第7回「神がかりのこと」

九州には、いくつかの『白鳥神社』がある。
五家荘の樅木にあるのは、白鳥山つながりらしいが。
白鳥山は平家の残党、平清経が住まい、そのとき白鳥ヶ槍を持参していたことに名前が由来するようだ。

球磨の相良村の北に初神白鳥神社がある。由来は知らないが、伝説を調べていたら、おもしろいことがあったので紹介してみよう。

この社殿が、荒れ果てた時期があったらしい。ところが村人たちは、その修復のことには、関心がなかったという。すると、村の女の一人が、突然神がかりになったのだそうな。原因不明。
「私は、白鳥の使いである。ここ初神において相良に初めてお宮をおいたというのに、奉らずほったらかしにして失礼な話だ。このように礼を失した状態であれば雷火を落として、一瞬にして焼け野原にしてやるぞ」

村人たちはびっくり仰天。大騒ぎになり、あわてて社殿を建て直して奉ると、その村女は、すっと神がかりがとれて、正常に戻ったということだ。

ふうん、神がかりか。そんなことあるのかなぁ。そう考えていると、スケールは違うが、ジャンヌ・ダルクのことを思い出してしまった。ジャンヌ・ダルクは、村の羊飼いの平凡な少女だったのだが、ある日、突然に神から啓示を受ける。オルレアンをイギリス軍から開放し祖国を救えと。

ジャンヌ・ダルクの参戦でフランス軍は大勝利、シャレル七世を国王に載冠させるのだが、何じゃこりゃ、とよく思ってしまう。

神さまは、何でそんなにフランス贔屓なんだよ!という点である。

西欧の神は、唯一無二の絶対神のはず。それが、フランス正しい、イギリス悪いと託宣を下すことに、何となく釈然としないものを感じる。お互い異教徒ならいいよ。でもちがうだろうと突っ込みを入れたくなるよ。

「白鳥神社」のケースは、どうだろう。 社の修復のときだけ、神がかりで降りてきて、社がきれいになったら還っていってしまうというのも、ちとなぁ。余程、地域の人々の信心が浅かったのだろうか。耐えかねていたということか。衣食足りて礼節を知るというが、社の修復が、その最低条件だったということか。どの時代のことかは不明だが、このくらいの神がかりでよかったと考えるべきか。「徳川幕府を倒せ!」とかの神がかりのご託宣だったら、どうなっていただろうかと、ふと心配になってしまったのである。

まぁ、これは、白鳥神社の主が神がかったのではなく、「白鳥の使い」なるものが神がかったわけだから、よほど見かねた式神みたいなもののせいだったのかもしれんないなと思ってしまう。

神社の発生を見ていると、どうも、二つのパターンに分かれているような気がする。一つは、地域から親しまれた人物が亡くなり、その方から御利益を得るために奉られた神社。そのような神社にお参りすると、それぞれの神社の効力に応じて御利益を頂ける。無病息災だったり、商売繁盛だったり、試験合格だったりと。

もう一つのパターンは、荒ぶる神がいて、これ以上勘弁してくださいと、地域の人々が鎮めたがって奉られた神社だ。

つまりプラスの幸運を願う神社と、負の災厄を願う神社。この初神白鳥神社のように神がかりのある神社は、どちらになるのだろうかと考えていたら、「神がかり」に関する文を読んだ。それによると、ジャンヌ・ダルクも神がかりもスキゾフレニア(統合失調症)による変性意識の状態ということだそうな。

それも、何だか夢がないなぁ。

第6回「『酢ダコ』の謎」

高校時代までは、熊本市内に住む私にとって、人吉球磨地方というのは、遠い遠い場所だった。
球磨地方といってもイメージが湧いてこないのだ。断片的に「球磨川」とか「山奥」といった言葉が浮かぶだけ。

高校時代の友人に、免田町出身者がいる。
今は、町村合併してあさぎり町だが。
彼が休みに帰省するとき、「球磨のお土産」を頼んだ。持ってきたのは、「猪の肉」だった。仰天した。

「球磨のステーキはイノシシなのか?」
「ちがうぞ!」と彼は反駁した。
「球磨の町なかは、イノシシが走り回っているのか?」
「ちがう。ちゃんと自動車が走り回っているぞ」

