2LDKの賃貸マンションに住んでいるから家族三人で暮らすための家具は最小限だ。だから娘のために桃の節句の雛人形を買って飾るなんて問題外だった。娘が幼い頃は良かった。そんな雛人形なんか家庭では話題にも出なかったから。しかし娘のミクが幼稚園に通うようになってからのこと。
「うちには、おひなさまはないの?」と言い出した。娘の幼稚園のお友だちは、皆、わが家に雛人形が飾られているらしい。折り紙や絵に描いたお雛さまではだめなのか、と尋ねるが、娘は納得しないようだ。お友だちの家のお座敷に飾られていた雛飾りが強烈に心に焼き付けられたらしい。
「お内裏さまがいてね。その下に三人官女がいるの。その下が五人囃子……。凄いのよ」飾るスペースどころか、買う余裕もない。どうするべきなのかなあ。
「ミクは雛人形の意味を知ってるかい?」
「ううん。よく知らないけれど、お祭りで飾るんでしょ?」
「そう、しかし、本当の意味を知っておいたほうがいい。それを話しておこう。あの一番上の男は誰か知っているかい?」
「お雛さまのご主人でしょ」
「ところが違うんだ。あれは不思議な力を持っている。で、親の言うことを聞かない悪い女の子がいる家では雛人形を買うんだ。で、その女の子は誰もいないときに、五人囃子の人形たちに捕まってお雛さまの人形の中に閉じ込められてしまうんだよ。だから、お内裏さまは、捕まえた女の子が雛人形から逃げ出さないように見張っているんだ。いったん閉じ込められた女の子は不思議な力で決して逃げ出せないからね」
「五人囃子はどうやって女の子を捕まえて人形に閉じ込めるの?」
「それぞれ手に楽器みたいな持っているだろう。あれは楽器なんかじゃない。悪い女の子をお雛さまに変えてしまうための秘密の道具なんだ。動けなくして、小さく縮めて、声を出せなくして、閉じ込めてしまう」
ミクは一瞬震えたように見えた。
「三人官女は助けてくれないの?」
「なんのために三人官女がいると思う?真夜中に人の気配がなくなったら三人官女たちは悪い女の子がいかに罪深かったかと責め立ててくるのさ。よってたかってね。何と可哀想なことだと思わないか?」
ミクは、すでに泣きそうな顔でいる。
「だから、一年に一度くらいは人形にされた悪い女の子を箱から出して飾ってやるんだよ。年中、暗いところだと可哀想だろう。でも、昼間は黙って静かにしているけれど、夜になって家の人々が寝静まると、三人官女はお雛さまを罵り、五人囃子はいたぶり、お内裏さまはそれをせせら笑って見ているいるというぞ」
ミクは首を振り、泣きながら顔を伏せていた。
「これでも雛人形は欲しいかい。いつまでもミクがいい子でいれば、大丈夫だけれど。でも、悪い子と思われたら、五人囃子が夜中にミクに飛びかかってきて……」
きゃあ、と悲鳴をあげて娘は泣き出した。
「それでも、雛人形ほしい?」と尋ねると、ミクは激しく首を横に振った。
そこへ妻が帰ってきて、部屋の隅に置かれていた荷物を出してきた。
「おい、おい。これはいったい何だよ」
「さあ知らない。義母さんからミク宛に今日届いた荷物なの」
「へぇ。ミク、開けてごらん」
皆で開けてみると中は人形のようなものが二体入っている。まさか。きゃっとミクが悲鳴をあげた。入っていたのは、雛人形のセットだった。男雛と女雛だけの簡易版のようだ。母のミクへのプレゼントだ。気持ちはありがたいが、なんとタイミングの悪いときに贈ってくれたものだろう。
それが何の人形か、薄々ミクにもわかったようだ。「私、これは、いらない。怖いし、人形になりたくないもの」
これまでの経過を知らない妻が娘に言った。
「せっかくおばあちゃんがミクに贈ってくれたのよ。おや、説明書がある。最新ハイテク雛人形セットだって。スイッチを入れてみようか。どんなのかしら?」
雛人形を置く。何だか私のほうが嫌な予感がする。妻は驚いていた。雛人形がすっくと立ち上がったのだ。「これAI内蔵雛だって。義母さんとの会話を学習して、このお雛さまはお義母さんそっくりの性格になっているみたいよ」
お雛さまは、すたすたと私に歩み寄ってきて言った。
「こら。お前は箱の中で黙って聞いていれば幼い自分の娘に嘘八百吹き込んで、あんなことを信じ込ませて可哀想と思わんのか!」
口調は母そっくりだ。まさか、聞かれていたとは。
「この馬鹿息子!せっかんじゃあ!」
「ひえーっ」
雛人形は、すごい勢いで私に飛び蹴りキックを喰らわせた。眼の前で星がきらめいた。
投稿者: アドパスカル
第171回 理想の伴侶
私は自分に足りないのは伴侶だと思っていた。そこそこの収入を得ている。うまいものを食べ、スポーツを楽しむ。それなりの家も持つことができた。だが、この年齢になるまで独身のままだった。しかし縁がない。いや、モテないわけではない。言い寄ってくる女性も少なくはない。ここで思いあたった。私はどうも理想が高かったようだ。自分にぴったりだとピンとくる女性に出会えなかったようだ。
だが、私の好みの女性が突然現れた。あれは運命だったのかもしれない。
初めて彼女に出会ったのは、友人の開いたクリスマス・パーティだった。そこで見かけた美しい女性が彼女だった。しかし、美しくても厭な性格だったり相性が悪かったり、というのはよくある。惹かれたのは、彼女がパーティで一足早く帰ろうとしたときだった。
「どうして早く帰るの?これから盛り上がるのに!」と男性たちは呼びかけたが彼女は「だって早く帰らないと、今夜はサンタさんがくるから」と。ひょっとしたら冗談かとも思ったが、興味を持った私は彼女を送っていくことにした。そして彼女が本当にサンタクロースを信じていることがわかったのだ。小学生以上でサンタクロースを信じているのは今どき珍しいのに。しかも彼女は二十歳を過ぎた大人なのだ。いつもサンタに会おうと起きているが、気がつくと眠り込み、朝にはプレゼントがおいてあるの、と悔しがる。現代に彼女のような女性が存在するのが驚きだった。話し方、答え方、どこをとっても彼女は私の好みだった。すぐに私は彼女をデートに誘った。
