カジシンエッセイ

第49回「苦手ないきもの」

2008.12.01

私のまわりにムシが駄目だという人が山ほどいるんです。例えば……。
妹はチョウが駄目。
何故、駄目なんだと訊ねたら、子どもの頃に読んだマンガがトラウマになったと。
それは楳図かずおさんの恐怖マンガで、主人公の女の子が学校の食事の時間の描写だそうな。
女の子が、お弁当を開くと、ご飯の上に羽を開いたあげは蝶が!半ページの大きさで。それを見て以来駄目になったと。
聞いて想像しただけで、私も、うっぷ。 現実に、そのマンガを私が見ていたらと思うと、ぞっとします。
クモが嫌いだという人も沢山いますねぇ。これは、わかりますよね。姿、形からして嫌だというんです。
私の孫も、クモが大嫌いでクモの姿を見かけただけで逃げまわります。そのくせに、私がパソコンを覗いていると、寄ってきて「おじいちゃん。世界のクモを見たいよ」
で、さまざまなクモの写真を眺めながら、孫は歯をむき出し、しかめっ面で「う・う・う・う・う」と呻きながら、マウスを操作したりします。
どういう心境なのか、よくわかりません。怖いもの見たさ、なのか、単なるマゾなのか。

他にも知り合いで、その嫌いなクモが愛車の中に出現して、恐怖のあまりロードサービスを呼んだ人もいます。
どんな状況だったのか、想像するしかありません。ロードサービスの方にもクモだけは駄目だという人がいるかもしれない。
「どうされたんです」
「車内にクモが…クモがいます。追っ払ってください」
「ええっ。私はエンジンもなおすし、ブレーキも調整します。しかし…クモ…クモだけは駄目なんです。なんで私が…」
「でも、クルマがこのままじゃ運転できません。そのためのロードサービスでしょう?」
「わ・わかりました。や・やります」
「その座席の下あたりですぅ」
「は・はい。あ。いた。いました!は。跳ねた。ひ・ひえーっ」
「ひえーっ」
そんな修羅場が展開されたのではないでしょうか?
私も苦手なものがあります。
ナメクジです。
「ナメクジなんて、別に刺すわけでもなし、どこが怖いんです。ホームレスのかたつむりじゃないですか?」
そう言われたりしますが、苦手なものは苦手。説明してもわかって貰えない。
子どもの頃、夜市に出かけるとき、庭先に置いていた下駄を履いたとき、ぬるりとした感触が。
何だろうと思って、電灯の下まで来たら、それは……ナメクジ。
ぎゃあ!
それ以来、生理的にナメクジが駄目になってしまいました。
ちら、と見ただけでもう駄目。
もう生理的に受けつけず、その後、長編「サラマンダー殲滅」で気色悪い生物を考えるとき、空飛ぶナメクジ「飛びナメ」を創造してしまったほどです。
他にヘビが嫌いだという人。ゴキブリが駄目、ネズミが厭、そしてヤモリ、ヒル。
娘は、夜中に首をムカデに咬まれて救急病院に担ぎ込まれ、それ以来、ムカデが苦手らしいのです。
ムカデも怖い人が沢山いるようですね。
山歩きの帰りに、田舎の古民家を改造したお洒落なカフェというか喫茶店に立ち寄ったときのこと。私は窓際の席に座り、コーヒーを注文しました。
昼下がりのカフェの客は他に二組。四人組の若い女性ばかりと、老夫婦。
そこで静かでのどかな時間を楽しみました。
すると、突然、若い女性の悲鳴が。びっくりです。見ると、四人組の若い女性がテーブルから立ち上がり、きゃあきゃあ騒いでいる。何事?
「壁がもぞもぞ動いていたから何だろと思って」
「きゃあ、何?このムシ、何なの?」
「ムカデよ。ムカデ」
「刺されたらひどいわよ」
「すみませーん。来てくださーい。壁にいます。あ、柱に行った。きゃあ。落ちた」
そのとき、正体が見えました。床を這いずって。赤くて黒くて、8センチほどの大きさの紛うことなきムカデです。
老夫婦の男性も立ち上がり、店の女性に「ハサミを持ってきなさい」と叫んでいます。店内はパニック状態です。
すると年の頃二十歳くらいの店の女性がホウキを持って奥から登場しました。
「すみません。すみません」と客たちに謝りながら、か弱そうな女性はムカデを掃き始めました。
男性は「そんなんじゃ手ぬるい。蝿打ちで叩き殺さんと!蝿打ち!」と叫びます。
女性は「はい!はい!」と申し訳なさそうに応えつつ、そのまま表に掃き出すために出てしまい、店から姿を消しました。
店内が鎮まり、やっと客たちも落ち着きを取り戻しました。女性の誰かが言いました。
「やさしいわね。いきものだから逃してやったのよ。生類あわれみの令ね!」
私が、窓から外を見たら……。
さっきの店のか弱そうな女性が、表で何度も足でムカデを踏み潰していたのです。凄い迫力で!
店内に戻った女性は皆に「申し訳ありません」と告げ、何もなかったかのように奥に消えました!
なんかすごいもの見たなあ。

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