第61回「クリスマスが誕生日!」

愚痴を書いていいですか?
還暦を過ぎたオヤジですが、ずっと子供の頃から引きずっていることがあります。
それは……私の誕生日は、12月24日であります。つまり、クリスマス・イブが誕生日。キリストの誕生日の前日であります。(ヨーロッパの迷信では狼男が生まれるのは、やはりキリストの生誕の前日、12月24日だそうです。ガイ・エンドア著「パリの狼男」参照。このこともけっこう頭の中に引っかかっていることです。といって、狼男ではもちろんありません。しいて言えば私は狼の皮をかぶった羊くらいかな)
で、何を引きずっているか、というと……子供の頃、もらっていたアレは、誕生日祝いだったのか、クリスマス・プレゼントだったのか、ということです。そのプレゼントは一個だったので、そのどちらかに、間違いはないのですが。
それがクリスマス・プレゼントであれば、誕生日プレゼントは貰っていなかったことになる。
それがどちらなのかというと、貰っている時間に手がかりがあり、25日の朝、枕元にプレゼントは置かれていた。
つまり、サンタクローズの贈りものであればクリスマス・プレゼントということになる。
「どうして誕生プレゼントはなかったのかなあ」
そう親に訊ねると、返事は、こうでした。

「サンタさんは、シンジくんお誕生日おめでとうと言って置いていったから、誕生日プレゼントでしょう」
「じゃあ、クリスマス・プレゼントは?」
「サンタさんが置いていくなら、クリスマス・プレゼントでしょう」
「でも、一つしか置いてないよ」
「サンタさんが配っているのは、お前だけじゃないよ。限られた時間で全部の子供に渡すから、まちがいはあるよ」
「……」
手もなく言いくるめられていましたが、どうしても腑に落ちませんでした。サンタのような世界中の子に一夜でプレゼントを配りまわれるような神業を持つ存在に、そんなまちがいはないのではないか。
純真な私は、サンタクロースの存在は疑っていなかったのです。何歳までかなぁ。
これが、愚痴。
で、小学校低学年の頃は、意外と多く存在した「元旦生まれ」の級友たちと愚痴を言い合ったものです。彼等は、実際は12月31日やら、1月2日に生まれた者もいた記憶がありますが、何故か、戸籍上は「元旦生まれ」になっているということでしたなぁ。
で、意気投合したのは、彼等も、誕生日とお年玉が、一つで渡されるということでした。ここには、サンタクロースは介在しておりません。そんな友人たちの親たちは「最初から、誕生祝いとお年玉を合算して入れてある」と言い逃れをしていたと。ぼくたち、不幸だ!と。
そこで、会話の中で、サンタが親だということを知ったわけです。
遅い!遅刻耳の私です。
それも、いく昔のこととなったでしょうか。そんな私にも、小学校低学年の孫ができました。
昨年の暮れのことです。
クリスマスが近づき、孫は親にクリスマス・プレゼントは、このゲームが欲しい!とねだっておりました。
すると、親はこう答えます。
「いま、サンタさんは、考課中なんだ。いい子にしかプレゼントをやれない。この一年、いい子だったのか。プレゼントをやってもかまわないか」
だから、私も横から口を挟みました。
「そうか。そうか。実はおじいちゃんとこにもサンタさんからアンケートが来たんだ。
孫の○○くんはいい子でしたか?って。
ハイ、だったら、素敵な望みのプレゼントを差し上げましょう。
イイエ、だったら、サンタさんがさらっていくんだって。トナカイの横につないでソリを引かせる。
どちらとも言えない、のときは、コンビニで売ってるお菓子クラスのプレゼントになります。正直に答えてくださいって、書いてあった。
どれに○をつけて返送すればいいのだろうねぇ」
孫は憮然とした表情で「ちがうよー!クリスマス・プレゼントは」と父親を指差して「パパがこっそり持ってくるんだもん」
私は、まだこの齢のころはサンタを信じていたというのに。まあ、そんなものですね。今の時代は。
今の子たちを言いくるめる能力は私にはないようです。

第60回「腐乱件死体」

今や、キノコ採りシーズン真っ只中である。
こちらのブログでも何度か書いているからご存じと思いますが、私……キノコが好きで好きで、秋になると……んもー、辛抱たまらん状態に突入するんですわ。
秋はできるだけ、仕事を入れないように。丸一日まとまった時間ができたら、やれ嬉しや。キノコの山に入ります。それで、山の中を駆けずりまわって採り歩きます。
昨年なんか、長野まで松茸採りに遠征してきましたよ。
例年、私は、必ず足を運ぶ自分なりのキノコ畑を持っていて、そこを訪れることにしています。
そこが、どこだかは、内緒の話にさせて下せえ。
そのうちの一カ所に菊池渓谷があります。
熊本県の北部にあるんですが、紅葉と清流が有名です。加えて、さまざまな種類のキノコと出会うことのできるキノコスポットでもあるわけです。しかも、比較的高度が低い場所なので、山では十一月下旬には姿を消すキノコも、この菊池渓谷では十二月に入っても採りに行くことができます。ムキタケ、クリタケ、ヒラタケ、エノキタケですね。
で、昨年は、一度も菊池渓谷を訪れなかった。あれほど毎年、足繁く通っていたというのに。
何故か。

