そろそろキノコ刈りの時期だなあ。夜風が頬にあたり肌寒さを感じると、わくわくするのです。
秋は、ほとんど仕事になりません。いや、仕事をやろうと思っても、頭の中では、キノコのことを考えているのです。
今ごろ、あの渓谷のあの倒木には、もうムキタケが付いている頃かなあ、とか、去年はあの山へは行けなかったなあ。あの山の斜面でびっしりとリンクをなすハエトリシメジは、誰にも知られず朽ち果ててしまったのかしら。なんと可哀想なことをしたのだろう、と。
そんな風にキノコのことを考えつつトイレに立ち、鏡の中の自分の顔を見ると、本当に哀れな顔をしていて、我ながら愕然とするのです。
これはいけない!精神衛生上、よろしくない。
そんな結論を出して、秋はいつでもキノコ採りに出勤できるように、仕事を前倒しにしてでも進めておくのです。
そんな私は、キノコ研究が趣味なのですか?と訊ねられますが、「ちがいます!」と断言します。
キノコは趣味ですが、研究はしません。とにかく、山に入ってキノコを探します。
それも、おいしそうな食べられるキノコばかり。
野蛮です。そして、根性がねじ曲がっています。
なぜかというと、キノコは魚釣りのように一度釣れたところに、また魚がやって来るということはありません。一度採ると、そこからキノコが消滅するのです。
だから、他人が山に入る前に、一刻も早くキノコを採り尽くしておく必要がある。
熊本ではキノコ採りというのはマイナーな趣味ですが、それでも他にキノコ採りがいないというわけではない。
噂話や世間話の中で、ちらとキノコという単語が聞こえてきたら、もう耳はダンボ状態であります。そして……。
ーどこそこの山に、いつの何時頃から、誰たちと、どんなキノコを採りに行く。そんな情報を仕入れたら、何食わぬ顔で立ち去り、作戦を練ります。その一日前、あるいは数時間前に、その場所に訪れ、採って採って採り尽くす。
その跡は、焦土と化したかのように、食菌はきれいさっぱりとありません。もちろん、不食のキノコや毒キノコ、食用でも老菌などは、残しておきますが。
一度など、登山口に戻ってくると、これからキノコを採りに山に入ろうとする子ども会の団体とすれ違いました。
私はキノコ籠いっぱいのキノコを採っておりましたが、リュックの中に隠しておいたので気がつかれなかった筈です。それから山中に入っても、キノコの山には毒キノコしかないと失望して戻ってくるんでありましょうな。
うひひひひ。
おっと、だから根性がねじ曲がっているのが自分で厭になるわけでもあります。もっとも、そこを直そうとも思いませんが。だから、絶対に私がふだんキノコ採りに行く場所は教えません。
ただ、例外的なことも、いくつかあります。日頃、私は顔写真を出さないし、テレビもお断りしていました。
しかし、秋のこの時期にキノコ採りの番組であれば出演をお受けすることにしました。何故かというと、お仕事をしながら趣味も満喫できるということで。わはは。いい加減!
ただし、場所は、どこだと特定できなようにお願いしています。どうしても場所が必要な場合は、“九州の真ん中あたり”という程度の表現にとどめておいて頂くことにしとります。今年も11月あたりに放送になるかと。(某国営放送ですが)
さて、脳天気、好き勝手に秋にはキノコ採りに出かけていて、適当な奴だなあと思われるかもしれませんが、神さまはちゃんと世の中のバランスをとっているんです。そのことは、書いておこう。
何の因果か、私の孫は食べものの好き嫌いはほとんどないんだが、唯一、嫌いなものがあります。
カンの鋭いあなたは、すでにおわかりでしょう。よりによって、料理の中に入っているキノコを選り分けて箸で取り出すくらい、キノコが大っ嫌いだと。
どうしてなのだ。キノコが嫌いな理由は何だと問い詰めるのだけれど、理由なんかない、嫌いなものは嫌いだ、と。
何を連想したかというと、あるフレーズです。
ー親の因果が子に報い、生まれ落ちたる、この……。
つまり祖父があまりにキノコを採り尽くすのを見かねた神さまが、「祖父の因果を孫に与えた」のだと。
大丈夫。私のキノコ佃煮を心待ちにしている人々が何人もいるのだから。
投稿者: アドパスカル
第70回「パワースポット」
最近、ブームなんですかね。やたら「パワースポット」と安易に使っているパターンが多いなあ。旅行社の広告にも”パワースポットを訪ねる”とか”まだ知られていないパワースポット”と称している観光案内を見るようになりました。
で、「パワースポットとは、いったい何じゃ?」ということなので書いておきますが、パワースポットなる英語はないのです。和製英語。
地球のエネルギーが人間に対して癒やしを与えるような、大地のツボがあると。それを、ヒーリングスポットやら、パワースポットやらと呼んでいるわけです。
だから、科学的根拠は何もないわけです。割と、神社関係やら、巨石、湧水池とかがパワースポットとして口コミで拡がっていることが多いようですね。
パワーが本当にあるかといえば、眉に唾をつけた方がよろしい。疑似科学のジャンルですから。
本当にパワースポットの効果を広く知らせるなら、パワーを数値化して表示すべきでしょう。
○×神宮 90パワー
△△岳の巨石 60パワー
そう書かれていれば、非常にわかりやすいと思います。でも現実的には、数値化を誰がどうやってやるんだ?ということですよね。そんな測定装置も存在しないから。
(でも、そんな測定装置をでっちあげて売り出したらヒット商品になるかも。磁器をパワーとするのか?正体不明の”マイナスイオン”を測定したことにするのか?電位差とか、ようわからん、でありますが)