「お正月に一緒に神社に初詣に行きませんか」
彼女は信じられないという表情で空を見上げた。
「どうしたのです?」と尋ねると、彼女は「聞かれなかったかしら?」と私を見て眉をひそめた。「どうしたんです?」「鬼が聞いていたら、何をされるか」「鬼ですか?」「はい。鬼がどこからか見ていて、来年のことを言うと鬼が笑って……」と真剣な顔になったから、慌てて彼女をデートに誘うのを止め、携帯の番号を聞くにとどめた。彼女は素直に教えてくれた。
そして年が明け、初詣に誘うと彼女は来てくれた。夢のようだ。「ひょっとしたら電話番号は嘘を教えられたんじゃないかと心配したんだよ」
「嘘なんか言いません。嘘をつくと、死んだら地獄に行くことになるし、閻魔さまが舌を抜くんですよ。知りませんか?」
そんなの迷信だ、と言いかけて口を閉じる。
すべてが、そうだ。彼女は特殊なのだ。どのような育ち方をしたのかわからないが。
神社に参りに行くときも「歳神さまは、おいでになられました?」と尋ねてきた。正月に来る神で、主に農業に欠かせない神さまらしいが、八百万おられるらしい。私にはあまりよくわからず頷くだけだった。それでも彼女は私の心を捉えて離さない。数回のデートの後、私は彼女にプロポーズした。すると、何ということか、すぐにOK。信じられない。
「どうして、すんなりとプロポーズを受け入れてくれたの?」
「耳たぶが大きい人はお金持ちになるって聞いたわ。あなたはそうだから。それにプロポーズのときに私の手を握ったあなたの手は冷たかった。そんな人は心が温かいって。だから」
それは私にとってラッキーと喜ぶべきだろう。
「私は幼い頃しゃもじを舐めていたそうです。そんな私の結婚式は必ず雨になると思いますが、いいんですか?」
「そんなのいいですよ!」理想の女性を妻にできる喜びに、私は答える。
彼女が言ったとおり、私たちの結婚式は土砂降りの大雨になった。
初夜を迎え、私は正直に自分の気持を彼女に伝えた。
「早く、僕たちの赤ちゃんが欲しいね」
「ダーリン。私もよ」と彼女が言う。感激だ。彼女は私のことを”ダーリン”と言ってくれた。そして一緒に寝室に入ろうとすると、彼女は烈火のごとく怒り始めた。ええっ!?
「なぜ寝室についてくるんです。女性が眠る部屋についてくるとは、なんていやらしい!そんな変態を夫にした覚えはありません。妻を幻滅させないで!」
「しかし……しかし……赤ちゃんを君も欲しいだろ?」
「ええ。だから早く赤ちゃんを授かるように、コウノトリさんにお願いしているわ」「コウノトリ!赤ちゃんを連れてきてくれるわけない」
「そうね。キャベツ畑だったわね。今度の満月の夜に二人でキャベツ畑に赤ちゃんを探しに行けばいい。眠いの!ゆっくり休ませて」
眼の前で妻はバタンと寝室のドアを閉め、中から鍵をかけてしまった。
しばらく失意のあまり呆然とした私は、家を出て夜道をふらふら彷徨い歩いた。頭の中をさまざまな思いが去来する。あんなふうに夢を見ている女性を好きになる私も私だが、世間の真実を知らせるべきだろうか?サンタはいないことも。しかし、それは私にとって彼女の魅力がなくなること意味する。どうすればいい?
土橋を通りかかったときだ。橋の下から赤ん坊の泣き声がする。まさか!
橋の下に赤ん坊が棄てられていた。そのとき、私は突然思い出した。幼い頃悪いことをしたときに両親から言われたことを。
「お前は橋の下で拾ってきた子だ」あれは本当だったのか。そして、この赤ん坊はまさに私なのだ!!私は赤子を抱き上げ、家へ足を向けた。妻に「赤ちゃん授かったよ」と伝えようと。
第170回 ナマハゲ・サミット
私は北国の会場へ到着した。私が勤務する村役場に招待状が届いたのだ。開幕はなんと元旦の夜。
その招待状には、こうあった。
第一回ナマハゲ・サミットのご案内、と。
実は、あまり有名ではないが、私の村にもナマハゲに似た来訪神行事がある。
由来はわからないが、デコハゲという行事だ。ナマハゲに似た来訪神だが見た目は違う。蓑を着けているのは同じだが髪の毛が生えておらず、おでこが大きい。村中の家を旧正月に巡るのが習わしとなっている。見るとちょっと間が抜けている感じだ。左手に金串、右手にトングを持ち玄関に入り、「悪い子はお仕置き!悪い子は折檻!」と叫ぶ。すると、その家の子どもたちは震えあがり泣き叫ぶのだ。
それなりに楽しいし効果もある。このデコハゲをやることにより、子どもたちは、日頃”いい子”でいなければならないと学習する。それが、年一回の行事で、地域のイベントとして根づいてしまった。それほど昔からあった行事ではないと思う。想像だが十数年前に、地域の誰ということなしに言い出して、ナマハゲの真似ということで始まった行事ではないのだろうか。それが定着して今回のサミットにも呼ばれるほどに、世間にその名は浸透したようだ。
来訪神が地域の家を回る行事は、大晦日、あるいは節分、旧正月と、節目になる日が多いようで、その中で、ナマハゲの行事が比較的少ない日ということで元旦の夜が選ばれたのだろう。
会場には全国のさまざまな地域の来訪神たちが、それぞれ個性的な姿で集まっていた。来訪神は普通の人々が演じているのだが、コスチュームで身を包むと”らしく”見えるから不思議だ。本当はその地域の商店主だったり、公務員だったりなのだが。しかし、なぜこのようなナマハゲ・サミットが始まったのか?
世界文化遺産に認定されたのがきっかけになったのだろうか?来訪神をもっと広く認知してもらい、それぞれの観光資源になればという意図があるような気がした。
気になったのは、このサミット開催団体が公的な団体ではなく、聞いたこともない研究団体名であったことだ。確か、ナマハゲ復活振興会と言ったか。
民俗学関係の団体だろうか?