ひとつは洒落にならない切羽詰まった状態がある時期まで続いたこと。そのときは、先に楽しみが待っているんだと自分に言いきかせ、欺し、欺ししつつ仕事を粛々とこなしていきました。やがて締切のトンネルの向こうに薄明かりが見え、脱出成功!
よし、とりあえず近場の菊池渓谷にキノコ採りに行くか!そういえば登山靴の紐がきれていたなぁ。買わなきゃ。
靴紐を登山用品の店に買いに行ったときの話。
ショップのお兄さんが、こう言われました。
「今年は菊池渓谷に行かれましたか?」
「行ってないんですよ。なんやかやで」
「そうですか。じゃあ、裏山は入山禁止になっているのはご存じですか?」
「ええっ?知りませんでした。どうしてぇ?イノシシか何か出没するんですか?」
ショップのお兄さんは、ブルブルと首を振ります。
「あの、しばらく前の新聞記事を憶えてませんか?」
「何の記事?」と問い返しました。
どうも読み落としていたらしい。心当たりがない。
「菊池渓谷で、男の左腕と右足が発見されたでしょう?」
そう兄ちゃんは眉をひそめて言いました。
「自殺らしいという話は聞いたんですが、腐乱死体で。」
体の部位が発見された、それぞれの場所を聞いていると、それは私がいつもキノコ採りに行く菊池渓谷の支流らしい。
「まだ、他の部分が見つかってないから、入れないらしいんですよ」

けっこう私は立ち入り禁止でも入って行っちゃう方だから、事情を知らずに入っていって、どっきり突然遭遇してしまったら、パニックを起こしてしまったかもしれないなと思うのです。

ということで昨年のシーズンは一度も菊池渓谷に足を踏み入れなかった。今年は立ち入り禁止はなくなっているのかなぁ。誰も足を踏み入れなかった昨年は、菊池渓谷の裏山はキノコ花盛り状態ではなかったろうか?

そのことを思い出すと、浮かぶイメージがあります。
「あっ!でかい松茸だぁ!」とキノコに手を添えると、そのキノコが生えているのは髑髏のぽっかり空いた眼巣からだったとわかり、腰を抜かしてしまうというもの。
「ひえええええ」

行ってみるべきか。行かざるべきか。それが問題だ。
まだ、結論は出していないんですよ。考えれば考えるほど迷ってしまう。
キノコは採りたい。
でも怖い。
でも採りたい。
でも気持ち悪い。でも採りたい。
むう—————っ!

第59回「地獄に堕ちるぞよ」

くじゅう法華院温泉から坊がつる方向にUFOを目撃したり、波照間島の公衆便所で作業着を着た異星人グレイと遭遇したり(この白岳ブログのバックナンバーで、そのエピソードの詳細は知ることができます)と波瀾万丈の人生を送っている知人のことを、よく訊ねられるようになりました。それほど印象に残るユニークな人物ということでしょう。
「最近、その人には会ってないのですか?面白いできごとはないんですか?」と。

あります。

しかし、そんなエピソードばかり披露して、皆さん面白いのだろうか、とも不安になるのでためらっていましたが、「続き読みたいです」と直接言われた方が5人を超えたので披露申しあげることにしました。

ご本人のことを再度、記しておきます。
50代。独身の男性です。優雅に自己所有マンションで一人暮らししています。熊本では、そこそこ名の知れた企業で経理及び総務を担当しています。外見は、一般人です。

会ったとき、開口一番、彼は言いました。
「この間、カジオさんと会ったでしょう。それからうちに帰ったんですよ。そしたら、後ろから幽霊が追いかけてきて。エレベーターに乗ろうとしたとき。待っていたんですねぇ。建物に入った瞬間、妙な感じがしたんですよ。なんか、ぞーっとする感じ。すると、エレベーター待っていたら、右後ろにいつの間にかそいつがいるんですよ。入ってきた気配はないですええ。女性ですよ。ちらっと振り返ってわかりました。それから、背中のぞーって感じが続くんです。それで、エレベーターが来たら、私だけ飛び乗ってあわててドアを閉めました。そしたら素早くいつの間にか私の後ろに乗ってるんですよ。わかりますよ。背中ゾクゾクするもん。
部屋の階に着いたら飛び出して、「あっち行け!」と叫んで、あわてて出入り口に盛り塩して布団に潜り込みました。
「生きた心地がしませんでしたよ」
 ぼくは「それって普通の女性じゃないんですか?マンションの住人とか。」と指摘したのですが、彼は「そういうことはない」と断固として否定しました。
「アレが幽霊だということは、一緒にいただけでわかります。カジオさんだって、すぐにわかりますよ」
 波照間の作業着宇宙人も、いまだに私は彼の思い込みにちがいないのではないか、とも考えています。目玉のでっかい現地の人に遭っただけではないか、と。
女の人が帰宅してエレベーターに乗ろうとすると、中年男が前でなぜか震えている。エレベーターが来ると、中年男はあわてて中に飛び込み、ドアを閉めて上がっていっちゃった。でも気持ち悪い人だったから、同じエレベーターに乗らなくてよかったワ。
そんな感じではなかったのだろうか。だがひょっとして、女の人は彼が主張するように本物の幽霊なのかもしれないが、わかる筈もありません。

