カジシンエッセイ

第75回 シラミ騒動

2011.02.01

仕事をしていると、娘から連絡がある。
「たいへん。たいへん。」
 聞いて驚いた。孫の頭にシラミがいたというのだ。シラミなぞ、日本では絶滅したムシだと思っていたのだが……。
 最近、子供たちの間でシラミが流行しているという話を聞いて、孫の頭をチェックしたら……。
 

で、孫は、我が家に入り浸りである。だから、たいへん、たいへんだったのだ。
 孫は即座に丸坊主に。
 それから、文字通り“シラミ潰し”に駆除が始まった。衣服や寝具にいたるまで。仕事場から私も動員されて、コインランドリーで滅菌作業。
 娘がネットやらで調べた結果、シラミは成虫で四十度、十分で死ぬそうだ。タマゴもまとめて駆除するには、七十度の高熱乾燥が一番らしい。
 孫の後ろ姿は、まるでお味噌のコマーシャルに出てくるようである。
 そして、その表情たるや……。プライドのかけらまでもが粉々に打ち砕かれたように肩を落としていた。コインランドリーに一緒に行く時も、近所の様子を伺い、帽子を深くかぶり、人目をはばかってこそこそと、小走りにしていたほどだ。
 その後、薬局で、シラミ駆除のシャンプーを買ってきて、孫の頭を処置。
 それから、孫がいつも一緒に遊ぶ親友のお母さんに連絡をとっていた。ご用心を、と。
 あれほど学校に行きたがらずに、脚が痛いだの、熱があるだの、ぶつくさ言っていた孫だが、その日、意気揚々と学校から帰ってきたのだった。
 あまりに、嬉しそうなので、その理由を問うと、その理由がよくわかりました。
 なんと、学校に行ったら、孫の親友も、丸坊主頭になって登校してきたのだと。親友のお母さんも予防措置として頭を刈ってしまったらしい。友達同士が丸坊主になって二人はおおはしゃぎ。
 二人顔を見合わせて大喜びする様子が目に浮かぶではないですか。
 さて、これで一件落着であったかとというとそうではない。
 シラミ駆除のシャンプーは殺虫効果の大きいスミスリンLという商品なのだが、それにおまけで、金属製の目の小さなクシがついている。そのクシでシラミのチェックが出来る。
 娘は、家族にもシラミ感染者がいるかも知れないからと、家族のシラミ検疫をやると言い出した。
「そんなのいる筈ない!」「ぼくは厭だ!」
 しかし、一人づつ娘による検疫が始まったのだ。娘が髪の毛をクシで捌き、成虫やタマゴの存在を調べる。検疫を受ける家族は神妙な顔をして座っている。まるで「遊星よりの物体X」における宇宙侵略者の検査みたいである。
 私の母や息子たちが“シロ”の判定を受けて、次に私。
「いるわけないでしょう。この人生、一度もシラミに縁がなかったんだから」と言いつつ、娘の前に座る。長い長い沈黙の時間が続いて。
「いたあっ!」と娘。
「ウソ……ッ」
 とほほですよ。よりによって私の頭にシラミがいたなんて。成虫が二匹。
 それから私は、殺虫剤シャンプーで頭を洗われる。それでも完全ではないので、頭も丸坊主にしろと言い渡される。
「どれくらい短くすればいいんだ?」
「AB蔵くらいにすればいいよ」その頃、騒がれていたからなあ。
 外は、すでに木枯らしが吹いている時期でありました。よりによって、そんな時期に……。
 髪を切りに行かされました。
「思いっきりガリガリ坊主にしてください」
 びっくりして訊ねられました。
「え、どういう心境の変化ですか」
 もちろん、恥ずかしくてシラミがいたからなんて言えないではありませんか。
「いやあ、まあ、あの。いろいろ、あるんですよ」
「わかりました。いろいろあるんでしょう。お訊ねしない方がいいですかね」
 そうニヤリと笑われましたが、心中では、私の浮気がバレて、土下座の挙句、頭を丸めにきたんだと考えているに違いない。そう想像すると顔から火を吹くようです。
 頭を刈られながら、シラミで頭を坊主にするのと、どちらが恥ずかしいだろうか、と比較検討を続けておりました。
 さて、その後、帰宅すると、孫は私の頭を見て、お仲間が増えたと大喜びの様子でありましたよ。
 つつがなくという語源はツツガ虫に寄生をされずというところから来ているそうです。みなさまも、シラミなくお過ごしくださいますように。

カテゴリー:パーティ

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