カジシンエッセイ

第51回「恵方巻」

2009.02.01

この数年で定着した行事らしい。
子どもの頃は、節分といったら親が鬼の面をかぶって逃げまわるのを、豆をぶっつけて走りまわっていたくらいのおもいで。
ところが、最近数年は、巷ではその時期になると「恵方巻」なるポスターや旗をコンビニで見かけるようになった。節分の日に、恵方巻を食べると、何やらいいことがあるらしい。土曜丑だって鰻を食べるでしょう。だったらゲンを担ぐのがお好きな国民であるから、節分には、恵方巻を食べるべきでしょう、ということらしい。これ、やっとかないと、バレンタイン・デーも控えているんだから、みたいな。
私の住む熊本では、そんな習慣はまったくなかった。だから、恵方巻というのは、余程特殊な食べものなんだろうな、と初めて耳にした頃は、思いこんでいた。
コンビニで目にして、これが恵方巻かあ!
ただの海苔巻きじゃないかあ。
丸かぶりしなければならないらしい。それも、その年の歳神さまがいる吉方角を向いて。
歳神さまは、仰天するだろうな、と思った。

見下ろしたら、全国民が自分の方を見て、黒い筒のようなものを口に咥えている。異様な光景の筈だ。何事だと思うだろう。事情を知らない歳神さまは、皆で自分のことを馬鹿にしてるんじゃないか、と考えないだろうか。
ちなみに今年は、東北東だそうです。どうでもいいけど、念のため。
ある方に由来を教えて貰った。
「関西の商家で、節分の日に海苔巻き作って、使用人に一本づつ配ってたんですよ」
「へぇ。どうして丸のまま食べるんですか?」
「もらった丁稚が、切るものないんで仕方なく、ですよ」
「そこへ、番頭が出てきて、おまえたち、そんな店先で食べていたら見苦しいよ。あっち向いて食べなさい。向こうが今年の恵方だからね。そう言われた丁稚たちは、アイ・アーイと食ってた」
「ふむむむ」
「そんな由来を、縁起ものだって関西の海苔業者がPRした。で、それを拡大キャンペーンしたのがコンビニ。一月二月って売り上げが落ちるから、バレンタイン前のイベントで、海苔巻販売拡大で恵方巻を強力にプッシュし始めたんですよ」
嘘かマコトか知らないけれど、そんな経緯を料理人の方に教えてもらう。後、由緒正しい恵方巻とは、七種類の具材が中に入っているのだということも知る。かんぴょうやら、でんぶやら玉子焼きやら。何故、七種類入れるかというと、七福神にちなんでいるらしい。そういえばカレーのお供の福神漬というのも、七種類入っていたなあ。
じゃあ、大黒天は何だろう?カンピョウかなあ?七福神の中では弁財天のファンの私ですが、とんと見当がつかないよ。誰か知っていたら教えてください。
でも、それほど厳密なルールは関係ないのかもしれない。見かける広告には、長い食べものなら何でもいいだろ、というように、ロールケーキを恵方ロールと称していたり、メキシコのトルティヤを恵方トルティアと売っていたり。
恵方巻の浸透と拡散で、だんだんわけのわからない世界になりつつあるなあ。
味?
一番問題は、そこだよなあ。
二年ほど前に、天草の山に登った日が、ちょうど節分。で、コンビニではなく、途中のお寿司屋さんで恵方巻を作ってもらった。
「次郎丸岳の山頂で食べるんです」
そのときは、エビやら穴子やらが入った贅沢な太い恵方巻が。
それが恵方巻初体験。
山頂でコンパスを見ながら、今年の恵方を確認……しようとしたら、その年の恵方がどっちだったか、忘れてしまった。西がついていたよなあ。西北西だっけ。北北西だっけえ。寿司屋の巻きものだから「今年の恵方」がついていない。
仕方ないから、西方向を向いて立ち、ゆっくり身体を旋回させながら食べたよ。ま、西方向をだいたい網羅しておけば大丈夫だろうって。て、我ながら、いい加減。
味?
うん、確かに、そのときの恵方巻は絶品の美味しさだったなあ。

カテゴリー:食に夢中

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