カジシンエッセイ

第72回ブヒブヒくん出没!

2010.11.01

昨日まで、そんな馬鹿な!と思っていたことが、よもや現実に変わる。日常的な生活が、非日常的できごとで大きく変貌する。
 つい最近、私の身のまわりで起こったのであります。
「何で、こんなの学校で貰ってきたのだろう」と娘が言っていました。孫が娘に、貰ってきたプリントを見せたらしい。そのプリントには、イノシシの絵があり、イノシシの習性が書いてあります。
「何だか、イノシシが出たみたいだよ」と孫。そのときの家族を含めた反応は、へえ?まさかあ?というものでした。
 孫の通う小学校は街中だし、校区内には、熊本駅まで数百メートルの新幹線が走ろうとしているところなのですから。これまで、この界隈でイノシシが出現したということは聞いたこともない。
 

野生のイノシシに出遭ったこと二回あります。南外輪の俵山登山口近くで、北向山方面から走ってきた親子連れと遭遇。十数メートル離れていたし、あっという間に姿を消したので恐怖も感じなかったし、現実感もなかったなあ。やはり南阿蘇で、もう一回出遭った。冠ヶ岳に登り、次に地蔵峠まで歩いていたときのこと。平坦な細い道が続いていて、道の両脇は笹藪だった。五、六メートル先でがさがさと音がする。犬かなと思って立ち止まったら、藪の中から、真っ黒いものが現れた。犬じゃない。熊か?しかし、九州では、すでに野生の熊は絶滅している筈では?
 すると黒いものがゆっくり向きを変えて、そのシルエットでわかった。大イノシシだ。そのときは、何も持っていなかった。イノシシがこちらに突進してきたら、どうしよう。立ちすくむしかなかったなあ。その心理的時間の長かったこと。お互い、フリーズしていたのでは。再びイノシシが藪に消えたときは、腰から力が抜けましたよ。
 あのときの恐怖といったら。
 そんな記憶が蘇ったけれど、このあたりじゃあね。そう、タカをくくっておりました。
 その翌日。娘が家に帰ってくるなり「◯◯さん家の前にイノシシが出たって。今、町内の人たちが言っていた」
 〇〇さん家の位置は、我が家から直線で三十メートルくらいの距離でした。それまで、半信半疑だった家族は、一発で恐怖のどん底に叩き落されたのです。
 慌てて孫が学校から貰ってきた「イノシシの習性」に目を通します。
ー雑食性で、人間が食べるものは何でも食べる。
「じゃあ、生ゴミを出す日とか、危ないんじゃないかなあ?」
ーイノシシは夜行性です。
「酒飲んで遅く帰るとき危ないよ。酔っぱらって、イノシシの餌食よ」
 こんなところでも、非難の矛先は私に向けられます。関係ないだろう。
 そんなふうに家族が騒いでも、まだ私自身は半信半疑でした。こちらは、本物のイノシシと数メートルの接近遭遇を果たしているのですから。
 で、毎朝の習慣ですが、日の出前に、私は近くの花岡山に散歩に出かけるのです。イノシシが近くに出たからって、日課を取りやめたりしません。
 その数日後、花岡山へ出かけました。まだ暗い頃ですが、けっこう散歩客は多いのです。
 で、中腹まで登ったら、前方を歩いていた方がライトをこちらへ向けました。それは、毎朝、花岡山をボランティアで清掃しているオバさんでした。それから……。
「あ、すみません。ちょっとぴりぴりして。イノシシじゃないかと思って」
「いえ、大丈夫です。まだ捕まっていないんですよね」
「ええ。昨日の朝もイノシシ出たんですよ。山頂を清掃していたら叫び声がするから、なんだろうと思ったら、イノシシが階段をとことこ登ってきたんですよ。散歩していた人やらみんな大騒ぎ。警察にも連絡したみたいですよ」
 その前日も私は花岡山へ山歩に来ていたのだが。イノシシ出現の三十分程前だなあ。よく考えると、間一髪のニヤミスだったのか。
 家の近所に出たと聞いても、あまりピンと来なかったののに、毎朝の散歩先である花岡山山頂に出現したと聞いたら、怖ぞ気が襲ってきた。
 夜行性どころか、日の出前後の出没じゃないかあ。その日、帰りに薮がガサッというと身構えたり。(カラスでした)
 それからも散歩の習慣は何とか、おっかなびっくり続けてはいいますが。傘を開けば、イノシシくんはびっくりしてくれるそうで、ステッキがわりに持って行きます。ライトの持参で。まだ、捕まってないからね。
 そんな自分の中では、山頂で階段を駆け登るイノシシの姿を想像していたりもします。
 もし、遭遇していたら、怪物が出てくる話を書くときの参考になる気がするもので。
 

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