口コミで伝わる間にわけのわからない都市伝説が拡がったりします。東京の某神宮の井戸の写真を携帯電話の待ち受け画面にすると、お金が飛び込んでくるとか。これ、知り合いに待ち受けにしている人がいたので効果を聞いてみました。
「そうですねぇ。なんか、こざこざしたことで忙しくなってきた気がします」
「で?お金の方は、どんどん入ってきていますか?」
すると、「ウームゥ」と腕組みをされていたので、そんなものでありましょう。
某に言わせると、「異教徒が待ち受け画面にしたら、ありとあらゆる不幸が次々に襲いかかってきた」ということです。異教徒を不幸に陥れるとは、度量が小さいなと、ちと呆れるのでありますが。
高圧電線の下に蛍光灯を持って行くと、電線につながなくても明るく灯るという現象があったりしますが、これは、高圧電線にパワーがあるからだということになっています。だからといって、高圧電線の下がパワースポットかというと……。高圧電線の下に住む人たちの発ガン率が以上に高くなるという説があります。パワーが人間のためになっているかどうかも、天然のパワースポットも検証する必要があるのではないかなあ。
そもそも神社というのも、ご利益のある神様を祀るところもあれば、荒ぶる神様がお怒りにならないように鎮めているところもあるんですよ。そこいらの区別がなくって、ただ単純にパワースポットと言っている気がするなあ。
パワースポットの測定が無理だったら、こういうのはいかが?
100人をアトランダムに選び、予備知識を与えずに次々にパワースポットと呼ばれる場所に連れて行き、アンケートをとる。
A地点では30人がパワーを感じ、70人は何も感じなかった。B地点では50人がパワーを感じた……とか。
これなら、数値化しやすいのではないでしょうか。
テレビの番組で、私は熊本と宮崎の県境にある白鳥山を「私のパワースポット」として案内しました。大好きな山で、登れば日頃の世間の澱を洗い流せ、心がスッキリするからです。だから、白鳥山は他の人にとっては、どう受けとられるか知りませんが、私にとってのパワースポットなのです。大好きな場所。
パワースポットってそんなものじゃないでしょうか?
もっと推し進めれば、私に一番効果のあるパワースポットは、源泉掛け流しの、「温泉」ということになるんですよね。
実にわかりやすい。
さて、長々と「パワースポット」のことを書いてきましたが、この度、祥伝社から「壱里島奇譚」(1,600円+税)を出しました。
この小説の中でも架空のパワースポットが、物語の鍵として登場します。舞台は天草下島の遙か西の孤島。その島で次々と不思議な出来事が連続するというお話でございます。ぜひ、お買い求め頂ければと願うばかり。
よろしくお願いします。
第69回「人吉ちゃんぽん紀行」
ちゃんぽんという麺料理には、目がないのですよ。
九州ではポピュラーでスタンダードな軽食なのだけれど、一応、説明しておきます。
スープの中に麺があり、その上に具が乗っている。具は、野菜と豚、海鮮を炒めたもの。それに生卵が乗っかっていたり、いなかったり。
一般的にちゃんぽんといえば、長崎が有名な気がするけれど、いやいや。熊本で育った私ではあるが、幼い頃から、ラーメンよりもちゃんぽんに親しんできたからなあ。(ちなみに、初ちゃんぽん体験は、記憶にないほど幼い頃だけれども、ラーメンの初体験はずっと遅く、中学一年です)
で、熊本には、中華で太平燕(タイピーエン)という麺料理があるけれど、これは、私の中の位置づけでいくと、“ちゃんぽん麺の代わりに春雨を使ったもの”ということになる。
腹一杯になるのがちゃんぽんで、ヘルシーなイメージがターピーエンという感じかなあ。
で、どちらが好きかと訊ねられたら、私自身の場合は、ちゃんぽん好きだと答えますね。
だから、「うまいラーメン屋がある」と聞いても、あまり反応しないのですが、「うまいちゃんぽん屋がある」と聞けば、もう居ても立ってもおられない状態に陥ってしまいます。
すぐにでも、確認せずにはいられない。
ちゃんぽんも、ラーメン同様にさまざまなスープがあるわけです。
トンコツ味のスープも当然あるし、醤油味もある。
百軒でちゃんぽんを供すれば、百のちゃんぽん味があるわけです。
具も、海鮮主体で海老やカニ、イカ、アサリが山盛りだったり、野菜主体だったり。
聞いたら、できるだけ早く味を確認しに出かけます。
推薦した方の価値観も、そのうち見極めることができるようになります。
Aという方が、「すごいちゃんぽん屋がある」というので飛んでいったら、ただ単に喰いきれないほどの量のちゃんぽんだったりということがある。味は…こんなものかのう、と。
Aという方は、とにかく満腹になることが、ちゃんぽんの価値を決めると考えている人であることを知りました。
Bという方が「県南で食べたちゃんぽんはうまかった。スープが絶妙。とにかく、客が多いかなりの人気店だ」と教えてくれます。
そこは醤油味でした。醤油味でもおいしければ私には“アリ”なのです。それに、Bさんの話どおり、とにかく人気店で、人が並んでおります。
でも、味覚って、ほんとに人様々なのだなあ。
残念なことに私には「辛かった」のです。つまり、肉体労働をやって塩分が不足がちの方には、丁度いい辛さだったのかもしれません。Bという方はスポーツマンでもありまして、どのような体調だったかわかりませんが、はっきりした味が好きなのだろうなと、思いました。
そうこうして、うまいもの探し行脚をしているうちに、味覚傾向が似ている人の存在もわかるようになりました。書評でも甲という方が推薦している本が面白くなく、乙という方が褒めていたら、まちがいないと思うようなものです。
そんなグルメの方が推していたら、無駄な労力を費やす必要がない!
