお渡ししていたと思います。
サカイノビーさんという素敵なイラストを描かれる方を知り、その方に挿絵をお願いして頂きました。
そして、連載がスタートしたのですが‥‥。
予想外のことを体験することになります。

とにかく、書きおろしや、雑誌連載のときとちがって、毎日、新聞を読んだ方々が感想を直接話してこられるのです。しかも、物語の序盤では、登場する家族のすべてが、それぞれ言えない悩みを抱えているという設定です。
「カジオさん。毎朝、新聞読んで会社に行くのに、父親の境遇はシャレになってませんよ。辛すぎますよ。カジオさんのを読んで会社で同じような目に遭って‥‥」
「読むと胃のあたりが痛くなるじゃないですか」
悩みがリアルすぎるかな、と反省もしましたが「もうしばらく待ってください。そろそろ、とんでもない展開になりますから」と頭を下げる日々でした。
だから、連載スタート時の評判は最悪だったわけです。
少しづつ「おもしろい」とか「毎朝の楽しみになった」という感想を耳にして、ほっと胸をなでおろしたのは、海野家の中心である幼児、穂足が事故で入院したあたりからです。
執筆したものについては、大まかなストーリーの流れに変りはないものの、思えばその頃から描写する上で読者として意見を聞かせて頂いたものが、微妙な影響を与えているという気がします。
それから、もう一つ影響を受けたなぁ、と感じたのはサカイノビーさんのイラストです。これからの展開を考えるとき、サカイさんの画もセットになって思いだすのでキャラクターの描写は、服やら表情やらがサカイさんのキャラになっているのが、不思議です。
物語の中盤あたりから、連載を読んでいる人たちに会うと、「これからどうなるんだ?」という質問を受けるようになりました。これは内心、しめしめです。興味がなければ、それが気になることはない筈ですから。
「これから、こうなるんでしょう」と予想をする人まで現れました。それも、次々に。
そんなときは、「まあ、言ってみて下さいな」と。
幸いなことに一人も正解者がいません。にたっと笑って「ちがいます」もう、その頃は結末まで書き終えていましたから、「はずれです」と答えるのが、快感になっていました。それでも、皆さんが考えているさまざまなエンディングを聞かせて頂き、大変、勉強になったのは事実です。ありがとうございました。
結果的に少々延びて九四〇枚ほどになってしまったのですが、もうすぐ一冊の単行本にまとめて頂くことになりました。現在、大鉈をふるっているところです。ぜひ、その際は通してお読み頂ければなあ、と思います。
また、本作は「穂足のチカラ」の幼年篇というつもりで執筆したものです。十年後の設定を同時に考えていたので、登場人物の太郎くんの描写にそんな伏線を最後に残しています。書くタイミングが訪れるかどうか、わかりませんが、そのときは、またおつきあい頂ければと思います。

第45回「聖林再映画化パニック」

五月某日。
朝起きて、テレビのスイッチを入れると、「黄泉がえり」ハリウッド・リメイクのことが放送されていた。
話は前から進んでいたのだが、こんなこと千に三つ実現するかしないかの世界だから、黙っていたんです。眉に唾つけて。
発表になっちゃった‥‥‥。
ということは、ある程度、企画が進行していると考えていいのかな?くらいに思って。だって、進行の途中経過は、私の耳には全く入ってこないんだから仕方がない。数日前に出版社の編集さんから「近々、アメリカで正式な制作発表が、あるみたいです」と聞かされたくらい。
だから、テレビで詳細を聞いても、ぴんと来ない。主演男優候補がずらりとならぶが、「これって記者が勝手に想像しているだけじゃん。つまり、妄想じゃん」と思う。制作費が百億円を超えると知って、少し腰が抜けかけた。