少し球磨のイメージが変わった。その変化したイメージを友人に言った。

「そうか。球磨の町なかを走っている自動車はタイヤの代わりにイノシシが四頭ついているんだな」

友人は黙っていた。やや呆れ顔で。
猪の肉は、塩焼きにして食べた。
固かった。

「イノシシの肉以外で、何か名物はないの?」
「球磨焼酎!」高校生の私に焼酎が飲めるはずがなかった。
「他は?こちら(熊本市)で食べないもの。見かけないものはないの?」
「そうだなぁー!」

友人は、しばらく考え、遠いところを見る眼になって言った。

「酢ダコ」
「タコスか?メキシコ料理の?」
「ちがう。タコの足だ」

私の頭の中で?マークが行列していた。

「タコって海にいるタコか?」
「そうだ!」
「人吉・球磨に海はないだろう。何故、タコが名物なんだ?」
「知らないけど、昔から喰ってる。正月なんか必ず食べる」
「タコは、こっちでも喰えるだろう。酢をかけて喰うんだろう」
「そりゃ、全然ちがう」

謎の言葉が返ってきた。じゃあ、何故、酢ダコというのだ。

「このくらいの大きさだ」

友人は右手の関節の上を左手で示した。それがタコの大きさかと思った。だが違った。
友人はつけ加えた。

「足一本で」

嘘だぁと叫びそうになった。それでは、まるで「水爆と深海の怪物」に登場するモンスタータコである。
「しかも真っ赤である」と友人は言った。
スライスして食べるということだった。
特殊な処理を施された巨大ダコらしい。
そこまではわかった。それから妄想だけが膨らんでいった。
球磨川の源流近くの滝壺には、淡水に棲息する怪物ダコの大群がいるらしい。水を飲みに近づくイノシシが餌食になっている。球磨の住民は正月が迫ってくると、大ダコ狩りに行かなくてはならない。酢ダコをこさえるための行事だ。

「おまえ、もう元服済んだら一人前の男だな。大ダコ狩りに連れていくからな」

そんな会話が交わされるのだろうか。
その友人は、ついに「酢ダコ」を土産に持ってくることはなかった。人吉盆地の名産、「酢ダコ」は、私にとって未だに謎の食べ物のままである。実在の食べ物だろうか。
数十年が経過して、人吉生まれという方に、「酢ダコ」の話を尋ねた。すると、その方は仰言った。

「焼酎に合いますよ」

やはり、実在するらしい・・・。

第5回「球磨拳」

「頼もー!頼もー!」
ぼろをまとい、長い髪をした眼光の鋭い若者が門前で大きく叫ぶ。背は巨人ほども高く、胸の筋肉は、ぼろ着からはみ出んほどだ。握りしめた拳ゆえか、腕の隆々とした筋肉からミミズのように血管が浮き出ていた。

「何じゃろう。大きな声で叫びなさるは」
白く長い顎髭をはやした小柄な痩せた老人が屋敷の奧からひょっこひょっこと姿を現した。

若者は思った。
(ム、この老人。できるな。ただ者の身のこなしではない)

無意識に背筋を伸ばし、胆田に力を込めた。それから深く礼をする。そして若者は言った。
「突然お邪魔して申し訳ございません。私は、全国を拳の奥義を極めんと行脚の旅を続けているケンスローと申すものです。その行き先で、拳の達人と手合せ頂き、腕を磨いております」

「ほほう。どれほどの腕の方かな」
老人は、顎髭をしごきながら尋ねた。

「失礼!では、あの石灯籠を」
ケンスローは、あ・た・た・た・たと甲高い声をあげ両手を繰り出した。その後に石クレが無数に転がっているだけだった。
「いかがでしょう。石灯籠の秘経路を突きました。岩手拳の技でございます。他にも、不乱拳、南斗幽拳も習得いたしております。この人吉盆地を訪れ、貴方様が、古式ゆかしい球磨拳の達人であるとお聞きしました。ぜひ、一手、お手合せをお願い致したく」

