カジシンエッセイ

第133回 本当は怖いイノシシの話。

2015.12.01

 私は干支が亥なので、イノシシが話題なると、耳が大きくなってしまう傾向があるようです。つい愛着が湧くというか。
 だから、西遊記の中でも豚の化物だけど猪八戒が、一番好きなキャラクターだったりします。食いしん坊だし、好きものだし、戒めなければいけないところが沢山あるところも共感持てますし。
 なぜ、急にイノシシのこと思い出したかというと、先日、福岡と佐賀の県境の山である背振山で、もう九州には存在しないはずのクマの目撃情報が連続したから。まず頭に浮かんだのは「イノシシをクマと見間違えたのではないか?」ということです。
 私は暇があれば山の中を歩いている人間で、イノシシに遭遇したことがあるのです。場所は南阿蘇の外輪山。地獄峠から駒返峠へ移動していたときのこと。稜線伝いをとろとろ歩いたのですが、途中で道の左右が深く木々で覆われたところがあります。そこにさしかかったとき、右手前方の茂みががさがさっ!犬かな?人かな?と思ったら黒い怪物が飛び出してきました。そのときの大きさたるや!クマだ?!その日は曇りで、辺はすべてモノクロームな風景でした。逃げなくては、と思えども足はフリーズしてしまい身動きができない。獣がゆっくりと身体の向きをこちら向きに変えたとき尖った鼻が見え、イノシシだとわかりました。相手もこちらを見たので、突進してきたらどうしよう。噛みついてきたらどうしよう。隠れることなんて思いつかない。するとイノシシは慌てて左の茂みに飛び込みました。
 そこで、あらためて恐怖が。まだ、そこの茂みで待ち伏せしてるんじゃないか。突然再び飛び出して突進してきたらどうすればいいのか?噛みつかれたり齧られたりしたらどうすればいいのか。いや、ほんとうにあれはイノシシだったのか?やはりクマだったのではないか?
 もちろん、そこで山歩きは中断しました。
 山を降りた後、脳内シュミレーションを繰り返しました。
 必ず、杖を持って山へ行く。イノシシが私に向かって猪突猛進してきたときは、確かすぐには方向を変えられないはずだから、素早く脇に避け、杖で急所である目の下を攻める。
 おかげで、随分と恐怖心は消えましたし、イノシシのことを忘れて山歩きを続けています。
 しかし、山の中でイノシシに出会うって本当に怖いのですよ。
 そんなことで、背振山のクマはイノシシだったに違いないと思っていたのですが、ほんとうはニホンアナグマだったそうですね。
 イノシシ猟をする人に、その話をすると「怖かったでしょうね」と同情されて教えてもらったのが、イノシシ撃ちでヌタ場待ちしちゃなんねぇって話。これは他のところでも書いているから簡単に。
 ヌタ場というのは山中の泥水が溜まったところ。イノシシは、ヌタ場を背中のムシを落とす風呂場として使っています。ヌタ場を見つけた猟師が近くの樹の上で銃を持ちイノシシを待っていました。するとそのヌタ場に大ミミズがいました。そこへガマがやってきてミミズをペロリ。そこにヘビがやってきてガマを呑み込んでしまいました。満腹したヘビが横になってガマを消化しているところへ、イノシシがやって来ました。ヘビはイノシシの好物。いっきにヘビを平らげてしまいました。満腹したイノシシに猟師はしめしめと銃の照準を合わせる。引き金を引きニヤリと猟師が笑ったとき、得体の知れない気配を背後で感じて、慌てて振り返ると...。
 だからヌタ場待ちしちゃなんねぇ、って。
「いやあ、イノシシにはほんとうにゾッとさせられたことがありました」と仰ったのは趣味で猟をされるIさん。天草の離島の知人から「イノシシが海を渡ってきて畑を荒らして困るから退治してくれんか」と頼まれて、二つ返事で引き受けられたそうな。
 畑で待ち伏せをして、二日目にイノシシが現れたので射殺したとのこと。
「よう解体できないから持ち帰ってくれ」と言われ、Iさんは愛車のステーションワゴンの後部にイノシシを乗せてフェリーに乗り込んだそうです。フェリーが海をわたる間は車を離れていて、港に着いたので車を出そうと乗り込んだとき、異常に気がついたのだそうな。
 なんと、運転席の床が動いている。
 何かわからないが、床が黒くなって、ゾワゾワ、ゾワゾワ。
 床に指をつけて確認して悲鳴をあげたそうです。床が動いているように見えたのは無数のダニだったのでした。
 死んだイノシシの温度が低下して、寄生していた体を離れ自動車の床全体に広がっていたらしい。
 その話を聞いたときは、私の全身も、モゾ痒くなりましたよ。
 これが、私の聞いた一番怖い話になるかなぁ。

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