仕事場に出ると、もう、その日は仕事にならなかった。テレビやら新聞やらで知った親戚やら友人、知人から電話やらメールやら。
何だか、この状況は、前にもあったなあ、と。ああ、日本SF大賞を頂いたときも、こうだったっけぇ。
とにかく、ひっきりなし。ラジオの電話インタビューに引っ張り出され、新聞の取材までも。その間にも祝いの酒を頂いたり、お花が届いたり。
そこいらでマスコミの情報が与える影響の凄まじさに気がつく。同時に、私の周囲の人々が、このニュースをどう受け取ったのかをを実感。
最初は電話で答えることにも戸惑っていたが、質問にもいくつかのパターンに分類されることに気づいてきた。
「おめでとう。カジシン、ハリウッドに行くの?」
私は、かなり映画好きだ、と自分でも思う。記録している映画日記では昨年は二百五十三本観ていた。だから、このリメイク話を頂いたとき、冗談で「条件に、原作者を撮影現場ご招待っての入れて貰って下さい」と言ったら、ホントに契約書にその一項が入っていたよ。言ってみるもんだなぁ。でも、そのときは“ファーストクラスで”の一文を言い忘れたから、奴隷船みたいなエコノミークラスかもしれないぞ。
「ま、とにかく、ご招待はあるでしょ」と答える。すると皆「俺も、ワシも、私も‥‥連れていってくれ。お茶くみでも、電話番でもマッサージ師でも名目はなんでもいいから」とか「通行人の役で、ワシを出して欲しい」
私は、そこまで知りません。
「おめでとう。これから世界のカジシンだ」
そういう人が、かなり。
でも、本人は、そんなこと全然思わないっス。仕方ないので、「“黄泉がえり”と言ったら、アホになりますって、芸をやりましょうかぁ」と答えます。
「原作料で、いくら入ったよ。おごってくれぇ」
かなり多い質問でした。
ちなみに、市内の繁華街を歩いていたら、某ホテルの支配人の方が「カジオさんカジオさん」と走り寄ってこられ、「いやあ、おめでとうございます」まではよかったけれど、右の掌をスコップの形にして「こりゃあ契約金って、ガッポガッポでしょう」とスーツの懐の中に何度も出し入れして歯茎を剥き出して笑われました。そんな人通りの多いところで。肩をすくめるしかありません。
「あの。そんなたいした額じゃありません。嘘お、という額です。何段階かの搾取フィルターがあるから。五ヶ月ほど仕事やらなくていいくらいの額ですから」と正直に答えます。
そんなの、どうだっていいだろ!誘拐されても身代金も払えないよ。
でも、ここ迄進んでも、ぽしゃる映画化の話は、随分、聞いてきたり経験したりしてきたりしたわけですよ。だから、この話が、途中で挫折し中止になっても、なんにも不思議じゃないと思うし。
それでも友人たちが、祝賀会なるものを、早々に開いてくれたりすると、私としては「嬉しいけど、ありがたいけど、‥‥知?らない」であります。
まぁ、みんな、酒を楽しく飲む理由づけに考えて頂ければと、そのくらいに。
あ、主演女優がミラ・ジョボビッチとスカーレット・ヨハンセンなら、燃えます!そのときは撮影見学中に合コンを激しく希望ですが。‥‥何か?

第44回「マンガのような出来事」

孫を連れて海に出かけたとき、ガザミを見つける。
ガザミは美味しいカニなのだが、海に来ることが珍しい孫は初めて見るらしい。
「へぇー」っと目を瞠る。
おじいちゃんとしては、孫のポイントを稼ごうと考えてガザミを握った。
「ほら、よく見てごらん。こんなでっかいハサミ。すごいだろう。用心しないと挟まれて危険だよ」
そこまでは良かったのだが、腹の部分を握ったため、私は左手の中指を挟まれてしまった。その力の強いこと。悲鳴をあげた。
やっと、ガザミを振りはらったが、大出血。挟まれたのが右手でなくて、よかった。仕事ができなくなるところだった。
危険なカニを握るかっこいいおじいちゃんは、カニに手を挟まれて涙を浮かべる間抜けなおじいちゃんの座に転落してしまった。