あとは「カジオさん。シナモン食べた方がいいですよ。シナモンで私、体質を改善しました。もう、ご飯やらパンやらお酒やら、全く食べちゃいけないんですけど、毎日シナモンをとりました。お茶やら紅茶やらコーヒーやら牛乳やら何にでもシナモンかけました。おかげで、ピンピンです」
そこいらは、よくわかりません。彼の信じている健康法が功を奏しているのであれば、何よりではないでしょうか。

最近の彼の興味は2012年問題。今だに続いています。(これも今年の正月にこのブログで紹介しましたよね。憶えておられますか?)
フォトンベルトの中に人類が入るそのとき、進化する人と淘汰される人が出てくる。そう主張している彼です。そして近頃は、こんなことを。
「カジオさん。そのとき人類の選別があるという話は知ってますよね」
「ああ。何度も言ったし、聞かされましたよ」
進化といっても精神的進化ということらしい。
「カジオさん。どうやったら精神的に進化するか知ってますか?」
「知りません」
「教えましょうか?」
「お願いします」
「わかりました。教えましょう。ご飯を食べるとき27回噛むといいそうです」
「噛まないと、どうなるんですか?」
「さもないと、地獄に堕ちるぞよ…。そう書いてありました」
「そうですか!」

驚きました。何の本だろう。

第58回「なくて、七癖」

私は、毎日、自宅から花岡山山頂まで散歩するのですが、そのコースは何の変哲もない平凡なコースだと思っていました。
そしたら、テレビで「秘密のケンミンSHOW」を見ていたら、日頃歩き回っている花岡山公園は、熊本県民のデートスポットということで紹介されていました。
いやぁ、驚いた。そんなに全国に紹介されるような場所を私はいつもうろついていたということなんですねぇ。知りませんでした。
ケンミンSHOWでの意外性は、他県人が見たら奇異な光景も、当の県民たちには至極当然だととらえられていて、それが面白さにつながっているようです。
なるほど、本人は当然だと思っていたり、無意識にやっていたことも、周囲から見ると「変なの!」と思われることは、個人レベルや、グループレベル、性差レベルと、いろんな集団で発生しているようです。
人の物真似がうまい、という知り合いがいます。それで、あるとき私の物真似をやるという。

私なんか、特徴のない話しかただし、やりづらいだろうなぁ、と思って聞き始めました。
そしたら……。
「はい・はい・はい・じゃ・ま・そーゆーことで。はい。じゃ・ま・よろしく」
電話をかけている真似だったそうですが。
皆が口を揃えました。
「似ている」と。
ひょっとして、電話で無意識のうちに、そのような話しかた、話しの閉じ方をやっていたのでしょうか?
言われたら、そうなのかもしれないと考えてしまいました。
それから、翌日、仕事の電話がかかってきたとき。
「わかりました。じゃあ、今月末までってことで。はいっ。はい。ま、そーゆーことで。おろしくお願いします」
受話器を置こうとして、はっと気がつきました。
—–真似された通りに喋っていた!
それが正直な驚きでした。
どうも私の頭の中に、私自身気づいていない対応回路ができあがっているらしい。そして、思考と関係なくそう答えることで、自分の心のバランスをとっているようなのです。
ははぁ、これが例の……。
「なくて七癖」
で、これはパーソナルな癖でありますが、他にも、教えられなくても、ヒトには無意識のうちにやってしまう行為というものが、いくつもあるということに気がつくようになりました。
ある知り合いに言わせると、他人の癖が気になるのは、その人に対して特別な感情を抱えているとき(たとえば、嫌な奴、とか、苦手、とか、大好き、とか)気がつくのだそうですよ。だからクセを覚えられるというのは特別な感情を抱かれているわけで。それが、いい方向で私に向けられていることを祈るばかりです。
スーパー銭湯やら温泉やらに行くと、風呂上がりに牛乳を飲んでいる人をよく見かけます。
これぞ、男性の……なくて七癖。
みな、左手を腰に当てて、ぐいぐいと飲むんですね。
なんで、左手を腰に当てるんでしょう。訊ねてみると。
「なんでかな。おかしいですか?」
「飲むときに安定するからじゃないですか?」
「左手をダラーンと垂らして飲んだら、間が抜けて見えるって無意識に承知しているからじゃありませんか?」
そんなことをそれぞれ言うけれど、何がほんとうに正解かはわからない。ただ言えるのは、風呂上がりに牛乳瓶を口に当てるとき、左手を腰に当てる事実があるってことだけです。
紙パックのときはストローだけど、それはないなぁ。
それと、もう一つ。
これは男性も女性もないですね。
目薬を差すとき。
ほとんどの人が口を開いてますよね。
あれも、人間の、自分では気がつかない習性ではありますまいか。
目薬を差しているときに、そのことを気にしだして口を閉じたら、なんとなく目薬が目に入らないような、不安定な感じがつきまとうのですよ。
この習性を利用して、目薬の下にジュースを付けて、差せばジュースが口の中に入るという構造にしておけば、目薬を差すのを嫌がるこどもも減るのではないかしら。
いや、他にも、自分では気がつかないけれど存在する習性というのに、こういうのがあるって気がついた方。教えてもらえませんか?