で、私のちゃんぽんベストの店を探し出しました。
熊本市内からは、ちと遠い。
天草は下島。ここいらは、ちゃんぽん街道と呼ばれ、いろんなちゃんぽん屋があります。
その中でも私のベストは、苓北町の富岡港近くの「明月」というちゃんぽん屋。
見かけは何の変哲もない、フツーのちゃんぽん。ところが……口にスープを含んだら…。
まさに幻妙!トリガラベースであっさり気味なのに。やめられない止まらない。つゆ一滴残さず食べてしまいました。老夫婦お二人でやっておられて、売り切れると早々と店を閉めてしまわれる。メニューも、ちゃんぽんと、ちゃんぽん玉子入り。「玉子入れんで食べてほしかです」とのこと。
その話をしていたんですね。「明月を超えるちゃんぽん屋はないでしょう」と。
すると、知人がニヤリと笑って、「人吉に、おいしいとこあるんです。山道登って、こんなとこに~って民家がちゃんぽん屋。餃子も絶品。行きませんか?」
もちろん行きます。
当日は、梅雨まっただ中。その方の運転で人吉へ。豪雨だろうが、ものともせず。稲妻が光ろうが、でかい雨粒が窓を叩こうが、九州道をひた走る。高速道路を下りて、市内街中を抜け、球磨川沿いの細い道を走ると……ただでさえ細い道路の肩の部分が、滑落してましたよ。右下には濁流が……。危険の報酬だあ。
「帰りはちがう道で帰りましょう」そう脅え越え言ってしまうほど。
そして坂道を登り……。
「着きました」
そこが目的のちゃんぽん屋「ま心」でした。
その味たるや!
「うまあい」ちゃんぽんはトンコツとトリガラの併せ味。明月とは違うが、絶妙なスープ。そして餃子は野菜がふんわり。うむ。生命を賭して、ここまでやってきた価値がありました。
「天草に明月あれば、人吉にま心あり!」
さて、これからちゃんぽんの名店に遭遇するのは、いつのことか。楽しみでなりません。
情報求ム!であります。
第68回「びっくり味覚」
こんなことを考えるきっかけになったのは、”辛くない食べるラー油”体験をしてからのこと。
今、品薄で、なかなか手に入りにくいヒット商品になっているそうですね。”ラー油”といったら、使うのはせいぜい餃子を食べるときに、酢醤油に垂らして使うくらいで、家庭で使ってもほとんど減ることがなかったから、食べるラー油と聞いても、あんまりぴんと来なかった。
あるイタリアンレストランに行ったときのこと。友人たちとの会食のとき面白半分で、買ったばかりの”食べるラー油”を取り出した。このときはまだ比較的に手に入りやすかったのである。
「食べられるラー油ってどんな味なんだ」という話になり、「何でも合うらしい。不思議な調味料だって」ということで、「じゃあ、このカルボナーラにかけてみよう」と誰かが言い出す。
「うへぇ。それは止めようよ」という声もあったが、結局スパゲティにドパッとかけて食す。
皆が、「うまい」と絶句した。
これは、新しい天体を発見した驚きなのだ。
開高健大先生が、未知の珍味を体験したとき、”新しい天体”と例えたが、まさにコペルニクス的転回を伴った新しい天体なのだ。
ラー油は、中華料理のものでしかないという先入観があり、スパゲティはイタリア料理的存在であるという先入観がある。
それは普通の思考では結びつかないものだ。
まさに、奇跡のめぐりあいだ。
ダダイズムのことを、”手術台でコウモリ傘とミシンが出会ったような”と誰かが評した。
そんな比喩を聞いたときはピンと来なかった。ところが、生クリームやチーズとラー油の出会いは、それに匹敵したのだった。
それから、食べもので、何と何を食べると相性が悪いと考えるのは、自分の心の中にある先入観のせいではないかと考えるようになった。
―あのときの驚きに似ているよな。
まだ、若い頃、友人の結婚式の披露宴に出たときのこと。
フランス料理のフルコースだった。
そのときの一品。
メロンの上に生ハムが乗っていた。
今でこそ、どこでも見ることがある前菜だが、初めて見たときは衝撃だった。
果物は果物として食べるべきだろう。ハムは、いくら生ハムといっても、ハムとして食べるべきだろう。
メロンの上に生ハムなんて、食べ方としては邪道だ。
しかし、口に入れると、………うまい!