広い会場では、さまざまなナマハゲもどきが行ったり来たり。これほど世の中にはナマハゲ風習が多いのだろうか、と驚く。パンフレットをぱらぱらめくると、北は北海道どころか、ロシアの聞いたこともない村の名前もある。南は沖縄の離島どころか、東南アジア諸国の写真もあった。椰子の葉で身体を覆い、椰子の実を割って牙をつけていたのがそうか。
パンフレットには来訪神の名前が書かれていた。ナマハゲはもちろん、私のデコハゲもある。コガリ、オニドリ、アカバシリ、オノドン、スネモンとネーミングもさまざまだ。だが、どれも子どもたちには怖れられそうな姿だ。
会場が薄暗くなる。何やらサミットのメインイベントが始まるようだ。
中央の高台に主催者らしいナマハゲが登壇した。でかい包丁を振り回し、マイクで叫んだ。「さて、津々浦々の来訪神の皆さん。本日はこのナマハゲ・サミットによくお集まり頂きました。さて、全国どころか、世界にはナマハゲに代表される来訪神行事が多数存在します。これは決して偶然ではなく、古代にナマハゲが実在し、それを目撃した人々がどこかへ去っていった来訪神を偲び、彼らを模倣したのが行事として残り、変化していったのではないでしょうか。そして行事は風化して、今の世界各地で見られる来訪神行事になったと思われます。」
「さて、子どもたちは今、ナマハゲを怖がってくれるでしょうか?乳飲み児はともかく、すれた子どもたちには馬鹿にされ、ゆるキャラ扱いされるのが関の山であります。」
「今こそ、子どもたちに来訪神の怖さを認めさせる時期ではないでしょうか!そのためには今一度、本物のナマハゲを蘇らせて召喚し、その怖さを学ぶべきではありませんか!今このサミットでそれを実現させたいと思います。全国のナマハゲの末裔たちが意識を集中させれば、必ず本物のナマハゲは現れます!」
誰かが叫ぶ。「そんなことで本物のナマハゲが呼べるのか?」
「実は古文書からナマハゲ召喚の秘文を手に入れております。この呪詞を唱え、ナマハゲを演じる方々と念じれば必ず降臨され、ナマハゲの真髄を伝授されるはず」
「暴れだして襲ってきたりはしないのか?」
「大丈夫です。大昔からナマハゲが懲らしめるのは”悪い子”だけに決まっています」
会場内に意味不明の不気味な呪文が大音響で流れ、参加しているナマハゲたちも、それに反応するように半狂乱で踊り始めた。
どれほど続いたか。遠くから会場に地響きが近付いてくる。本物のナマハゲが降臨したと私は確信した。そして、腹にこたえるような響きの不気味な声。
「悪い子は、いねぇがー。悪い子は~」
本当だ。悪い子どもたちが処罰の対象らしい。会場の天井がめりめりと裂け、巨大な鬼のような化物の充血した巨大な眼が覗く。これがナマハゲか!
なんということか。ナマハゲの腕が伸び、何人かのナマハゲに化けた参加者を掴むと包丁で首を叩き切った。
私は予想外のできごとに仰天した。なぜだ!子供だけだろう。
そして、本物のナマハゲが数万年前の古代の生まれと思いだす。そんなナマハゲの目からすれば我々は皆、子ども同然なのだ。しかも何も悪いことをしていない者なぞこの世に存在しない。
古代の巨大ナマハゲの手が目の前に伸びて私を握りしめた。最後に見えたのは巨大な包丁の刃。
第169回 根子島の呪われた月
天草と島原に挟まれた小島の名を根子島という。人口は千人に満たない。そして、人口より猫の数が多い。そしてこの島に住む人々は十二月を呪われた月として、絶対に夜は出歩いてはならないと言い伝えてきた。今でも、その風習は残っている。
この島で生まれた末吉は、その風習が不思議でならなかった。世の中がこれから変化しようとする明治末期のことだ。
末吉はお爺に尋ねた。「なあ。なんで今月は、夜、外にでちゃあなんねえのか?」
「昔から、そういうことになっとるからな」
「昔からは、わかってる。なぜか、ということを知りたいんだよ」
爺は、皆を見回して仕方なさそうに言った。
「お前の親父も兄貴たちも、そんな疑問は持たなかったぞ。当たり前と思っとったから」
「でも、なぜかは知りたいよ」
「玄関にしめ縄が飾ってあるのは知っとるか」
「ああ知ってる。あれがどうしたの?」
「他の土地では玄関にしめ縄を飾るのは正月だけだ。ここでは年中飾ってる。それは、この家が切支丹伴天連ではないと皆に知らせるためだ」
「それは聞いたことある」
「昔々、このあたりには切支丹がいっぱいおってな。でうすを信仰しとったんぞ。毛唐の宣教師がおって、皆に伴天連になるよう謀りおった。だが、お上からそんな信仰は駄目だ、と禁止されたんだよ」
それも、末吉は話に聞いたことがあった。だが、隠れ切支丹は捕らわれ処刑されたということは聞いていても、十二月になったら夜に外に出ちゃならない理由は聞いたことがなかった。
「だから、うちは切支丹じゃないんだろう。よく知ってるよ」と末吉は声を荒げた。「でも、切支丹と師走の夜は関係あるの?」
「ああ……ある」とお爺は口を濁す。
「なぜ?それを教えてよ」
「わしの爺のお爺のずーっと爺が言っていたことなんで、どこまで本当かは知らないが……聞きたいか?」
「聞きたい!聞きたい!」
お爺は遠くを見る目になり、思い出そうとしながらボツボツと話し始めた。
「切支丹が禁止された頃な、転んだ神父がおった。転んだというのは切支丹であることをやめたということだ。昔、お上はその神父を連れ回って、皆に切支丹がどんなに恐ろしい宗教であるかを広めておった。」
「そんな一行が、この島にも来たのだという。そして島中の者が集められて、神父が話をしたのだそうな」
「その折に転び神父は切支丹のとんでもなさと、十二月の夜は外に出るなという話をしたのだと」
「え。なぜ十二月は夜出ちゃいけないの?」
「うむ。十二月の下旬には、アレがあるということだ。口にもしたくない。”苦しみまーす”という日々のことだな」
末吉はゴクリと生唾を飲み込んだ。”苦しみまーす”という忌まわしい日々。いかにも恐ろしそうではないか。いったいどのような日々?拷問にあう?
