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Column - 2019.06.03

第175回 サタンの下請け

 サタン様が上空を仰ぎ気配を感じたようなので、あわてて出掛ける用意をすると同時に、出勤となった。次元の裂け目を飛び越えると薄暗い部屋だ。部屋の中には床に五芒星が描かれ、その中央に男がひとり立っている。サタン様が男の前に立つ。男は恐怖と戦っているように見える。俺たちは物陰に隠れて様子をうかがう。男は悪魔の契約を望んだのだ。
「私を呼び出したのは、何やら願いがあるのだな。何でもかなえてやるぞ。ただし、お前が死んだら魂はいただくぞ」
 サタン様はいつもと同じセリフを伝える。
「はい。魂は自由にしてかまいません」
「そうか。では、願いを言ってみろ。金か?女か?権力か?」
 俺たち小悪魔はサタン様の下請けをしているのだ。サタン様を呼び出してどんな願いを言うのか見当もつかないが、その願いをいちいちサタン様がかなえて回っていたら身が持たないではないか。だから、サタン様は俺たち小悪魔の下請けに課題を消化させるのだ。
 これから、サタン様を呼んだ男がどんな願いを口にするのだろうか。
 大金持ちにして欲しい!といったシンプルな願いであれば楽勝だ。男の銀行口座の数字をちょちょいと書き換えてやればいい。現金でなければ駄目というのであれば、俺たちは急いで"本物のお札"を刷る。偽札をつくるんじゃあ、ない。本物のお札だ。誤解しないように。それで、願った本人は満足するだろうか?一時的には満足するだろうが、その後虚しさを感じても知ったことではない。
 絶世の美女を好きになってしまった。愛を告白したが、一発でフラレてしまった。彼女も自分のことを愛するようにして欲しい。
 そんなのも簡単なものだ。惚れ薬を作って美女にかけてやる。願った男のDNAをブレンドした惚れ薬だ。効果は抜群だ。
 そんなことを願って大丈夫ななのだろうかと思う。美女もいずれは老いさらばえる。体型も変化するだろう。男が愛想を尽かしても、かつての美女からつきまとわれるだろう。それでも、いい。そう男は言う。
 あとは知ったことではない。
 権力が欲しいという抽象的な願いをする者もいた。某国の大統領にしてやったのだが、本人は嬉しいのだろうか?某国の国民たちからは蛇や毒虫並みに嫌われていることもわかりそうなものだが、それでも権力にしがみつきたいのだろうか?
 サタン様は願いをかなえた代償の魂だけ貰えばいいのだ。願った男が後悔しても、契約は契約だ。約束を守ったのだから契約の報酬は頂くことになっている。
 魂をサタン様が、どうされるのかというと......喰ってしまうのだ。魂を手に入れたサタン様は、魂を軽く炙る。それから特製のタレを塗って、細くちぎって獄乱酒のアテにするのだ。大半はサタン様が喰ってしまうのだが、焦げすぎたところや、あまり好まれない部位のおこぼれは俺たちにまわってくる。それがサタン様の下請けの報酬というわけだ。一番美味しいところは、サタン様が味わうわけだが、それでもお裾分けの魂の屑は途方もなく美味い。恍惚となるほどの味だ。だから、サタン様の下請け仕事はやめられない。しかし、人間たちは魂がこれほどの珍味、美味とは知らないのだろうな。悪魔が契約で代償に死後の魂を求めていると聞いて、変なものを欲しがるのだな、くらいにしか思わないのだろう。
 それに、嫌われる者や、欲深な者ほど、魂の味がいいということもあるのだから、文句はない。だから強欲で反吐の出そうな人格の人は願いのかなえ甲斐があるというものだ。
 おや、サタン様のお出かけだ。俺たちも、また、ひと働きしないとな。今度も、強欲で、簡単な願いであることを祈ろう。
 あれ、サタン様が腕組みをして、眉間に皺を寄せているぞ。いったいなにごとだ?
 こんなことは、今までなかったというのに。
 いったい、どんな奴だ。サタン様を呼び出して困らせるような願いをしている奴とは。
 よほどの強欲の者たちだろうな。では、とびっきり珍味の魂なのだろうて。
 どれどれ。
 ありゃあ、サタン様の影に隠れて見えなかったが、呼び出したのはまだ幼い子どもではないか。何を願ったんだ?サンタクロースに本当に来て欲しいとか、オモチャとお菓子が欲しいときに、いくつも、とかいう願いなのか?
 しかし、なんと清々しい澄んだ目をした子どもなのだ。
 で、サタン様への願いは「地球上のすべての人たちを幸福にして、穏やかで平和な日々を送れるようにして下さい」
 それがお前の望みだって?
 地球上の、すべての人!確かにそりゃあ手が足りないよ。サタン様と俺たちだけでその願いをかなえるには、どれくらい時間がかかるんだよ!
 この子が元気なうちに願いをかなえられればいいのだが。こんな難題とは......!!できるんだろうか。

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