第57回「ミルクセーキ」

子供の頃の夏のおもいで、というと、思い出されるのはミルクセーキ。
そう。今回も、「あれは美味しかったあ!」のいやしんぼシリーズです。
これだけ暑い日々だと、ふとミルクセーキ飲みたあいと思うわけです。
誤解しないで頂きたい。カフェで出されるエッグノック風のものではない。
また、ファーストフードで供されるアイスクリームと牛乳をシェークしたものでもない。
ミルクシェークではなく、あくまでもミルクセーキであります。
私が食べたいのはタマゴと牛乳、シロップにバニラエッセンスを加え、それにかき氷と茶筒に入れてシェークしたもの。
昔から熊本でミルクセーキといえば、これと決まっていた。
ところが最近はさっぱり見かけなくなった。喫茶店でミルクセーキとあって喜び注文すると、エッグノックに氷を浮かべたものを出されて何度がっかりしたことか。
倉敷の美術館横の喫茶店で数年前に口にしたのが最後だったかなあ、と。
そう昨年の夏はミルクセーキ食べたいよ熱に侵されていたのであった。会う人ごとに「ミルクセーキ食べさせてくれるとこ知らない?」と訊ねまわる。

一度など下関の荒戸市場近くのうどん屋でミルクセーキの昔ながらのやつを食べさせてくれるそうです」という情報を頂き、JRに飛び乗りました。門司港に到着後、船で下関に渡り、下船すると一目散。
期待に胸を膨らませて、炎天下、そのうどん屋を目指す。もうすぐ。あの角を曲がって。
着いた!
と思ったらシャッターが。
その日は日曜日だったのですが。
日曜は店休日。
聞いてないよお。トホホだよ。全身から力が抜けてしまいました。はるばる熊本から、下関まで訪れて。
これで終われば、何とも救いようのない私は、とんだ間抜けであります。ところが、ベラ夫君の私はミルクセーキを飲みたいよ!と会う人ごとに言いまくっていたので、奇跡の逆転が待っていたのです。
甲佐町で「おひさまコーヒー」をやっている若旦那から連絡が。
自分なりにミルクセーキの作り方を試行錯誤の上に極めたから試して欲しい、と。
それを聞いた私は仕事をうっちゃらかしにして駆けつけましたよ。
ええ、私、いやしいですとも。
若旦那、待っていてくれてすぐに作りかかってくれました。聞くところによると、何度も試作された挙げ句らしい。
グリーンコープの牛乳を凍結させ、それに練乳を加える。
タマゴは某無農薬野菜を作る農家の放し飼いの鶏の黄味。それにバニラシロップ。
砂糖は使いません、と。
それをスムージーに入れると……できました。
究極のミルクセーキ。
濃厚だが甘すぎず上品で氷のきめが細かい。
「うまい」
思わず叫びました。子供の頃の美味しかったミルクセーキの記憶を超えているよ!
「これ、商売にしたら、絶対に大人気になる。保証します」
しかし、若旦那は肩をすくめました。
「いや、熊本の昔のミルクセーキの再現で採算を度外視してこさえてみたんで、実際に、お客さまに提供しようとしたら、とんでもない金額になってしまうから無理ですよ」と。
だから、今でも若旦那がこさえたミルクセーキの味は思い出すんですが、あれは私にとっては、真夏の夜の夢のようなできごとに思えてならんのです。あれは甲佐町の田園で狐狸に欺されたのではなかったろうかと。
しかし、うまかった。
さて、話は、普通ならここでめでたしめでたしのエンディングを迎えるわけですが、そうはならない。大逆転が、その後待っていました。
あまりに、皆にミルクセーキ飲みたい。誰か知らない?と吹きまくっていたので、行きつけのお蕎麦屋さんで「長崎風ミルクセーキ」を作ってもらいました。
味は非常に近いが、氷のキメが熊本のそれよりやや荒い印象かなあ。
娘は、和三盆糖のアイスキャンデーでミルクセーキをこさえてくれました。これはこれでなかなか美味しい。
そして、なんたるシンクロニシティ。家族で雲仙に旅行したとき(しかも冬の12月。雲仙は雪が積んでいました)、茶屋にミルクセーキが。全身を凍えさせながら、食べましたよ!確かに、懐かしのミルクセーキの味。
知り合いからも続々と情報が!
人吉のお店にもミルクセーキがある?広島のチェーンのカフェにも?
ああ。そんな季節か。今年もまた、ミルクセーキを飲みたくなってきましたなぁ。

第56回「孫の心配性」

「人食いバクテリア」ってのがいるって話を、最近、久しぶりに聞きました。
いったい、どんなものを皆さんは想像しますか?
私だったら、何となく1950年代末のアメリカのモノクロのモンスター映画であります。
形の定まらない何やらぐねぐねしたものが突然現れて、人間に襲いかかる。人間は全身が血の色をした半透明バクテリアに覆われて、悲鳴をあげながら溶かされていく。
そんな光景。
誰が、このような恐怖のバクテリアの存在を思い出させてくれたか、というと、小学2年生になったばかりの孫であります。
かなり特殊な子供で、飛行機がダメ。私と同じ高所恐怖症。だから、東京ディズニーランドには行きたいものの、飛行機には乗りたくないというジレンマに悩んでいるような子です。
何故、人食いバクテリアの話が出たかというと……。