それからメロンと生ハムは、私の中で何も不自然さのない組み合わせになった。
アボカドの熟したものをワサビ醤油で食べさせられたときも、口に入れるまでにはかなりの勇気が必要だったが、もうOKだ。
だから、この食べ方は変だよな、と思いつつも、固定観念を離れて食べてしまうことが最近は多くなったなあ。
「炒飯を茶漬けにして食べるとうまいですよ。どれだけでも食える」
そんなことを腕のいい料理人さんに聞いた。
炒飯といえば、それだけで料理として完成しているではないか。
それなのになぜ、お茶をかけて食す必要があるのだろうか?そんなことをやっても無意味ではないか?
だが、考えていても答えは得られない。
某中華料理屋にいったとき。
試した。
もちろん、炒飯を注文し、小さなカップに烏龍茶をひたひたにかけて、店の人に見つからないように慌てて食べた。
(小心者なので。茶碗に炒飯を入れ、熱いお茶をくれ!と叫んで炒飯茶漬けを作る勇気はない。そんなことを堂々とやれる勇気があったら、今頃もっと大人物になってますよ。私)
すると……。
うまい。
ウーロン茶に炒飯の油っこさが溶け、茶漬けのさらさら感を保ったまま旨みが残っている。
つまり、炒飯の長所と茶漬けの長所が残った併せ技になったと言える。
東京から来た叔母を中華に連れて行ったときにこの話をした。
すると叔母は「また、そんな嘘バナシをして私を騙そうとする」(私が架空の法螺話ばかり書いている関係上、私の話はまったく信用できないと思いこんでいる)「じゃあ、私の目の前で茶漬けにして食ってごらん。そしたら信用する」と。
たまたま、炒飯に玉子スープがついてきた。
それをとりあえずかけて食べてみせる。
すると……茶漬けとはまた異なる新しい天体が開けたのである。
「こ・これは、また旨い」
今では、食べものをできるだけ予想外の組み合わせで食べることに、何の抵抗も感じなくなってしまった。
そして、これからの時間で、どれだけの新しい天体の快感に出会えるか楽しみでならない。
アイスクリームに味噌かけたり醤油かけたりガラムマサラかけたり、塩かけたりという話を聞いたりもするが、今や何も驚かない。
むしろ試してみたい気持ち満々なのですよ。
第67回「痩せたシェフと肥った板前」
6月は歳祝いの会が催されることが多い。
若い頃は、結婚式に呼ばれるパターンが多く、お財布が空っぽになり、泣きそうになっていた。
梅雨時は結婚式が少なく、式場辺りでジューンブライドというイメージを作り上げたのかな。
6月の花嫁は幸せになるという…と。
秋と並んで結婚式に行くことが多かったよ。
そんな、友人たちの結婚式に招かれることが一段落したら、今度は、歳祝いの会ばかり行くようになってしまった。
厄入り、還暦、喜寿……といった具合。
えー、今回は、そんな祝いごとの話じゃあないのであります。
歳祝いの会が多くなったのは、私も、それなりに馬齢を重ねた証しでありましょう。
そうなると、なぜか、こちらにもその幹事役がまわってきたりするようになります。
で、祝われる側の本人に正直に「どんな料理がいいですか?」と幹事としては訊ねることにしております。
「イタリアンとか、いいですね」とか答えていただくと、的が絞れてやりやすい。
具体的ではないですか。
さっさと、個室で参加者を収容できる規模のおいしいイタリアンを探せばいい。
数年前に、私が幹事をしたときがそうでした。
そこのイタリアンレストランのシェフは、若いのに丸々と肥っていて、いかにも”シェフ”って感じでした。
聞けば、イタリアで修行してきたということでありました。
思わず「あなたが作るんなら、ほんと、美味しいだろうなあ。オーラが出ているもの」と告げると、接客をされるシェフのお母さんが声を上げて笑っていましたもの。
そんなことを友人たちと宴席で話しておりました。
「それってあるよねぇ。確かに、痩せた貧相なシェフが作るイタリアンってまずそうだよねぇ」
「でも、それはイタリアンかフレンチか、中華のときだなあ。肥った寿司屋の板さんなんて、あまりイメージ湧かないなあ」
「そうだな。肥った人が寿司握ったら、でっかいのが出てきそうだなあ」
「オムライスの上に3枚におろしたヒラメが乗っていたり、お誕生ケーキみたいなローソクでも立てられそうな海苔で巻いたウニやイクラが出てきそうだなあ」
「寿司や和食は低カロリーのイメージだからね」
「あと、気になるのは、タバコ吸う板前さんやらシェフやら料理人やら。絶対、二度と行こうと思わないですね」
中には、まともなことを言う奴もいたりしますが、焼酎がまわり始めて、だんだん、馬鹿話になっていきます。
「あと、毛深い寿司屋って嫌だなあ。寿司を握る指の間に、毛がニョロニョロ生えていたら、気持ち悪くありませんか?」
「見なきゃいいじゃない」
「見てなくて、そんな寿司喰って、中から一本出てきたら、どこの毛かわかんなくて、気色悪くて食えませんよ」
「そんな寿司屋は、どこにあるの?」
「どこにあるって……あったら気色悪いだろうなあって話ですよ」
「ぼくは、眼帯して包帯巻いて絆創膏を貼っているような板さんの寿司屋も行きたくないなあ」
「腰が曲がった、よたよたした老婆が握る寿司屋にも行きたくないですよ」
「あら、そんなお婆さんだったら、ちらし寿司やら、巻き寿司やら、いなり寿司やらを作ってくれたら、おいしそうだと思いますぅ」
「じゃあ、どんな人が握った寿司なら食べたいのかなあ」
「メイドさんが握った寿司ってのがあると聞いたことがあります」