老人は呵々と笑い、言った。
「ケンスロー殿は誤解しておられる。球磨拳は、勝負はつけるが、人を殺める拳ではござらん」
「では、どのようにして雌雄を決するのでございますか?」
「うむ。じゃんけんの一種と思うてくれ」
「じゃんけん。ぐーちょきぱーの!知らなかった・・・」
「そうじゃ。だが、ちとルールはちがうぞ。パーよりグーが強いのじゃ。グーは〝彼氏〟に負け、〝彼氏〟は〝鉄砲〟に負ける。〝鉄砲〟は〝お金〟に負けるという具合だ」
「そ・・・それは謎の言葉」
「指じゃ、指の形を示しておる。パーは5。グーは0。〝彼氏〟は親指で1。〝鉄砲〟は親指と人差し指で2。〝お金〟は3。そして四本指で4。一つづつ多い数を示した方が勝ちということだな」

ケンスローは、ぽかんと口を開けた。身のこなしは素早いが、頭の回転はあまり速くなさそうだ。
「まあ、勝負するのは、無理のようだな」
立ち尽くすケンスローに、老人は、そう声をかけた。
「お待ち下さい。せっかくはるばる訪ねました。そのルールで球磨拳のお手合わせをお願い申しあげます」
老人は、頭を振りながら、仕方ないのぅと拳を握った。
「では、やるか。ひい・ふう・さんで出すのじゃぞ」

「はい」
「では、ひいふう・さん」
ケンスローは、習い性だろうか。両掌で、あ・たた・た・た・たと拳を繰り出した。
「ほれ、ほれ、ほれ、ほれ、ほれ。すべてわしの勝ちじゃな」
老人の手はすべてパー。4の指を出し続けたケンスローに勝っている。
「な、何故、私の手が読めたんですか?」
ケンスローが愕然と叫んだ。
「簡単じゃよ。四本指で無意識のうちに秘経路突きを出しておったからな。さあ、飲みなされ。球磨拳のルールだ。負けた分、焼酎の杯を乾かさねばならぬ」
「な、なんと」
「焼酎は白岳の〈しろ〉だ。味には問題なかろうて」
杯を重ねるケンスローは見る見る真っ赤になっていった。
「まだ飲ませるのですか?」
「それほど連続して負けたということじゃ」
ケンスローは、すでに満足に立てない状態だ。しかし、懸命に挑んでくる。
「先生、もう一手、球磨拳を」
老人はニヤリと笑って言った。
「おまえの負けじゃ。おまえはすでに酔っておる」
「何!」

愕然とケンスローは膝をついた。
ケンスローが酔拳に開眼するのは、それから三年後のことであった。

第4回「ニタ場の話」

私の好きな話の一つに、「ニタ場」の話がある。免田の知り合いから教えてもらった。
球磨の民話だと思うのだが。「ニタ場」というのは、猪が泥浴びする場所のこと。
漁師は、そのニタ場を山中で見つけて考えたそうだ。よし、ここで待ち伏せしていたら猪を撃つことができると。それで、ニタ場を狙える木の上に上って銃を持って、じっと待っていたそうな。

すると、泥の中から山ミミズが這いだしてきた。その山ミミズを這いだしてきた大ガマが、パクリと食ってしまった。

大ガマが満腹した様子で休んでいると、その後ろに、これまた大きな蛇が現われた。そして、大きな蛇が、あっという間に大ガマを呑みこんでしまった。
大きな蛇は、腹が膨れて身動きできない状態で、ニタ場に横たわって消化するのを待っとったらしい。

漁師は、呆れてこの一連のできごとを眺めていた。そこへ猪が泥浴びにやってきた。猪は蛇が大好物なので、横たわった大きな蛇を見つけるなり、大喜びで食ってしまった。食い終った猪は、満足してくつろいでうたた寝を始めてしまった。まったく無防備状態だ。

漁師は、よし、今だ!と銃口を猪に向けた。引金を引こうとした瞬間、漁師は背後から、何やらわけのわからないものの視線を感じた。何ものかは、わからない。
でも、この猪を殺してしまえば、次は自分の番なのだということは、わかった。
恐怖で、振り向くこともできず、漁師は、そのまま逃げ帰ったという。
それ以来、「ニタ場」待ちの猟はしなくなったそうだ。

SFだ!と私は、この話を聞いて思った。人間とは、想像することのできる生きものなのだ。漁師を背後から見ていた存在は、あるいはなかったかもしれない。しかし、漁師の思考の中には、そのとき視線を投げかけた妖怪の存在は確かにあったにちがいないのだ。

