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News - 2026.10.01

第264回 究極のタコ焼き

 大好きな女性に、気に入られようと思い、好きな食べものを尋ねた。その食べものの美味しいところに連れていけば、私のことを「まあステキ」と思ってもらえるのではと浅薄に考えたのだ。すると意外な答が返ってきた。「私の好きな食べものはタコ焼きよ。タコ焼きみたいな食べものがあるのは、日本だけ。世界中探しても、あんな食べものはないわ。丸くって、外はカリッカリッで。とてもおいしいー!!」
「おいしいっ!て普通ですね」
「普通に聞こえる?普通でいいのよ。普通を極めていくと究極のタコ焼きにたどり着く。そんな究極のタコ焼き、一度は私食べてみたいんねん」
 何故か最後は関西弁だったが気にしない。彼女の好みに応えるために、その日から私は究極のタコ焼きを探し始めた。あそこのタコ焼きが美味い、と聞けば私は即攻でそのお店に駆けつけて試食した。好きな女性がよく通っていたというお店に足を運び、塩味、ソース味と試してみたのだ。確かに美味いのだが。
 彼女はこれ以上のものを求めているのだ。これ以上のタコ焼きは、ありそうな気がするが、それがどんなものかはわからない。感動には至らない。なる程、彼女が究極のタコ焼きを求めた理由もわかったような気がしたのだ。どんなタコ焼き屋も今一つ。
 そんなある日、凄ましい破壊力のある知らせが届いた。打ちのめされた気がした。
 私が大好きだった女性が、結婚したというニュースだ。
 これまでに何のために至高のタコ焼きを求め続けてきたというのか。その努力は無になってしまうのか。
 放心した私が思ったこと。そして気がついた意外な欲望。
 タコ焼きが食べたい。
 そう。究極のタコ焼きを探すうちに私自身がタコ焼きの魅力に捕らわれてしまったようだ。
彼女のためではない。私自身のために。究極のタコ焼きにたどり着くためには、材料も究極のものを使わなければならないのではないか。タコは、噛みごたえよく味も素晴らしい、伝説の荒波ダコ。なかなかタコ壺に入ってくれないから希少な材料だ。そして皮を作る小麦粉も伝説の畠を使用したものだ。小麦粉を伸ばすダシも極寒の地の昆布から。それに、あわせたのは天草鯖ぶし。凝縮された旨味が詰まっている。青海苔も天草アオサの手揉みもの。知り合いになったタコ焼き屋に頼み込み、金に糸目をつけず揃えた材料で作ってもらうことになった。焼き師には、もちろん腕利き職人を手配した。丸く焼上がったタコ焼きを鉄板の中でくるくる回す。そこでかかった材料費を計算してみた。これ以上のものはない高価な材料。
 焼きあがった材料代にミシュラン三ツ星レストランの焼き師に依頼した人権費を加えて計算してみる。
 なんと。このタコ焼き一粒あたり百三十万かかっていた。
 そして口に入れてみる。たしかに旨い……。
 しかし、究極のタコ焼きが、こんなものだろうか。これほど材料に糸目をつけなったのに。どうしても納得できない……。期待し過ぎたのか……。
 しばらく後、ある情報が寄せられた。
 「それほど、美味しいタコ焼きをお探しならば。行ってみてはいかがです。店の名ですか?“究極のタコ焼き”と書いてありましたなぁ」
 書いてもらった地図を頼りに見知らぬ土地を歩いた。いくつもの路地を曲がると人通りもだんだん絶えていった。こんなところに店があるのだろうか?
 次の曲り角を過ぎた行き止まりに旗が立っていた。旗にはたしかに“究極のタコ焼き”と書かれていた。本当にあった!
 ここだ。
 他は誰も客はいない。男が一人うつ向いて座っていた。本当にここで究極のタコ焼き?
「タコ焼きください」
「ヘイ。三〇〇円になります」
私は驚く。高くない!!
 後ろの暗がりから男は皿を取出した。皿の上で焼き立てのタコ焼きが。熱でカツオ節がソースの上で旨そうに踊っていた。我慢できずに一口食べた。なんだ、このタコ焼きは。はふっ。はふっ。
 「うまい」
 思わず声が出た。これまでの一生で食べたことのない究極のタコ焼きの味だった。
 私の前で、男が、さもありなんというように頷いた。私は尋ねた。
「これはどこのタコなんですか?」
「何も…」
「え?タコが?他の具は?」
「他の具も何も入ってませんがね。だから“究極のタコ焼き”」
 しかし、確実にタコの味がした。男が一本の紐を引いた。後ろの暗がりに一台の機械が現れた。男は厳かに言った。
「私が発明した“究極のタコ焼き製造機”です。この機械が作るタコ焼きは、食べる人がうまいと思う仕組みを瞬時に解析して提供するものなのです。だから、食べる人がここに必ず食べに来る必要がある。今のタコ焼きは、あなたにとっての究極のタコ焼きというわけです。タコも入らない。具も入らない。それがあなたにとって究極のタコ焼きだと製造機は判断したのですよ」
「そんなタコ焼きが究極のタコ焼きと呼べるんですか?何も入ってないタコ焼きを究極のタコ焼きとして売っているとわかれば、誰も買いに来ませんよ」
 男はニッと笑った。「それが来るんですよね~」
 私の背後の暗闇から、人のものではない声がした。私の背を寒む気が走った。私の後ろにいるのは、いったい誰だ!!
「タコ焼き二百人前くださいな」
 真っ黒い太い手がお札を握ったまま私の横でゆらゆら揺れた。
男が叫ぶ。
「へーい。ただいま」

カジシンエッセイ10月号

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