その出来事を家族たちと夕食時に話す。
「最近は、カニに手を挟まれてイタい痛い!って言ってる間抜けでマンガみたいな体験は聞いたことないよね。誰もしないよ」
そんな話題になりました。
そうか。私はそのとき不幸のどん底だったのに、まわりからすれば「マンガみたい」な出来事だったのか。
人の不幸は蜜の味というが、家族といえどもいかに薄情なものか、身に染みました。みじめです。
その話題は、それでつきることなく「マンガみたい」な出来事が語られ始めます。
「あと、匹敵するのは、すっぽんに指を噛まれる、くらいかなぁ」
「すっぽんなんて、どこにいるんだ。それに指を噛まれる確率なんてゼロに等しいぞ」
「だからマンガなんだよ。カニに指を挟まれることも、そうそうないから」
「そうか」
「あとは、採ってきたキノコを食べてゲラゲラ笑い出すっていうのも、マンガだよね」
ちょっと押し黙る。それが、私に対する当てこすりであることは明白だからだ。
私の趣味の一つは山を歩いてキノコを採ることである。ちなみに、家族は私が採ってきたキノコを胡散臭い目で見るのが常である。どんなキノコなのやらという目である。
あわてて話題を変える。
「そ、そうだなぁ。ベンチに座った後に、風に飛ばされてベンチの横に“ペンキ塗りたて”の貼り紙が落ちている‥‥というのも、マンガ的だぞ。最近見ないだろ」
皆がうなずく。
「歩いていたら、バナナの皮で足を滑らせてひっくり返る、というのも見ないねぇ。あれも昔は、マンガでよくあっていたからねぇ。それから、猫が魚をくわえて逃げるのをホウキ持って追いかけるの」という母は、たぶんサザエさん妄想がはいっているのかな、と思う。
 けっこう、話題として盛り上がるなぁ、と思う。そんな話をやりつつも私のカニに挟まれた指は痛み続けていたのだが。
そのときは、口にしなかったのだが、「あっ、寝過ごしたあっ」と飛び起きて口にパンをくわえて制服を着ながら「遅刻、遅刻」と走ってくる、美少女だがそそっかしい女子高生と街角でぶつかる‥‥という体験もマンガ的でよろしいな等と思ったりもするのだが。
他にないのかな、マンガの中ではよく見かけるのだが、現実にはなかなか出会わないような出来事が。
そんな話題を酒の席で出すと、けっこう盛り上がることもわかった。
「雪道で転げると、だんだん雪だるまになって、坂道を転がっていきますねぇ」
うん。それはマンガでよく見た記憶があるけれど、現実には起こりえない話でしょう。現実に目の前で起こって、マンガでもよくあるよなぁ、と思いあたる出来事に限ります。
「コンタクトレンズを落とした友人のために皆で地面にはいつくばって探しましたよ。こんなのマンガでありませんでしたっけ」
私も経験あるけれど、マンガの中で読んだ記憶はないなぁ。でも、この体験だけは誰もが、一度や二度は心当たりがあるようでした。
皆さんも「マンガのような」出来事って体験したことは、ありませんか?

第43回「もちっ娘を頂く」

今回は久々に、人吉ネタです。
「モチッコって知ってますか?」
突然、そう訊ねられたとき、正直ぴんと来ませんでした。
餅のことだろうか?泥鰌っコ、鮒っコを連想しました。
「平仮名でもちと書いて、娘という字を書いて、もちっ娘というんですが」
私としては初耳である。
「もちに娘ですか?知りません」
そのとき、どじょうっこ、ふなっこから、私の想像世界では、露天風呂に入っている餅肌の娘さんに変化しておりました。
「和菓子ですかねぇ。先日、人吉に行ったときに土産で持たされたんですよ。帰って、食べてみたら、ちょっと変わってて、けっこうおいしいんですよ。カジオさんは、知ってるかなと思ったんで」
「甘いんですか?甘いのは苦手だなぁ」と答えつつ、母親のことを思い出した。
うちの老母は餡の入ったお菓子に目がないのである。数日、餡ものの菓子がないと、禁断症状を起こしそうになるので、取材に出かけたり、山歩きしたりの帰りに、その土地の甘いものを土産に買って帰るほどなのである。
ひょっとしたら、母親も気に入るかもしれない。
「そんなにおいしいものなら……母は餡子に目がないので、人吉に行くことがあったら、買ってきてくれませんか?」
「いいですよ」
それから数ヶ月の時が流れ、「もちっ娘」のことなんか頭から忘れてしまった頃のこと。
「カジオさん。先日、人吉に行く用事があったので、例のもちっ娘、買ってきましたよ」
早速、もちっ娘なるものを頂く。
「よく覚えていてくれましたねぇ」
「ええ。私も、最近もちっ娘のことを思いだしていて、しばらく食べてないなぁ。今度人吉に行ったら……と思っていたんですよ。あ、冷蔵庫に入れておいて、食べるぶんだけレンジでチンすれば、保存ができますから」
持ち帰って、母に渡した。翌日、母に訊ねられる。
「あれって、どこに売ってるんだい?」
「え、人吉らしいよ。食べたの?」
「ああ。黒餡と白餡を一つづつ食べた。おいしいよ。人吉なら、ちょっと買ってきてもらうわけにはいかないねぇ」
そこで、やっと私はもちっ娘なるものを自分の目で、初めて見たわけです。
それだけ母親が絶賛するものならば。
中には、太鼓の姿をした白とピンクの餅状のものが。
食べてみました。たしかに餅だけど、餅とも違った食感。中の餡も上品な味。
できたてなら、もっとおいしいかなぁ。いや、これまでありそうでなかった和
菓子であります。
素朴で、どこか懐かしい味の。
人吉に、こんなおいしい餅があったなんて。ちょっと嬉しいショックでした。
お礼の電話をする。
「そうですか。私がもちっ娘の話をしたわけが、わかったでしょう?実は、黒餡と白餡と、もう一つ抹茶餡というのがあるんですよ。これも、おいしい!でも、先日は売り切れていたんですよ」
帰宅して、このことを母に話す。すると、母の反応はこうだ。
「そうかい。抹茶餡もあるのかい。それは食べてみたいものだねぇ。しかし、人吉は遠いねぇ」
「そのうちに、人吉に行く用事があったら、買ってくるよ」
結局、まだ人吉に行けないままである。
九日町のなかやというお店だとは、わかっているのだが……。
なんとなく、宿題をやり残したような気分で、先日、夢を見た。
広大な工場で、何故かシルクハットをかぶったジョニー・ディップが出てきて、もちっ娘の製造現場を案内してくれるのだ。
で、作っているのは、もち肌の、全員が栄倉奈々の顔をした女工さんたち。
次々と大量のもちっ娘が生産ラインから吐き出されてくる。
目を醒まして、「行ってみなきゃ、いかんかなぁ」とひとりごとを呟いた。夢とのギャップを埋めるために。
きっと、人吉の新名物になるのでは、ないかしらん。