「バドワイザーのミニスカ娘が握った寿司は食いたいなあ」
「女性は、体温の変化があるから寿司職人には向かないっていうのを読んだことがありますよ」
「そうかあ、盛った方がいいってことなのかなあ」
だんだんと話は妄想化していき、当初の話題からかけ離れていくのでありました。
今年も一つ、還暦の幹事をやらなければならないのですが……どうなることやら。
第66回「水基めぐり」
春休み、両親とも仕事に出ている孫が退屈そうだったので、ドライブに連れて行ってやった。
午前中に、孫がまだ行ったことのない阿蘇の噴火口に。
ロープーウェイに乗っての火口縁はかなり強烈な印象を与えたようだ。私も、こんなことがなければなかなか訪れる場所ではない。荒涼とした雰囲気に、しばらく孫は無口になっていた。
そして草千里から米塚を見ながら、湯ノ谷の方角へ下った。
米塚の姿も、これまでの山のイメージとは大きく異なることに孫は驚いたようだった。
それだけ移動しても、まだまだ昼をまわったばかりだ。
内牧の「はな阿蘇美」の野菜中心のバイキングを食べて満足する。
それでも帰宅するには、まだ時間が早いと孫が言う。
「じゃあ、阿蘇神社の方へ行ってみるか」と提案した。
「それ、おもしろいところ?」
「さぁ、行ってみなければわからないだろう」
そう誤魔化す。
小学校低学年にとって、「おもしろい」ものというのは、ベイブレードやらテレビゲームのようなもののことなのだから。
「よし、行ってみよう、行ってみよう」と幸い乗り気になってくれた。
内牧から15分ほどで、阿蘇神社の駐車場に着いた。
阿蘇神社は、阿蘇の神様である健磐龍命(タケイワタツノミコト)を主神として12神を祀る由緒正しい神社だ。とにかく、ここの大楼門が素晴らしい。
その風格には圧倒される。
迫力は孫にも伝わったらしい。また、熊本市内で日常見る神社とはちがうことも、わかったようだ。
参詣をして、帰りしなに孫は、水が湧き出していることに気づいた。
「銘水 神の泉」
神社の敷地内で水が湧き出しているのだ。
「おじいちゃん。神の泉って、何か効果があるの?」
そう訊ねてきた。
「そうだなぁ。不老長寿みたいなものかなぁ」と答える。
「不老長寿ってなに?」
「長生きできるってことか。年寄らないとか」
「そうなの?飲めばいいの?」
「ああ。飲めばいいようだ」
孫は悦んで柄杓で水を飲む。
それから、神社と平行に連なる街並みに足を向けてみた。
そこに、町の至るところから、清らかな水が湧いている。
ここ一の宮町は水基の町でもあるのだ。その仲町通りの店の一軒ごとに名付けられた水基がある。昔からの生活のための湧水なのだ。
時計屋さんも、文房具屋さんも。軒先に水基がある。
どの水もうまそうで、ペットボトルに水を入れている人の姿もある。
そして、水基の一つ一つに名前が付いていた。お菓子屋さんの前の水基には「菓心の泉」といった風。
孫は、意外にも、その水基に興味を示したのだ。近くの店で「馬ロッケ」を囓る私のところへ駆け寄り、その水基の由来を読んで教えろというのだ。
「文豪の泉」というのがある。
「文豪ってなに?」
「すごい小説家になるってことだよ」
「ふうん。おじいちゃん。だったら飲んでおけば。ぼくも飲むから」
「そうだな」と一口飲んでおく。
「金脈の泉」では、孫は、「お金持ちになれるのか。飲もう。ゲームやベイブレードやらたくさん買えるように」と飲む。
「欣命の泉」では、「これも長生きできそう。飲もう!」と孫は飲んだ。
そんな具合で、御利益を信じて、仲町通りの水基の水を、孫はほとんど飲んでしまったのではないかしら。
「ふうっ。飲んだ飲んだ。これで長生きできるし、お金持ちになれるし、運が良くなれるよねぇ」と満足げな様子だった。
さて、一の宮町を出発した自動車の中で、孫は、てきめんにその効果が現れたようだ。
「うわーっ。おじいちゃん。どこか止めてぇ。水を飲みすぎた。おしっこもれそうだよー」
そこで言ってやった。
「おしっこするのかぁ!せっかく御利益のある水を飲んだけど、金脈やら、長生きやら、ぜーんぶおしっこと一緒に出ちゃうんだぞ」と。
すると、孫は「う・う・う・う。悩むぅ。どうしよう」
帰りに通ったときに見えた一心行の桜は、八分咲きでした。
第65回「小説のネタ」
小説のネタは、どこから探すのですか、という質問は珍しくありません。
そういうときは、どんな小説のネタについてですか?と訊ねかえすこともあります。
別に、小説のネタを探す場所というのは、ありませんし、思いつく経過が、その作品によって、まったく異なるからです。
短編であれば苦労せずに書き始めたこともあります。たとえば昨年の暮れに、編集さんとメールのやりとりをしたとき。
-新年号の40枚くらいの短編お願いします。正月号だから、おめでたい感じのお話だといいのですが。
-わかりました。おめでたい感じですね。考えてみます。
それで、おめでたいんであれば、福の神かなぁ、という連想が浮かび、福の神の対極として貧乏神が浮かびます。
その頃、巷は、新型インフルエンザ騒ぎで、誰もがナーバスになっていた時期だったのですが。
で、まあ、三題噺でインフルエンザ、福の神、お正月をくっつけてみようというのが「福の神いんへるの」という作品でした。
三つの題材がメールを送った瞬間に、するするするっと、自動的にくっついて一つのお話になってしまいました。
まさにラッキー。なんの苦労もなしに。
こんなことは、なかなかない。棚からボタ餅が落ちてきたようなものです。だからといって、傑作ができるわけではありませんが。