「どうなるの?なぜ苦しむことになるの?」
「よくわからん。が、転び神父が顔をしかめて言うたらしい」
「なんでもな、”苦しみまーす”の夜に出現する呪われた化物がおるそーだ。あまり転び神父は話したがらんようだったが、役人に小突かれてしかたなく話したのだが」
「その化物はな”さんざ、苦労する”という奴だそうだ。とにかく、十二月の夜にうろついとると、この”さんざ、苦労する”が襲いかかってきて、とんでもない目にあわされるとのことだ」
末吉の頭の中は、目玉のでかい、口が耳まで裂けた巨大な化物が島の中をうろついている姿で溢れかえったのだった。
それ以上、末吉はお爺に尋ねなかった。そして、数年が経った師走の夜のこと。成人した末吉は皆に言う。すでにお爺はこの世にいない。
「聞いてくれ。子供の頃、お爺に師走は”さんざ、苦労する”という化物が徘徊し悪さをするから”苦しみまーす”の日々になると聞いた。俺は、そんなの迷信だろうと思う。”さんざ、苦労する”なんて大人が考えただけの存在だ。この”苦しみまーす”の夜、それを皆で確認しようじゃないか」
「本当にその化物が襲ってきたらどうする」
と兄貴の一人が言う。
「これだけ島の衆がいれば、怖いものなしだ」末吉たちは景気づけに酒を飲み、化け物退治をすることになった。
「この東洋の小島に下りるのは初めてだな。いい子たちはいるかのぉ。オッホッホー」
空飛ぶソリに乗り赤鼻のトナカイを操って、サンタクロースは初めて根子島を訪れたのだ。そこでサンタクロースが目にしたものは……。
サンタは言う。「この島に良い子たちはおらんかねー。オッホッホー」
すると、末吉が叫ぶ。「やっぱ本当にいやがった。”さんざ、苦労する”の化物が。やっちまえ」
末吉たちは皆で一斉に飛びかかっていった。
遠くで、猫がミャーと哀しそうに鳴くのだった。
第168回 黄泉がえりagain番外編
夫である小田正史の遺骨を熊本市内に妻の栞理が運びこんだときに、すぐに望んでいた奇跡が起こった。助手席に生前とまったく変わらない正史が黄泉がえって座っていた。正史は小田家代々の墓がある球磨郡湯前町に葬られていた。実は、正史は死刑囚だった。生前、勤務していた熊本市で正史の勤務先の社長と上司、それに同僚を殺害した罪で逮捕され、死刑の判決を受けた。正史は一貫して無罪を主張したが、証拠は正史に不利なものばかりが残されていた。そして刑は執行された。
唯一、正史の無実を信じていたのが妻の栞理だけだった。正史は嘘をつく人ではないと栞理は知っていた。だから無実を訴え続けたのだが。栞理の悲嘆に暮れる日々が続いた。
そして、今年の夏頃から熊本市で黄泉がえり現象が頻発している。亡くなった者の形見と亡くなった者を強く愛する人がいれば、死者が還ってくるということだ。栞理はすぐに愛する夫を黄泉がえらせることを考えた。死刑を受けた者は、二度、刑を執行されることはないと聞いたし。
そして栞理の思惑どおりに正史は黄泉がえった。正史の生前の最後の記憶は絞首刑を受けるものだった。そして栞理に事情を聞くと、正史は栞理に驚くべき宣言をしたのだった。
「真犯人を探す。私を無実の罪に追いやった奴を」
正史は、真犯人が誰か知らないのだ。他に別の犯人がいるとは、ずっと正史が言い続けてきたきたことだ。殺人現場で落ちていたナイフを拾ったばっかりに、犯人にされてしまった。
「真実がわからなければ、誰の協力も得られなければ、私は自分ひとりだけでも犯人を探し出す」
栞理にとっては正史が生き還るだけで十分だった。このまま自分と静かに暮らしてくれるだけでいいのに。しかし、犯人にされた正史は気がすまないのだろう。
死刑になった男が黄泉がえり、新犯人探しをする!
誰がこんな状況を予測しただろう?栞理は正史に協力するしかなかった。
「事件の現場に連れて行って欲しい。また、新しい視点で経過を推理できるかもしれない」
そう頼まれて栞理は断りきれなかった。熊本市花畑町にあったマルカケ商事に向かって車を走らせた。マルカケ商事は、今もあった。正史は会社に入って受付で言う。「私は、もともとこちらに勤めていた小田正史です。無実の罪で死刑になりましたが、黄泉がえり、真犯人を探しています。社内をもう一度私に検証させてください」受付嬢は悲鳴をあげて、奥へ走っていった。昔の同僚も正史の顔を見て驚いていた。
奥へ行くと、社内はみな悲鳴をあげる。今の社長は死んだ社長の奥さんだった。「というわけで、真犯人は別にいるのです」と正史が言うと「話はわかりました」と社長は言った。「実は、うちの夫も先週黄泉がえったの。あなた!小田さんよ」
顔を出したのは死んだはずの社長だった。驚いた正史は歓びを隠せなかった。
「社長が亡くなられた後、犯人にされて死刑になりました。社長の口から、私が犯人じゃない、と言ってください。そして真犯人が誰か教えてください」と正史は頼む。
社長は困ったような表情で答えた。「実は私は背後から刺し殺されたから、犯人の顔を見ていないのだよ」
なんという話だろう。これでは正史の無実を証明することは出来ない。しかし、被害者はあと二人。その二人は真実を知っているのではないか?そう正史が思ったときだった。「あっ!南山さん。あなたも生き返っていたのですか?」南山は正史の上司だ。やはり、ナイフで刺殺されていた。
「おお。小田くんか。私は死んでいたのだね」「そうです。私は社長と南山課長そして北川くんを殺した疑いをかけられて死刑になったんです」
「なんと悲惨な結末だったのだ。私は娘が黄泉がえらせてくれたらしい。私は社長をお護りしようとしたが間に合わなかった」
そこで笑い声がして振り向くと正史の同僚の北川がいた。彼も血みどろで死んでいたのだ。やはり黄泉がえっていたようだ。
「ああ、北川くん。君たちを殺した真犯人を教えてくれ。私が犯人にされて死刑になってしまったのだ」
だが、北川は恨みがましい目で正史を睨みつけた。
「南山課長は俺が会社の金を使い込んだと社長にちくったんだ。それで、南山課長から社長命令だとクビを言い渡された。だから社長室に飛び込んで、ナイフで社長を刺したんだ。そしたら南山課長が社長室に飛び込んできて揉み合いになった。南山課長を何度も刺したんだが、課長は俺のナイフを奪い取り……俺は刺されてしまった。その後は、どうなったかなんて知らないさ」そして北川は、隠し持っていた包丁で襲いかかってきた。
「くらえ。みんな、黄泉がえりやがって!」
正史は課長や社長と三人がかりで北川を取り押さえた。「警察に連絡しよう」
この後、司法がどのような判断を下すかは誰にもわからない。すると、立ちすくんでいた栞理が呆れて呟いた。「やっぱり正史さんは無実だったのね。でも北川を黄泉がえらせた人は誰なのかしら。それが、一番の謎だわ」 (了)
作者より……あまりにも酷い話で、これを本編から外したのも、なるほど、と納得されたことと思います。いや、こんな風に話を作る人間の頭の中は妄想が渦巻いているのですよ。すみません!!
