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News - 2026.04.01

第258回 四月に山姥に襲われた話

四月といえば山菜だ。私の趣味は山菜採りだ。その時季、深山に駆け込み、季節の野性味溢れる珍味を採りつくす。タラの芽、ハリギリ、タカノツメ、コシアブラ。それほど簡単に採れるものではない。切り立った崖の中央部や足許がもろい岩ばかりの斜面。生命の危機が伴うところも多いのだが、山菜を見つけると頭の中が真っ白になり、そんな身の危険のことなど、どうでもよくなる。
 そんな私が四月の山奥で人喰い山姥(やまんば)と出会ったときの話だ。
 その日はうららかな日和で、私は人一人出会わぬ山奥に山菜を求めて分け入っていた。目的の山菜は腰につけた竹籠にまだ半分も採れていなかった。そんなとき、杣道で奇妙な婆さんが近づいてきた。薄気味悪い笑い声をあげながら。
「おやぁ、うまそうな奴がおるわい。ひ・ひ・ひ…」
手には包丁が握られていた。婆さんは歯のない顔で包丁を振りかぶった。
 「ちょうどよいところへ。腹がへっておったんじゃ」
 これは、話に聞く山姥だ。山で会った者をかたっぱなしに喰い殺すそうだ。しかも怪力で掴まったら逃げる術はないらしい。どうすれば、いい。
「これは山姥だ…と心配しとるな。そうだ。わしゃあ山姥だ。ここで会ったがお前の運の尽きだ。わしの昼飯になれ」
 なんとか逃げないと。急いで走れば逃げおおせるか。
「ほお。急いで逃げれば逃げられるか、と考えているな?だがわしの足も速いぞ。百メートルの山道を八秒で走る。それにお前の心は何でもわかる。考えていることはすべてだ」
 とても逃げられない。それに何を考えているかわかるのか!山姥はサトルの化物でもあるのか?山姥は包丁を素早い動きで振り回していた。何か助かる方法は?昔話では、樽を作っていた男がサトルの化物が近づくと、樽のワッカがはずれてサトルを叩いて撃退できたという。囲炉裏にくべていた薪がはぜてサトルの化物の顔にあたって助かる話とかもあったけれど、そんなものは、まわりにはないしなあ。
「ほほお。日本むかし話のサトルの化物から助かった話を思い出そうとしているのか。残念なことに、お前は樽づくりをやっとらんし、囲炉裏もないから助からんなあ。ひ、ひ、ひ。」
 本当に心を読まれている。そうだ。E・F・ラッセルのSFでもあったな。あれは、部屋に入ってきた使用人がサトルの化物みたいな怪物を斧で、即、何か考える前に衝動的に叩き殺すという話だった。そんな仲間も、ここにはいない。するとニタニタ笑いの山姥が言う。
「ほほう。SFを書いたりするのか。三月に新刊『おさご幻奇譚』が河出文庫から出たばかりだな。売れているか心配だそうが、喰われてしまえば、そんな心配もせんでええぞ」
 何か、石を投げればどうだろう。うまく当てれば、逃げるチャンスも出てくる。
「石を投げても無駄だわい。そんな心が読めるから、わしは石から逃げるくらいお茶のこさいさいだからな。まだ心が読めるぞ。
 なに、なに。今月も新刊を出すのか。シリーズものか。エマノンシリーズとな。徳間書店から『もののけエマノン』というタイトルなのか。もののけといったら、わしと同類のようなものではないか。変なことを思いつくやつだな。そんな奴の肉の味はどんなかのう」
 そこまで山姥は私の心が読めるのか。どうすれば足の速い力の強い山姥から逃げることができるというのだ。いや、こんな考えさえ山姥に読まれているのだろうか。何を考えても先まわりして山姥は私を制してしまうのか。
「ふ、ふ、ふ。色々考えても私の前では無駄だとわかってきたようだな。
何々、近々もう一冊、本が発売されるのか、これは小説ではないな。お前はキノコ採りもするのか?タイトルは『キノコが私を呼んでいる』それほどお前はキノコ採りが好きだとはなあ。この本も、発売になる予定らしいな」
 そこまで心を読まれるとは、私は思わず、よろしくお願いします!と言いかけたほどだ。
 なんと恐ろしい。私の心の底まで読む怪物のような山姥。やがて私のすべての思考が読まれ、私の心が真っ白になったとき、私はこの山姥に食べられてしまうのだ。ああ、なんと悲惨な運命。
 山姥は、ニタニタ笑いを浮かべ、包丁を頭上にかまえて私に近づいてくる。
「さあ、覚悟して念仏でもとなえるんだ。おいしく食べてやるからな」
 南無三!と目を閉じかけたときだった。山姥の後方の斜面の枝の先端にでっかいそれを見つけた。
 タラの芽。
 それも、そんじゃそこらでは見かけない立派なもの。芽を出して開きかけたばかり。美味しそう!!
 こんな逸物を採らずにおけるものか!
 私は素早く山姥の脇をすり抜けると数本の木の枝がたわむのも気にせず、タラの木にたどりついた。それから手袋を素早く着けるとタラの木の棘の枝を掴み、たわませた。そして、その先端からタラの芽を採る!タラの太い枝は大きく宙を薙いだ。
 ギエッ!!
 何かの声がした。そのとき、私は自分が置かれていた立場を思いだした。
 山姥に殺されかけていた筈だ。その山姥は。
 姿がない。
 いや、細い枝に掴まって崖っぷちに宙ぶらりとぶら下がっていた。私がタラの芽を発作的に採ったとき、山姥はタラの木の枝で弾かれたのだ。山姥にも私の山菜好きの発作的行動は読めなかったのだ。
 山菜を見つけると私の頭は真っ白になる。
自分でも何をしでかすか、わからないくらいだから。おかげで助かって、このショートショート書けたんだなあ。感無量。

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