「夏は、おじいちゃんが海水浴に連れていってやろうか?」
そう言ったところ、孫は「いやだ。海に行かなくていいよ」
その理由が、「人食いバクテリアが海にいるから」というものだったのです。だから、私は同時に脳裏に「怪獣ウラン」やら「ブロブ」やら「人喰いアメーバーの惑星」の映像が思い浮かんだわけです。
孫によると、その人食いバクテリアにやられると、みるみる足が腐れてしまい、死んでしまう、ということで。
「なんで、人食いバクテリアのことを知ったの?」
「テレビでやっていた。海にいたりするんだよ」
あわてて、パソコンで検索をかけてみました。あ、ホントにいるんだ。人食いバクテリアは。人食いバクテリアは、そう呼ばれるだけの急激な症状の進行があるという。
劇症A群レンサ球菌感染症。
それに、熊本でも最近、発病例があったらしい。
「だから、海水浴はしない」
そう言い切ったのであります。
それに、どうも、自分の思考内で孫はいろんなケースを想像している。
「え。船はいやだ。沈んだら、泳げないから」
自分の子供の頃は、どうだったっけ。そこまで想像していたのか、はなはだ、疑問だけれど。
気がついたことがあります。
それは、孫が喜んで見ているテレビ番組の傾向であります。
ドキュメンタリーの科学もの。そして食い入るように「ホントは怖い家庭の医学」を見ているのであります。
つまり、テレビに感化されて、孫はけっこう心配性になっているのでは、と思ったりしています。
仕事を終えて帰宅すると、孫と一緒に家庭菜園に水をやります。
それから、孫の横に座り、宿題をやるのを見届けます。
先日も、そうしていたわけですが。
その日も宿題は終盤にさしかかり、最後のプリントの漢字をやっているので、私は安心して、孫の宿題の進行を眺めながら、焼酎のロックを作り、チビチビと舐めておりました。
それを孫はチラチラと横目で見てはいたのですが。
突然、漢字プリントの一番下の空欄に何やらを走り書きしている。
何をそんなとこに書いているのだ……と見守っていると。
こう書いてありました。

 “おさけののみすぎです。
  からだを休目ましょう” 

私は眉をひそめて訊ねました。
「これはジィのことか?」
そう訪ねると孫は大きくうなずきました。
「また病気するよ。おじいちゃん」
実は2月に入院したという経過があるのですが、孫はしっかりと、そのことを憶えているらしい。
私は、しっかりと孫に言いました。
「“からだを休目ましょう”じゃありません。“体を休めましょう。”めの漢字の使い方が間違っています。書きなおし」
孫の心配性は、なおってくれるでしょうか。心配であります。

第55回「夢のはなし」

不思議な夢を見たりすると、どうしてこんな夢を見るのだろうと、その理由を考えたりしませんか?
その脈絡のなさ具合が、目を醒ましたときに、ああ、やはり「夢」だったのだと納得できてしまう由縁ではあるのですが。
突然に歯がすべて抜けてしまう夢やら。糞尿まみれになっている夢やら。見知らぬ場所をさまよっている夢やら。
それが何を意味するのか?知りたくてフロイトやらを学生時代に読んだりもしましたが、どうも違う気がしてならない。性的願望がいつも深層心理に抑圧されているようで、「人間、みなスケベかよ。それだけかよ」と思ってしまいます。
他の夢分析やらでは、歯が抜けると体力の低下を表す、と書いてあったり、必要なものが手に入ると書いてあったりで、正反対です。だから、最終的に夢を見た人の解釈に委ねられるようだなあ。あまり、あてにならないかな。それから、必ずプラスのイメージ解釈とマイナスのイメージ解釈が書いてある。そりゃあ、どちらかは当たるでしょ。だから、夢判断は信用できない気がするのです。