第167回 鬼童岳の霧女
九州脊梁の北東部にある鬼童岳に登ったときのこと。鬼童岳は、まずなだらかな草原から杣道へと入る。しばらくダラダラ登り続けると、足元はガレ場へと突然に変わる。それから胸を突くような急斜面となり、それが八合目の山小屋の手前まで続くことになる。少し登れば右へと曲がり、そのまま山道を進むと今度は左に折れる。ひたすら荒い息を吐きながら一歩づつ足を動かしていくしかない。
その日は生憎の天気だった。
登山口に着いたときに、曇っているなとは思ったものの何とか行けるのではないか、と判断して歩き始めた。ポツリ……。すぐに頬に冷たいものがあたる。大降りにならない予感があったので、登山道の脇でリュックから雨具を取り出して急いで身につける。
人気のある山ではないので、私以外に登山者の姿はないようだった。
あたりを急速に霧が覆い始める。濃いミルクの中にいるようで、数十センチ先は何も見えない。かろうじて、足元の石くれを見て、進む方向を判断するしかない。石段を一歩づつ登っていく。しばらく前進すると、右へ曲がる場所に。そこでU字型に曲がる。一人で登っているから、足を進めることだけに神経を集中させて、他のことまで気が回らなかった。
しまった。スタート時間を覚えておくべきだった。どこまで登っているのか見当だけでもつけられたのに。
ゆっくりと登る。それから方向を変える。ジグザグというたどり方をしているのだろう。どこまで来ているのか?半分ほど登ったろうか?心細い気持ちになった。
孤独の山歩きとはこんなものだ、と自分に言い聞かせる。真っ白い風景の中で立ち止まり、ペットボトルの水を飲んだ。
そのとき気配を感じた。人だ。他にも私同様登山者がいて登ってきているのだ。
少しほっとして、その場に立ち尽くした。声がする。若い女性の声だ。笑い声があがる。どんな人だろう。
「やだぁ、本当ですか?」
「そうよ。でも山歩きって楽しいでしょ」
明るい声にほっとした。どんな関係の女性たちなのだろう。
「人生って、山登りに似てると思わない。ほら今日みたいに。周りを見ても真っ白で、何をしてたか、どんなところにいるのかもわからない。でも、できることといったら、前にひたすら進むしかないのよね。これって人生そのものじゃない」
「先輩、かっこいい!」
そうか。職場の先輩、後輩という関係か。先輩は山好きみたいだな。そして二人が霧の中から姿を現す。あんなかっこいい科白が吐けるなんて、どんな女性だろう?
「こんにちは」と私が言うと、二人も立ち止まり「こんにちは」と会釈を返してきた。二人とも若くて美人だ。
「あっ。せっかくだから先輩、お願いしましょう。先輩と二人の記念写真を」「いいですよ」と私は答えて若い子のカメラを受け取り、二人に向かって「はい、チーズ」と声をかけながらシャッターを押した。私に礼を言った二人は「もうすぐ山小屋よ」と再び登り始める。しばらくの休息の後、私も登り始めた。引き返そうか迷ったが、彼女たちに元気をもらったようだ。この小雨だ。また八合目小屋で彼女たちも休憩するだろう。私も山小屋まではがんばろう。
八合目小屋の手前で雨がひどくなった。途中、他の登山者に合うことはなかった。小屋の戸を開けると声がした。「戸は閉めてください」男の声だ。ここで食事にしょう。座ってお茶を飲み、おにぎりを食べた。管理人の男が、掃除を終え「おつかれさまでした」と声をかけてきた。山小屋は彼だけのようだ。世間話をしながら話は途中で会った二人の女性のことになった。そして言った。「かっこいいことを言うんですよ。人生は山歩きに似ているなんてね」管理人の男は大きく目を見開いた。「出ましたか」「え?」「霧女って呼んでます。登山道が霧に包まれると、その女たちが出るんですよ。別に悪さをするわけじゃない。ただ、ひょっとして私が知っている女たちの誰かなのかもしれないって、いつも思いますよ。私もよく言ってたんです。女の子を山に連れて行くとき。霧の日の山歩きって、人生に似ている。今まで何をどう歩いてきたか、振り向いても見えないけれど、前に足を踏み出すしかないって。その女たち、誰なんでしょう。いや、人からは聞くけど私は会ったことがない」若い女性たちは霧女という幽霊ということなのか?
結局、山小屋に若い女性たちは姿を見せなかった。
私はもう山頂を目指す気もなく、小屋を出て一目散に登山口を下り始めた。もちろん、途中誰一人会うこともなかった。足元に注意しながら登山口に戻ると、雨具を着た老人が一人、登山用の杖を補充しに来ているのが見えた。鬼童岳森林を守る会の腕章をしていた。「おや、こんな日に登られましたか?」「ええ、若い女性たちも登っていました。霧女だったそうですが」と私は苦笑した。老人は不思議そうに首を傾げた。「若い女性立ち……。見かけませんなあ」「いや山小屋の管理人さんから聞いたのですが」すると老人は信じられないようすで眉をひそめた。「山小屋は閉鎖されていますよ。中に入れない筈です。管理人は恋人とその友人をあの山小屋で殺して、自分も自殺したんですよ。以来、あの山小屋は閉じたままになっている筈です」ぞくっとして私は自分の車に戻ろうとした。しかし「本当に山小屋にいたんです」と振り返ると、老人の姿はかき消え、どこにもなかった。老人が持っていた杖が登山口に転がっているだけだった。
第166回 しんえんくん
ぼくは、かつて勇者だった。
勇者というもの、悪い怪物と戦い、退治して美しいお姫さまとめでたく結ばれるものだと思っていた。
だから、山を越え、遥か遠いところへ怪物を求めて旅を続けていた。
ある山を過ぎ岩場にさしかかったとき、驚くようなものを見つけた。岩場の岩と岩の間に何やら真っ黒いものが見える。何だかよくわからずに確認しようと近づいてみる。地面に穴が空いているのだろうか?
