カジシンエッセイ

第47回「脳内誤変換」

2008.10.01

一日中、部屋に籠もりっぱなしで仕事をしていると、一言も会話をしないまま夕方を迎えているということもある。
このままでは、動物園の檻の中の獣とあまり変わりはないなあ、と考えてしまう。
人間らしい営みをやってないもんね。
その証拠に、編集さんから電話を貰ったときなぞ「どうしたんですか?」と訊ねられてしまうことも。
声をまったく発しないで、黙々と仕事を続けているので、電話の声が自分でコントロールできずに、とんでもない調子っぱずれの声になってしまったりしているらしい。それを聞いた編集さんは、いつもの私の声と違うと吃驚されるのだろう。
時々は、ひとりごとでも言いながら執筆したりすればいいのかもしれないが、そんな習癖は私にはないし、本屋なぞで、ひとりごとを言いながら立ち読みしている人を見かけると気持ち悪くなって、ああはならないようにしようと自分に言い聞かせる方だし。
書いている台詞を自分で言いながら書いているところを誰かに見られたら、恥ずかしいかな、と考える方だから。
とにかく、一人で籠もっているのが、良くないと自覚はしているのだ。

このように他人と接しない日常を送っていると、だんだん頭の中が誤変換を起こしやすくなってくる。妄想を組み立てつつ小説にしていく作業なので、特にそんなことが起こりやすいらしい。
たまに、パーティとかに呼ばれていくと、頭の中がパニック状態に陥るので、できるだけ速く逃げ出すようにしている。
必死で耐えながら、他の方と話していると、失敗をしでかすことが多い。言わなくてもいいことを言って後悔したり、相手の方を他の誰かと勘違いして頓珍漢な会話を交わしたり。
この間なんか、相手の方が、「いや、この前、スエーデンから帰ってきたばかりでして」と仰ったので私は、何を脳がショートしたのかわからないけれど、「ヘェ。それじゃ、向こうではヴァイキング料理ばかり食べておられたのですか?」と言ってしまった。
ジョークだと思ってくれる筈もなく、相手の方は「?」という表情になり、間の悪い雰囲気がたちこめたのである。
脳内誤変換が、とにかく増えたと思う今日この頃。
郵便ポストに原稿を出しに行った帰りに、駐車されている軽トラックに書かれている文字を見て、「エロノ山ってなんだ?」と立ち止まってしまったり。
「山ノ口工務店」を部分的に逆に読んでしまって、脳内誤変換を起こしたに過ぎないのであるが。
時折り、仕事場でラジオを聞いてみたらどうだろう、と、試してみる。二時間に一度くらいだけ。
ずっと聞いていたら仕事にならないし。
ローカルニュースをやっていた。
「昨日、熊本城に死臭愛好家が集い、秋の一日、存分に死臭を楽しみました……」と流れる。
私の脳内イメージ。
本丸の下の広場に、ズラリと死体が並べられ、着飾ったセレブな死臭愛好家たちが、くんくん臭いを嗅ぎながら、そぞろ歩いている図。
「いやあ。この、まったりとした腐敗臭が、なんともこたえられませんなぁ」
「今日は、先週亡くなった、うちの主人も展示されてますのよ。おほほほほ」
離れたお茶席の横の松の木には、よくなついたゾンビも繋がれていて愛嬌を振りまいていたり。
ニュースは続く。
「―今回は、熊本の風景を題材に製作された刺繍が多く、特に阿蘇の雄大さを表現した作品は……」
そこで、ふと私は現実に戻る。
あ、やっぱり何やっても、私は、少し誤変換が多すぎるのだと、落ち込んでしまう。
どうも、一日中部屋に籠もっていることが問題ではなくて、脳そのものが、変な具合に短絡してしまっているのかもしれない。
ちょっと怖い。

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