さて、長編では、こんなふうにいく筈もない。
最近二冊の本を書きました。
一冊は、同一テーマの連作で「メモリーラボへようこそ」(平凡社)です。
こちらは、まずメモリーラボという記憶移植の研究所の設定からスタートしています。そして、メモリーラボという基本設定に至るまでに、初出発表の雑誌の読者層を思い描きました。高い年齢層によく読まれているらしい。そんな読者に喜ばれる話ってどんなんだろうと思い描きました。
若いときに、あんなことをやっておけばよかった。こんなことをやりたかったのに。
そんなことを考えるのではなかろうか。
それは、つまり、実体験を”おもいで”として心に持ちたかったということではないのだろうか。何も楽しいおもいでのない人って、それは淋しいことにちがいないから。
もし、そんな人に”おもいで”を与えることができたら。
それが、妄想を膨らませながら、たどり着いたアイデアだったのです。だから、基本アイデアにたどり着いたら、いくつものバリエーションが溢れ出てきました。
この本には二作品しか載っていませんが、同時に、物語があと二作品浮かんだ程ですから。
もう一作「ボクハ・ココニ・イマス 消失刑」(光文社刊)は、仕事の合間に町に出かけた体験が、原点になっています。
そのとき号外を配っていて、その号外を貰おうと思って近づいていくと、こちらに渡してくれずにくるりと踵を返して他の人に配り始める。
呆れて通りに戻ると、テレビのインタビューをやっていました。そのインタビューが、丁度終わり、記者が次にこちらに近づいてくるので、あ!インタビューされるんだ!と思ったら、前を通り過ぎて、私の背後を歩いていた人にマイクを向けた!
人々に、私は見えないのか?
どうして私だけ無視するんだ!
何か、人と違うんだろうか?
そのとき思いついたのが、この本のタイトルにもなった消失刑です。
町を自由に歩き回れるけれど、他の人々には見えないし、話しかけることもできない刑罰があったらすごいだろうな、と思い、小説になるのではなかろうか?と。
これは、実体験から思いついた小説のネタです。
しかし、これだけでは長編小説にはなりません。こんな刑罰は存在しないわけだから、それをいかにも、まことしやかに語るためにはどうするかを考えるのに、それからかなりの時間を必要としました。
具体的な刑罰の条件付け。物語としての面白さを加えるための予想しづらい障害づくりとプロットとしての山場。
で、娯楽小説だから、登場人物の彩りも考えて。で、ハッピーエンド至上主義の私としては、どのような結論を選ぶべきなのか?
そんなこんなを、表にしてから書き始めました。だから、小説家というより、工程表通りに進める筆の土建屋に近いかなと思ったりもするのです。
次の長編は、また違った組み立て方をやろうと思ってますが。
第64回「改造人間、再び!」
先月の「あれから一年」は、たくさんの方の反響があり、驚きました。
ブログで読んで、初めて知ったと、電話を頂いたり。
しかも、間寛平さんの前立腺ガンのカミングアウトの後でしたからねぇ。
ご心配いただいた方、ありがとうございました。
さて、70本の低放射線の金属針を股間に埋め込んだ改造人間は、おかげさまで元気です。
一番辛かったのは、術後2ヶ月目くらいでしたかねぇ。
腰痛と、全身の倦るさが、とれなかったなぁ。
しかし、それを過ぎると、体調の方は、薄皮が剥がれるように良くなってきています。
今月で、約半年ということになるのですかねぇ。
おかげで、一月末には、上京してきました。
演劇集団キャラメル・ボックスで、私のクロノス・ジョウンターの伝説を公演されていますが、その舞台の製作発表に呼ばれたのです。
上京するのも、一年ぶりです。
脳天気な私なので、何も心配することなくはしゃいでいたのですが、上京が近づき、ある種の不安のようなものが芽生えました。
ハイジャック犯が、飛行機爆破未遂に終わったというニュースが報道されたあたりからです。
―――ふうーん。9・11以降、飛行機のセキュリティが厳しくなったと聞いたりするけれど、こんなハイジャック未遂があったりすれば、警備も厳しくなっていることだろうな。
空の安全のためだ。結構なことだ。
そう自分に言い聞かせて、あることに、はっと気がつきました。
私は、今、体内に70本の金属針を埋め込まれた改造人間なのだと。しかも、その金属針は下半身……それも股間に集中しているのです。すると想像が勝手に膨れあがるのです。
空港には、金属探知機のゲートがあったよなぁ。
70本の金属針は、金属探知機に反応するのではないか、という不安。
ゲートをくぐると不審気に警報音が鳴る。
ピーッ。
すると、私は担当官に呼び止められる。
「あのう。ポケットに金属をお持ちですか」
「いえ。別に。携帯電話はカゴに入れて探知機を通しました」
「では、ベルトをはずして、もう一度ゲートを通ってください」
「は、はい」
おろおろしつつも、ゲートを通ると、再び。
ピーッ。
「これは、おかしい。失礼します」
そう言われて身体中をまさぐられるものの何も発見できない。
発見できるはずもない。体内にあるのだから。
遂に先端が円盤状になったハンディタイプの金属探知機が使用されることになる。
探知機が近づくと、股間の辺りで……
ピーッ。
セキュリティの人は顔を見合わせる。
「この人は、股ぐらに何やら隠し持っている」
そう言われて私は慌てるしかない。
「いえ……実は……私の話を聞いてください。」
「あの・その・いえ」