大好きなSFにエドモンド・ハミルトンが書いた「フェッセンデンの宇宙」という小説がある。
フェッセンデンという孤高の科学者が、最近、大学に姿を見せない。“私”は彼の研究所を訪ねる。実は彼はマッド・サイエンティストである。とんでもないものを作り出していたのだ。彼が創造したのは、研究所の中に浮かぶ、本物の“宇宙”だったのだ。もちろん、ミニチュアの宇宙で、その中で小さな無数の恒星、惑星が存在していた。

顕微鏡のような遠眼鏡で観察すると、惑星の上では、生物が活動している。また、ある惑星の上では、地球上と同じように、人間が生活している。しかし、フェッセンデンと“私”はトラブルを起こし、彼は、自分の小宇宙の崩壊ととも、その生命を絶ってしまう。
“私”は、その帰りしなに、ふと夜空を見上げる。そして、その夜空の星の彼方に、ひょっとしてフェッセンデンがいるのではないか・・・・。そんな考えにとらわれるのだ。

そう、その妄想のレベルとしては、「フェッセンデンの宇宙」に登場する“私”と球磨地方で聞いたニタ場待ちする民話の漁師とは質的に同じだと思うのだ。
その恐怖の正体は、自分も無限連鎖の中に知らぬうちに組み込まれている・・・というものだ。そして、見えない位置に、自分がはかりしれない存在に観察されている・・・。

その知り合いは、話し終えると、しばらく黙した後で、突然に大きな声で「後ろ!」と叫んだ。

第3回「幽霊の掛け軸」

人吉に行くと、必ず聞かれるのが「カジオさん。幽霊寺の永国寺には行かれましたか?」である。
「何故ですか?」
「いや、そんなのが、お好きそうだから」
そーゆー風に、私のキャラは思われているらしい。さて。

人吉市にある曹洞宗蓬莱山永国寺は幽霊寺として有名である。本物の幽霊がでるわけではなく幽霊画が展示されているからだ。ふだんはレプリカ。年に一回だけ本物がご開帳されるという。だから、私が見た幽霊画もレプリカということだろう。仲々に妖しげな画である。死装束の髪ふり乱した女が両手を胸の前でだらんと垂らしている。下半身は半透明に描かれていて、由緒正しい幽霊画になっている。

描いたのは、永国寺の開山実底超真和尚と伝えられている。さて、幽霊の画のモデルは誰かというと、本物の幽霊だそうである。ううむ。さて、さる高名な方の奥さんが、その方の妾をいびり殺した。その妾が幽霊になって現れるようになり、奥さんが実底超真和尚に助けを求めにきた。それで、和尚は現れた幽霊を描いてみせ、「おまえは、このように醜くなっているのだぞ」と諭したそうな。幽霊は驚き嘆いて、成仏するよう引導を渡してほしいと懇願したそうな。実底超真和尚が供養すると、幽霊は、無事成仏して、後には、この幽霊画の掛軸が残ったという次第。

またしても、ううむ。
実底超真和尚という方は、いわば日本のエクソシストといったところだろうか。

永国寺に行くと、本堂の奥に池がある。
そこに幽霊が出現したといわれている。

いくつもの疑問点が生まれてきた。幽霊は奥さんを追って永国寺までのこのこついてきたのだろうか?奥さんはたぶん本堂で実底超真和尚に相談したにちがいない。その間、幽霊は池のところで待っていたということだろうか?お寺の中は、結界が張られていたのかなぁ。また、この幽霊画はどのくらいの時間で描かれたものだろう。墨をすって、構想を練って、筆を走らせて。

一時間?いや、もっとかかったのではないだろうか。構図が気に入らなかったりして、二、三度は描きなおしたかもしれない。で、その間、モデルの幽霊は何をしていたのだろうか?素朴な疑問だと思う。

・奥さんをとり殺そうとする幽霊。その横で腕組みして構想を練る実底超真和尚。泣き叫ぶ奥さん。追いかける幽霊。

・浮かんでいる幽霊の横で、懸命に絵筆を走らせる実底超真和尚。ちっとも幽霊がじっとしていないので、筆と紙を持って寺内を走りまわっている。もちろんお経を唱えながら。

・幽霊を椅子に座らせ、百合の花か何かを持たせ「美人に描きますよ」と筆を走らせる和尚。その実、絶望させ説得しやすいように、相当怖くえげつなく描いている。期待して微笑んでいる幽霊。