第42回「四つ葉のクローバー」

保育園に行っている孫が、あるとき、ふと私に訊ねてきた。
「おじいちゃん。四つ葉のクーバーって知ってる?」
ああ、知っているよ、と答えると、孫は、
「ボク、四つ葉のクローバー欲しいなぁ‥‥」
「どうして?」
「四つ葉のクローバーを持っていると、シアワセになるんだって」
どうも、保育園で友だちから、そんな情報を仕入れてきたらしい。
「ボク、シアワセになりたいから、四つ葉のクローバー欲しいんだよ」
「クローバーって、どんな草か知っているかい?」
「知らない」という孫を連れて庭に行き、クローバーを見せる。
「ほら、葉が一、二、三。三枚しかないだろう。四つ葉のクローバーって珍しくて、なかなかないんだよ」と説明してやった。
しかし孫は「でも、欲しいなあ」という。
そのとき、私の脳裏では自分の幼い日のある出来事が妙に鮮明に浮かび上がってきた。

私は小学一年生。
祖父は熊本城近くの国立病院に長期入院していた。私が祖母に連れられてお見舞いに行ったときのこと。私も、その年齢で絵本に載っていた四つ葉のクローバーを見てみたいと憧れていた。だが、どんなに探しても見つけることができずにいた。
だが、そのとき、国立病院の中庭でクローバーを発見。
あわてて、よく見ると四つ葉のクローバーがある。驚喜してあたりを見回す。あれほど探してもなかった四つ葉のクローバーが!
こちらにも、あちらにも‥‥なんと四つ葉のクローバーだらけ。
四つ葉。四つ葉。見渡す限り。

とった。採った!

病院に入って得意げにそれを見せていると、看護婦さんがやってきて、どこで四つ葉のクローバーを採ったのかを訊ねた。
場所を言ったら‥‥。
「そこは、薬品を色々捨てるとこなんです。そのクローバーは、すぐ捨ててください。薬品で異常を起こしているんですから」
そりゃ大変と、祖母にその場で捨てさせられた。
夢を壊されて。
それから四つ葉のクローバーを見ると、そのときのことを思い出してしまう。
四つ葉のクローバーは、突然変異のクローバーなのだと。
そのときは、孫は、四つ葉のクローバーはなかなか見つからないものだと、納得してくれたようである。
その後、上京した折、ファンの方からひょんなことで四つ葉のクローバーを頂いた。
帰熊して、早速にその四つ葉のクローバーを孫に渡した。
「四つ葉のクローバーを欲しがっていたよね」
「うん」
「東京で頂いてきたよ」
「ちょうだい。ちょうだい」
孫は、すぐに四つ葉のクローバーの入った封筒を開けた。
「それが四つ葉のクローバーだよ」
「‥‥‥‥」
孫は、ぽかんとしたまま、反応がない。もっと喜ぶかと思ったのに。あれほど欲しがっていたはずなのに。
予想と違っていたのだろうか。
「よかったね」
「‥‥‥‥」
「葉が四枚あるだろう」
いち、にぃ、さん、し、と数える。
「うん‥‥‥」
どうも、孫は、ミスリルでできたエクスカリバーのようなものを想像していたのではあるまいか、と思う。
「よかったね。また、封筒に入れておきなさい」
「うん」

しばらく後、テレビゲームをやっていた孫と話す。
「四つ葉のクローバー手に入れて、よかったねぇ」
孫は、納得できないようにウンとうなずく。それから言った。
「でも、まだシアワセにならないよ」