「私、前立腺ガンの処置を受けまして、その手術で体内に低放射能を放つ金属針が70本あるんです」
すると担当官は、私を睨みつける。
「そんなバカな手術はないでしょう。そんなことで我々を欺しおおせると思っているのですか?」
「め・め・滅相もありません」
「ここでは埒が開かないようですね。では、ちょっと取調室にご同行ください」
「勘弁してくださいよ。ああっ。私の乗る飛行機が出てしまう~」
そんなことは知ったことかというように、担当官たちは私を取り囲む。
「さあて、こちらの部屋で全裸になって頂きましょうか」
「そ・そんなぁ」
「仕方ありません。私たちも職務ですから。空の安全を守る責任があります」
そして、全身ボロボロになるほど取り調べを受ける。
「何も見あたらないぞ」
「体内に爆弾を仕込んでいる可能性もありますよ。人間爆弾とかいうやつ」
「そうか。最近は肛門の中に……という例もあったようだし。今年は寅年だから、コーモンのトラとか」
「うひひひひひ」
私は「勘弁してください」と泣き続ける。……そんな不安を抱いたのですが、結果は……無事に通過できました。
針はチタン製で、探知機は反応しないらしいと後で知りました。
他にも、これから改造人間ならではの憂鬱なできごとが待っている気がしてなりません。
第63回「あれから一年」
今だから話せます。
実は、昨年は病院とやたらと縁のあった一年でした。
これまでは、入院とか想像もできなかったんですが。やはり、還暦を過ぎたからずいぶんと体質が変わったのか……。
昨年の二月五日の夕刻。自宅で食事を済ませた途端でした。頭の中で、とてつもないどでかい鐘が連打されるような音が響きました。
「何の音だ?」と訊ねても、家族は皆、不思議そうにするだけ。すると、みるみる左半身が痺れ、口が利けなくなり、倒れてしまいました。
意識は、はっきりしていました。娘が慌てて電話で救急車を呼ぶのがわかりました。家族が周りに来たので、言いました。
手も動かない。口も利けない。こんな状態で「小説は書けるだろうか?」と言いました。ですが口から出てきたのは、「シッ・シッ・シッ・シッ……」という切れ切れの言葉です。
家族たちは何を思ったのか、「おしっこ我慢しなくていいのよ」
後で聞いたところによると、家族たちは「しっこが漏れる」と言っていたと思ったらしい。
ぞっとしました。そのまま逝ってしまっていたら、我が家では代々、いまわの際の言葉として「おじいちゃんの最後は『しっこが漏れる』だったのよ」と言い伝えられることになったでしょう。
救急車が駆けつけました。これまで救急車内は見たことがなかったので小説の中では描写を飛ばしていたのが、これから書けるなあなんてことを考えていたけど、反面、「もう書けないかもしれない」
しかし、救急車の中で、やっと声が…言葉が出ました。奇跡的に、そのまま麻痺が解け、運び込まれた病院では、身も起こせるほどに。
脳の血管に詰まったものが流れたらしい。
MRIで緊急検査。軽い脳梗塞で虚血性麻痺を起こしたようだ、ということで、一週間の入院。それで、血液をさらさらにする薬を飲み、塩分ひかえめにして血圧を低くする作戦を始めました。
それが一つ。
続いて、前立腺ガンが発見されました。
前立腺の数値だけは一年以上前から怪しかったのですが、どんなに検査しても病巣が見つからなかったから、定期的に検査を続けていました。
それが、やっと見つかった。
切除手術かな、と考えて、名医と言われる方を訊ねて、検査を受けましたが「あまりに初期過ぎるので、切除はしない方がいいんじゃないか」とのこと。「じゃ、どうするんです。ほっとくんですか?」
「いや」と紹介されたのが、「ブラキ・セラピー」という処置でした。これはどのような療法かというと、放射線を出すチタン製の針を前立腺に埋め込み、ガン細胞をやっつけるという手法です。ただ、前立腺肥大でもある私は、まずセラピー可能なサイズまで前立腺を縮小させる必要がある。(チタン放射線針が埋められる本数は最大値が決まっているから)そのためには、三ヶ月ほどかけて、ホルモンを射ちます、と。
「ホルモン療法だと、どうなりますか?」
「まあ、男性でなくなりますね。その間」
ホルモン注射をするだけです。毎日、ホルモン焼きを食べるわけではない。お姐言葉になったりもしない。でも、少し胸は大きくなったかしら(嘘)。
ということで、無事にセラピーを受けることの可能なサイズほど縮めて、ブラキの日程が決まりました。
それが、九月の末。入院はブラキ・セラピーの前日に。そしてセラピーの翌々日に退院しました。だから、正味、四日間の入院。あっけないほど、短期間でした。
後で話を聞いたら、私の場合はチタンの放射線針が七十本入っているそうです。
つまり、ショッカーが言うところの改造人間状態になっているわけです。とても私にはヒーローは務まりませんが、ショッカーから「今、ライダーに怪人がやられている。ちょっと助っ人に来てくれ」と呼び出されて、黒タイツをはいて「キッ。キィー」と叫んでそうな気がします。
放射線も半減期を迎え、体調も安定してきたような気がします。で、体調の経過を人から訊ねられ、話をしていると、予想外に前立腺の悩みを持った人が多いことがわかりました。
同じ病状の方もずいぶん出会ったので、ためらいなく、このブラキ・セラピーをおすすめしています。
ただ、割と先進技術なので、地域によっては、やっているところを探す必要があるかもです。
さあ、今年は健康に留意して、いい年にしたいものです。
ということで、鬼は外ーーー!
