News - 2026.08.25
第262回 盆踊りの創成期
町の夏祭りで盆踊りを見ていた私は奇妙なことに気がついた。盆踊りの中心はやぐらが立っている。
上には太鼓があり、スピーカーも据えられていた。
町内のお爺さんが登り、器用に叩いている。そしてその近く。
蚊がいない。
不思議だった。
翌日、振子を盆踊りの中心に近付けた。
振子が不思議な運動をする。何故かは、わからない。すると、やぐらの上で太鼓を叩いていたお爺さんがよたよたと近付いてきた。
「あんたは誰ね」
「異常現象を研究する科学者ですが、変なことに気がついて。盆踊りの中心に蚊がいないんです」
お爺さんは背中を丸めて歯のない顔を歪め「そりゃあ、あそこは踊り場だでなあ」と言った。よく意味がわからない。さらにそこを高感度カメラで撮影すると、空間が微かに歪んでいることがわかった。そこだけ時間の流れがちがうのだろうか?
さらに調査を続けた。過去の文献を探してみた。
その場所の江戸時代に遡る。同じ場所で昔からずっと盆踊りが続いていたことを知る。室町時代も同様に、平安時代は念仏踊りと呼ばれている。そんな昔から変わらずにずっと。何故に、ここで。踊り場と呼ばれる由縁なのか。
私は、特殊な装置を作り、そこに置いた。時を遡る装置で謎を解き明かすため。
江戸町民が踊る映像が映る。次に戦国武士たちが。古代人。予想通りだった。
しかし、さらに遡ったとき、私は息を吞んだ。
人間ではなかった。
装置が映し出したのは、十万年前。
マンモスたちが巨大な体で輪を作って拍子をとりつつ歩いていた。まるで踊っているかのように見える。もちろん、マンモスの表情はわからない。楽しんでいるのか、あるいは強制されて苦痛に顔を歪めているのか?はっきりわかるのは、拍子をとって一糸乱れることなく輪を作って踊っていることだけだ。
中心を空けて。
その時代にはもう、輪の中心にやぐらは存在していないのだ。
装置の映像は遡った。百万年前。そこに映ったのは、人とも獣とも判別のつかない何か。その人獣の群れが大きな輪を作り、取り憑かれたように踊っていた。
ここまで遡ればわかる。
盆踊りは人間の発明ということではない、ということが。
一千万年前に装置は遡り続けて新たな真実を知った。
そのとき、輪を作って踊っているのは、プロントザウス、トリケラトプス、地上すれすれに滑空するプテラノドン。種類の異なる恐竜たちが争うこともなく。
表情を読み取ることはできないが、彼等は嬉しいのだろうか?楽しいのだろうか?いや、きっと楽しいに決まっている。
真実に一歩近付いたことはわかる。だが、これで解明したことにはならない。
ここで、調査をやめるわけにはいかない。
まだだ。もう少し遡ってみよう。この装置に時の限界はない。よくぞ、このような無限の可能性を秘めた装置を作ったものだ。
今や、日本国中が、この装置と装置の解き明かす真実に注目しているのだ。いや、日本国中ではない。世界中の人々が、この装置に視線を向けるようになっている。
そして、そのとき装置は一億年前の光景をとらえていた。
何だ。これは。
盆踊りをやっていた中心空間が光っている。
これは生物が発する光だろうか?では、その空間のまわりを回っているものは。常識を超えた、動物とも植物ともつかないものたちが回っている。まるで見えない指揮者の聴こえないリズムに導かれるように。
私は震えるしかなかった。
盆踊りは人間の発明ではなかったのだ。このような信じられない過去にまで続いているとは。生物が生まれて以来続いている。世界中が驚嘆の声をあげた。
装置は、まだまだ動き続けている。いったい、どこまで装置は見せようとしているのだろう。
さらに過去へ。
三十億年前。
地上には海しか存在しなかった。装置が映し出す映像には、微生物のようなものが映っている。その微生物たちも偶然とは思えない運動をしているのがわかる。生物たちのすべてが巨大な輪を形造っている。
中心を空けて。
四十億年前。
生命が地球に誕生する以前の世界。そこに巨大な渦があった。
原子の海の中。分子が生まれ、集まり、離れ、回転する。
輪を描く。
中心には何も見えない。
ただ空間だけがある。
装置は冷静に解析した。
中心空間は、宇宙誕生直後から存在する特殊な時空構造だということだけがわかる。近くの生物に同期運動を促す性質を持つのだ。
ビックバン直後。
膨張する宇宙の中心に、その空間があった。そして宇宙そのものがその周囲を踊っているのだ。
装置は、その中心に接近していった。何かを発見したのだろうか。
何か?何だろう?装置はもっと近付く。すべてが闇だ。しかし、踊りだけが存在する世界。
いや、誰かだ。誰かがそこでうごめいている。いったい何だ。
いや、人だ!ありえない!まさか。
その正体を知り愕然とした。
装置が映し出したのは、やぐらの上で太鼓を叩いていた、あの……町内の……お爺さんだった。腰を曲げ、歯のない口を歪めて楽しそうに踊る。だが、その口はなにやら言っているようにも見える。装置が近付き、お爺さんの唇を読んだ。私には、はっきりわかった。お爺さんは、こう言っていたのだ。
「光と踊りあれ!」と。すると、光と踊りがあった。