そんな、いくつかの映像が、浮かんできてしまったが、うむ。
どれも怖くないなぁ。

ただ気になるのは、両手をだらんとたらしているのに、顔はあっちの方向にそっぽを向いているという点だ。怨みを想う相手に真剣に集中していないのではないかという気がしてならない。花札の鹿の絵も、あらぬ方向を見ていて、プイとしている。そこから「シカトする」と言いはじめたのだが、この幽霊画にも共通したものを感じてしまった。

そのくらいの妄想とともに幽霊の掛け軸を見た。そうすると、「人間の心の醜さを描いた」幽霊画が、なんとも愛らしいものに感じられてしまったのだ。

第2回「チョック・ストーン」

「市房山に一緒に登ろうよ」
そう言い出したのは、妻だった。
ゲッと思う。最近、妻が登山にこっているのは知っていた。しかし、私まで巻き込まれるとは思ってもいなかった。苦しい思いをして、山道を登って、何が楽しいのだ。
「お願い。今度の結婚記念日に。装備は私が揃えるから」と行った。「山歩きに一度だけつきあって!」
「厭だよ。身体がもたないよ」
「ゆっくり登ればいいの。あなたのペースに合わせるわ。無理だったら次からは誘わないから」

市房山に登ることになった。まさか、妻は私が知らないうちに、私に生命保険をかけたのではないだろうな。おもわず疑う。だが、その気配はないようだ。

結婚記念日。私たちは、湯山温泉に泊り、早朝、市房キャンプ場近くの登山口をスタートした。この日のために、妻は登山靴を買ってくれた。安いものではないはずだ。私が二度と山に登らないと言ったら、この登山靴は靴棚ふさぎと化すだろう。勿体ない。だが、それは口にしない。市房神社に着く前に、すでに私の息は、フイゴと化した。心臓の鼓動は早鐘のようだ。私はへたばったふりをする。妻は、諦めてくれるかと思いきや、私の回復を辛抱強く待っていた。これでは歩き続ける以外にない。頂上には、一般登山者であれば三時間半で到達すると妻は話していた。

「その倍の時間かかってもいいのよ」
登りが延々と続く。ひたすら歩く。
「いい景色でしょう」周囲の風景など見えない。視野が狭くなっている。
「空気がおいしいわ」空気を味わう余裕などない。喘ぐだけだ。

二〇分ほど登り、休み、また登る。
「もういやだ。歩かない」岩場にへたりこみ、妻の反応を見た。妻は、黙って腰を下ろし、私を見ている。回復を待っている。「もう、ここは九合目よ」励ますようにぽつりと言う。

また歩く。ひたすら登る。少し、苦痛が消えてきたようだ。巨木や巨石が眼に入るようになった。頂上に着いたのは登山口から四時間半後だった。もう登らなくていいと思うと放心状態になった。標高一七二二メートルよく登ったと自分に呆れた。四方に下界が見渡せる。

「すごいわ、あなた。ちゃんと登れたのね」
妻が誉める。悪い気はしない。妻はカメラを出した。「記念撮影してあげる」
「ああ、いいよ」と応じたが、妻は、首を横に振った。「ここより、もっといい撮影ポイントがあるの」
もう少し、頂上の先にあるという。その場所に連れていかれた。「あの岩の上に乗って」
カメラを持つ妻に言われるまま、その岩の上に立つ。下を見て驚いた。私の立った岩は中に浮いたような状態になっている。チョック・ストーンというやつだ。

妻が言った。
「その岩は心見の橋というの。病ましい心の持主とか嘘つきは、そこから落ちちゃうって」
それから、私がどう反応するかを待っているようだ。私は高所恐怖症であることが自分で初めてそのとき自覚した。そして、妻が私をここ迄連れてきたがった理由を知った。

「ああ、そうなのか。さぁ、早く写してくれ」妻はうなづき、カメラを持って言った。
「私のこと、今も愛してる?」
バカ!と言いたかった。妻はシャッターを押さずじっと、待っていた。仕方ない。
「あたりまえだろ」と答えた。まだシャッターを押さない。
「ちゃんと言って」私は言った。顔から火を吹く思いで。妻は続けた。
「今まで、浮気したことある?」
「ない」叫んだ。めまいがした。シャッターが押された。私は、そんな言い伝えは、信用しない。そのくらい、平気で答える。私は、心見の橋から落ちることはなかった。
しかし、女はいくつになっても幼稚さが消えないと私は思う。妻は来年が喜寿、私が傘寿になろうというのに。帰り道、妻は笑顔だった。
だが、こう付け加えた。

