News - 2026.11.01
第265回 ひらがなの手紙
私が生まれてすぐに父が亡くなった。だから残されたアパートを経営しつつ、母が一人で私を育てた。
これは私の母の話だ。
母は漢字が苦手だった。だが、日常生活はすべて完璧にこなしていた。料理もうまいし、一緒に歩くと母がきれいなことが自慢だった。 しかし気になったこと。買いもののメモ、大事な方への手紙、役所の書類迄もすべてひらがなだ。
私は小学校へ行くようになり、漢字を習った。その頃から母がひらがなしか使わないことが奇妙に思えてきた。ひょっとして書けるのに漢字を使わないのだろうか。もし本当に漢字を知らないのなら、教えてやればいい。小学校で習った漢字を。
何度も母に漢字を教えようとした。
「お母さん、これくらい漢字を書けないと恥ずかしいよ」
広告紙の裏に、大きく漢字を書いた。
「ありがとう。でもかあさんはひらがながすきなの。ひらがなって、やさしいじだとおもわない?」
母は笑って、私の頭を撫でた。私は、その言葉が嫌だった。やさしい文字なんかではなく正しい文字を書く母でいてもらいたかった。
でも、我が家は新聞をとっていた。母も新聞を読んでいたはずだ。だから、うちに広告紙があったのだ。
高校の頃には、もう母に漢字を書かせようというのは諦めていた。ふと、母が漢字を書かないというのは、特殊な心の病気のせいではないのか、と考えるようになっていたのだ。だとすれば、母にこれ以上漢字を教えようとするのは、母にとって辛いことだと。
母は、私が大学に進学した年に倒れた。
病院へ駆けつけると、母はベッドで眠っていた。とりあえず医師から説明を受けたあと、私は母の手を握った。「お母さん、お母さん」私は母に呼びかけた。
医師の説明は絶望的なものだった。かすかに母が目を開けた。私を見て言った。
「おかえり」
私は泣きそうになった。必死でこらえ、作り笑顔で言った。「ただいま」
母は、微笑んで言った。「ごはん……食べた?」
そして、すぐに意識が途切れ、そのまま逝ってしまったのだ。母が目を開いたことが、奇跡だったように思える。
葬儀の後、実家の片づけを始めた。古い裁縫箱や使いかけの毛糸、私が幼稚園の頃に描いた絵などが残っていた。
部屋の隅に古いダンボール箱があった。よく出し入れされていたらしい。
母の字でこうあった。
「たからもの」
手紙がたくさん入っている。私宛だった。しかも、私には読んだ記憶がない。
封筒には日付があった。それで、一通づつがいつ書かれたものかがわかる。
私が小学校に入学した日。
中学校卒業の日。
大学に合格した日。
私が家を出た日。
私は一通目を開いた。
「きょうから、あなたはしょうがくせいになりました。おおきならんどせるせおって、げんきにあるいていきましたね。おかあさんはうれしかったです。でも、これからじをべんきょうするのですね。よめるようになってからおかあさんはてがみをわたそうとおもっています。がんばれ、がんばれ」
そして二通目。
「きょう、あなたはけがをしました。でも、いたいともいわずにがまんしていました。とても、おかあさんには、あなたはつよいこだとおもいました。でも、ないてもよかったんですよ。
このてがみをかいて、あなたにわたそうとおもって、きがつきました。ひらがなだけのてがみ、はずかしいでしょうね。ださずにおきます」
私は次々に出されなかった手紙を読んでいった。私は胸が苦しくなった。どの手紙も母が私に伝えたかった気持が残されていたからだ。そして最後の封筒を開いた。日付は私が大学へ行くために、家を去った日だった。
「あなたは、いきたいだいがくがみつかり、いえをでていったのですね。おめでとう。おかあさんはついていけませんが、でもあなたがじぶんのすきなことをみつけてくれたらとねがっています。それがおかあさんのねがうことです。しっかりべんきょうしてね。こんなひらがなばかりのてがみでも、わたせたらよかったのにね。でも、あなた、はずかしがるから、わたしのきもちだけ」
私は、そこで日付の入ってない封筒を見つけた。そこには漢字で私の名前が書かれていた。
「あなたへ。わたしはかんじがにがてでした。でもあなたのなまえだけはなんどもれんしゅうしました。あなたがうまれたひ、おとうさんがあなたのなまえをかんじでかいてくれました。おかあさんはそのじをずっとたいせつにしてきました。あなたがじぶんのなをじぶんでかけるようになったとき、おかあさんは、もうおしえることがなくなったとおもいました。だから、あなたがわたしにかんじをおしえようとしたとき、うれしいけどさびしくもありました。あなたがおかあさんよりずっとたくさんのことしってくから。でもね。おかあさんが、あなたにおしえられなかったことがひとつあります。あなたはどんなじをかいても、どんなみちをあるいても、おかあさんのたいせつなこです。
それだけはわすれないでください。
おかあさんより」
便箋を裏返すと、そこに母の名前があった。
ひらがなで。
私は、その名前を指でなぞった。そして机に向かった。一枚の紙に母の名前を書いた。
「ありがとう」
その下に自分の名を漢字で書いた。
私はそれを封筒に入れた。宛名にこう書いた。
「おかあさんへ」
ひょっとして。そこで気がついた。
母は私に漢字を教えなかったのではない。私がいつか、母のひらがなを大切に思える日まで何も言わずに待っていたにちがいないのだと。
私はその封筒を胸にあて、初めて母の名前を声に出した。
ひらがなで。
(了)