穴などという生易しいものではないことは、すぐにわかった。
底も見えない真っ黒い空間が、そこにはあった。直径が2メートルほどの丸い亀裂といえばいいのか。なぜ、こんな岩場に底が見えないほどの深い亀裂があるのだろう。
横に看板が立っていた。
それにはこう書かれていた。
ー怪物を倒そうとするものは、自らが怪物とならぬよう気をつけよ。ー
怪物を倒すものって、勇者のことではないのかな?なぜ、こんな看板が。誰が、この看板を立てているのだろう。看板のずっと下を見ると、最後にニーチェと書いてある。あっ、ニーチェさんがこの看板を立てたのか。しかし、なんのために?この真っ黒いそこの見えぬ穴には何か秘密があるのだろうか?
気になって穴の底をずっと凝視してみた。一所懸命見つめる。しかし闇が彼方まで広がっているだけだ。意味があるのだろうか?ふと、思いつきで「おーい!誰かいるのかぁ?」と叫んでみた。そして「おーい、出てこーい」
仕方ない。何もわからない、と穴から離れようとしたときに、看板の文に続きがあることに気づいた。
「深淵を覗くとき、深淵もまた、こちらを覗いているのだ」
そして、もう一度、真っ黒い闇の穴の中を覗き込んだとき、ぶるっと震えがして覗くのをやめた。
本当だ。この底がない闇を深淵というのか。たしかに、何かがこちらを覗いていたぞ。あれが深淵だったのか?
こんなところは気色悪くて長居は無用だ。
立ち去ろうとしたときだった。後ろからなにかが尾いてくる気配がした。振り返って思わずワッと叫んでしまった。この、真っ黒い巨大なものはなんだ!なぜ尾いてくるのだ。「何者だ!」
「わ、私はあなたが今覗いていた深淵です」
「なぜ僕に尾いてくる。お前はただの深い穴じゃないか」
「ええ、私はニーチェという哲学者によって存在が許されるようになったのです。でも誰も私を見ても、ただの穴としか見てくれません。私が私を覗いている人を見ていることを認めたのは、あなたが初めてです。あまりの嬉しさにあなたの後を尾いて来てしまったのです。旅のお供をしていいですか?」
腰につけたきび団子をやると、深淵は大喜びだった。そして彼を”しんえんくん”と名付けて怪物退治の旅を続けた。
怪物が現れ苦戦していると、怪物の背後から忍び寄り、一気に飲み込んでくれた。少し卑怯だったかもしれないが、悲鳴をあげながら深淵に落ちていく怪物を見て胸をなでおろしたものだった。やがて、怪物を倒し尽くし、苦労をともにした”しんえん”とぼくは楽しい日々を送ったのだった。一緒に釣りをしたり、女の子の集まりそうなところに行って声をかけたり。いつもぼくは”しんえん”と過ごした。
あまりにいつも一緒にいるので、だんだんおたがい遠慮がなくなってきてしまう。喧嘩もしてしまう。
「この間、声かけた女の子が怖がったのは”しんえん”のせいだぞ。お前がいなければぼくにはいい感じだったのに」
「そんなことないよ。勇者だった。怪物をやっつけたって自慢ばかりだから、女の子はハナについたのさ」
「なにを勝手なことを。もう”しんえん”の顔も見たくないよ」
「そりゃ、こちらの科白だ」「絶交だな」「ああ、絶交だ」
ぼくと”しんえん”がつきあうのをやめたのは、そんな他愛もない行き違いからだった。
それからぼくの人生は、いろんなできごとがあった。勇者だった経験を活かし、戦士トレーナーをやったり、”勇者塾”を開いたりした。いろんな人々と知り合い、裏切ったり裏切られたりしたもした。そして年老いて、ぼくは一人ぼっちの暮らしに戻った。
ある日、ぼんやりと縁側で過ごしていると、庭先に黒いものが現れた。「まさか……」
まさかではない。年老いた”しんえんくん”だった。”しんえんくん”も苦労したのだろう。これも縁だろう。もう思い残すことはない。”しんえんくん”の中に飛び込み、自分の人生に決着をつけてもいいのかも。「よく訪ねてきてくれたなあ」というと彼はこう答えた。
「ああ、君のこと忘れられなかった。ぼくのことわかるのは、君が心の中に深淵を抱えているからだ。ぼくが頼れるのは君しかいないじゃないか」言うが早いか、”しんえんくん”はぼくにジャンプした。そしてぼくの心の底にある深淵に入ると限りなく落下していったのだ。悲鳴一つあげず。
ひとり残ったぼくは縁側で涙を流し続けた。
第165回 売れる本を書きたい!
仕事は、文筆業だ。
いわゆるもの書きというやつ。
これまでに、いろんなジャンルのものを書き、本として出版してきた。小説も書いたし、エッセイも書いた。しかし、私が書く本はなぜかベストセラーに縁がない。
私の本は、そんなにつまらないのだろうか?といつも自問する日々だ。
「いや、最近は皆が本を買わなくなっているんだよ」
そう知人友人は慰めようとしてくれる。しかし、「いま話題の本」というのはどんなときにもある。
売れるべき本は売れてベストセラーになっている。単に、私の書く本が売れていないだけなのだ。私の本が売れていないのは、皆が、そして誰もが、読みたい!思える本を書いてないからにちがいない。
売れる本とは、誰もが読みたいと思い、読んだ人がその本のことを話題にする。すると普段は本を買ったりしない人まで話題に乗り遅れないようにと買い求めることになる。そんな本のことなのだ。
どうすれば、そんな本が書けるのか?皆が読みたい本とは何か?それを知ることだ。
いま売れている本を真似ても駄目だ。
売れる本に共通していることが一つある。それは、これまでなかった独創性に溢れていることだ。
売れる本を書きたい!
