カジシンエッセイ

第129回 文庫版『アラミタマ奇譚』出たよ

2015.08.03

 数年前に、熊本は火の山、阿蘇山を舞台にした小説「アラミタマ奇譚」を書きました。その文庫版が出ましたので、声を大にして宣伝します。
 この小説がどんなものか紹介しておきますと、主人公が恋人の故郷である阿蘇にやって来るのですが、阿蘇山上空で飛行機事故に遭ってしまいます。このとき助かったのは主人公だけ。他の乗客、乗員はすべて行方不明。全員消失してしまったかのようでした。恋人の家族は阿蘇に住んでいて、主人公は彼らとともに阿蘇の怪奇現象に次々と巻き込まれていくことになります。果たして、その怪奇現象の真相はなんなのか?というのが、簡単なあらすじなのですが、
 主人公が怪奇現象に遭遇するのは、いづれも現実に阿蘇の外輪山に存在する場所ばかり。架空の場所はひとつもありません。
 登場するのは、最近パワースポットという評価を受けているところばかりです。
 たとえば、南小国町のストーンサークル上の巨石群、押戸石。南阿蘇の上色見にある熊野座神社の社の上にある穿戸の穴。そして阿蘇ロープーウェイ横の西巌殿寺。そんな場所で、この世のものではない存在と主人公は戦うことになります。なぜ、そんな場所が登場するんだよ。観光ガイドのつもりかいと言われそうですが、実は、パワースポットっていったい何なんだよ、ということが物語に大きく関わってくるのです。だから、パワースポットと思われているところが必要だったわけで。その理由は、本を読まれるとおわかりになると思います。
 これらの場所を確認に行きました。描写するためには嘘は書いてはいけない。しかも、足を延ばせばすぐに見られる熊本市から一時間ちょいの場所にありますから。
 連載前にひと通り。それから描写中にも、それぞれの場所を回りました。やはり、現場に立つと、生々しく描写できる実感がありました。
 本作で怪異の起こる場所は、そのまんま描写してますから、リアルなはずですよ!!
 ただ一つ。本書の表紙の写真にも使われている米塚ですが、後半の怪異の舞台は、この米塚の地下にある地下空洞に設定しました。
 米塚に地下空洞があるのは、あまり知られていないので、よし、使っちゃれと思った次第。ところが......取材に行くと、米塚の園地入り口は鉄条網で塞がれていて立ち入りできなくなっていました。しかもご丁寧に「立入禁止」の看板まで。仕方なく、この場面の描写は私の想像だけで描いたのです。
 物語は仕上がったのですが、それからずっと、米塚地下空洞のことが気になっていたのでした。
 ところが、昨年の某日、奇跡が起こりました。なんと、米塚地下空洞へ入れる機会が訪れたのです。しかも、阿蘇火山博物館の池部館長と牧野連合の高藤委員長のご案内で。
 米塚は、阿蘇の風景の中で大好きなもののひとつです。その米塚の未知の地下へ入るなんて、ワクワクではありませんか。そして、自分の想像の描写と現実がどう違うのかも、自分の目で確認できますからね。
 で、米塚園地に入りました。離れて見ると米塚は頂上が窪んだ美しい円錐形をしています。歴史も浅いんですね。三千年くらいだそうですから。
 自動車で園地に乗り入れ、しばらく走ります。米塚を大きく迂回しながら。どうも入り口が幾つもあるようなのです。
「さあ、着きました」え、どこだろう?「注意してください。マムシが、ここいらいっぱいいますから」ぐへぇぇぇ。マムシは苦手で相性が良くないんです。しかも、周りは丈の高い草。「ここです」と教えられてもどこに入口があるのかわからない。草の中に縦穴がありました。「これが溶岩トンネルです」
 地下空洞は、火山の溶岩トンネルなのでした。ヘルメットを被り、下って行きました。ごつごつした岩場で、ライトをつけないと真っ暗闇です。かなり大きなトンネルです。十数メートル進んで何度もヘルメットを岩にぶつけます。その奥の方にライトの光の中を何かが飛ぶ。目を凝らして仰天。天井にびっしりとコウモリが!岩の表面にびっしりと付着しているのは?
 コウモリの糞でした。
 次の穴、その次の穴へと移動すると、それぞれ違う性格の空洞。人が入れない穴の奥深いところに、風が吸い込まれていく......。「この辺り、どんな豪雨があっても、水の被害はないんですよ。雨水をすべてこの溶岩トンネルが呑み込んでしまうから」
 そして、結論。
 私が「アラミタマ奇譚」で描いた米塚地下の描写は大きくは間違っていなかったのです。
 それだけはご報告しておきたいと思います。
 現在は、いづれのトンネルも立ち入ることはできません。皆さんの想像力でそのパワーと神秘性を感じていただければうれしいのですが。
 それでは、文庫「アラミタマ奇譚」(祥伝社)よろしくお願いします。

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