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Column - 2019.12.02

第181回 サンタの真実

赤鼻のトナカイたちのソリに乗って空中を飛んでいたのは、赤い服を着て髭をはやした肥った老人に見える。
サンタクロースと思うかもしれないが、実はちがう。
北欧にはオーガという、妖怪というか化け物がいる。ノルウェーやデンマーク、アイスランドにもいるが微妙に大きさや性格が違う。そして、サンタクロースの故郷であるフィンランドにもオーガがいた。毛むくじゃらで大男で、人間の子供の肉が大好きなオーガだった。
で、そのオーガが森に迷い込んだ人間の子どもを襲って食べようとしたときのこと。
逃げる子どもを追っていたとき崖から足を踏み外し、下へ真っ逆さま。気がつくとベッドの上に。
なんと、助けられて介抱されていたのだ。
命の恩人はサンタクロースだった。「やあ、気がついたか。心配したぞ」と。
オーガは感謝し、お礼を言い、なにか自分にできることはないかと。
だがサンタは首をふった。
「その気持だけで十分だよ。でも、もう子どもを襲ったりしちゃいけないよ。子どもは宝だからね」
その言葉で、助けてくれたのが、かの有名なサンタクロースだとオーガはやっと気がついたのだった。
サンタの教え通り、オーガはそれから子どもを襲わない日々を送っていた。すると、ある日、オーガの家のドアをノックする者がいる。サンタ工場の妖精だった。
実はサンタが急に倒れたとのことだ。クリスマス前の多忙期で無理がたたったらしい。
オーガが駈けつけると、サンタクロースは虫の息だった。オーガがサンタの手をとるとやっとサンタはやっとのことで目を開いた。
「おお。オーガか。頼みがある。クリスマスに私の仕事を代わりにやってくれんか。一夜だけのことだ。世界の子どもたちに私のふりをしてクリスマスプレゼント配ってくれ」
「そりゃ、だめだ。子どもを見たらオラぁ喰わずにはおれんだよ」
「そこをなんとか頼む。私はお前の命を助けたろう。子どもたちは皆、眠っている。そっとプレゼントを置いてくるだけだから」
それがサンタの最後の言葉となった。亡くなってしまったのだ。仕方なくオーガはサンタの赤い服を来て大袋にクリスマスプレゼントを詰め込む。
仲間のオーガたちは、それを見て大笑い。「似合わぬことをしないほうがいいぜ」と。
空飛ぶトナカイに乗り込み、オーガはクリスマスの夜空に飛び出したのだった。子どもを見なきゃ大丈夫だ。と、自分に言い聞かせて。
数万軒の家を訪ね、プレゼントを置くと、少しづつ自信もついていった。よし!使命を完遂できる!と。
そして明け方も近くなった頃に訪れた家でのこと。部屋に忍びこみベッドの横にプレゼントを置こうとした瞬間、明かりがついた。
「やあ、サンタのおじさん。本当にいたんだ」
オーガは仰天。見ると目を輝かせ、まるまると太った、なんとも美味しそうな子どもがオーガを見ている。
まさか、こんな事態は予想外だった。
子どもははしゃぎ声をあげ、ベッドを飛び出しオーガに抱きついてきた。そして、「サンタのおじさん毛深いんだね。牙まであるんだ。、これで友だちにサンタのおじさんは本当にいるって威張れるよ。みんな信じなかったから」とオーガの肩に這い登ってきた。その子の腕がオーガの口元に来たとき思わずペロリと舐める。美味しそうな匂いがオーガの鼻腔をついた。自然とよだれが出てくる。
もうたまらん、とオーガが子どもの腕に牙をたてようとするとサンタのいまわの際の言葉が蘇る。
「サンタのイメージを守っておくれよ(ガクッ)」
もうたまらん。我慢できぬとオーガは外に飛び出した。そして、ソリに飛び乗りフィンランドへ。
オーガはサンタの墓前で邪念を抱いたことを懺悔し報告する。と、サンタの幻が出現した。
「愚か者。まだ心の修行が足りん。クリスマスは来年もその次もずっとあるのだ。心を磨いて真のサンタに近づいてくれ」
 オーガはサンタの叱責に深く反省した。心がまだ未熟なのか。まだ一年ある。誘惑に負けぬ自分になってサンタの恩に応えなくては。
それからのオーガは日々座禅を組み、滝に打たれて、真のサンタになるべく修行に励んだ。そして次のクリスマス。
「これで子どもを食べたいという欲求を抑えられるぞ!」とオーガは拳を握る。オーガの精神は精神は新たな高みにたっしたのだった。
すると、何と赤鼻の空飛ぶトナカイたちがいない。どうしたのだ。
周りにいた仲間のオーガたちはデヘデヘと笑いを浮かべて言った。「うまそうなんで俺たちが喰っちまったよ」と。
だから、その年から空飛ぶソリがなくなった。この世の子どもたちにサンタのプレゼントは届けたくとも届かなくなったのである。本当に残念。
これが、サンタの真実。

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