第62回「カラオケ・ゲーム」
以前ほどは行かなくなったけれど、それでも年末から年始にかけては行く回数が増えてしまいます。
何の話かって?
カラオケです。
正直言って、私は歌がうまい方ではありません。だから、子供の頃は人前で唄ったりという行為は、死ぬほど恥ずべきものであったのです。絶対に唄わない時期もありました。
カラオケに生まれて初めて行ったのは、いつのことだったっけ。というより、その時代はカラオケ・ボックスなるものは存在していなくて、スナックで見ず知らずのお客さんも同席しているところで、一人づつ唄うという、顔から火を噴くほど恥ずかしいシチュエーションでした。そんなとき、カラオケを唄う人に、「恥」という概念はあるのだろうかという疑問を抱き続けたものです。
もちろん、そんな場所に引っ張って行かれても絶対に唄いませんでしたが。
そして、月日は流れ、忘年会や新年会の二次会は、気がつくと必ずカラオケだったりするのですね。しかも、下手な唄い方で恥ずかしげもなく、がなりたてている。あと三十分延長しようと騒いでいる。それほど、自分でも人格が変わったとは思わないのに。
だいたい理由はわかります。
この連中とならば、恥を掻きあってもいいという人々としか行かないし、カラオケ・ボックスという第三者が混ざり込まない隔絶された密室空間なので大胆になれるのです。
もう、恥という概念はありません。他人が唄っているのなんか、聞いちゃいません。その間は次に自分が歌いたい曲を選んでいます。他人が唄い終わったら、おざなりな拍手。まったく、仁義なき世界であります。
そんなカラオケの楽しみ方をしていたのはひと昔前のこと。
とりあえず二次会はカラオケに行く。そしてメンバーの誰はこれこれの曲を唄うと覚えた頃。これじゃ物足りない、と。
新しい刺激をカラオケに求めはじめる。
その頃は今と違ってカラオケ・ボックスの部屋には、選曲用の本が置いてありました。
皆で、まずジャンケン。唄う順番を決める。
で、一番負けた人が、曲名本をめくり、右もしくは左と指定する。最初に唄う人は、その指定のページから唄える曲を選択する。
カラオケ・ルーレットであります。
あるいは、曲名の最後の文字が頭についている曲を選んで唄うカラオケ尻とり。
特にカラオケ・ルーレットは、よくやったなあ。
しかし、唄いたい曲が、みな唄えなくて、だんだんストレスが溜まってくる。それで、お開き寸前になると、やっと、一曲だけ自分が一番唄いたい曲を唄わせてもらえるという……。
ストレスが溜まっているから、その解放感もひとしおというゲームであります。
これも、いつの間にか、やらなくなったなあ。
カラオケのテクノロジーが進歩して、パネルにタッチペンで曲名が選べるようになったからでしょうなぁ。
皆さんは、「カラオケに行ったら、こんな遊び方をすれば、萌えるぜ、盛り上がるぜ!」というのはありませんか?
アニメソング縛りで唄いあうとか、懐メロに限る、というのはよくあるので、あまり興奮しませんねぇ。あとはジャンルで、フォークソングだけとか、放送禁止歌だけ、コミックソングだけ、という縛りをやったりもしますね。
もし、皆さんに、「こんな唄い方をやれば盛り上がるよ」というのがあれば、ぜひ、コメントをどうぞ。
で、最近やって盛り下がったカラオケ。
「このカラオケで、どん底に」
そんなタイトルが似合いそうです。
テレビで、この歌を聴いたら泣けますョ。そんな番組があったでしょう。
で、我々がやったのは、自分が、この曲を唄えば、誰もが落ち込んでしまう。どツボにはまりこんだ気分になるものを競い合って、一番、暗いどん底気分に陥れたのは、誰だというコンテスト。
曲名は書きませんが、交通事故を起こして、詫びる日々を綴った曲とか、自分の生まれ育ちゆえに差別される曲とか、恨み言を延々告げる曲とか、よくぞ皆、こんな曲を知っていたなという、放送番組では流れないような曲が次々に。
もう、どっぷり。真っ黒ですよ。
一人が唄い終わるごとに、「いやぁー落ち込んだなあ」「泣いていいですかあ」と皆が漏らしてしまう曲ばかりで、順位もつけられないほどでしたよ。
もう、二度とやらない。
さて、皆さんの楽しいカラオケ・バトルは……?