「あなた、あそこで嘘ついて落ちなかった人は、死んだら地獄に落るって知ってますか?」

私は「知らない」と答え、溜息をついた。

第1回「白髪岳にキノコとり」

さて、このホームページをスタートするとき、高橋酒造へ挨拶のため訪問してわかったこと。焼酎白岳の白岳とは、白髪岳から由来して名付けられたということである。
昔々、山歩きが好きな私は白髪岳に登ったことがある。標高一四一七メートル。ブナの原生林が見事だったという記憶がある。

その頃は、まだキノコ採りに目覚めていなかったのだが、植生からしてこの山はキノコの宝庫という予感を持っていた。
「そうですか、白岳は白髪岳ですか。皆でキノコ狩りに行ったら楽しいだろうなぁ」と思わずもらしてしまった。
「その企画いいですね。やりましょう」
とんとん拍子に話は進み、白髪岳でキノコ狩り探検隊である。

頃はといえば十月下旬。九州では、これからキノコの発生時期という微妙な頃。
麓のビハ公園キャンプ場に集合していざ登山口へ!心ははやる。ブナの樹に群れるムキタケや、ブナシメジ、ナメコなどのイメージが頭の中で私に流し目をくれるのだ。待ってろよ。もうすぐ、篭の中に入れてあげるかんねー。
登山口から歩きはじめる。登山道の脇の倒木に目を走らせ、あっちうろうろ、こっちうろうろ。藪をかきわけ、倒木をのぞく。サルノコシカケやカワラタケは目につくのだが、おいしい食菌は見あたらない。
「あっ」と声をあげかける。倒木にキノコのシルエット。あわてて駆けよる。びっしりとついていたのは、おいしそうなツキヨダケ。でも、これ猛毒なんだよなぁ。シイタケそっくりだから、九州では、このキノコにアタる人が一番多い。・・・・ということは、食菌の時期には、ちと早すぎたということか・・・・。少し悲しい気分になる。
その後、すぐにナラタケを発見!探検隊の皆を呼び集める。ナラタケは、やはり初秋からのキノコだから、二週間ほどシーズンには早かったということかなぁ。でも、歯ごたえのいいキノコだから良しとするか!それからホコリタケの幼菌をいくつか。これも、マシュマロみたいな感じなのだよね。口に入れたとき。良しとしよう。
カメラ担当のO氏が、「これ何でしょう」見るとクリタケの幼菌たちであった。「食べましょう」と採る。
高橋酒造の高橋専務が、藪の中に消え、しばらくして、「こんなものありました」とキノコを採ってきた。見るとスギタケだ。これちょっと若いかなぁ。
私のキノコの考え方は「おいしいキノコ」
「それ以外のキノコ」という二極分化した大雑把なとらえかたでしかない。
はや、頂上近くだが、後が駄目だ。地面が乾ききって、キノコの気配も見えなくなった。
もう一つ見えなくなったのはキノコ好きというM氏である。藪の中に入って以来、姿が見えない。心配していると、突如、現われる。ちゃんと獲物を手にしている。アカモミタケだ。これは私も、まだ、食べたことがない。それから黄色いキノコを二本。「笑顔のないかたに、おすすめしようかと思って」オオワライタケである。マンガによく登場するキノコである。
以降、目ぼしい収穫はない。どん欲な探検隊としては、少々、物足りない。「焼酎しろ」のビンを半ば土に埋めておいて、「あ、こんなところに名菌ハクタケが生えている」というのはどうだろうなどと、ふと思いつくが、馬鹿にされそうなので黙っておく。
とれたキノコは、ビハ公園で皆ですき焼きに入れて食べる。ううむ。デリシャスである。今一つ、満足いく収穫にはならなかったが、白髪岳!今日はこのくらいで許してやる、とつぶやく。でもスキヤキうまかったな。朴葉味噌にナラタケとアカモミタケ入れたのも絶品だったぞ。
焼酎くいと飲んだとき、声が!
「キノコ、キノコ」
声の方角へ、皆が駆け寄る。なんと公園キャンプ場の草の中にヌメリイグチの群生が
「登らなくても、ここでとりましたねぇ」
そこで、皆、苦笑いでキノコ探検隊は幕を閉じた。