その一念で必死に考えた。すると、ぼんやりと道が見えたような気がする。やはり、自分の強みに関係あるものの方がいいのではないか。たとえば、仕事以外の趣味は山歩きだ。そのテーマを本にすれば売れるかもしれない。しかも世の中には登山ブームが訪れていた。そのことを知り合いの編集さんに話してみた。
「山歩きの本ですか。いいですね。しかしね、深田久弥の日本百名山という古典的な名著があります。それに花の百名山や温泉グルメ登山本といろいろ既に出ています。今から山に関する本を出そうとすれば、よほど切り口が新鮮でないと無理です」
「最近はテレビでもやっていますよね。百名山を一筆書きで登るとか、三百名山を何日間で踏破するとか。これはジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』を彷彿とさせますよね。これは人気ですよね。登山者の方もヒーローですよね。で、知名度抜群です。本を出せばベストセラーですけれど、加えて講演会をやれば大人気で必ず会場は満員。それどころか、チケットがとれない騒ぎと聞きましたよ」
「うまくいけば、さて、そんな具合のヒットになります。さあ、山歩きの本をどんな切り口で書かれますか」
ぐっと押し黙り考えた。うまく出版できたらベストセラーは約束されるらしい。
私も百名山を…と言いかけて、すぐに、どんな観点で?二番煎じでは?と指摘されて頭を掻きむしる。
「年寄りの百名山というのはどうです。私もこのように総白髪だから」
「それじゃ弱い。いま山を登る人たちはほとんど年寄りです。みんなが、オオッと思う付加価値がないと」
そうか。やはり、それだけでは駄目か。しかも、自分で日本の百名山を征服したわけでもないのに。そのとき、ふっと霊感が。
「年寄りの中でも、皆が驚くこと。年寄りは登りながら、自分は何歳までこうして登れるのだろう、と心配しているはずです。だからこういうのはどうですか。八十歳から登る百名山。これから取材して、八十歳から書き始めます!」
編集さんが目を丸くした。それは凄い!絶対に売れます!ぜひ書いてください。
企画が通った。
それから取材にいそしんだ。百名山のすべてを歩いた。
八十歳になり、もう一度歩こうとするが、これだけ身体がきしむとは思わなかった。両手に杖を持ち、助手にロープで身体を引いてもらい、何度も休み休み、ひたすら歩き続けた。
医者から何度も登山中止の勧告を受けた。それでも執念で百名山を制覇した。
ひたすら売れる本を書きたかったからだ。もう二度と山には登れないだろう。それは覚悟した。
肉体の限界を既に超えてしまっていたから。それでも、必死に指だけは動かして書き続けた。
「八十歳からの百名山」
原稿を眺める。自分ながら傑作の予感があった。すべての年寄りの登山家たちに希望を与えるだろう。
原稿を持って編集さんに会う。
得意げに渡す。
「これで、どうです。ベストセラー間違いなし。これで講演依頼も殺到するでしょうねぇ。私も人気者になる予感がします」
すると、編集さんは原稿の束を受け取ろうとしない。どうしたというのだ。
編集さんは言いづらそうに言った。
「実は、他社で似た本が来週出るんです。タイトルは『九十歳の百名山征服』というんですよ」
第164回 一人おいての男
こんにちは。は?私が誰かわからないって。え、覚えておられない。私を?
やはり、そうですか。私はとにかく人の記憶に残らない男なんですよ。ほら、何も顔の特徴がないでしょう。それに太ってもいないし痩せてもいない。背も低からず高からず。
だから、自分でも自分のことを「一人おいての男」と名乗っているんです。
あなたも、私の顔をほうぼうで見かけている筈なんです。でも、目に入っても覚えていない。頭の中から記憶がするりと抜け落ちてしまう。
どこで会っているかって?
ほら、どんな雑誌や記念誌にも、私の写真は載っているんですよ。ただね、写真は私一人で写っているわけではない。数人で写っていることが多いですね。そして写真の下に説明書きがあります。それを読めば、なるほどと思いますよ。例えば4人で写っていたとします。左から誰山彼平さん。彼野誰男さん。一人おいて、曽礼誰太さん。そんな感じで載っているのを見た記憶はありませんか。
そうなんです。その三番目の「一人おいて」が私なんです。あなたも本を持っておられますね。その中に人物の集合写真があったら見てください。ほらそのパーティの写真。数人で乾杯している。そこにもあるでしょう、説明書きが。
「一人おいて」って。
それ私。実物と見較べたらいい。私でしょ。
そんなに驚かないでください。あなたも言われる迄は、わからなかった筈ですから。
実は、私は誰よりもたくさん雑誌や新聞の写真に載っているんですよ。
群衆を写した写真が載っていたりするでしょう。それには「一人おいて」の但し書きは付いていませんが、必ず私も写り込んでいますから。探してみてください。その雑誌に他の写真が載っているページ、あるでしょう。
師走の朝市の様子を写した写真がありますね。それにも写っているはずです。朝市の雑踏をよく見てください。ほら、私の顔と見較べて。
“ウォーリーを探せ”というパズル本がありますよね。メガネを掛けたひょろりとした若者、ウォーリー君は、ぎっしり描き込まれた人々の中に紛れ込んでいるから、彼を探しだせという指令を上手くこさなければならない。それに似てますね。
ひょっとすると私は、現実世界のウォーリーみたいな存在かもしれない。
そうです。私の顔をじっと見て、それから探す。私の顔は覚えにくいから、何度も見て探してください。
わかりましたか?
そうです。なぜか私はブレてないから、はっきり写るんですよ。なのに、なぜか私の顔は記憶していない。理由はわかります。みんな写真を見ているけれど、私を視てはいないからですよ。
これで、次回から見たときは私が、ここにも載っているってわかるようになる筈ですよ。いや、そんな必要も、もうないのかな。
え、なんで、今になってあなたにそんな事実を教えたかって?
実は、長年「一人おいての男」の役割を演じてきたのですがね。私も年老いてきて、他の人同様に皺がいくつも目立つようになりました。すると、通りを歩いたり店に寄ったりしたときに、妙な目で見られるようになってきたのです。人は私の顔をじっと見て呟くんです。
あなた、どこかで会いましたかね?
