カジシンエッセイ

第109回 嫌いというより生理的にダメ。

2013.12.02

 人は、これだけは絶対にダメという嫌いな生き物がいるようです。質問すると、どんな方にも、必ず、あれだけはダメという答えがあります。蛇やムカデという生き物がダメというのはわかります。毒があって咬まれたり刺されたりすれば人命に関わるという危険と隣り合わせの生き物であれば、なるほど納得できます。大昔からの祖先の記憶が刷り込まれた結果なのだろうな、と推測してしまいます。蛾が嫌いだ、というのもわかります。毒蛾の可能性が祖先の遺伝子に刷り込まれたのかな、と。
 で、いろんな方に私はよく尋ねるようになりました。いつの頃からかなあ。
「あなたにとって、ダメ!!という生き物は何ですか?」と。
 けっこう蛇や蜂、ムカデ、クモ、蛾というの多いですね。そしてなぜ、嫌いになったのか?とお尋ねすると、「生まれたときから、大嫌い」とか、「理由なんてありません。嫌いだからダメ。ダメだから嫌いです」と。
「あのときからダメになりました」という方もおられました。その方は、ダニがダメだということでした。大人になって、ある体験をしてからダニがダメになったということがわかったので、先天的ではないようです。
 この方は狩猟が趣味で、ある島で猪を獲ったそうです。そのまま、自分の自動車の後部に獲物を積んでフェリーに乗り、車を離れての客室へ。港に着くと、客室から愛車に移動して下船しました。それから帰路についたのですが、途中で異変に気がついたそうです。
 なんと、自動車の床が真っ黒になっていた!しかも、その床が、ぞわぞわと動いていたそうです。慌てて自動車を道路の脇に駐めて確認しました。
 それから、その正体がわかって悲鳴をあげたそうです。
 自動車の床の上で動く黒い粒は無数のダニだったそうです。
 ダニは猪に寄生していたのですが、死後、自動車の荷台に置かれた猪の死体は体温を失い、どんどん冷たくなっていった。すると、寄生していたダニたちは一斉に死体から逃げ出した。それが、自動車の床の上で黒い絨毯と化したのだそうです。それ以来、ダニと聞いただけで全身が震え上がるようになったそうです。
 わかります。同じ経験をしたら、私も気が狂いそうになったでしょう。
 カマキリが嫌いだという学生時代の友人がいました。彼の場合も、ダニが嫌いだという方に一脈通じる気がします。彼は自分の部屋で孵化寸前のカマキリの卵を破いてみたのだそうです。カマキリも無数の子が一斉に誕生するそうですが、次の瞬間、自分の部屋がチビカマキリの大群に占領されてしまったそうで、以降、カマキリが生理的にダメとのこと。
 女性で、虫がダメという方がおられました。中学の頃までは虫愛でる姫で、虫なんかちっとも怖くなかったそうです。ところが、ある時点で突然虫がダメになったと。虫の中でも特にゴキブリがダメだと。もう、ゴキブリと口にするだけで気色悪いそうです。だから、ゴキブリと言えない。「ゴ」あるいは「G」としか言えないと。ゴジラか!それまでは、台所をカサコソ這い回るのを見ても何ともなかったそうです。噛みつくわけでもなく刺すわけでもない。小さくて素早いカナブンくらいにしか思っていなかったそうです。さすがに、食べ物に乗ったり、ゴミ箱に寄るのを見ると、不潔だな、駆除する必要があるなと思ったらしい。それでもゴキブリなどハエ叩きで駆除できると考えたそうで。ある夜、台所の灯りをつけたら、数匹ガサゴソ動いていたそうです。で、一斉にハエ叩きで駆除するつもりで台所に飛び込んだのですが、その方はゴキブリの生命力を過小評価していた。ハエ叩きで絶命させたと思った次の瞬間に信じられないことが。
 その方はゴキブリに飛翔力があると知らなかった。
 そのゴキブリは羽ばたきながら一直線に顔に飛んできて頬っぺたにとまったそうです。
 それ以来、「ゴ」「G」としか呼べないことになってしまった。よくぞ、あの時自分は発狂しなかったものだと述懐しておられました。
 では…?と私に尋ねられます。そんなのいないの?ダメな生き物は?と。
 私が嫌いなもの。
 ナメクジです。幼い頃からダメなんです。触れるのは全くダメ。見ても嫌い。これこそ自分でも不思議です。なぜなのだろう。子どもの頃に、履いた靴の中で妙な感覚があり、見たらナメクジだったという記憶はあるのですが。これだけ周囲の人のダメな生き物を聞いてきたら、ナメクジ嫌いという奴が一人くらいいてもおかしくはないって気はしています。そして自分でもナメクジ嫌いのままで構わないし、ナメクジ嫌いをなおすつもりは全くありません。
 「サラマンダー殲滅」という小説の中で飛びナメという吸血ナメクジを登場させましたが、そんな生き物を想像する自分も、よくわかります。どうも気色悪い回で、すいません。
 では、いい年をお迎えくださいますように。

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