カジシンエッセイ

第63回「あれから一年」

2010.02.01

今だから話せます。
実は、昨年は病院とやたらと縁のあった一年でした。
これまでは、入院とか想像もできなかったんですが。やはり、還暦を過ぎたからずいぶんと体質が変わったのか……。
昨年の二月五日の夕刻。自宅で食事を済ませた途端でした。頭の中で、とてつもないどでかい鐘が連打されるような音が響きました。
「何の音だ?」と訊ねても、家族は皆、不思議そうにするだけ。すると、みるみる左半身が痺れ、口が利けなくなり、倒れてしまいました。
意識は、はっきりしていました。娘が慌てて電話で救急車を呼ぶのがわかりました。家族が周りに来たので、言いました。
手も動かない。口も利けない。こんな状態で「小説は書けるだろうか?」と言いました。ですが口から出てきたのは、「シッ・シッ・シッ・シッ……」という切れ切れの言葉です。
家族たちは何を思ったのか、「おしっこ我慢しなくていいのよ」

後で聞いたところによると、家族たちは「しっこが漏れる」と言っていたと思ったらしい。
ぞっとしました。そのまま逝ってしまっていたら、我が家では代々、いまわの際の言葉として「おじいちゃんの最後は『しっこが漏れる』だったのよ」と言い伝えられることになったでしょう。
救急車が駆けつけました。これまで救急車内は見たことがなかったので小説の中では描写を飛ばしていたのが、これから書けるなあなんてことを考えていたけど、反面、「もう書けないかもしれない」
しかし、救急車の中で、やっと声が…言葉が出ました。奇跡的に、そのまま麻痺が解け、運び込まれた病院では、身も起こせるほどに。
脳の血管に詰まったものが流れたらしい。
MRIで緊急検査。軽い脳梗塞で虚血性麻痺を起こしたようだ、ということで、一週間の入院。それで、血液をさらさらにする薬を飲み、塩分ひかえめにして血圧を低くする作戦を始めました。
それが一つ。
続いて、前立腺ガンが発見されました。
前立腺の数値だけは一年以上前から怪しかったのですが、どんなに検査しても病巣が見つからなかったから、定期的に検査を続けていました。
それが、やっと見つかった。
切除手術かな、と考えて、名医と言われる方を訊ねて、検査を受けましたが「あまりに初期過ぎるので、切除はしない方がいいんじゃないか」とのこと。「じゃ、どうするんです。ほっとくんですか?」
「いや」と紹介されたのが、「ブラキ・セラピー」という処置でした。これはどのような療法かというと、放射線を出すチタン製の針を前立腺に埋め込み、ガン細胞をやっつけるという手法です。ただ、前立腺肥大でもある私は、まずセラピー可能なサイズまで前立腺を縮小させる必要がある。(チタン放射線針が埋められる本数は最大値が決まっているから)そのためには、三ヶ月ほどかけて、ホルモンを射ちます、と。
「ホルモン療法だと、どうなりますか?」
「まあ、男性でなくなりますね。その間」
ホルモン注射をするだけです。毎日、ホルモン焼きを食べるわけではない。お姐言葉になったりもしない。でも、少し胸は大きくなったかしら(嘘)。
ということで、無事にセラピーを受けることの可能なサイズほど縮めて、ブラキの日程が決まりました。
それが、九月の末。入院はブラキ・セラピーの前日に。そしてセラピーの翌々日に退院しました。だから、正味、四日間の入院。あっけないほど、短期間でした。
後で話を聞いたら、私の場合はチタンの放射線針が七十本入っているそうです。
つまり、ショッカーが言うところの改造人間状態になっているわけです。とても私にはヒーローは務まりませんが、ショッカーから「今、ライダーに怪人がやられている。ちょっと助っ人に来てくれ」と呼び出されて、黒タイツをはいて「キッ。キィー」と叫んでそうな気がします。
放射線も半減期を迎え、体調も安定してきたような気がします。で、体調の経過を人から訊ねられ、話をしていると、予想外に前立腺の悩みを持った人が多いことがわかりました。
同じ病状の方もずいぶん出会ったので、ためらいなく、このブラキ・セラピーをおすすめしています。
ただ、割と先進技術なので、地域によっては、やっているところを探す必要があるかもです。
さあ、今年は健康に留意して、いい年にしたいものです。
ということで、鬼は外ーーー!

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