なんだか、夢というのは、巷でいう夢分析やら夢診断とは異なる”凄い情報”をひょっとしたら伴っているのではないかな、とも思うのですが。でも、残念ながら……真実は、”そこ”にあるのでしょうが。
けっこう有名なショートストーリーで、こんな話があります。
ある老女が、毎夜、同じ夢を見るのです。それは、どこか知らない見覚えのない丘の上に建っている屋敷にいる夢です。その屋敷の中を見てまわっても、誰も住んでいる気配がないのです。
なぜ、毎夜、同じ屋敷の夢を見るのかを考えてもわかりません。その夢のことがずっと、頭に引っかかっていました。
その老女が旅に出たときのことです。ある田舎道を通りかかったとき、馬車の窓から衝撃的な光景を見てしまいました。
丘の上に建っている屋敷です。いつも夢の中に出てきた……。間違いありません。
老女は、御者に命じて馬車をその屋敷に寄らせました。近づくにつれてその屋敷が夢の中に出てくるそれと同じであるという確信はつのります。屋敷の前で馬車を降りた老女は、近くにいた農夫に声をかけました。
「この屋敷には、どなたが住んでいるのですか?」
「誰も住んでいませんよ。おまけに、夜には幽霊が出ますから」
「えっ?幽霊が?」
すると農夫は、老女をじっと見てい言いました。
「あなたですよ」
こんな話に登場する夢の方が、私にとっては、真実味があるような気がするのです。
で、私が一番好きな夢は、空を飛ぶ夢。現実には高所恐怖症で飛行機は大の苦手なのですが、「これは夢だ」と認識できているので大丈夫なのです。寝入りばなに、空を飛ぶ夢を見ようとコントロールできるほどです。滑走路を走って飛び立ち、徐々に高度を上げていくほどにリアルです。
嫌な夢で、心臓に悪いな、と思う夢。
なぜか、私が大学生で、試験に遅れる夢を見るのです。朝、目を醒ますと目覚ましが鳴っていない。完全に遅刻ということに気がつきます。その日は、卒業試験か何か、大事な日なのです。あわてて飛び起き、服を着て走ります。ところが、なぜか、身体が上手く動かない。着いても、試験場の教室へ入れてくれるかどうかわかりません。しかし、何とか大学にたどり着く。腕時計を見ると、何とか試験場に入れてくれそうだ。
やれ嬉しやと、試験場の教室へひた走り。
すると、ゼミの友人がなぜかキャンパスの向こうからやってきて、私に言うのです。
「あれっ。カジオくんは昨日の試験、休んでいたよね」
どうも、一日まるまる眠っていたらしい。
そこで、目が覚めるのです。
なぜか、繰り返し、この夢を見るなあ。
夢の話を書いてみようかと思った理由ですが……。
最近、三人の方に言われました。
「夢の中にカジオさんが、出てきたんですよ」って。
私には、まったく心当たりがないのですが、そう言われると私としてもけっこう不安になってしまうのですよ。

第54回「白鳥山のヤマシャクヤク」

山の中をうろうろするのが好きであります。高い山の頂上を極めようというのではなく、自然林の中をあてもなくうろついているわけです。九州には、それほど高い山はなく、久重連山の中岳が九州本土では一番高いのですが、それでも1791メートルほどです。
だから、私が歩き回る山は山頂近くまで自然林が連なり、文字通り森林浴をしているようなもの。すごくのんびりできるわけです。気の向いた場所まで行って気の向いた時間まで過ごすという遊びかた。
で、山をどのように選択するかといえば、
—-この時期は、あの山に行けば、タラの芽とコシアブラの若芽に出会えるなあ。
—-昨年の日記を見ると、同じ時期、あの山の登山道でタマゴダケに遭遇しているぞ。足を伸ばしてみるか。
といったものです。
初夏に久重連山のどこかに行ってみようかと出かけて、瀬の本高原のドライブインでトイレに入ったとき、隣の会話を盗み聞きします。

「スキー場の上のオオヤマレンゲが見事でしたよ」
それで、ためらうことなく目的地を変更してオオヤマレンゲを愛でる山歩きに変更するというアバウトぶりなのです。
あ、オオヤマレンゲは、初夏の深山に咲く“高山の貴婦人”の異名を持つほどの艶やかな花です。樹木に無数の大粒の花が咲き乱れている姿は、息が止まらんばかりでした。
それから、毎年、その時期になると、オオヤマレンゲを眺める山歩きが、スケジュールに加わることになったのです。
さて、今回の白鳥山ですが、最初に登ったのは、もう数十年前になりますね。
熊本と宮崎の県境にあるブナの原生林が豊かな山で、しかも紅葉は素晴らしいということを知り、行ってみたわけです。
噂どおり、秋の白鳥山は、しっとりとして素晴らしい場所でした。平家の落人の屋敷跡や、まるで自然の能舞台のようなドリーネなど、目を見張りました。たまたま、そのときは雨上がりだったのですが、霧が一面にかかり、湿地である御池あたりは、幻妖ささえ漂い、まるで泉鏡花の小説に登場する幻想的な場面を思い出しました。
なにより凄いのは、その手つかずの原始林で、そのとき誰も他の登山者と出会わなかったことでしょう。
さて、数年後の5月の連休明けのある日、この白鳥山を再び訪れました。秋の風景もあれほどよかったから、初夏などはどれほどのものだろう。また違った貌を見せてくれるのではないか、と。
で、登ってみて仰天したのです。まったく予想していなかった風景が拡がっていました。
ヤマシャクヤクの群生が、山の斜面一面に!それも、開花して間もない、純白のボンボリのような花弁で。
そのときの感動といったら言葉に表せません。自然が贈ってくれた、まるで奇跡のようなお花畑の光景でしたから。
それが、まったく予備知識なしに飛び込んできたのです。
それから、毎年、5月のゴールデンウィークが終わった10日後に白鳥山詣りをするようになりました。もちろんヤマシャクヤクの奇跡の光景に会うために。
何度会っても、感動が薄れることはありません。その光景を仕事の中で活かしたくて、「未来のおもいで」という作品の中で白鳥山のヤマシャクヤクを、主人公たちが登場する背景描写に使ったほどです。
さて、その「未来のおもいで」という小説は、光文社文庫で書き下ろしたのですが、今年の2月から3月にかけて、演劇集団キャラメルボックスによって「すべての風景の中にあなたがいます」のタイトルで舞台化されました。
その影響かもしれません。最近、白鳥山のルートと、ヤマシャクヤクの咲いている正確なスポット、そして咲く時期を訊ねられるようになりました。
もう、そろそろ満開の時期が近づいています。ここ数年、崩壊していたはずの林道も、無事に復旧しているようです。
皆さんも、その奇跡の光景を目にしてみては、いかがですか?
きっと感動されると思いますよ。

