カジシンエッセイ

第3回「幽霊の掛け軸」

第3回「幽霊の掛け軸」

2006.06.07

人吉に行くと、必ず聞かれるのが「カジオさん。幽霊寺の永国寺には行かれましたか?」である。
「何故ですか?」
「いや、そんなのが、お好きそうだから」
そーゆー風に、私のキャラは思われているらしい。さて。

人吉市にある曹洞宗蓬莱山永国寺は幽霊寺として有名である。本物の幽霊がでるわけではなく幽霊画が展示されているからだ。ふだんはレプリカ。年に一回だけ本物がご開帳されるという。だから、私が見た幽霊画もレプリカということだろう。仲々に妖しげな画である。死装束の髪ふり乱した女が両手を胸の前でだらんと垂らしている。下半身は半透明に描かれていて、由緒正しい幽霊画になっている。

描いたのは、永国寺の開山実底超真和尚と伝えられている。さて、幽霊の画のモデルは誰かというと、本物の幽霊だそうである。ううむ。さて、さる高名な方の奥さんが、その方の妾をいびり殺した。その妾が幽霊になって現れるようになり、奥さんが実底超真和尚に助けを求めにきた。それで、和尚は現れた幽霊を描いてみせ、「おまえは、このように醜くなっているのだぞ」と諭したそうな。幽霊は驚き嘆いて、成仏するよう引導を渡してほしいと懇願したそうな。実底超真和尚が供養すると、幽霊は、無事成仏して、後には、この幽霊画の掛軸が残ったという次第。


またしても、ううむ。
実底超真和尚という方は、いわば日本のエクソシストといったところだろうか。


永国寺に行くと、本堂の奥に池がある。
そこに幽霊が出現したといわれている。


いくつもの疑問点が生まれてきた。幽霊は奥さんを追って永国寺までのこのこついてきたのだろうか?奥さんはたぶん本堂で実底超真和尚に相談したにちがいない。その間、幽霊は池のところで待っていたということだろうか?お寺の中は、結界が張られていたのかなぁ。また、この幽霊画はどのくらいの時間で描かれたものだろう。墨をすって、構想を練って、筆を走らせて。


一時間?いや、もっとかかったのではないだろうか。構図が気に入らなかったりして、二、三度は描きなおしたかもしれない。で、その間、モデルの幽霊は何をしていたのだろうか?素朴な疑問だと思う。


・奥さんをとり殺そうとする幽霊。その横で腕組みして構想を練る実底超真和尚。泣き叫ぶ奥さん。追いかける幽霊。

・浮かんでいる幽霊の横で、懸命に絵筆を走らせる実底超真和尚。ちっとも幽霊がじっとしていないので、筆と紙を持って寺内を走りまわっている。もちろんお経を唱えながら。

・幽霊を椅子に座らせ、百合の花か何かを持たせ「美人に描きますよ」と筆を走らせる和尚。その実、絶望させ説得しやすいように、相当怖くえげつなく描いている。期待して微笑んでいる幽霊。


そんな、いくつかの映像が、浮かんできてしまったが、うむ。
どれも怖くないなぁ。

ただ気になるのは、両手をだらんとたらしているのに、顔はあっちの方向にそっぽを向いているという点だ。怨みを想う相手に真剣に集中していないのではないかという気がしてならない。花札の鹿の絵も、あらぬ方向を見ていて、プイとしている。そこから「シカトする」と言いはじめたのだが、この幽霊画にも共通したものを感じてしまった。


そのくらいの妄想とともに幽霊の掛け軸を見た。そうすると、「人間の心の醜さを描いた」幽霊画が、なんとも愛らしいものに感じられてしまったのだ。

カテゴリー:妄想伝説

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