Columnカジシンエッセイ

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Column - 2020.08.01

第189回 奇妙な写真

 怖い話が好きだと思われているようで、皆が私のところに怖い話を聞きにくる。
 特に夏は怪談の委節だから、リクエストが多い。先日も数人の集まりで、やった。
 そのときは心霊写真の話だった。
 撮影したときは気がつかないけれど、あとで写真を見ると、何かが写っていたり、写っ ている筈のものが消えていたり。集合写真の顔と顔の間に見知らぬ顔があったりする。あるいは背後には誰もいない人物の肩あたりに腕が伸びていたり。
 その解説をする。悪戯好きだったり、人がたくさん集まると喜こぶ地縛霊がいたりするんです。そんな霊だったら問題ない。でも、中には悪い霊がいて、そんなのが写っていたら大変なことになるんだよ。呪いの写真だね。でも、滅多にそういう写真はないんだよ、と。
 怖い話を聞かせた数ヶ月後、そのとき参加していた一人が電話してきた。私の話が信じられないらしくシラケて聞いていた奴だ。用件を尋ねる。「ぼくの写真を見てもらえませんか? 撮るときは何もなかったのが現像したら変なものが写ってるんですよ」「じゃ、ぼくのスマホに送ってもらえませんか」「いや、使い捨てカメラで撮ってたものを現像したので」「何が写っているんですか?変なものって」
 しばらく黙って彼は言った。「最初その写真を見たときには何にも写っていなかったはずですが、朝、見たら、写真の端っこにぼやぁっと小さい黒っぽいものがあって、写真汚したかなと思ったんです。で、今見たら、汚れじゃない。何か写ってる。黒いぼんやりとしたものが大きくなっている。よく見ると手足みたいなものがついている。すぐ、そちらに行っていいですか?」
 すぐに彼は写真を持ってやってきた。でも、怖がらせる話はするが、私も心霊写真のホントのところはよく知らない。
「これです。これです」と写真を取り出しかけて、わっと叫ぶ。また大きくなってる」
 彼が出した写真はひまわり畑の写真だった。崖沿いにひまわりが咲き乱れている。その左横にお堂がある。彼は、そのお堂の横のあたりを指した、なるほど、二センチくらいの黒い人型の塊のようなものが見える。目を凝らすと、手足らしきものが。
 人間だということはわかる。
「悪い霊ですか?」私にわかる筈がない。そのとき……。黒い人影が膨張した。本当だ。見の錯覚ではない。両手を上げていた。
「これは近づいている」「どうすればいいですかね?」「写真をお焚き上げしたほうがいいですかね?やってもらえませんか?」
 私には、そんな霊能力者のような力はない。
 この写真の謎を解くとすれば…。
「この写真はどこで撮ったんだ?」「車で15分くらいの田舎道沿いのひまわり畑ですが」「これからその場所へ連れて行ってくれないか?」「いいですよ。すぐに行きましょう」その場所なら何かわかるかも。
 確かに写真の場所は近かった。お堂がひまわり畑の横にあった。ひまわり畑は崖沿いに向こうまで続いている。
 彼は自動車を駐める。確かにこの光景だ。あたりを見回す。別に影は見えない。
「あっ!」彼が叫んだ。写真を手にしている。きっと、また写真が変化したのだろう。
 見ると、影は大きくなって、はっきりと人だとわかる。そして両手を上げている。怒っているのか?まだぼんやりとしているが、それは、老婆らしいことがわかる。手を上げて、口を開いて!ん?何を怒っているというのだ。彼が写真を撮ったこと?
 この写真を撮影した同じ場所に立ってみる。ここだ!
 崖に沿ったお堂、そしてひまわり。間違いない。「この場所で撮ったのですね」彼はそうだ、と頷く。写真を見る。
 驚いて叫ぶ。「はっきりわかる。顔も表情も。手を上げている」見ると、さっきまではぼんやりとしていた影がはっきりと人の形に。やはり老婆だった。大きく口を開けている。何かこちらに叫んでいる。誰だ、この老婆は?彼も知らないと首をひねった。
 わからない。謎は解けない。そこに、近所に住んでいるらしい老人が通りかかり「どうしたのかね?」と声をかけてきた。ひょっとしたら、この老人なら何か知っているのでは?この老婆がどのような魔女なのか。
「実は、ここで撮ったこの写真ですが、写っている筈のないお婆さんが写ってるんです。心当たりありませんか?」老人はどれどれと写真を手に取り見つめると、あっ!と声をあげた。心配になって尋ねる。
「呪いをかける魔女ではありませんか?」
 いやいや。老人は首を横に振った。「悪さをするようなもんじゃない」
 それを聞いて私たちは、ほっと胸をなでおろした。「じゃあ、いったいこのお婆さんは何者なんですか?」
「ああ、このあたりに昔から出る有名な“お知らせ婆ァ”だ。知らせてくれるんだ。危険が迫っているから注意しろとな」
「何が迫っているんですか?」
「ほら、婆ァが手を上げとるだろう。指差しとるだろう」
 なるほど老婆は単に手を上げてこちらを脅しているわけではなかった。何かを指差しているのだった。お堂の上の崖の方を。
 写真から顔を上げ、お堂の上の崖を見上げると……。
 崖の上部が崩れ、無数の巨石がこちらに向かって転げ落ちてくる、「うわああああ」
 これを知らせてくれていたのか。 

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