初めて会った気がしないのですが。
うーん。思い出せない。ここまで出かかっているのに、まどろっこしい。
慌ててその場を立ち去ります。私は「一人おいての男」であって、決して正体を明かさない存在なのです。
そして私は「一人おいての男」として、さまざまな人が集まる場所を転々としてきました。人から覚えられるようになったら、私は「一人おいての男」の役割を果たすことができなくなります。
そう。私はもう「一人おいての男」の定年を迎えようとしています。とすれば、役割の有効期限を迎える前に、新しい「一人おいての男」の候補を探さなければならないのです。
「一人おいての男」になって数十年。目立たない私にとっては、それなりに満足のいく仕事を得ることができたと思います。一生独身でしたが、それは私には苦になりませんでした。
よくぞ私を「一人おいての男」に選んでいただいたと思います。
そして今、ほっと胸をなでおろしています。私の後継者にぴったりのあなたを見つけたのですから。
だって、あなたは誰にも愛されず、誰にも必要とされず、だれにも顔を憶えてもらえない。個性がないし、目立たない。こんなに「一人おいての男」の適正を持った人はこれまでいなかった。
今日、すっかりあなたを見過ごしてしまいそうになったほどですから。これまでのあなたは自分の人生を嘆いていた筈です。でもこれからは、光栄だと思いませんか。「一人おいての男」を継ぐなんて。誇るべき人生になるんです。
ほら、ポンと肩を叩いたら、あなたはこれから立派な「一人おいての男」だ。
やっと私も呪縛から解放される……。
第162回 少女漫画は突然に
私が結婚について真剣に考えるようになったのは30歳に手が届くような年齢を迎えてからのこと。
それまではお気楽に趣味の世界で生きてきたけれど、ある日突然このままではいけないと考えるようになった。いずれ私も高齢者になる時が来る。そのとき一人でいたら話し相手もなく淋しい思いをするのではないか。
だが私は交際している男性もない。もちろん、これまで交際したこともない。男とつきあうなんて面倒と思っていた。そうも言ってはいられないということなのだ。
どうやれば結婚相手の男性と知り合えるのか。
ネットの出会い系も嫌だった。事件に関わるニュースをよく目にしていたし。もちろん街で気に入った男性に声をかけるなんて、はしたないし。私は容貌は劣っていないと思うけど。
「ちゃんとした結婚相談所に紹介してもらうのがいいわよ」と同い年で主婦をしている友人が言った。その言葉に従う。しかし、どんな結婚相談所へ行けばいいのかしら。
さまざまな紹介所の案内を比較していて、目に留まったのがここだ。
「あなたの人生の記念すべき場面を忘れられないものに!ベスト・パートナーのことはおまかせー当紹介所には”出会い演出一級設計士”が在籍しています」
出会い演出一級設計士……そんな資格は聞いたことがない。しかし、そこに惹かれた。
訪ねるとシステムと料金の説明を受けた。高いのか安いのかわからない。「どんな風に出会い演出を設計されるのですか?」
「それは、あなたのデータを分析してからです。お一人づつ内容はちがいます」と質問表を渡された。膨大な数の質問項目だった。
年収に始まり、好みのタイプ、趣味、食べもの、動物など諸々の好き嫌い。スポーツ。まだまだ質問は続く。どこの紹介所もこうなの?
「特にお好きな趣味は少女漫画ですか?」
「は、はい。いけませんか?」
「いえ、大丈夫です。それではときどき連絡をとらせていただきます。一番相性のいい素敵な人と知り合えますよ。あ、でも会費と紹介料の払込をお忘れにならないように」
すぐに振り込んで、しばらく経つが何の連絡もない。私はいつもどおりの生活を続けた。
ひょっとして、騙されたのだろうか?
そして連絡があった。紹介所の出会い演出一級設計士の男からだった。
「これから申し上げることを守ってください。いつもより15分遅れで出勤してください。ただし口にパンを咥えて」
「えー。会社に間に合いませんよ」
電話は切れた。私は仕方なく紹介所の言葉に従って出勤した。口にはパンを咥えて。
駆け足の出勤だった。「遅刻!遅刻!」
バス停近くの曲がり角で衝撃が。
尻餅をつくと、前でスーツ姿のイケメンも尻餅をついている。ぶつかったのだ。
私はかっとなって叫んだ。「何よ。ぼーっとして。会社に遅れちゃうわ」
すると向こうの男も「君の方こそ不注意だろう。あんなスピードじゃ、出合い頭にぶつかるじゃないか」
「何よ!」
「何だ」
「こんなことしてたら遅刻だわ」
と、その場はそれで別れてしまったが、思い出せば、なかなかハンサムな男性だったような気がする。でも、私に謝りもしないなんて許せないわ。
しかし、心の隅で、何か引っかかるものを感じていた。ひょっとして……これは出会いの演出では……?どこかであの場面は知っている気がする。
その日の午後、例の結婚相談所から連絡があった。
「次の守っていただきたいことです。こんな日は、図書館へ行って好きな本を借りてください。ぜひ。きっと、いいことがありますよ」
私は、その言葉を信じて近くの図書館に、その日の帰り道に寄った。
ふっ、とある予感がよぎったが、その考えをすぐに振り払った。そんなことが計算でできるものか、と。
そんな私の好きな少女マンガのような出来事が。考えてみれば、出合い頭にパンを咥えた主人公がイケメンとぶつかる少女マンガがどれだけあったことか。
そして、その日の図書館で、私は読みたかった「クロノス・ジョウンターの伝説」を借りることにした。梶尾真治の名作だ。こんな機会でないと読めないから。
探し続ける。そして、やっと見つけて指を伸ばす。すると同時に誰かの手がその本に触れた。
慌てて顔を上げると、向こうも私を見る。同時に一緒に声を上げた。
「あーっ。あなたは今朝私にぶつかった人!」
こんな偶然が起こる確率はどのくらいなのだろう。
おずおずとお互い言葉をかわすと、なかなか感じのいい人だということがわかった。それからどちらから誘うというわけでもなく、彼と私は付き合うことになった。
なんと彼の趣味も少女マンガを読むこと。
そして、例の紹介所に照会した。「この出会いは計算されていたのですか?」「それは企業秘密ということで。でも結果的によろしかったのなら、それでいいのでは」と答えが返ってきた。
私たちは結婚した。彼にあの紹介所を利用したのか聞こうかとも思うが、聞かないままだ。いい出会いの思い出だから、知らなくてもいい気もするし。
そして、私たちは子どもを授かり、今では成長して小学生だ。なるほど少女マンガ好きの二人に生まれた子だな、と思うのは、娘がバレエを習いたいといい出したことだ。まさに少女マンガらしい出来事は子にまで引き継がれるのか。今日、娘が言った。「私のトゥシューズに誰かが押しピンを入れていたのよ」
これも、どこかで聞いたような。