第53回「おでん文化」

子供の頃から、おでんという食べものの存在は知っていた。だが、、好んで食べるものではない、というイメージ。
それは、私が育った熊本では、それほどおでんという食べものに強烈なイメージがなかったから。
居酒屋のメニューの片隅に「おでん」と書かれている。通学の帰りに高校生たちが寄るお好み焼き屋の柱に「おでん有り□」と記されていた。いずれにしても熊本では、「おお。おでん食いに来たんか!まあ、座れや」と主張するメインの食べものではない。かき氷が欲しくなる時期になると、柱には「おでん」のおの字も見えなくなるんだから。
私だって、「おでんってどんな食べもの?」と思ったのは、やはり赤塚不二夫さんのマンガ「おそ松くん」に出てくるチビ太の大好物として登場したのを見てからだろう。チビ太くんは、常に串に刺したおでん(たぶん、コンニャク、大根、厚揚げじゃないかと思うのだが)を肌身離さず、けけっと笑って持ち歩いていた。で、食べてみたけど、特別においしいものだ、とは思わなかった。

熊本で食べるおでんのネタは、以下のものである。スジ肉、タマゴ、厚揚げ、コンニャク、大根、キンチャク(野菜、あるいは餅)、ゴボウ天、くらいかなあ。ダシも、特別にうまいとは思わない。
おでんとは、そんな食べものだと思って成長したわけだが、社会に出て大阪に出張したときに、驚きを体験した。
「おでんを食べに行きましょう」と言われて、私は内心ええっ!と舌打ちし
た。大阪まで来て、おでん食べなくても、と。
連れて行かれたのは、法善寺近くの路地を入って細い階段を昇った二階。カウンターだけのこじんまりとしたお店。靴を脱いであがる。
そこが、おでん屋らしいのだが、シックな店内だ。一品づつ皿に盛って出てくるのだが、「えっ?おでん?」と首をひねった。なんとまるで懐石料理みたい。工夫を凝らした一品づつが、食べ終わる頃合を測るように出されるのだ。ダシの濃さも、品によって微妙に調整されている。薬味も、もちろんそのネタによって異なる。和辛子だったり、山椒だったり、七味だったり。
おでんに対してのイメージが百八〇度、変化した。熊本で食べていたおでんは何だったのだあ!
そして、上京したとき、おでん専門店へ入ってみる。大阪とまた文化圏がちがうから、と。
予感は当たり、熊本とも大阪とも異なるおでん世界が待っていましたあ。
ダシが、こちらは少し辛目のような気がするなあ。そして、何より見慣れないものが入っている。
白い巨大なふわふわとした具はなんだ?
それが、ハンペンというものだと、初めて知る。ハンペンって名前を聞いたことはあったけれど口にしたことはなかった。
そして、白いチクワのようなもの。 チクワブというもの。これも熊本では見たことがない。
そこで初めて気がつく。それまで、旅行先では、その地の寿司屋に行けば、その土地の味を知ることができると信じていた。
寿司屋だけじゃないんだ。おでん屋でも、その土地というか、風土を知ることができるんだ。
熊本へ帰ると、またおでんを食べてみる。あまり、驚きのない、おでんの味だなあ、と溜息をつく。
そういえば、東京のおでん屋では、ネタによって、おでんの汁に浸す時間が、ちがっていたなあ。目の前で浸して、すぐに皿に盛るものとか。熊本の場合は、ずっとグツグツ煮込みっぱなしで、食べるときに引き上げるという愛情のなさだものなあ。
どこか、熊本だったら、この店のおでんを食べないと、おでんは語れないぞ!というお店をご存じの方。教えて頂ければ幸いであります。すぐ、駆けつけますから。
そして、名古屋で食べた味噌おでん!これもカルチャーショックでした。
ここでは、おでんのダシが甘い八丁味噌なのであります。すると、もう、おでんというジャンルではとらえられない。東京と大阪の間の突然変異地帯であります。す。しかも、串カツをおでんの味噌ダシにくぐらせたりという、新しい世界!
ここにも、おでん文化があったのだぁ! つい最近、またしても、大阪を訪れた際におでん屋に足を伸ばす。
法善寺近くのおでん屋は見つけられなかったので、今度は、心斎橋のおでん屋へ行ってみた。
ここでも驚いたなあ。
なんと、鯨のパーツが、おでんの具として使われているのだ。サエズリとか、コロってなんだよ!と思ったら、サエズリって鯨の舌なんだね。コロって皮の舌の脂身から脂を抜いたものだって。
関西でも、おでんの具が店によって異なるという新事実を体感。ネギマとか、生麺とかにも出会いましたものね。
地域だけではなく、店毎のおでん文化も存在するんだ、と。
皆さんの地方の、おでんの特徴も教えて頂くと嬉しいのですが。

第52回「ロールケーキ」

先月は恵方巻で、今月はロールケーキですよ。巻きものシリーズみたいですねぇ。
で、私は子供の頃から頃からタマゴを使った料理が好きなのです。それも温泉タマゴに代表される黄味が半熟系。黄味は、やや赤みを帯びるほど黄色いのがいいなあ。
だから、二軒のラーメン屋が並んでいて、どちらに入ろうかと迷ったときは、ためらわずに、トッピングに半熟とろとろの煮タマゴちゃんが乗っている方であります。
タマゴ飯なんて、うるさいヨ。
どんなタマゴ飯にするかは、毎日変えてみたりします。黄味におかかを混ぜたり、新鮮なウニが手に入ったら、ウニ・タマゴご飯。醤油も、最初にご飯を醤油ですべて絡めてからタマゴを混ぜたり、白味と醤油を混ぜたご飯に混ぜ込んで黄味を落としてみたり。
だから、タマゴご飯も奥が深いんですよぉ。
親子丼も、もちろん大好きだけど、かかっているタマゴはプルプルの半熟状態でなければいけない。オムライスは、乗ってるオムレットが、ふんわり切ったらトローリ系でなくては、いけません。そんなオムライスの美味しいところがあったら、教えてください。
寿司屋へ行ったら必ずホカホカの玉子焼きを頼みますし、蕎麦屋で酒を飲むあても玉子焼き。寿司屋は寿司屋の玉子焼きの味だし、蕎麦屋はちゃんと蕎麦屋の玉子焼きの味になっているのが、“棲みわけ”を感じるなぁ。
そんな延長で、スイーツ系もタマゴを使ったものに惹かれてしまうんであります。
昨年の夏は、「ミルクセーキが食べたい」と思い込みが突然湧きあがり、かき氷で作ったミルクセーキをどれほど探し回ったことか。結局、娘に、和三盆アイスキャンデーと練乳、バニラエッセンス、タマゴでスペシャルミルクセーキを作ってもらいましたよ。
これだけ書くと、ロールケーキも好きなのは、すぐに想像がつくと思います。しかも、ロールケーキほど深みのあるケーキも少ないのでは。とにかく、色んな土地に立ち寄ると、その土地のロールケーキを衝動買いするほど。
どこのロールケーキがベストなんて思いません。でも、いつか私にとって究極のロールケーキとの出会いがあるのでは、と願っています。余分なフルーツはいらない。クリームをスポンジで巻いただけのシンプルなもの。天草で買ったのも、忘れられないなぁ。門司港で食べたのも。何故か、最近のは名前が「地名+ロール」になってますよね。
先日のことですが、熊本の某デパートで「全国うまいもの展」という催しがありました。その新聞チラシを娘が見ながら言いました。
「Hデパートで明日午後二時から大阪のDロール限定二百個販売だって。パパは、これは見逃せないでしょ」
私は、鼻でフンと答えたものの、私のロールケーキ好きが見透かされていることに愕然としました。
で、どうしたかというと、翌日午後一時半に仕事場を抜け出しHデパートの催しもの会場へ。
ほう、誰もならんでいない!じゃあ、二本買えるかな。
Dロールと書かれた売場に、ほくそ笑みながら近づきました。ところが、こう書かれた貼紙が。
「本日のDロールの整理券配布は終了しました。次回の配布は○日の午前十時になります」
頭に血が上りました。折角、仕事を中断してきたというのに。
娘はチラシの一番大事なことを読みとばしている。午後二時販売は、午前十時整理券配布の前提があってのことなのです。
どんなに美味いロールケーキなのか。
帰宅後、娘に苦情を言いましたが、フンと鼻であしらわれました。
酷い娘です。
そして、その日の朝が来ました。その日はDロール二回目の限定販売の日なのです。自分で、それをちゃんと覚えているのが凄い。よせばいいのに賤しい私は午前九時五十分にHデパートに出かけたのです。整理券さえもらっとけばいいんだろ、と。
メインの入り口に来て仰天。百人ほども並んでいます。皆Dロール目当てらしいのです。エレベーターはこのデパートに二台あります。一度に三十人くらいしか運べません。もう一つ入り口がありますが、そちらはエレベーターから離れています。会場は八階。どうすれば、並んだおばちゃんたちを出し抜ける?
唯一、思いついたのは、エスカレーターを全力で八階まで駆け登る。体力では負けないはず。十時の開店と同時に、並んでいない入り口から飛び込みました。エスカレーターへ走ると、同じ考えのおばちゃんたちが前方を二十人くらいばたばたと駆けていきます。
走る。走る。
最初は駆け登っていたおばちゃんたちも一人また一人と息切れを起こしエスカレーターで立ち止まる。
それを、ざっ・ざっ・ざっ・ざっと牛蒡抜き。五階を駆け登る頃には、私がトップでした。六階に駆け登ると必死の形相の私を見て、知り合いの本屋さんが呆れ笑い。しかし、目的を果たすためには恥も外聞もかなぐり捨てたのだぁー。
おお、八階じゃと安堵すると、エレベーターから一塊の人々が。わらわらと。
焦る。場所はわかっています。まろびそうになりつつ、整理券ゲット。二十一番!
さて、その苦難の末のDロール……。正直なところ、それほどのものかなぁ……という感想でした。
でも、いつか理想のロールケーキに……。